いつか桜の木の下で24




プカリと口から煙を吐き出す。

「姐さん、客が見えたよ。」

最近入った禿がすっと襖を開けた。
いつもの事とばかりにサンジは外に向けていた視線を襖にやる。客の方も手慣れたもので、何の遠慮もなく、自らズカズカとサンジの部屋に入って来た。

「やぁ、元気?」

雀斑の浮いた笑顔がサンジに手を上げる。

「あぁ、相変わらずだよ。」

サンジの返事はそっけない。それでも入って来た客はニコニコした笑みを変えない。


あの身投げの事件があってから2週間のち、サンジは仕事に復帰した。
同時にエースが客として足繁くサンジの元を訪れる様になった。
最初サンジは、死のうと思った自分を助けたエースを疎ましそうに扱った。まるで客に対する態度ではない。が、エースはそんなサンジを気にも留めず、3日と開けず見世に通う。
どんなに邪見にしても懲りもせず、自分の元に訪れるエースに漸うサンジの方が折れる形になった。

「あんたも変わり者だな・・・。俺なんかのどこがいいんだか・・・。」

サンジは眉を顰める。
何せ、足繁く通うと言っても、別段何をするわけでもなかった。
最初は見舞いを兼ねてと称して花やら髪飾りやら、何かしら品をサンジに送った。客から贈り物を貰うのは、遊女としてはごくごく普通にあることなので、サンジは一言感謝の言葉は述べるが受け取ってもそれを大切に扱うような振る舞いをしなかった。
元より、エースを客として扱うつもりはなかったのだ。だから、エースが積極的にサンジを求めなければ、自分から体を開くこともない。
ただ酒を飲むのみ。
名の売れた遊女ならばそういうこともあるのだが、何せ見世では特殊な立場のサンジ。サンジを抱かずに帰る客など今まで一人もいなかった。
だが、ただ酒を飲んで静かにサンジとの時間を過ごすエースは客としては珍しい。いや、初めてではないだろか。とはいえ、自分の死という願望を砕いた男にわざわざ自分から足を開くのも癪に障る。だから、サンジはただ静かにエースに酒を注ぐのみだ。
お金さえ落としてくれれば、それでいい。そう思っていた。
でも、やはりサンジは気になった。
それで10回目にしてとうとう、今回サンジはエースに自分から問うた。

「身投げした俺を助けてくれたアンタを、俺は最初恨んだ。なぜ、助けたのか・・・。生きているのが辛いだけなのに、どうして・・・って。そんな俺にアンタは毎日のように通うのに・・・ただ酒を飲むばかり。ただの好奇心だけでこんなに頻繁に来ないよな。況してや、俺は、アンタを恨んでいるのに。どうしてだ?」

ポツリと溢すように口を開くサンジにエースはそっと肩を抱いた。
客として通うようになってから触れるのは、初めてだ。

「俺さ・・・・サンジに惚れちゃったんだ。一目惚れってやつ?」
「は?」
「初めてなんだ。こんな風に誰かに惚れたのって。俺、最近までずっと家の都合で西の方にいたんだが、そこで結構、それこそ毎晩のように遊び歩いた時期があったんだ。お世話になったお屋敷のお嬢さんには流石に手は出せなかったけど、それでも仲良く過ごしたこともあるんだよ。いろんな女性と会う機会は山のようにあった。でも、誰かに惚れるとか、そう言った感情は誰にも湧かなかったんだ。だからと言って、男が好きってわけじゃないよ?遊んだ相手はもちろん、女性ばっかりだったしね。」
「・・ふうん・・・。」

サンジは、どう答えていいのかわかない様子でエースの話を聞いた。

「こっちに帰ってきて、まぁ、もうわかってると思うけど、ルフィの惚れたナミちゃんがどういった遊女か見たいからと吉原に向かう途中で、サンジを助けることになったんだけどさ。」

エースがサンジを助ける切欠になった理由はナミから聞いた。ルフィとエースが兄弟だということも。もちろん、サンジはルフィには好意はある。彼ならナミを幸せにしてくれると信じている。が、だからと言って兄のエースにまで好意があるわけではない。ルフィはルフィ。エースはエースと割り切っていた。

「でさ、最初、助ける前に橋の上でサンジとすれ違った時には、既に心奪われたってわけ。だからこそ、咄嗟に身投げしたサンジを追い掛けて川に飛び込んだし・・・。あぁ、すれ違った時だけじゃないぜ?川でサンジを見つけた時、川から引き上げた時に見たサンジにもまた惹かれちゃってさ・・・。マジ惚れしたのってほんと初めてなんだよ。」
「でも・・・俺は遊女で、でも男で・・・。」

口をモゴモゴさせながら拳を膝の上で握るサンジの手を、空いている方の手でそっと重ねた。

「男だろうが、遊女だろうが関係ないよ。」
「俺の所に来る客は、みんな物珍しさだけで来たり・・・女の人だけじゃ満足できない欲を俺に求めたり・・・そんな奴らばっかりで・・・。」
「俺を他の客と一緒にしないで欲しいな・・・。」
「でも・・・アンタだって客じゃないか・・・。」

ぐっと唇を噛みしめる。
その唇を宥めるように、今、初めてエースはサンジの唇に己の唇を重ねた。

「・・・・っ。」

驚きで目を見開くサンジにエースは穏やかに微笑む。

「だって、サンジに惚れたって言ったろ。でも、普通にしてたら会えないし・・・。こうでもしないとサンジには会えないじゃないか。それに・・・。」
「それに・・・?」
「こうやって俺が来れば、その分、他の男にサンジを触れさせる時間が減るだろう?」
「・・・・アンタ・・・。」
「エースだ。」

自分の名前を教え込むように呟いて、再度唇を合せる。

「・・・・エース・・・。」
「そ、エース・・。漸く呼んでくれたね。」
「・・・・・。」

伺うように見上げるサンジにエースは満面の笑みを見せた。

「俺も男だからさ・・・もちろん惚れたサンジを抱きたいっていう欲はあるけど、それよりもなによりサンジと一緒に居たいんだ。だから、体を重ねるのは、サンジの気持ちが俺に傾いたらでいいよ。今日は名前を呼んでもらえただけで俺は幸せだよ。ちょっとだけ・・・・、唇は御馳走になっちゃったけどね・・・。」
「エース・・・。」
「サンジ・・・今まで辛かっただろ?だけど、これからは俺がいるから。サンジの傍にいてサンジを幸せにするから。だから、サンジは俺を受け入れてくれないかな?今すぐじゃなくても構わない。サンジの気持ちが落ち着いてからでいい。」
「・・・・。」

至近距離で見つめ合う。
真っ直ぐに向けてくる瞳に嘘は感じられなかった。
一見遊び人のように飄々としていて、口調も同様だ。どう見ても戯れでここに来ているとしか見えない風貌なのに、その瞳は何一つ偽りを見せていなかった。

「エースは俺の身投げの理由、どこまで知ってる?」
「まぁ、大まかなことは、ギンとナミちゃんから聞いた。サンジには悪いと思ったけど、惚れた人の事は知りたいし、サンジの為にできることがあるならって二人から聞きだした。でも、あくまでそれらは起こった事実関係のみだ。サンジの本心はサンジにしかわからないからね・・・。」
「そっか・・・。」

サンジもまた二人から、事の次第をエースに説明したことは聞いていた。二人とも、勝手に話したから、とサンジに頭を下げたが、その言動からサンジの為を思ってのことだということはわかったので、二人に怒りはわかなかった。ただ、サンジへの思いやりには嬉しく思うのみだ。
エースには、最初恨みは沸いたが、今はもう何も感じない。それどころか、漸く話が出来て、エースの思いを知って、心動かされるばかりだ。

「ゾロのことも聞いたんだ・・・。」
「あぁ。」
「ゾロとは、小さい頃から一緒に育って・・・・いつも彼が傍にいて・・・たぶんゾロ以上に好きな人はこの後誰一人現れないだろうって思うぐらい、彼の事が好きで・・・。」
「うん・・・。」
「小さい頃、お互いの夢を語りあって、お互いに夢を叶えようと誓いもして・・・・。」
「うん。」
「でも、俺がこんな境遇になってしまって・・・・、俺の夢はもう叶えられないかもしれないけど、でも、ゾロは夢を叶えるためにここを出て行った。」
「ゾロは自分の夢を叶えるためにここを出て行ったんだろ?サンジを捨てて・・・。」

エースは酷い言葉だと思いながらも、それが真実だとばかりに言葉を繋いだ。
サンジはぐっと唇を噛みしめる。

「・・・・捨てたんじゃない。約束したんだ。必ず迎えに来るって。時間は掛かるかもしれないけど、ここから出してくれるって・・・。」
「でも、その約束を守るどころか、ゾロはサンジの客としてここに現れた。」
「・・・・っっ。」
「サンジ?サンジはゾロにサンジの気持ちを伝えたの?ゾロはサンジにゾロの気持ちを言ったの?」
「それは・・・・。」

サンジは俯いた。改めてお互いにお互いの気持ちを口にして伝えたことはない。ただその表情で、瞳で相手の感情を感じただけだ。それは、実に儚いものだ。

「ゾロはきっとサンジの事を好きだと思うよ。ただ、もうサンジをここから連れ出すことができるかどうかわからないから、きっとその代りに客としてここに来たんじゃないかな。もちろん、あくまで俺の推測だいけど・・・。」
「え?どういうことだ?」

エースの言葉にサンジは顔を上げる。

「さっき、言っただろ?俺だって、サンジに会うには客としてここに来るしかないって。それに自分と会う時間の分、僅かだけど、それでも他の客にサンジを触れさせないで済む。」
「・・・・あ。」
「ま。あくまで推測の域を出ないけど・・・。」
「・・・・エースって優しいんだな・・・。」

サンジは穏やかな笑みをエースに向ける。

「サンジにそう言ってもらえると嬉しいな・・・。でも、どうしてそう思うの?」
「だって、エースは俺のこと好いてくれるんだろ?ゾロとは、言葉で交わしたわけじゃないけど・・・でも、たぶん俺のこと好いてくれてた・・・と思う。もう今じゃ、わかんねぇけど。」
「うん。」
「普通なら、ライバルになるだろう相手のこと、悪く言うだろうに。まるでエースはゾロを庇うようなことを言ってくれる。」
「そりゃあ、俺からすりゃゾロのことは気に入らないけど、嘘紛いな事言ってサンジには嫌われたくないしね。それに・・・。」
「それに・・・?」
「俺はそのゾロに負けるつもりはないよ?今はまだ、サンジの心の中には俺はいないかもしれないけど・・・サンジの気持ちを振り向かせるつもりだからね!」
「エース・・・・。」

ニカリと笑うエースにサンジも釣られて笑った。少しずつだが、サンジの笑みがエースに向けられるようになってきたことにエースは嬉しさが湧きあがる。

「だったら、喜んでいいと思うぜ。」
「?」
「なんかもう・・・俺・・・・エースに心奪われつつあるみたいだ・・・。」

真正面から見つめるサンジの瞳に、遊女として口にするような偽りは見られなかった。
この男は、全くというわけではないだろうが、普段も男をその気にさせるような他の遊女がつくような嘘八百はあまり口にしないのだろう。

「サンジ・・・。」
「でも・・・・エースはルフィの兄さんなんだろう?ってことはさ、家もあのD家ってことだし・・・家はルフィが継ぐって聞いてるけど・・・でも、エースだってそれなりに名のあるところのお嬢さんを貰うことになるんだろ?」
「サンジがその気になってくれれば、俺は妻を娶る気はないね。だってさ、家はルフィが継ぐんだ。俺はルフィを支える側に回るが、俺の隣にいる人間は俺の自由に決める。」
「エース・・・。」
「俺はサンジを幸せにしたい。それだけじゃ、ダメかな?」
<
エースもまたサンジに己の心の真実を告げる。

「だったら・・・・俺はエースを好きになってもいいんだろうか?」

信じてもいいのだろうか、とポソリと呟く。
この吉原では、今まで散々男に騙されて泣いた遊女は数知れないだろう。ここで涙を流した遊女たちの真実はわからないが、サンジもまた、一番愛する男から裏切られたと言っても過言ではないとエースは思う。
エースの口からは告げられないが、あの男は、真意はどうであれサンジを裏切ったのだ。最悪な形で。ゾロには、サンジに愛を囁く資格はないとエースは思う。

「もちろん!!だったら、俺は嬉しいね。」

エースは腕を広げてサンジを抱き締める。明るい口調とは反対にその腕は優しい。

「じゃあ、エースにお願いがあるんだけど・・・。」

抱き締められる腕の中から、サンジはそっと伺うようにエースを見上げた。エースは、腕の中で恐る恐る尋ねるサンジを愛おしげに見つめる。

「何かな?サンジの願いならなんでも聞いちゃうよ。」
「俺を抱いてくれないか?」

この場所でのことを思えば当たり前のことなのだが、それでも今までの事を考えれば驚くのに十分な内容にエースは目を見開いた。

「サンジ・・・?」
「俺は遊女としてしか扱われたことがない。俺だけじゃなくて、たぶんここに居る誰もがそうなんだろうけど・・・ただの欲の捌け口としてしか扱われたことがない。だけど、俺はただの玩具としてじゃなくて、心から温まるような触れ合いが欲しい。心の底から満たされるような、そんな温もりが欲しい。」

あぁ、一人ぼっちでずっとこの部屋で過ごしてきた人は、本当に寂しがり屋で、ただただ寂しさを埋めてくれる人の温もりを求めていたのだ。
サンジの想いを知ってさらにエースは、サンジへの恋慕が募って来る。
サンジはきっとゾロに求めることができない温もりをずっと我慢していのだろう。それが、あの事件が切欠で、心が崩壊してしまったのだろう。
ゾロではなく、もう誰でもいいのかもしれない。だからと言って、ただ道具としてしか扱わない客にそれを求めることもできず。

ならば自分がそれを与えてやろう。
ゾロはもう二度とサンジに触れることはないだろう。彼には、そんな資格は何一つない。
いや、俺が許さない。

「サンジ・・・。」
「エースなら、それができるか?」
「・・・・あぁ。嬉しくて涙が零れるような温もりを与えてやるよ。」
エースは両手をそっとサンジの頬に添えると、ゆっくりと今度は欲を含んだ唇を重ねた。


12.03.10




               




     
       なんか展開がとびとびですみません・・・。しかも、文章が雑・・・。今回はエーサンで!ゾロは・・・えっと・・・。