すれ違う思い 重なる思い2




カタン


物音に気づいて顔を上げるとそこにナミが立っていた。

「珍しいな、お前がこんな時間にここに来るなんて・・・。」

手にした酒を煽ってタンとテーブルに置く。
ダイニングにはゾロしかいなかった。キッチン側の明かりも消されて、静かだ。
扉を開けたナミは、軽く笑ってゾロの正面の席についた。
今はもう12時を過ぎているだろう時間帯だ。ゾロはナミをこの場所で見かけるのはめったになかった。
ナミは笑ってゾロを見つめる。

「そうでもないわよ、時々、眠れない時とか、海図を書いて夜更かしした時とか、ここに来る事あるわよ。まぁ、夜はほとんど部屋で過す事が多いから・・・。偶々、あんたとはち合わないだけよ。大抵はサンジくんが相手してくれるけど・・・。」
「へぇ。」
「なんだかご機嫌ナナメじゃない。どうしたのよ?」

ゾロから酒瓶を奪って、ナミも口をつけた。
それを見て、ゾロは使われないままテーブルの上に置かれたコップを差し出す。

「これ使え。コックが置いてった。」
「サンジくん?もう寝たの?」
「見りゃ解るだろ。明日の用意とつまみを作ったら早々に出て行きやがった・・・。それより何しに来た?」
「ちょっと喉が渇いたから、飲み物をもらおうと思って・・・。部屋にあるのじゃなくてサンジくんに何か作ってもらいたくて来たけど、まぁ、これでいいわ。」
「ふ〜ん。」

ゾロの言う通り、改めてテーブルに目をやると、なるほどつまみらしきものが乗っていただろう皿がいつくか並んでいた。それらは全てもう空になっていたが。
つまみがないのは残念だが、目の前にある酒で十分だと思った。彼が選んだアルコール類は安くても美味いものばかりだ。ハズレはない。
それにしても、サンジが早々に部屋に戻ったのとゾロの機嫌が悪いのは何か関係があるのだろうか。ナミはもう一度ゾロに尋ねた。

「どうしたのよ?ケンカでもしたの?」

テーブルに肘をあずけて手に乗せた顔を傾げる。
普段からケンカは日常茶飯事とも言える二人だが、大抵、夜に酒を酌み交わす時は穏やかに時間を過ごしていることをナミは知っていた。

ナミの言葉に思い当たる節があるのか、ゾロが苦虫を噛み潰した顔を晒す。

「あら図星?珍しいわね。こんな時間にケンカするなんて・・・。」
「ケンカなんていつもしてるじゃねぇか。」
「あら、そう?知ってるわよ。あんた達、意外とウマが合うってこと。昼間は兎も角、夜はいい感じで一緒に飲んでるじゃない。」
「そうか?」
「そうよ。」

ケンカの内容が気になるのか。ナミが興味津々という顔でゾロを覗き込んだ。
ゾロの言葉をナミは静かに待った。表情からして何かしら教えてくれる、と思った。が、すぐに口を開かない。
簡単に口を開かないゾロに、これはただ事じゃない、とナミは踏んだ。
静寂が訪れたかと思われたダイニングだが、遠く街の喧騒が小さく耳に届いた。
昼間、嵐の後に辿り着いた島は、それなりに大きくて賑やかな島だった。深夜であるこの時間帯も街では歓楽街を中心に賑わっているのだろう。
生憎、今の麦わら海賊団には宿に泊まる余裕はないので、一旦は上陸したものの、夜には誰もが船に帰っており、すでに寝ている。
ナミはふふん、と鼻で笑った。

「今日の不寝番は確か、フランキーだったわよね。で、ここにあんたが残っててサンジくんがすでに寝ちゃったってことは・・・。ゾロ、あんた、サンジくんを怒らせでもしたの?」

ゾロの顔が更に歪む。

「何よ。当たり?」
「ちょっと違う。」
「?」
「別に何でもいいじゃねぇか!」

ギロロリと睨むがナミには通用しない。ただ、ゾロの様子から単なる興味深々の顔から真剣な表情に変わった。

「・・・・昼間・・・・。」
「昼?」
「嵐の時の話だ。」
「あぁ、今日の昼間のあの嵐の時?」

どう足掻いてもナミは話を聞くまでここから離れないだろうと踏んで、ゾロは漸く口を開いた。
下手をすれば相談量としてお金を取られるかもしれないが、隠したところで別の口実でお金を取られるのだ。

「あいつは、自分を差し置いてロビンを助けた。」
「そんなの・・・・・・。いつものことじゃない。」




ナミは自分が高熱を出して倒れた時のことを思い出す。

あの時も、冬島で雪崩にあったルフィを庇ってサンジは雪崩に巻き込まれてしまった。ナミはルフィの背中に背負われていたので、サンジに言わせれば、ルフィじゃなくてナミを助けたかったのだと言うだろう。いや、本当は二人を助けたかったのはわかっている。あの時、ナミは朦朧とする意識の中で、サンジの名を呼ぶルフィの声を聞いた。その時の傷が未だにサンジの背中に残っているのも知っている。
それ以外にも。空島でも、ナミを庇ってエネルの攻撃を受けた。スリラーバグの時だって・・・。
普段の戦闘の時にも、今日のような嵐の時にも、いつだって彼はナミを、そして仲間を見ていて。
思い出すと、腹立たしいほどに彼は仲間を大切にする。いつも、自分を差し置いて。
戦いにおいて負けての死なら仕方がない。嵐に巻き込まれて海に還ったのなら仕方がない。ただ、それが単純にであったのならば、諦めもつく。
が、彼の場合、その原因が、自己犠牲に拠るところがあるのだ。

それがゾロには耐えがたかったのだろう。
湧きあがった感情が表情に現れた。




拳を握って感情を抑えるゾロの手を上から重ねた。
ゾロは、はっとして真正面に座る仲間を見つめる。

「一体、どうしたの・・・・。」
「ナミ・・・・。俺は・・・・。」

嘘はつけない。
そしてまた、正直に話をすれば、見た目は美女でも内面は仲間内でも一番と言っていいほど男気があるこの少女なら笑わずに話を聞いてくれると思った。

「あいつに惚れたらしい・・・・。」
「ええっ!」

笑いはしないものの、咋に驚くナミにゾロは、先ほど以上に苦虫を噛む。
が、ナミもそこは悪いと思ったのか、直ぐに立ち直ってフォローをし、続きを促した。

「・・・・まぁ、誰が誰を思おうとそれは個人の自由だから、別にいいわよ。うん、何だったら応援するわよ・・・。」

茶化す話ではないと思い、ナミは気を引き締めて穏やかな顔をゾロに向けた。

「それで・・・・それが、サンジくんが怒ったのとどういう関係が?」
「怒ったわけじゃねぇ・・・。」
「でも、何かしらあったんでしょう?何、告白して振られたってこと?」
「・・・・・。」
「図星?」

口を噤んでしまったゾロにナミは大きくため息を吐いた。
ゾロは思い出したようにグビリと酒を飲む。

「まぁ、サンジくん。筋金入りの女好きだもんね。でも、相手の真剣な気持ちを笑ったり貶すようなこと、しないと思うけど・・・・。」
「あぁ。」
「何だったら相談に乗るわ、格安で!」
「金、取んのかよ。」
「まぁ、兎に角話してよ。」

ナミもまた相手が真剣な時にふざけたりしない人間だということをゾロは知っている。
解決には至らないにしても、自覚してしまった気持ちに蓋をすることはできない。ましてや、この魔女とも比喩される女には隠したところで隠し通せるものではないだろう。
組んだ手に顎を乗せてじっくりと聞く態勢を取ったナミを横目で見て、ゾロは一度大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、改めて口を開いた。


「昼間、嵐に会った時に突然、己の気持ちに気づいちまったんだ。」
「それはまた、突然ね。」
「ロビンを助けるために海に落ちたあいつを救い上げてから、二度と海に落ちないように必死に抱き込んだ。それは単に仲間を失くしたくない思いからだと思ったんだ。そりゃあ、普通だろう?」
「あぁ、あの時ね。うん・・・・。」

嵐が過ぎ去っても暫くサンジを抱き込んだままだったゾロを思い出す。
そういえば、声を掛けたっけ、とナミは目線を上げた。

「だが、そうじゃねぇ・・・。」
「どういうこと?」

ナミにはゾロが言いたいことがよくわからない。

「あいつは、ロビンが助かるなら自分は助からなくていい、ってあの後、ポロリと溢したんだ。その言葉を聞いた時、本気で怒りが湧いた。」
「そりゃあ、私だって怒るわ!」

その言葉はナミは聞いていないが、その場で聞いていたらビンタの一つもかましていたかもしれない。
先ほどは、「いつものこと」と言ったが、わかってても現場で言われたら瞬間的に頭にくるのは間違いないだろう。何度言っても治らない悪癖のようなものだろうが、それでも腹が立つのは仕方が無い。

「でも、そりゃあ、お前の場合、いつも助けられる立場だからだろう?あいつを犠牲にしてまで自分が助かりたくないってことだろう?俺はそうじゃねぇ。」
「私の場合は・・・・確かに私は、いつもサンジくんに助けられるから・・・・。助けてくれるのは嬉しいけど、でも、彼の命を犠牲にしてまで助かっても嬉しくないわ。」

ナミはいつもサンジに助けられる。しかも、大抵の場合は、それに拠って彼の命が危うくなる場面でのことが多い。

「俺は・・・・あいつに助けられる立場じゃねぇから、あいつはただのアホだ、ぐらいでそんなことゆっくりと考えたことなかったが。一瞬、考えちまったんだ、あいつの言葉を聞いた時に・・・・。もし、あいつが・・・コックが助かるのなら、ロビンが犠牲になっても構わないって・・・・。俺は、仲間二人の命を天秤にかけちまったんだ。」
「ゾロ・・・・・。」

悲痛な顔を見せるゾロにナミも表情を曇らせる。
ゾロの気持ちがわからないでもなかった。もし、仲間二人、どちらかしか助からない場面に出くわしたら、自分はどうするのだろうか。
しかし、それが『惚れている』ことに結びつくことが、よくわからない。
ナミはゾロの言葉をただ静かに聞いた。

「何を差し置いても、あいつを失くしたくねぇって思っちまった。」
「それが、惚れてるってこと・・・?」

疑問を口にする。

「それだけじゃねぇ。あいつを抱きしめて嵐をやり過ごした時、不謹慎にもずっとあいつを抱いていたいって思った。ずっとこうしていてぇって、思っちまったんだ。」
「でも、それじゃあ・・・・・。」
「今、考えればいろいろと思い当たる節がある。」

ゾロとしては自覚した途端、あれもこれも、と簡単に理解できる行動がいくつもあったのだろう。自嘲の笑みを浮かべている。
ナミはどう言っていいか、わからなかった。

「やたらとお前ら、女に対して優遇している態度、言葉に、不必要な横槍を入れてしまうこと。大した理由もないのにすぐにケンカしちまうこと。全部、あいつと関わっていたかったからだってわかった。ケンカですら楽しいと思っちまってたんだ。」
「男同士の友情、って感情とは違うの?それだったら、ごく普通に湧くものじゃない?」

必要ないかもしれないが、念のためという形でナミは尋ねた。

「そんなんだったら、あいつを抱きてぇ、って思わないだろう。」
「うん・・・・そうね。」

そっかぁ、ゾロ、サンジくんを抱きたいんだぁ、とナミは心の中で軽く笑った。
料理を食べている仲間を見つめる彼の穏やかな笑顔を可愛いと思う時があるのを、ナミも自覚している。それが発展したんだろうな、とも予測がついた。船長に惹かれている自分にはそこまでの感情にはいかなかったが。

「・・・・で?」

昼間の出来事が切欠として、それがどうしてケンカ(ゾロにすればケンカじゃないということだが)になったのか、ナミは続きを促した。

「で、俺は・・・。あいつは、女好きだからわかっていたことだが、でも、あいつの育った環境を考えれば知らないことじゃないだろうし、黙ったままってのも俺の性分にあわねぇから、自分の気持ちを正直に言った。」
「サンジくんのあの性格を考えれば、受け入れてもらえることがないのは想像つくでしょうが・・・・。」
「だから、俺は、俺の気持ちを受け入れてくれ、ってつもりはねぇ。ただ、いつ死ぬかわからねぇ海賊家業だ。だから、俺の気持ちを知っておいてほしかっただけだ。」
「応えてもらえる期待をしていなかったのなら、何をヘコんでいるの?らしくないわね!それとも、何?サンジくんを犯りそこねてがっかりしたの?」

ナミは、組んでいた手を外して、左手で顎を組んだ。
一旦は真剣な表情を晒したゾロだが、再度顔を歪める。
ムッと口を引き結ぶが、ゆっくりと口を開いた。

「あいつ・・・・俺の気持ち自体を否定しやがった!」
「え?」

ナミは目を丸くした。

ゾロはいつも以上に喋って喉が渇いたのか、その時の感情を思い出したのか、酒をグビリと煽った。

「『そんなのは勘違いだ。そんな気持ちをゾロが持つはずはねぇ。』って・・・。好き嫌いってことじゃなくて、俺の気持ちそのものを否定しやがったんだ。」
「ゾロ・・・・。」
「確かにふっと湧いたように気づいた感情だ。すぐには信じてもらえねぇかもしれんが、俺だって人間だ。人を好きになる感情くらいある。」
「うん・・・。」

手にした酒瓶をゾロはダンとテーブルに置いた。
ナミはどう答えていいのかわからない。ただ相槌を打つしかなかった。
それでも、ナミに話したことで多少は気が治まったのか、ゾロの表情は先ほどよりは落ち着いたようだ。相談してもらおう、という思いはなかったのか、忘れたのか。
ナミがゾロの気持ちえを驚きつつも否定しなかったのは、ありがたい、とゾロは思った。

「・・・・・寝る。」

そう呟くと酒瓶を手にしたまま、ゾロはガタンと立ち上がった。
ナミはじっと見つめる。
コツコツと足音を響かせて扉へ向かうゾロに、ナミは慌てて声を掛けた。

「ゾロ!」
「なんだ?」

ナミも立ち上がり、その背を見つめる。ゾロはナミの声を無視せずに、素直に振り返った。

「私の勝手な解釈だけど・・・。」
「・・・・?」

眉を顰めるゾロにナミは、穏やかに笑いかける。

「サンジくん、ちゃんとわかってると思う。きっと、戸惑ってるだけよ。」

ゾロの方眉が上がる。

「どうしてそう思う・・・。」

困惑するゾロに、ナミはゆっくりとゾロに向き直った。

「普段のサンジくん、見てればわかるわよ。サンジくんだってゾロのこと、嫌ってるわけじゃない。ううん、寧ろ、好きだと思う。ただ、本当に突然でどう答えていいのかわからないだけよ。」
「お前の勝手な解釈だろ?」

捨て台詞のように呟いて、ゾロは改めて扉に向かった。
その背にナミも呟いた。ただその言葉がゾロに届いたかどうか。

「でも、女の感って当たるものよ・・・・。」

ナミは不器用な二人が上手くいくことを願わずにはいられなかった。



09.02.24




            




ゾロサンというよりゾロナミになっちゃった・・・。話進まず・・・。