いつか桜の木の下で8
「そんなんじゃ、いつまで経っても上手く慣れないわよ。」 「なんだと!?」 「でも、まぁ、筋は悪くないわ。」 突然現れ、突然吐かれた言葉に、ゾロはカッと顔を赤くした。 「てめぇ、何だ!?偉そうに!!」 木刀を持っている手に力が入る。 「何?その木刀・・・手作りなの?」 「だったら何だ!?てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇ。消えろ。」 目の前の少女をキッと強く睨みつける。 まだまだ力では及ばないが、それでも大人と同様の扱いを受け、大人に負けないほどの強面であるゾロのキツイ睨みにも、しかし、その少女は怯えるどころか、反ってゾロの表情を笑うようにして顎をあげた。 「とやかく言うわよ。だってあなたのその姿勢じゃあ、いつまで経っても上手くならないもの。」 「なんだと!!」 ゾロの声がさらに怒りを表す。 「あら?言われて悔しい?だったら、私を倒して御覧なさい。」 いかにもなセリフに、いよいよゾロはその木刀を目の前の少女に突き出した。 肩を竦めて、少女はゾロ同様に木刀を目の前に持ち上げた。と、その少女が木刀を持っていることに、ゾロは漸く気づく。 「何だ?てめぇは・・・。」 ゾロの目が細まった。 「あら?私のこと、知らないの?結構、これでも知られていると思ったけど・・・。まぁ、いいわ。相手をしてあげる。」 いつまでも上から目線に、いよいよゾロの怒りは頂点に達した。 「うおりゃああああああ!!!」 大きく振りかぶってゾロは目の前の少女に飛びかかった。女性を大事にするサンジが知ったらきっとものすごい勢いで怒られそうだが、ゾロには関係なかった。女だろうが、目の前にいるのは自分を罵倒した剣士だ。 相手がどれくらいの実力かは知らないが、独学とはいえ、実際には大人を負かすことができるほどには強い。単純に腕力だけなら大人にはまだまだ及ばない所はあるが、独学で身につけた剣の実力なら、見世の用心棒連中の中では群を抜いているのが自慢だ。そのゾロのお陰で不埒な連中を伸したこともたびたびあった。 クリークの話では、そこそこの武士と違わないほどの剣の実力はあるだろうと、言われていた。 自分でも自慢ではないが、それなりに実力はあると自負している。 が。 それなのに。 強いはずなのに。 ガキィン ドサッッ ゾロは、あっさりとその少女に剣を弾き飛ばされ、倒されてしまった。倒れたゾロの顔の横には彼女が地面に突き刺した木刀が綺麗な弧を描いている。 全てが一瞬のことで、あまりにあっけない展開に、ゾロは何が起こったのかわからないほどだ。 「な・・・・!???」 「ほら。まだまだでしょ?貴方、私に勝つつもりでいたの?」 グイッ、と簡単に地面に突き刺さった木刀を抜き取って肩に担ぐと、その少女は、行動とはまるで正反対に、剣なんて持ったことのないような女らしい笑みをゾロに向けた。そのギャップにゾロは戸惑う。 腹が立ったが、あまりに簡単に負けてしまって何も言い返すことができない。それに、その強さとは正反対のような可憐ともいえる笑みに、ゾロはただただ戸惑うばかりだ。 「でも、さっき言ったことも本当よ。貴方、筋はいいわ。どう、うちの道場でもっと鍛えない?」 「え!?」 「聞こえなかったの?うちの道場へ通って、剣の腕を磨かない?どうやら見たところ、我流でやっているようだけど、もったいないわ。きちんと指導を受ければ、きっといい剣士になるわ。」 「うちの道場って・・・・。」 「あ・・・貴方、私のこと知らないってことは、うちの道場のことも知らないわよね。ごめんなさい。私はくいな。その道では結構、名は知られているのよ。うちの道場は、シモツキ道場。うちの道場に入りたい、強くなって名を挙げたいって連中は多いのよ。」 「くいな・・・?シモツキ道場・・・?」 ただただ目を丸くして、くいなの言葉を繰り返すだけのゾロに、くいなは「あ、そうか。」と軽く笑った。最初の印象とは違って、本当によく笑う女だ。 「我流で剣を覚えているってことは、家がお武家さんではないのね。」 くいなの言葉にゾロは、顔を背ける。言えるわけがない。自分がどこにいるのか。 「でも、気にしないで・・・・。確かに、うちに剣術を習いたいって連中は多くて、通っているそのほとんどが武士や浪人だったりするけど、でも、うちのお父さんは分け隔てなく門を開いているから・・・・。まぁ、ただ単に口だけで強くなりたいって言う連中には来てもらうつもりはないけど、本当に強くなりたくて頑張っている人には農民だろうが商人だろうが、剣術を教えているわ。もちろん、お金もそれなりに考えてあげてるの。」 くいなの言葉にゾロは思わず顔をあげ、喰いつくように彼女を見つめた。 「貴方も強くなりたいんでしょう?見ていてわかるわ。」 ゾロは、思わず素直にコクンと頷いた。 彼女に負けた悔しさや、半ばバカにされたような視線には腹が立ったが、そうこう言っていられない。兎に角、強くなりたいのだ。サンジを守るためにも。 「いいわよ。私からお父さんに話をしてあげる・・・・。うちに習いに来る?」 またもやすぐに頷く。 あまりのゾロの熱意の籠った眼にくいなはまたも笑った。だが、その笑みは嘲るような笑みでも、女の子のような可憐な笑みでもなく、今度は、1人の剣士として相手を認めた時の笑みだ。 「今度、うちにいらっしゃい。」 「いや。今すぐ行きたい。」 ゾロの速効の返事に、今度はくいなの方が眼を丸くした。 「え?でも・・・・貴方、今からって・・・。」 「今すぐ行って、頼みたい。強くなりてぇんだ!」 さっきまでの怒りの表情はどこへやら。ゾロは真っ直ぐにくいなを見つめる。 あまりの真剣さに、くいなは、かるく息を吐くと「わかったわ。」と頷いた。 「何か強くなりたい理由があるのね。でも、言っておくけど、そうそう一日二日で強くなれるわけじゃないわよ。」 「わかってる。だからこそ、一日でも早く稽古を始めてぇ。」 座り込んでずっとくいなを見つめていたゾロは、すくっと立つとパンパンと腰についた土を払った。 「ねぇ、貴方・・・。」 「ゾロだ。」 並んで立つと僅かにゾロの方が背が上だった。くいなは、チラリと目線でだけゾロを見上げる。 「ゾロ・・・貴方いくつなの?」 「あ?・・・13だ。」 答えながら弾き飛ばされた手製の木刀を取りに動いた。くいなは腕を組んでゾロが戻ってくるのを待つ。 「ふぅん。私よりも1つ下ね。」 「え!?」 思わずゾロはくいなの方を振り返った。 「そうか。お前、俺よりも1つ年上か。」 「だったら何?」 「いや、別に・・・。俺は年上だろうが、年下だろうが・・・・女に負けたのは初めてだ。」 「貴方のいる世界じゃ、あまり強い人はいないみたいね。」 勝ち誇ったように口にするが、もうくいなの口調は自慢気というのではなく、単純にゾロが今までいた剣の世界が狭いことを伝えていた。 呆然とゾロは、その言葉を耳に入れた。 当たり前か。 ゾロの世界は女中心で、男ももちろんいるにはいるが所詮チンピラの域を出ていない。見世でいちゃもんを付けて揉める輩もチンピラレベルの連中ばかりだ。本当に強い男は、強さだけでなく礼儀も弁えている。だから見世で揉めることもない。 「そうだ。俺のいるところでは強い奴はいねぇ。だから、お前のところで稽古をつけて欲しい。金が必要なら・・・・すぐには用意できねぇが、頑張って少しずつでも払う。だから、お前の所の道場で稽古をつけて欲しい。」 ゾロは改めて、くいなに頭を下げた。 悔しい。その気持ちはゾロの中に燻っているが、それは今は心の奥底に押さこんだ。強くなってサンジを守るために。 ただ、只管強くなりたかった。 「だから言ってるでしょ?うちでは本当に強くなりたいなら、誰でも稽古をつけてくれるって・・・。まぁ、兎に角、付いてきて。」 「わかった。」 ゾロは手にした木刀を改めてギュッと握ると歩き出したくいなに付いて足を一歩踏み出した。 どうやら、向かう先は、吉原とは反対方向らしい。ゾロは、歩きながら後を振り返った。 そこには、1本だけ寂しく立つ桜の木が風に揺られてゾロを見送っていた。 その桜の木に、1人寂しく笑うサンジが思い浮かべられる。涙を堪えて寂しそうにゾロを見つめるサンジの顔。 ゾロは思い浮かんだ顔を、首を振って頭から追い出し、少し先を歩き出したくいなに追いつくために走り出した。 やあっ やあっ やあっ やあっ たあっ とおっ うおりゃあっっ パアン パアン そこ何やってる!! 門を潜る前から聞こえてくる歓声、怒声、竹刀のぶつかる音はゾロを一気に興奮させた。 あの桜の木からはさほど離れていない場所にこんな道場があるなんて、ゾロは知らなかった。無理もない、ゾロもまた、吉原の門の外は、よくお使いに頼まれる店のある街以外にはほとんど出歩くことがない。あの桜の木だって、母親が亡くなって彼女の亡骸を追い掛けて彷徨って偶然見つけたのだ。それ以上、先に進んだことがなかった。 もっとも、「迷子になって帰って来れなくなるから、それ以上先には進むな。」と散々、サンジに言われていることもあったが。 今までは、どちらかというと道をすんなり覚えるサンジの方がお使いを頼まれることの方が多かったが、これからはきっとゾロがお使いを頼ませるばかりになるだろう。なんせ、サンジはもうあの大門から出ることはできないのだから。 だから、この道場もサンジに見せることはできないのだろう。 活気にあふれた道場。 誰も彼もが強くなりたくて、必死に鍛錬をしているのが、届いてくる声だけでわかった。 「こっちよ。」 門の外を歩いている時には、ゾロにとってはとてつもなく遠い存在の印象を受けた道場。その道場に、意図も簡単にその中に入っていく。 当たり前か。その道場の娘ならば。 道場の娘ならば、誰もが強いのだろうか。だったら、その道場に通っている連中はとてつもなく強いのだろう。 ゾロは、緊張した面持ちでくいなに続いた。 広間となっている場所で只管竹刀を振り下ろす連中の脇を通り過ぎる。何人もの人の横を通り過ぎるたび、チラリと視線を下ろされることに不快感を感じたが、文句を言える立場ではないことに、ゾロは歯を噛みしめた。 たぶん、この道場のお嬢さんと一緒にいる自分の恰好があまりにこの場に似つかわしくなく、不審に見えたのだろう。 「お父さん。」 母屋は奥にあるのだろうか。手前に道場だろう建物があり、そこにくいなは戸惑うことなく目の前の扉をガラガラと開けた。 「どうしたんですか、くいな・・・。」 中では、師範と思われる男と竹刀を交わしている男がはぁはぁと息を切らせながら立っていた。 練習とはいえ、恐ろしく緊迫した空気がその建物の中に充満している。壁際に何人もが座って中央の二人を見つめているが、どの男も真剣そのものだった。 お父さんと呼ばれた男は、竹刀を交わしている男たちの前に立っていた。 「やめっ」 小さいが迫力のある声で、くいなにお父さんと呼ばれた男が、練習を止めた。 「少し休憩を入れましょう。」 その言葉に、誰もが緊張した空気を少し緩める。と、同時に、新たに別の緊張した空気を空間が支配した。 休憩を命じた男は、体も細く、物腰も柔らかく、一見すると剣の達人には見えない。眼鏡をかけており、その奥の瞳は穏やかに笑っている優しそうな男だ。 だが、道場の中にいる連中の誰もがこの男に逆らわないところを見ると、かなりの人望があり、実力があるのだろう。 たしかに見た目と違って、その男の纏う空気にはゾロの体を震わせる何かがあった。 そんな辺りを伺うくいなの隣にいる少年に、誰もが目を向ける。名もわからぬ、身なりは窄しい少年に訝しむ視線ばかりだ。 ゾロは彼らから届く不躾な視線に負けじと、それらの目に対抗するように中にいる連中を睨み返した。 「くいな。その少年は?」 くいなの父は、表情の険しい少年に臆することなく、二人の前にやってきた。師範だろう男も遠巻きに他の連中と一緒に成り行きを見ている。 「この子はゾロ。少し離れた丘に桜の木が一本咲いているところがあるでしょう?そこで一人で剣の練習をしていたの。筋は悪くないけど、なんせ我流でしょ?だから、ここで稽古をつけて欲しいの。」 「どこの子ですか?」 「あ・・・。」 くいなは改めてゾロを見つめた。名前しか聞いていなかったことを改めて知る。 「俺はゾロだ。それだけでいい。」 「でも・・・・。」 くいなは心配そうに隣に立つゾロを見つめる。 ゾロは目の前の細身の割に威圧感のある男に負け時と、恐れずにコウシロウを見上げた。 ふむ。とコウシロウは、顎に手を当ててゾロを真正面に迎える。 「私はくいなの父、コウシロウです。この道場を開いた人間です。あなたは、ここで剣を習いたいのですか?」 「俺は強くなりたい。ここで稽古をつけて欲しい。ダメか?」 「ダメとかではなく・・・・。貴方は、親御さんはいらっしゃるのですか?ここに通いたいとしても、貴方の方にもいろいろと家の都合があるのではないのですか?それは大丈夫なのですか?」 商人や百姓の子ならそれぞれ家の手伝いや稼業を継ぐ為の仕事があるだろう。その時間を割いてここに来るのはどうかと、くいなの父、コウシロウは心配した。 「俺は・・・・親はいない。世話になっているところは・・・・今は言えねぇ。でも、強くなりたいんだ。だからここで鍛えて欲しいんだ。もし、習うのに金が必要なら、時間がある限り、ここで働く。だからここで剣を教えてくれ!!」 これ以上は家のことは言えないとばかりに、ゾロは途中から縋る様に口を開いた。 何かわけありかとコウシロウは、目を細めた。 「わかりました。あなたの家の事はこれ以上は聞きません。ただし、剣を習うことによってあなたが世話になっている所に迷惑がかかるようなら、ここで剣を教えることはできません。あなたは、ここで働くと言ったのですが、本当にそれができるのですか?時間はあるのですか?」 「う・・・。時間があるうちはここで薪割りでも便所掃除でもなんでもする。今からすぐにでも始めてもいい。巳の時間には一旦帰らないといけないが、用事が終わったらまたここへ来る。それで日が暮れるまではまた働くから、それで剣を教えてくれ。」 「それでは、いつ剣を習うのですか?」 「あ・・・。」 コウシロウの指摘に、ゾロは「う。」と口ごもった。 それを見て、コウシロウは軽く笑う。 「くいな、この子、木刀が自前のようですが、剣の腕はどうですか?」 ゾロの手にしている木刀を見て、今度は、くいなの方に話を振った。 「えぇ。我流でやってるから基本はなってないけど、筋はいいわよ。素質もあるわ。きちんと教えればこの道場の一番になれるかもしれない。」 くいなの言葉に、今まで休憩をしながら遠巻きに3人のやりとりを見ていた連中がザワザワとざわつきだした。 そんな連中を横目で流して、くいなは言葉を続ける。 「本当にゾロが真剣に取り組んだら、私も危なくなるかも・・・。」 「!?」 くいなの言葉にゾロが、不思議そうにくいなを見つめた。 「くいなお譲さんは、この道場で一番の剣の使い手なんだ。」 突然、割って入って来たのは、さきほどまで道場の真ん中で竹刀を振っていた師範らしい男だ。 「ってことは、お前らはくいなより弱いのか。だったら、くいなを倒すことができたら、この道場の一番になれるのか?」 臆面もなく言うゾロに、師範の方は面食らった。 「何だと!!お前、何言ってんのかわかってんのか!?」 ゾロの揶揄するようなセリフに男は顔を真っ赤にした。 「あぁ。俺は誰にも負けないよう、強くなる為にここに来たんだ。」 まったくど素人というレベルの少年が発する将来への夢を口にした途端、男は、今度は怒りよりも嘲け笑った。本気にとっていないようだ。それは誰も同じようで、壁際に座っている連中は、誰もがニヤニヤしながら笑って見ている。ゾロの身なり等を見て、彼のレベルを勝手に決め付けているのだろう。 着物は薄汚れており、先ほどのゾロの言葉により、確かに見た目でも到底いい家の者ではないことは一目でわかる。剣を練習していたとはいえ、所詮は独りよがりなものだ。どれくらいの実力かは、想像に容易い。 「まぁまぁ・・・。それでは、ゾロくん。くいながそう言うのならきっと貴方には剣の素質があるのでしょう。強くなりたい、剣の腕を磨きたいという思いも本当のようです。」 穏やかだがその細めた眼鏡の奥の瞳は、ゾロを捕えて離さない。 「ここで働くのはしなくていいです。まずは鍛錬から始めなさい。お金のことが心配なら、大きくなって、強くなり、どこか大きな大名に召し抱えられたら、その時にお願いします。」 「本当か?」 「えぇ・・・。」 身分のことを考えればそんな将来は薄いだろうことは触れずに穏やかに笑うコウシロウに、師範の男は慌てて割って入る。 「先生!!こんなどこの馬の骨ともわからない子どもに!?いいんですか?」 「えぇ。この少年の瞳には嘘はありません。それに農民の子でも商人の子でもどの子でも本気で習いたい子には門を広げているのは今更知っていることでしょう。現に今、外にいるコ―ザだってそもそも商人の子です。貴方はその彼には勝てないでしょう?」 「うっ。」 口ごもる師範にゾロはチラリと見やった。そうか、頑張ればこの男を超えることはできるのかと。 そんなゾロの前にコウシロウは改めて向き直った。 「でも、いつか言える時がきたら貴方のことをもう少し詳しく教えてくださいね。」 ポンと背中を軽く叩くコウシロウにゾロは大きく頷いた。 「よろしくお願いします。」 気持ちを新たに、ゾロは大きく頭を下げた。 それを見て、コウシロウは隣にいるくいなに告げる。 「ゾロは貴方が見つけてきたのだから、貴方が面倒をみなさい。くいな。」 「えぇ、わかってるわ。ゾロ、こっちよ。」 くいなに言われ、ゾロはそのままくいなに付いていこうと向きを変えた。が、今一度、道場の方を振り返って大きくお礼を言った。 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」 負けん気が強く生意気かと思えば、こんな礼儀正しい面を見せられては、誰もが文句を言う事ができなくなってしまった。師範も呆然と場を出ていく二人を見つめることしかできなかった。 「よかったわね。ゾロ。でも、私が教えるからには厳しいわよ。」 道場を出て、庭を横切って二人して歩いた。 「あぁ・・・。そう言えば、さっき言ってた事、本当なのか?」 「何が?」 「くいながここで一番強いって。」 「そうよ。お転婆なお嬢さんで通ってるけど、でもいいの。私も世で一番強い剣士を目指しているから。悪いけど、この道場では大人でも私に勝てる人はいないわ。」 「そうか・・・。」 「何よ。」 「くいなを倒せば、一番強いってことだな。」 「倒せるもんなら倒してみなさい。」 くいなは、ふふんと鼻を鳴らして笑った。 「あぁ、今は無理でもそのうち越えてやる。」 ゾロが真っ直ぐ前を見つめて宣言するのに、追い越されるだろうくいなの方が朗らかとも言える笑みを溢した。 「こっちよ。」 「あぁ。」 くいなに連れられて鍛錬するのだろう場所へ移動する。 歩きながら、ゾロは空を見上げた。 まだまだ日はこれから高く上がっていくだろう。朝飯も食べず、正直に言えば腹が空いてきていたが、そんなことはどうでもよかった。 サンジ、待ってろよ。 これから先、辛い辛い地獄のような時がお前を苦しめるだろう。 だが、俺が強くなって、大きな殿様のところに召し抱えられるようになったら、必ず一緒にあの門を出よう。 だから、それまでの辛抱だ。 一日でも早く、強くなる。それまで待っていてくれ。 祈るようにゾロは心の中でサンジに告げると、改めて竹刀を握ってくいなに向き直った。 |
11.06.05