いつか桜の木の下で23




パンパンと小気味良い竹刀の撓る音が壁の外へと届いてくる。
その音が届く白壁に沿ってエースはゆっくりと道場の外を歩いていた。

「な〜〜んか、本当に久しぶり過ぎて・・・・なんだかなぁ〜。」

ぽりぽりと頭を掻くと、苦笑した。


西から帰ってきて、すぐに噂は耳に入った。
凄腕の剣士がいる、と。
その男は、昔、エースやルフィがお世話になっていたシモツキ道場の一人娘、くいなと夫婦になり、今はその道場の跡を継ぐべく、コウシロウの傍らにいつもいる。
なんの巡り合わせか、エースとルフィは幼い頃はシモツキ道場に通い、剣の腕を磨いていた事があった。

そういえば、と空を見上げて、ふむと顎に手をやった。

何年か前。まだ二人が夫婦になる前だったか。確か、シモツキ道場の人間が対外試合で回りを圧倒するような試合を見せたと噂が流れたことがあった。その男は回りを驚くほどまだ若く、将軍様の耳にも届いたという。
その男の名前までは聞かなかったが、今思えば、それがくいなの夫となった男のことなのだろうと容易に想像がついた。
回りの人間は、必要以上に有名になってしまった男のことを、まだ若い生意気な小僧と思っているらしく、噂のみの強さだけだと笑っている者が多い。
確かに、彼の噂は将軍様の耳にも入ったが、指南役として城に出入り出来ているのは、実際はコウシロウのみ。その噂の男は、D家に仕えるようになったとはいえ、やはり若さとそもそもの家の主はコウシロウだ、城へ登城する機会は少ない。道場から出ることはほとんどないらしい。一度話題になってからは対外試合もほとんど顔を出さないようだ。
だから、ルフィもまだ実際に会ったことはないと言っていた。


この道場に来るのは、本当に何年ぶりだろう。
ルフィと共に、エースもまだ幼い頃は、このシモツキ道場に数年通っていた。
今でこそ、通うことはなくなったが、当初は、所謂授業料といえる費用すら払えない町人と一緒に竹刀をふっっていた。シモツキ道場の方針で、身分に関係なく剣を習いたい者は、コウシロウの眼に止まれば誰彼構わなく剣の腕を磨く事ができたのだ。
その方針に、父が面白いと数年ルフィとエースを道場に通わせた。城の中で、ただチヤホヤされるだけの形だけの鍛錬ではない、実力の世界。身分に守られているだけの武士に負けるものかと血気盛んな町民や農民に紛れてでも稽古。本当の意味での鍛錬が二人を強くした。
ある程度大きくなれば、やはり何時まででも大名の跡継ぎが町内からさらに外れた場所をうろつくわけにもいかず、城内での教育へと変わったが、小さい頃に受けたシモツキ道場での教育は二人を何者にも負けない男にしたのは間違いないだろう。

エースはザッと足を止めた。
年季の入った、それでも手入れの行き届いた門を見上げる。

「あ〜。でも、変わんないんだなぁ・・・。」

エースはクスリと笑った。
中から、・・・・稽古場の方からはひっきりなしに怒声が届く。この道場がいつも活気づいているのがわかった。何年経っても、変わらずなのだろう。
場所は分かっている。そのままズカズカと入り込んでいく。
そこに、庭の隅で竹刀を振っていた男が見知らぬ顔の出現に不審げに振り上げていた腕を止めた。

「あんた・・・・誰だ?知らない顔だが・・・。」

男は、精悍な顔立ちと体つきをしていた。よく鍛錬されているのが一目でわかった。
エースは腰の刀に掛けていた手を離し、両手を前で振って、怪しいものではないことを現わした。

「あぁ・・・いや、その。俺は、昔、ここでお世話になってた者なんだが・・・。ずっと西の方に行っていて久しぶりに帰って来たものだから、ちょっと懐かしくなってな・・・挨拶に来た。」

そう説明はしたが、男の胡散気な視線は変わらない。
ジロジロとまるで値踏みするような視線は、本来ならば男のプライドを逆なでするようなものなのに、エースはさも気にしな風で、軽く笑った。自分の実力を知っているからこそ出来る余裕なのだろう。

「あ〜。信用ならないんだったら、ここで待ってるから誰か呼んでよ。コウシロウ先生でも、くいなお嬢さんでも・・・。」
「目を離した隙に、あんたが好き勝手にこの中をうろついたら困るんだが・・・。」
「なぁに、シモツキ道場の人間は、実力揃いの輩なんだろう?不審者のたった一人ぐらい、すぐに対処できるだろうが・・・。」

エースの中ば、失笑を含んだ物言いに、男はさらに目を細めた。
と・・・・。

「どうした?何かあったのか?」

外の竹刀を振り下ろす音が聞こえたのと同時に何かしら不穏な空気を外から感じ取ったのか、少し奥の道場の入り口から、ガラリと扉の開く音と、竹刀を持った男に向けたものだろう声が届いた。
扉から覗かせた顔は、やはりエースの見知らぬ男だった。

ま・・・知らないのは当たり前か。

と、その男の容姿に、エースは目を見張る。

話に聞いていた特徴のある緑の髪・・・。

「ゾロ・・・・・?」

エースの口から出た名前に、竹刀を持った男が、何かを納得したのか、「なんだ・・・。」と肩の力を抜いた。

「あんたもゾロさんに試合を申し込みに来たのか?」
「は?試合?」
「何だ?違うのか?」

思う会話が噛み合わないのに、お互いに目を丸くした。一番わけがわからないのは、道場から顔を出した名前を呼ばれたゾロだった。

「どうした、ワイパー?来客なのか?」
「あ・・・いえ・・・。」

ゾロは、何事かと道場から出てきた。
ゾロは、ワイパーと呼ばれた男の前に立つ黒髪の来訪者に視線を向けるが、やはり見知らぬ者と認めた。
が、来訪者に当たるエースは、目の前にやってきた男が自分の目的であることをすぐに理解した。

「あんたが、ゾロか?」

ジャリと草履が足元の小石を踏みつぶした。

「悪いが、俺はあんたが誰だかわからない。どこかで会ったか?」

ゾロの言葉は最もだ。
エースは思わず睨みつけそうになる目を一度伏せることで、感情を表に出すのを抑えた。

「あぁ、悪い・・・。あんたとは初めてお会いする。ただ、俺はあんたのことを知っている。あんたの知り合いからいろいろ聞いたが・・・・そうだな。ここでは話もできないから、少し時間をくれないか?」
「いきない訪れた見知らぬ男に呼び出されても、困るのだが・・・まだ、道場の中の稽古は終わっていない。」

気がつけば、道場からの怒声はいつの間にか、止まっていた。ゾロが顔を出したことで稽古が中断されたのだろう。

「そりゃそうだな・・・。悪かった。俺の名はエース。ゾロ。お前に話があって会いにきた。もちろん稽古の邪魔をするつもりはない、また日を改めよう。」

道場側からすれば、いきなり訪れた男に裂く時間がないのは当然だろう。況してや、ゾロは、今はこの道場を支える一人なのだろから。
今この屋敷にエースの正体を知る者はいないらしい。エースの事を知っている者がいれば、話はすんなりと通ったのだろうが。
ゾロは、顎に手を当て、少し考える。

「明日・・・。明日のこの時間なら問題ないだろう。今日は、コウシロウ先生も、他の師範の連中もみな出かけていてここを空けるわけにはいかないが、明日なら先生は兎も角、師範は何人かここにいるだろうから、稽古を頼める。明日なら時間を作ることができる。それでいいか?」
「あぁ。構わない、出直す。」

コクリと頷いてエースは踵を返した。
と声がエースを追った。

「話なんだな?試合の申し込みじゃないんだな?」

ゾロの言葉から察すると、結構な頻度で、試合の申し込みをする輩が多いのだろう。

「あぁ。話をしたいだけだ・・・・。」

振り向かずそう答えてから、あぁ、と思い直す。

「そうだな・・・話によっちゃあ、試合の申し込みへとなるかもしれん。」

エースの言葉に、脇に立ったまま成り行きを見つめていたワイパーが眉を顰めたのが空気でわかった。
ゾロの方としては、意味がさっぱりだろう。

「あぁ、心配するな。いきなり切りつけるような真似はしない。武士の誇りは持ち合わせているよ。」

振り返り、エースはにこりと笑った。
本来なら、ゾロの顔をみた瞬間、殴りつけいた衝動が湧きあがるかと思ったが、意外に冷静な自分に驚いた。
それはゾロの持つ空気がそうさせたのだろうか。一見ではその男となりがわかるはずはないのに、エースには大抵のことがわかる。
一目でゾロの纏う空気はまさに武士そのものであった。強さで言うならば、その体から発せられる気で強さの程度がわかる。
自分の方がその相手の強さを推し量れないほどのレベルの人間ならばわからないだろうが、生憎エースの方もその男の纏う空気で実力を計ることができるほどの力量は持っている。
そして、強さと同様に届く気によりわかる男の真摯な姿勢。
サンジを騙し、泣かせるような男とは到底考えられなかった。
もちろん見た目とは裏腹に、性格も性分も最低な人間はごまんといるが、生憎ある程度の性分はエースには読み取ることができた。それも短い人生ながらも培ってきた環境から身につけた所業だろう。

せっかくここまで来たのに、と言う残念な気持ちはなくもないが、ゾロを一目見ただけでもエースはよしとした。
別にゾロを責め立てに来たわけではない。その想いを推し量りに来た、と言った方が正解か。慌てた所で、何が変わるわけではないから、明日改めて足を運ぶことに異論はなかった。

潜った門を今度は出る為に再度潜る。
また、長い壁に沿って来た道を戻ろうと向きを変えた所で、「あの・・・。」と声がかかった。
少し高いトーンで、それが女性のものだとすぐにわかった。

「はい?」

この界隈で女性といえば・・・。
声を掛けた主がすぐに察しられて、エースはクルリと振り返った。
想像通り、ゾロの妻である女が門の外に立っていた。

「え・・・・っと、我が家に御用でした?」

女はエースが誰かわからないまま、声を掛けた。
もう何年も会っていなかった男に負けんとばかりに剣を振っていた少女。それが、今目の前にいる。
あの頃は、一緒になって竹刀を振っていた。エースもその同年代に者には誰にも負けない強さを持っていたが、その道場の娘もまた、人一倍強かったのを記憶している。練習とはいえ、試合をすれば五分五分だった。
誰もが一目置いていた女剣士。それが、今はすっかりと女性らしくなってしまったようで、着ている着物も昔からは想像つかないような淡く可愛い色のものを着ていた。

どうやら彼女はお使いから帰って来たようだった。

「あぁ、お構いなく。今、帰る所です。」

ニコリと笑って答える。

「あら、そうでしたの?今、道場の方で稽古を行っているから屋敷の方は誰もいなかったんじゃ・・・。父は留守をしているので・・・何方に御用でしたか?」

言葉使いもすっかりと変わってしまった。

「あぁ。いいんです。本当に。また明日出直す約束をしましたから・・・。」

ついついこちら側も丁寧な言葉使いになってしまう。
と、彼女の首が傾げた。

「あら・・・・、貴方、どこかでお会いしたことありました・・・か?」

何か考える素ぶりをするが、どうやら思い出せないらしい。それは当たり前か。この道場にいた頃は、元服どころか、まだまだ小さな餓鬼だったのだ。

「あぁ。俺、小さい頃、ここで剣を習ってたから・・・。エースって覚えてる?昔、弟のルフィとここに通ってたんだけど・・・。」

サンジの事は話せないにしても、自分を偽る必要はない。かえって、偽って後でバレた方のが面倒だと、素直に自分の名を明かした。ただ、ここに来た目的は適当に誤魔化さないといけないだろう。
正体がばれるのならば、と言葉使いも普段通りに戻した。
名前を聞いた途端、目の前の女性は、目を見開いた。思い出したと、手をパンと打つ。

「エースって・・・あのエース!?」

あの・・・って何だろうと思わず内心苦笑する。

「そうそう。あのエース。思い出してくれた?くいなちゃん。」

一気に二人の間の空気が砕けたものになった。

「懐かしいわ。ずっと西の方へ行っていたと聞いていたけど、いつの間に帰ってきたの?あぁ、ルフィはどうしてるのかしら?彼ともずっと会ってないわ。」

昔の事を思い出したのだろう。思わずバタバタと小走りに寄って来た。
その様子にエースは、やっぱ基本的には彼女は変わっていないなぁ、と笑みを浮かべた。

「ルフィも元気だよ、あいつも相変わらずじっとしてなくて、いつも家臣達に怒られてばっかだ。そういうくいなちゃんも変わらないね。いや、やっぱ、変わったかな?すっかりといいお嬢さんになったようだ。」

腰に手を当てて満更でもないと、顎を上げる。
昔のことを知っている人間に今の自分の変わりようが恥ずかしいのか、くいなは頬を赤く染めた。

「やだわ。エース、いいお嬢さんだなんて・・・。あたし、これでも祝言を上げて、今は夫のいる身なのよ。」
「あぁ、そう言えば噂で聞いたよ。相手は、剣の腕前もかなりのものだってね。」

自慢の夫なのだろう。くいなの笑みは満面だ。

「やだ、恥ずかしい。でも、うん。いい人よ。ゾロっていうの、会ってかない?」

エースの手を取って門の中に引き入れようとするくいなに、エースは咄嗟に今会って来たばかりだと言えなかった。その理由が理由だからだ。
だが、ここで誰に会いにきたかを誤魔化すのも良くないような気がした。ならば、彼の噂を理由にしようと、頭をぼりぼり掻いて一呼吸置く。

「・・・・あぁ。さっき会わせてもらったよ。いや、城で強い剣士がここにいるって噂を聞いたから、コウシロウ先生に挨拶がてら一目会ってみたくて来たんだが・・・忙しいようで、また日を改めようと思って帰るところだったんだ。」
「そんな・・・せっかく来たんだから、ゆっくりしていけばいいじゃない。お茶ぐらいいれるわよ。」

手を握って引き止めるくいなに、どうしたもんかと思う。戻った所で、くいなの前でできる話ではない。
サンジの事をくいなは知らないことは、想像しなくても目の前の表情を見ればわかる。

「いや。さっき言った通り、明日来るつもりだし、急ぎの用じゃなし・・・。また来るから。くいなちゃんも元気そうでなによりだよ。幸せそうで良かった。こんな強くて可愛い奥さんを貰って、ゾロが羨ましいよ。」
「まぁ、エースって上手ね。でも・・・いい奥さんだけじゃないのよ。」
「なんだい?」
「私・・・・もうすぐお母さんになるの。きっといいお母さんになるんだから!」

これ以上ない幸せな笑みで答えるくいなに、エースは、呆然とするしかなかった。


12.02.27




               




     なんだか久しぶりすぎて忘れちゃった・・・。(おいっ)いやいや、ちゃんと続きます!
       頑張りますので、暖かい目で見守ってください。(←こんな展開で!?)