いつか桜の木の下で29
「どうして・・・。」 ただただ真っ直ぐにサンジに向かって来る人影をみつめることしかサンジにはできなかった。 その相手は、何の戸惑いもなく歩いてくる。 近づくにつれ姿形がはっっきりと現れ、気がつけばその表情さえ見えるほどに近づいた。朝靄が酷いのにもかかわらず。 それだけ、すぐサンジの傍まで来たということだ。 「・・・・・・・ゾ・・・・ロ・・・。」 「サンジ・・・・。迎えに来た。」 まるでサンジが今日、今、この大門を出ることを。廓という牢獄から出ることを知っていたような口ぶり。 どうしてゾロがこの日を知っているのか。 どうしてサンジがここを出ることを知っているのか。 どうしてゾロが迎えに来るのか。 様々な疑問がサンジの中をぐるぐると回った。 いろいろわからないことが噴き出して、声が出ない。 そんなサンジの様子を悟ったのか、ゾロが再び口を開こうとした瞬間。 「実は・・・。」 「嫌だっっ!!」 瞬間、サンジはゾロを両手でドンと突き飛ばした。 鍛え抜かれた体に、籠の鳥として育ったサンジの力は微々たるものだったが、それでも咄嗟のことでわずかゾロが後ろに傾く。 その瞬間、サンジは手にしていた風呂敷さえ放り投げ、走り出した。 何度夢見たことか。 何度焦がれたことか。 祝言を上げた後、ゾロは一度だけサンジの見世に訪れたのだが、サンジはやはりその場から逃げだしエースと出会った。 ゾロと会うのはあの日以来。 ずっと会うことは叶わなかった。ただ風の噂でゾロの様子を耳にするだけだ。エースはあまりゾロのことを話したがらなかった。二人の関係を知っているのだから仕方がないとは思う。 ただ、サンジもまた耳にはすれど、ゾロのことはあまり自分から聞こうとは思わなかった。 それでも届いてくるゾロの近況。 剣士としての腕も上がり、また、武家を支える男としての成長も見られ将来も約束されたも同然の役職。もちろん、年齢的な部分ではどうしようもないものもある。だからこそ今ではなく、将来は・・と期待されている言葉があちこちから届いてきた。 もちろん、家庭においても子どもが生まれてからは道場に通う者誰からも羨まれるほどの子煩悩だと言われ、子どももまた誰からも愛されてすくすくと育っているようだ。 一人前の男として申し分ない生涯をこの先送るのだろう。 きっとサンジのことなど忘れて、今の幸せを噛みしめていることだろう。 それが証拠のように、体も一回り大きくなっていた。背も伸びただろうか。さし伸ばされた手は、チラリとだが刀によりあちこちにタコが出来ていてゴツゴツしていのが見えた。 姿勢も良く、堂々とした風貌。 誰から見ても逞しい一人前の武士に見える。 幸せの真っただ中のはずだ。 家族に囲まれて昔はサンジにしか見せなかった笑顔をあちこちで晒しているはずだ。 そんなゾロに。 会いたくなかった。 己の気持ちは十分にわかっている。叶わないとわかっている。 目の前で幸せなゾロを見てしまったら。 ゾロの幸せを願っているはずなのに、それなのに。嫉妬の炎が心の奥から燻り出てくる。 やめてくれ。 そっとしておいてくれ。 俺をみじめにしないでくれ。 頭を振った勢いで、サンジの頬から涙が飛び散った。 息が苦しい。辛い。助けて。 心が押しつぶされそうになって、上手く走れない。足が縺れる。 ただでさえ、走るという動作に慣れていないのだ。 よたよたと走るサンジにゾロが追いつくのは造作もないことだった。 はしっと腕を掴まれる。 サンジは思い切り腕を振り回して、ゾロの手を振りほどこうとするのだが、当然、それは叶わなかった。力の差は歴然だ。 「うっ・・・・・ううっ・・・・。」 ガクリと項垂れ、そのまま崩れ落ちる。 その体をゾロは地面に倒れ伏す前に受けとめる。腕の中にサンジを囲う。腕力では叶わないサンジは、ただただ顔を伏せ、口を引き結ぶしかなかった。 ただただ涙が止めどなく溢れてくる。そんなサンジをゾロはそっと抱き締めた。 「離せ・・・。ゾロ・・・・。お願いだ・・離してくれ・・・。」 ゾロの袖をきつく掴んでいるが言葉は拒否だ。 「聞いてくれ・・・・。サンジ、頼む。俺の話を聞いてくれないか・・・。」 ゾロがなんとか宥めようとするがサンジは首を振るばかりだ。ボロボロと崩れ落ちる涙もずっと止まらない。 どれくらいそうしていただろう。 朝靄はすっかり晴れ、気がつけば陽が昇ろうとしていた。 幸いまだ誰も人の姿はないが、ここは吉原と街を繋ぐだけでなく交通の主要な街道で、もう少しすれば人通りも見られるだろう。 地味な着物を来ているとはいえ、遊女として持て囃されも忌み嫌われもした金の髪は通りでは目立つ。人々の好奇の目に晒すつもりはゾロには毛頭ない。 サンジはまだゾロの言葉に耳を貸す気はないのか、俯いたままだ。 埒が明かない。 ゾロはふん、と息を吐くと、ぐいっとサンジを抱きあげた。 「えっ!?ちょ・・・・・。ゾロっ!!下ろしてくれ。俺はエースの・・・。」 「だから、俺が連れて行く。迎えが来るのは聞いていただろうが。」 「え?」 ゾロの言葉にサンジは流れていた涙が止まってしまった。思わずキョトンとする。 「迎え・・・?エースの屋敷に住む奉公人の人が来るって・・・。場所も屋敷の傍でって話だったし・・・ゾロは違うだろ?」 「あ〜〜〜〜。だから、そいつの代わりに来たんだ。」 「代わり・・・・。」 ゾロの言葉に漸く腑に落ちた顔をした。 「わかった・・・・。歩く。・・・・だから、下ろしてくれないか。」 サンジの言葉にゾロは素直に従った。ゾロの役目がわかったから、もう逃げることはないだろう。 そうか。とサンジは納得した。 そう言えば、ゾロが仕えている家は・・・・。 普通ならば、立場を考えれば。ゾロがただの遊女上がりの料理人の迎えなど来るはずがない。 エースがわざわざ気を回してくれたんだな。 「できれば俺が迎えに行きたいところだけどね。」と苦笑していた雀斑だらけの顔を思い出す。サンジの気持ちを知っていて、どこまでも優しいエース。 そんなエースを思い出して、ほろりと笑った。 その様子をゾロはチラリと盗み見る。そしてすぐにそっぽを向いた。聞いてほしいと言った言葉はもう出て来なかった。ゾロが言いたいことは何だったのかわからないが、たぶん今説明したことだろう。 「こっちだ。」 スタスタと歩くゾロにサンジは「待ってくれ。」と引き止める。 「荷物・・・・落として来ちまった・・・。」 「あぁ・・・。」 はぁと大きなため息を吐いたのを見て、サンジは項垂れた。 そうだよな。家庭を持って今幸せなゾロとしては、過去の人間とは顔を会わせたくないのかもしれない。サンジとは違う。ただの若衆の1人だったとはいえ、遊郭にいたことは今は誰も知らないだろう過去のことだ。 ゾロは、エースの命として嫌々来ているのだろう。 仕方なし、という態で一旦来た道を戻った。 そして、改めて荷物を拾い、目的の地へと向かい。 「ゾロ・・・・そっちの道でいいのか?俺が聞いたのと違うような気がする。」 「う!?」 サンジの言葉にピタリとゾロの足が止まった。 もしかして、ゾロの方向音痴は健在なのか? そう思ったら、自然と笑いがこみ上げてきた。 クククと笑うサンジにゾロは軽く舌打ちをして、ぐいっとサンジの腕を掴んだ。 「こっちだ!」 ぐいぐいと引っ張る勢いで足を進める。今度は、方向は大丈夫のようだが。 「って。ゾロ。痛いって。もう少しゆっくり歩いてくれないか?」 「あ・・・悪い。でも、時間あんまりないからな・・・悪いが急ぐぞ。」 暗に先ほどのサンジの行動を責めているように聞こえた。仕方ないだろう。予想外の人物が現れてショックがでかかったのだから。 でも。 と、必死に足を運ぶ中にチラリとサンジは上目遣いにゾロを見上げた。 予定の人物とは別にゾロが来たということは、エースの計らいもあるのだろうが、もしかしたらエースの屋敷でゾロと顔を会わすこともあるのだろうか。 改めて自分が奉公を務める先を考える。 一介の料理人とはいえ、仕える先はそれ相応の大名の跡取りなのだ。そこらの武士とは場所も出入りする人間も違う。 使用人の住まいだって中はどうなっているのかわからないし、裏方とはいえ、働き場の敷地が敷地だから、普段はないだろうとしても絶対に会わないとは言い切れないのではないだろうか。と今更ながらに、現実を思い知った。 でも。 とサンジは思う。 最初は衝撃で逃げてしまい、涙が溢れて止まらなかったが。 ゾロの様子を見て、なんだか安心した。自分は兎も角、ゾロはゾロのまま。そして、立場が違えとも同じ家に使える者同士として接してくれるつもりなのだろう。過去は過去だ。 歩くゾロの後姿を見ながら、今から向かう場所に辿りつく前に自分も覚悟を決めてしまおうとサンジは思った。 過去は過去。ゾロはゾロ。 彼が幸せならば、それでいい。 ザッザッと迷いなく、背筋もまっすぐに歩く姿は、彼が立派な剣士になった証のように思えた。 最初こそ向かう先を間違えたが、もう見知った道なのか堂々と先を進む。いや、迷っていても歩き方は変わらないのがゾロなのだが。 どれくらい歩いただろうか。景色も変わり、街道から街並みが見えてきた。実際には、さほど時間は経っていないのだろうが、楼からずっと出たことがなかったサンジとしては目を瞠った。 「ここを曲がればエースの住んでいる城が見える。」 そうゾロの指差す方向を見やるとなるほど、それらしい影が見えた。 顔を上げれば、道の進む先に城が見えた。 ほおっと息が上がる。 「あれが・・・・エースのいる・・・城?」 「そうだ。」 楼で会う時はひょうひょうとした風貌と言葉使い。そして態度。それらに忘れていた。 どこにでもいるような遊び呆けているような武家の子息ではなく・・・れっきとした一国を担う城主の息子だったのだ。 ここは、屋敷なんてもんじゃない。城だ。 エースは、一国を預かる城主の息子。そして、そのうちに彼自身が城主としてこの国、地域を纏めるのだ。 そして、それはルフィにも言えることで。 ナミも今、見える城の中にいるのだろうか。だとしたら、彼女も最初は苦労したのではないだろうか。彼女は自分と違い、一介の奉公人とは違うD家を支える男の妻になったのだ。 呆然と見つめるサンジにゾロは、まるでサンジの思考を呼んだかのように改めて口を開いた。 「ナミは元気だ。あそこにはいない。別の屋敷で暮らしている。」 ゾロの言葉にサンジは振り向いた。 「暫くは無理でもそのうち会えるだろう。俺もまだ数回しか会っていない。」 「え・・・?」 一瞬わからなかったが、そうか、と思いつく。 「なんせあいつは家を預かる女性だからな。ルフィみたいに自分からさっさと動きまわることもできないし・・・。でも、元気にやってることだけは確かだ。ルフィが言ってた。」 「そっか・・・・。よかった。」 ゾロの説明によれば、ナミのために新たに屋敷を作り、そこで僅かな使用人と一緒に暮らしているらしい。 ルフィがナミを気づかい、使用人も厳選して新たに住居を作ったらしいが、出身が出身なだけに、場によっては相当な苦労は否めない。それでも愛する人の傍にして幸せならば、それでいい。 いつかチャンスがあった時に会えればそれに越したことはないが。 サンジの顔に浮かぶほおっとした笑みを見て、ゾロは苦虫を噛み潰した顔をしたが、すぐに表情を戻して、「歩くぞ。」と足を進めた。慌ててサンジはゾロに着いていく。 街は賑わいをみせていた。すれ違う町人、商人、誰もが笑顔だ。ただ誰もがすれ違うサンジの容貌に驚きを隠せないが、ゾロが一緒の所為か、あからさまに嫌悪の表情や罵りの言葉を吐く者はいなかった。 サンジを奇異な目で見ることには無視を決め込んで、純粋に町人の様子を見ると、この国が安定していてみな豊かな暮らしをしているのがわかった。これも城主の手腕が確かだからだろう。 そして、その跡を継ぐエース。彼もまたきっと今と変わらない活気づいた街を作ってくれるに違いない。 見世で見せてくれる顔は彼のほんの一部だが、それでも彼の知性と人間性の良さはわかった。その彼をほんの少しでも陰ながら支えることができるのはサンジの誇りだ。 そして隣にいる男は、サンジ以上にエースを支える力になってくれることは確かでもある。 そう思ったら、最初に会ったあの衝撃はどこへやら。なんだか嬉しくなった。 もう、お互いに想いを伝え合うことはできないけれど。 それこそ立場は違えど、力量は違えど、一緒にエースという同じ人物を支えて生きて行くことには違いない。それは誇りだ。 それだけでサンジは幸せを感じることができる。 あぁ、俺って幸せ者なんだ。 そう思えた。 「こっちだ。」 思考が飛んでいる間にいつの間にか、目的地に着いたらしい。 裏口にある使用人専用の出入り口と思しき扉の前には、門番がいたが、ゾロの顔を見ればすっと引き下がった。 サンジは扉横に立つ男達に頭を下げる。 「今日からここで料理人として働くサンジだ。まだこの土地にも慣れないから何かあったら頼む。」 ゾロの言葉に再度門番が頭を下げた。サンジもまた「よろしくお願いします。」と頭を下げることしかできなかった。 城の中に入り、使用人があちこち動きまわっている中をゾロについて歩いていき、会うたび会うたびに挨拶を繰り返す。 サンジからすれば、中で働く人の多さに誰が誰だか覚えるのも一苦労だったが、仕事柄人の顔を覚えるのは得意だったため、なんとか忘れずに済みそうな状態を保っている。 と、ゾロの足が止まった。 ぶつかりそうになって慌ててサンジも踏みとどまる。途端、ゾロの膝が折れた。 何事かと顔を上げそうになるところ、小声でゾロが「エースの奥方だ。」と教えてくれた。慌ててサンジも膝をつく。 「其の者がサンジ?」 こちらから挨拶をする前に声を掛けられた。しかも、直球でサンジのことを・・・とすぐにサンジのことがわかったのが驚きだ。 「はい。こちらが今日から務めさせていただきますサンジです。」 「あ・・・・・サンジです。よろしくお願いします。」 ただただ頭を下げるしかできなかった。 「顔を見せておくれ。」 言われて素直に顔を上げる。緊張して体が震えるのを叱咤した。 と穏やかな笑みに救われた。なるほど・・・と奥方はニッコリと笑った。可愛らしい奥方だった。 隣国の姫君と聞いている。確かに噂に聞いた通り、蝶よ花よ、と誉めたたえられ大事に育てられた気品が漂っていた。 「輝く金の髪。確かに綺麗ね・・・。男にしておくのはもったいないほど。エース様が虜になるのも無理はない。」 「あ・・・・あの・・・。」 奥方の言葉にサンジは再び俯くしかなかった。 ゾロも眉間に皺を寄せている。 しかし、そんな不安になる二人を余所に奥方がそっとサンジの傍に近寄った。 「美しいがその分、苦労も多かったことでしょう。きっとここでも貴方の事を奇異な目で見る者が多いはず。困った時は迷わずエース様でも私でも構わないわ、相談しなさい。力になりましょう。」 エースが通っていた見世でエースと懇ろになっていたことなど知らない、気にしないと奥方はその瞳が語っていた。 懐の広さは、その育ちの所為だろうか。サンジは思わず涙をそっと溢した。 「はい・・・。ありがとうございます。」 改めてサンジが頭を下げると「がんばりなさい。」と一言告げて、去っていった。よく考えればお付きの者すらつけず使用人しか足を踏み入れない場所に1人来たのは、そっとサンジの様子を見に来たのだろうと容易に想像がついた。 なんて方だろう、とサンジは嬉しくなった。奇異の目で見るのではなく、純粋にサンジを心配しての行動だとわかった。嬉しい。これからここで働くのだ。改めて働く意欲が沸いてきた。 奥方が去って、二人して起き上がる。ゾロもまた穏やかな顔をして奥方が去って行った方向を見つめていた。 「素敵な方だな。エースの奥方様は・・・。」 「あぁ・・・。とても素敵な方だ。あの方達には、感謝しても感謝しきれねぇ・・。」 ゾロの最後の言葉にサンジは首を捻るが、きっとゾロも奥方から何かしら世話になったのだろうと踏んだ。 その後、すぐに城の裏奥、自分の持ち場になるだろう場所へと向かった。 辿りついた先に立っていた料理長にあたるゼフと言う男は、片足がなかった。なんでも名のある武将だったのだが、昔、戦で城主を庇って足を切り落とされたらしい。本来ならば、隠居生活に入っても構わなかったのだが、趣味が講じて、また先の生き方としてもここで料理人として仕えることを決めたらしい。 名だたる武将が一介の料理人になるなど普通ならありえないのだが、エースの性格を考えるとその性格を作った環境が伺えた。 当のゼフは、サンジを一目見て、ふん、と鼻を鳴らした。 「おい。カルネ。」 その後、ゼフの命の元、カルネという男がゾロにとってかわり、土間を始め、使用人が行き来できる限りの場所を案内することになっていた。 ゾロは、早々に引き下がった。 「あ・・・。」 簡単に引き下がっていくゾロにサンジは思わず声を掛けた。 「なんだ?」 そっけないゾロにサンジは内心苦笑する。 「あ・・・ありがとな。」 「あぁ。では、料理長。失礼します。」 「あぁ。」 ゼフに一礼してさっさと踵を返すゾロのあまりの潔さにサンジは、ほぅと息を吐く。 そうだよな。ゾロは・・・。いや、考えるのはよそう。さっきここに来る時にも決心したじゃないか。 「おい、サンジと言ったな。こっちだ。」 カルネに連れられて、それぞれに与えられている部屋を始め、サンジに関わる様々な場所、道具などの案内をしてもらった。 もちろんエースに会う事など、できるはずもなかった。 初日ということもあって、「最初は見ていろ。」と言われた。最初からこき使われるのかと思ったのだが、技術は見て盗めの持論だとの言葉を吐くゼフの言う通り、最初はただ只管見て覚えるように指示された。ただし、それは初日のみで、後は当然だが雑用から始まるらしい。 じっと見ていると、どうやら他の部門よりも厳しいらしく、見ているサンジが驚くほど怒号が飛んでいた。 さすがに武将出身だけあって、単純に怒鳴り声だけでいえば見世とは比べ物にならないほどに厳しい。だが、怒鳴り声以外の厳しさを知っているサンジには、それは却って愛情あるように見えた。 ここで働く者はみな、城主を始め、全ての人に美味しい物を食べてもらいたい。食事を通して健やかな体を作って欲しい。そんな願いがこもっていると感じた。 さすがエースを育てた環境だと改めて感動した。 エースとその奥方。そして、それを取り巻く人々。彼らにサンジの料理を食べてもらいたい。サンジの料理で健やかな体を作ってもらいたい。店を持つ夢があることにはあるが、それよりもまずここで一人前になってやる、とサンジは目を凝らして目の前で働く先輩使用人達を見つめた。 初日の夜。 多くの使用人がそれぞれ小さな部屋でギュウギュウ詰めになって寝ている大部屋。新参者のサンジは部屋の片隅が寝場所となった。月の明かりも届かない隅。 今までの生活からなのか。それとも慣れない場所で緊張して眠れなのか。しかし、朝は飛びぬけて早いからと言われていた。 早く寝なければ・・・。 そうゴロリと寝がえりを打った所で、違和感を感じた。 何だ・・・・この気配。 回りはみな寝ているはずだ。サンジだけでなく、使用人みな朝は早くから仕事があるはずだ。 しかし、ところどころ鼾は聞こえるのだが、それとは違う・・・・ここに来る前に感じたことのある気配を感じた。 欲を発散させたいという男の邪な気配。 いや。ここは見世ではない。そんなはずがない。 そう思って改めて体の向きを変えると届いていなかったはずの月明かりがサンジの顔に当たった。とすぐにそれが影によって塞がれる。 え? 目の前に複数人の人影がサンジを囲っていた。 「おい・・・お前、男のくせに客を取ってたんだってな・・・。」 「なんでも遊女あがりだってよ。」 「あぁ・・・その髪の色。普通じゃねぇからな。そういう獣なんだろ?」 「男が欲しくてもここじゃ客を取れないな・・・・。俺たちが相手をしてやるよ。」 サンジは目の前が真っ暗になった。 |
12.11.12