すれ違う思い 重なる思い1




波も穏やかで天気も快晴。
サニー号はいつものように順調に航海を続けていた。

「うん、気候も安定してだいぶ経つから、もう島が見えるはずよ!」

ナミが前甲板で前方を見ながら呟いた。
その言葉通りに、拡声器からウソップの陽気な声が届く。

「島〜が〜見えたぞ〜!!」

その報告にサニーの上で伸びて寝ていたルフィは真っ先に立ち上がる。
部屋に篭っていた者までゾロゾロと外に出てきた。

「今度はどんな島かな〜〜〜〜。美味いメシ屋はあるかな〜〜〜〜?」

ルフィの頭の中は、すでに上陸し腹いっぱいの料理を食べているのだろうか、ダラダラと涎が止まらなくなっている。

「まだちゃんとした街があるかどうか、わからないでしょう・・・。」

ナミが双眼鏡を覗きながらため息を吐いた。
と、とたん緊張の風がその髪を揺らす。

「待って!!このまま前進しちゃダメ!!面舵いっぱいよ、急いで!!」

突然の言葉に誰もが、目を丸くする。

「どうしたんだ、ナミ?すぐ目の前に島が見えるってのに、方向転換するなんて!!横暴だぁ〜〜〜〜!!!」

楽しい冒険を前に島から離れるべく進路にウソップとチョッパー、ルフィがブーイングを出す。
3人並んで言う文句を、ナミは余裕のない顔で睨みつける。

「この先の空気がおかしい・・・。島へ真っ直ぐ向かったら嵐に遭遇するわ!」
「でも、何にも見えないぞ。それに島が目の前だってのに?てめぇの勘違いじゃねぇのか、小娘!」

ナミの指摘にフランキーが眉を顰める。まだ舵は切っていない。

「その言い方やめてよ!ともかく、私の言う通りにしてちょうだい!!急いで!!」
「ほれ、フランキー。今までもナミさんの指示で助かってんだよ、ナミさんの言う通りにしやがれ!」

足でツンツンと突付くサンジの横槍に「あ"ぁ?」と顔を歪めるが、ナミの指示が的確なのは知っている。
仕方ない、とフランキーは舵を切った。


途端、今まで前方だった方角から轟音が迫ってくる。

「なんだぁ?」

誰もが驚き振り返ると、そこには大きな嵐が島への航路を塞いでいた。さっきまで陽気に包まれて見えていた島がその姿を嵐に隠された。
呆然としそうになるのをナミが大声で指示を出す。

「ひえええっっ!!何ですかぁ?あの嵐は〜〜〜〜!!」
「思った以上にスピードがあるわ!!急いで!フランキー、バーストしてっっ。」

ブルックが体を震わせている横で、ナミは追いかけてくる風に思わず手摺りに掴まり、顔を上げて逃げの算段をつける。
暴風が勢いよく、船を襲ってきた。
早々にここを退散しなくては、とナミが前方を睨んでいると、フランキーから想定外の返答が返って来た。

「ダメだっ!コーラ樽が足りねぇっっ。」
「ええっっ!!何でよぉっ。」
「何でって・・・。この前の戦闘で樽をたくさん消費しちまったじゃねぇか!!」

先日の戦闘でカオン砲を使っていたのと、先の島からの航海が長引いていた為にコーラ樽が残りあと僅かになっていた。
ガオン砲そのものはさほど必要な戦闘ではなかったのだが、ただ単にルフィがガオン砲見たさに使ったというのが痛い。
当てにしていた逃げの算段が外れたため、ナミが悲痛な声をあげる。

「だから、あの攻撃はダメって言ったじゃないっっ。ルフィのばかぁ!」
「今頃言ったところで・・・。兎も角、パドルしかねぇ。急いで帆を畳め!レバーを引くぞ!!」

ルフィ達が慌てて帆を畳み、フランキーが舵を操作している間にも、大きな風の渦が後ろから迫ってきていた。高くうねる波にサニー号が翻弄される。

ザバアッ

「きゃあっっ!!」
「うわああっっ!!」

大きく傾く船体に誰もが必死にしがみ付く。予想外の嵐の大きさに誰もが冷や汗を掻いた。
海も大きく荒れ、何度も襲ってくる波に、能力者達は体の力が抜けて崩れ落ちる。思わず、顔を苦痛に顰めた。

「ダメだ!入ってくる波が多すぎる。おめぇら、中に入っておけ!!」

ゾロがルフィやチョッパー達に声を掛けた。

「悪ぃ・・・・。頼む。」

ぐったりとした体でなんとか這うようにしてルフィがチョッパーと一緒にアクアリウムバーへの扉へ向かう。ブルックはすでに扉まで辿り着いて中に入ろうとしていた。ロビンはベンチに縋りついたまま、動く事ができないようだ。

「ロビンちゃん、しっかり!」

サンジがロビンを抱え上げ、ルフィ達の後を追うようにして扉に向かった。

「うぅ・・・。ごめんなさい。」
「いいよ、それよりしっかり!」

これもまた襲ってくる波の隙間をくぐって扉までなんとか辿り着いた。
が、中に入ろうとした途端、一段と大きな波が二人を襲う。

「きゃああっっ!」
「くそっっ。」

二人して強い力で海へと引きずりこまれた。

「ロビンっっ、サンジくん〜〜〜〜〜〜!!」

ナミが手摺りに掴まりながら、必死に叫ぶ。釣られてゾロも海の方へと視線を向ける。が、声が示したのは上だった。

「上だ、クソ剣士っ!受け取れぇ。」

声は下から聞こえてくるのに、告げる言葉は上からだという。だが、何かある、とゾロは言われるまま上を見上げた。
その言葉が示していたのは、上空に投げ飛ばされたロビンだった。
女性だから蹴りはしないのはわかったが、それでも襲ってきた波の合間を縫って彼女を上へと投げ飛ばしたのだろう。しかも、投げ上げた位置もゾロを見越してのことなのだろうか、受け取るのにばっちりの位置だった。
が、当の本人の姿は当然のごとく上空にはない。

「あんのあほコックっっ。」

舌打しながら、ロビンをキャッチする。

「ありがとう・・・。それよりも彼が・・・。」
「わかってる。まずはてめぇが先だ・・。ナミっ!」

ゾロが叫んだ意味がわかったのだろう。ナミが遠くから叫び返した。

「わかってるわよ、サンジくん。見つけるわよっ。」

能力者が動けないとなると使える者は少ない。
フランキーは舵から離れることができない。
ナミは状況判断はできるものの、船体の揺れが大きいため、手摺りにしがみついたままだ。ウソップもロープにしがみ付きながらも、フランキーをサポートするのに必死だ。
ゾロは最優先事項を遂行した。

体に力が入らないのだろう、ぐったりとしているロビンを抱えて、再度アクアリウムへの扉へと向かう。
今だ波が甲板に押し寄せてくるが、必死に踏みとどまり、今度はなんとか目的の扉へと辿り着いた。

「とりあえず、中に入っておけ。波が多少収まってきたら頼む。」
「えぇ、わかったわ・・・。お願い、彼を・・・。」
「わかってる、必ず見つける!あいつは大丈夫だ。こんなことで死ぬようなヤツじゃねぇ。」

自分の所為だと責任を感じているのだろう。申し訳なさそうに項垂れるロビンに、ゾロは手を上げて再度甲板に戻った。
今だ、嵐の勢いは衰えない。波も高い。が、上手い具合に嵐の進路が変わってきていた。

「おい、ナミ・・・。」

やはり這うようにしてナミの元へと辿り着いたゾロにナミが「あれ。」と海面を指した。
うねる波の合間にキラキラと光るものが見え隠れしている。合間になんとか息を繋いでいるのだろう。顔が時々上がる。意識はあるようだ。
幸いにも、サンジが浮かんでいる位置はサニー号から大して離れていなかった。
ひとまずなんとかなるだろう、と内心安心する。

「ウソーーーップ!」

ゾロが呼ぶとやはりゾロの意図することがわかったのか、ウソップは必死に船体にしがみ付きながらも浮輪を持ち上げて合図を送った。
ゾロの差した方向へと浮輪を投げ入れる。さすがと言うべきか、ロープのついた浮輪は上手い具合にサンジの傍に着水した。
ゾロはそれを確認すると、濡れた芝生をザザザと滑り、ウソップの傍まで移動した。

「どうだ?」
「あぁ、浮輪に気が付いたようだ。」

落ちないようにしながらも海面を覗くと、サンジが浮輪にしがみ付いているのが確認できた。

「よし!おいっ、あほコック!!」

海面に向かって叫ぶとゾロの声が聞こえたのか、波を被りつつも顔を上げた。

「ロープを引っ張る。いいか、ぜってぃ浮輪離すんじゃねぇぞ!!」

ゾロの言葉にサンジが手を上げた。わかったのだろう。必死に浮輪にしがみ付くのが見えた。

グググッ

波の引き寄せる力はかなりのもので、ゾロの力をもってしてもすぐに引き上げられない。
が、ここで止めるわけにも、諦めるわけにもいかない。彼の命がかかっているのだ。

「クソッ!!」

更に力を込める。ウソップも一緒になって後ろから引っ張った。
自分が海に引きずりこまれないように、歯を食いしばる。

「もう少しよ!あと、ちょっと!!」

ナミの言葉によし!と一気に力を込めた。

ザバアッッ!!
ダン!!

寄せる波に押し戻される形でサンジが甲板に叩きつけられた。が、そこは大したことがなかったようで、ハァハァと息を荒げて蹲っていた。

ビュオオオオオオオオオオ

突風が3人の頬をすり抜けた。
またもう一度海に落とされるのでは、と思うほどに強い風が吹き抜けた。
ウソップは咄嗟にゾロに掴まった。ゾロはまた海に落ちては、と思いサンジを抱き寄せる。3人して蹲ってなんとかやり過ごした。

恐ろしいほどの突風が吹きぬけた後、今度はピタリと風が止んだ。

「・・・・・嵐が、去っていくわ・・・・。」

ナミが呟いた声は大して大きなものではなかったが、そこにいる誰もがその言葉を耳にした。
ナミの視線を辿っていくと、その言葉通り、大きな風の渦が離れていくのがわかった。

「過去最高クラスの規模の嵐だったわね・・・。直撃してたらひとたまりもなかったわ。ううん、直撃じゃなくても、この船だったからこそ耐えられたのかも・・・。」

あれでも進路としては、嵐の隅を掠っただけなのだろう。ナミの言う通り、直撃だったら船は木っ端微塵だったろう。

「あっという間の出来事だったな。まぁ、スーパーな俺様の作った船だから持ちこたえたようなもんよ。」

ガシンと自慢気にポーズを取るフランキーにナミがため息をつく。

「もう、大丈夫だから・・・。いつまでそうしてるつもり・・・・?」

肩を竦めるナミの声にゾロが顔を上げた。
指摘されてはじめて、ずっとサンジを抱き寄せたままだったことに気づく。ウソップは早々にその場を離れ、喜々としてルフィ達を呼びに行った。

「あぁ、悪ぃ・・・。」

そっと腕を外すと、頬を少し赤らめてサンジが珍しく礼を言った。

「助かった・・・。サンキューな。」
「いや・・・。ロビンが心配してたからな・・・。」

ロビンの名にいつものようにメロメロするかと思ったが、意外にも冷静に彼が言葉を紡いだ。

「あぁ・・・・。確かにロビンちゃんに後味悪い思いさせちゃいけないよな・・・・。でも・・・・・。」
「でも・・・・?」

ゾロは眉を顰めた。

「これでもし俺が助からなかったとしても、仲間が助かるなら、俺はそれでいい・・・。」

独り言のように小さく呟かれた言葉にゾロはカッとなった。

「てめぇ!!」

瞬間湧きあがった怒りに立ち上がったゾロだったが、その怒りを現すことができなかった。

「サンジぃ〜〜〜〜〜〜!大丈夫かぁぁぁ??」

ウソップによって嵐の終息を知ったルフィ達がこぞって集まってきた。
ロビンもいつにない優しい笑みでサンジを見つめている。

「助かったわ・・・。ありがとう。」

ロビンの言葉に笑みで返事をするサンジに、ゾロはもう何も言えなくなってしまった。
サンジの呟きはゾロにしか聞こえなかったのだろう。誰も何も気づかないまま、それぞれ元の位置へと戻った。




船は、もう一度島に向かって進みだした。



09.02.17




         




まだ序章なので、話が全然です・・・。