いつか桜の木の下で9
ゾロは時間を見つけてはシモツキ道場に通い、くいなに特訓を受け、鍛錬に鍛錬を重ねた。 もちろん見世での仕事はこなしつつ、それでも仕事がない時は見世にはいない。気がつけば姿が消えていた。 もともと迷子癖のあるゾロだ。 誰もがお使いに行って迷子になっているのだと思っていた。 勝手に一人どこかへ逃げてしまう事も最初は心配されたが、大門を出ることができなくなったサンジを置いて出て行くことなどあり得ないと誰もが知っていたので、そういう意味では信頼されているのだろう。 ただ一人、サンジを除いて。 サンジは、ゾロが一人この見世を抜け出て逃げ出しても構わないと思っていた。 ことあるごとにゾロには、言っている。 「なぁ、ゾロ・・・。お前、最近よくいなくなるがどこ行ってんだ?」 「あぁ?そんなことどうでもいいだろう!」 見世で鍛錬することもなくなり、暇があれば姿をくらますゾロに、サンジは聞いてみる。 だが、ゾロは言葉を濁してはぐらかすのみだ。 昼見世も終わり、今はしばしの休憩ともとれる時間、サンジは部屋の格子から庭を見つめて呟くようにゾロに言う。 「もしよぉ・・・・もし、お前にいい人でも出来て、ここを出たいのなら、構わないぜ。」 「・・・・・・。」 すっかりと遊女らしく色気を纏う様になったサンジだが、ゾロの前では相変わらずこ憎たらしい口は吐く。 ゾロはそれに何も答えることなく、ただただ鍛錬に勤しむだけだった。 あれからロビンは身請けされて見世を出た。 まだ日も昇りきらない静かな朝、大門を大切な人と一緒に潜っていった。 それを見送ったナミがずっと大門の外を見つめていたのを、サンジは知っている。 その後すぐに、ロビンの後を継ぐ者としてナミは盛大に売り出された。正確には、ロビンが大門を潜る前にナミの初見世は迎えたが。 クロコダイルが最初の客になることがなくなった為、新たに初客の名乗りを上げた者は多く、ナミの今後が大いに期待された。 見世の期待に応えるべく、ナミの初客はD家を名乗る跡目継ぎの男がその権利を得た。彼は、振る舞いも良く、大いに見世を喜ばせた。 道中も大見世にも負けないくらい盛大に行われ、今やナミは、この見世一番の売れっ子になっていた。 その一方でサンジの評判も秘かに広がっていった。 表に顔を出すことはないが、美しい男が吉原で遊女として売られていると。 彼を手に入れたくば、中堅どころとはいえ敷居の高い見世というものに、更に紹介なるものがないと彼を抱くことどころか、会うことさえ叶わない。通常の手順とはまるで違うが、それでもまた彼を手に入れるのは難しい。 しかし、彼を抱いた者は、例え男を抱くという気が元々薄くとも彼を再びこの手に抱いてみたいと切望するようになってしまう。 実しやかに、そんな噂が巷では囁かれていた。 実際、彼を贔屓にしている客の数は、見世の華である花魁にも引けを取らなかった。しかもサンジに関しては、紹介が必要だったり何かしらの口添えがないと会えないと手間がかかる割には、遊女たちと違って、見世の堅苦しいしきたりに習う必要もないため、一般には浮気が許されない吉原でも自由に遊ぶことができた。そのため、金を飽かして遊びまくる連中には彼の存在は都合が良かった。 表舞台で華やかに売れているナミと、裏では花魁に負けじと客を取るサンジ。 楼主のクリークからすれば、こんなおいしい状況はなかった。 幸いにも、この二人はライバル意識が芽生えることもなく、まるで兄妹のように仲もいい。そのため、トラブルもない。 もちろん、サンジの存在を煙たがる遊女もいるにはいるが、基本、女性には優しいサンジに絆され、また、露骨に客を寝とるわけでもないサンジは見世の遊女の中では好かれている存在だった。 見世は順調。 しいていえば、ゾロの存在は、今だに時間を見つけては姿を消すのに困った感はあるが、基本仕事はきちんとこなしているので、特に問題はなかった。 そうして月日は流れた。 |
11.06.06