すれ違う思い 重なる思い3




島に滞在してすでに3日が過ぎた。ログが溜まるまでは、まだあと1週間もある。
島の名前はアザレア島。大きな街があるわりには海軍は小さな駐屯所しかないので、幸いにも騒ぎを起こさなければこの島をやり過ごすことができるだろう。この島ではログが溜まるまで2週間を要するとのことだ。

まだ3日しか過ぎていないが、その間、ゾロは何度となくサンジに話しかけた。
そのたびにサンジは「お前の気のせいだ」と言う、でなければ「聞かなかったことにする」と話をなかったことにしようとする。
何度となく行われるやりとりに、ナミだけでなく、勘の良いロビンにまで二人の関係が知れてしまった。幸いなのか、男連中はまだ知らないが。

「どう思う?ロビン・・・。」

マスト下のベンチに座り、ジュースを飲みながらナミは隣で本を読んでいたロビンに声を掛ける。

「どう思うって・・・・・こればっかりは、二人の問題だから・・・・。」

「困ったわね。」と、頬に手をあてて苦笑するロビンにナミはじれったそうに口を尖らせた。

「そうだけど・・・・・。でも、やっぱりあの二人じゃ、何かしら手を貸さないといつまで経っても進展しないわよ!もう、じれったい!!」

ナミがずずず、とジュースを飲み干した。彼女らしくなく音を立ててしまう。それもまたナミの心情を表してのことだろう。

「そうねぇ・・・・。元々、ゾロは恋愛に不器用なんだろうけど、サンジくんの方もきっと育った環境があったにせよ、あの性格だもの・・・男の人と・・・って言うのがまずなかっただろうから、対処方法がわからないのかもしれないわね・・・基本的には男女のそれと同じだとは思うけど・・・・。」
「う〜〜〜〜ん。あぁ見えてサンジくん、遊び慣れてるだろうけど、本命はいなかったと見るわ!だとしたら、やっぱり恋愛に不器用な部類に入るわね。」

飲み干したグラスをコトンと脇に置き、ナミは腕組みをして考え込む。

「そういろいろと考えたって仕方ないわよ?本人達に任せたら?」

ロビンはナミを見てクスクス笑っている。あまり干渉するつもりはないようだ。そんな、年上の女性にナミは語気を僅かに荒げる。

「ロビンはあまり関心ないようだけど・・・・・私は気になるのよ!だって、ゾロも・・・サンジくんも・・・・・二人とも大好きな仲間なんだもの。幸せになってもらいたいわ!」
「二人に幸せになってもらいたいのは、私も同じよ?ナミ。でも・・・・・私達がどうこう動いたって、結ばれるものは結ばれるし、離れるものは離れるものよ。況してや、私もどちらかというとずっと裏社会にいたから縁のない問題だわ。私の方こそ、恋が実る方法があったら教えてもらいたいわよ。」

ロビンの最後の言葉にナミは「え?」と寄せていた眉を緩めた。意外だったのか、目をキョトンとしている。

「誰か好きな人でもいるの?え?え?誰々?」

新たな興味が湧きあがったのか。ナミが目をキラキラさせている。まるでチョッパーだ。
お金のことにしか興味のない荒んだ人間かと思ったが、やはりそこはナミも年頃の少女である。恋する乙女の一面が現れた。
そんなナミにロビンは、穏やかに返す。

「そんなんじゃないわよ・・・。でも、・・・・そうね。もし、この船の誰かを好きになったとしても・・・・そもそも、それがどういった感情なのかは、まだよくわからないわ。だから、人のことをあれこれ口出しする余裕なんてないわ。」

ロビンの最もな意見にナミは「ウッ」と詰まった。つまるところ、ナミもまたロビン同様。実際に人様の恋路をアドバイスするほどの経験がないのである。

「貴方も私と同じようね?」

ロビンの言葉にナミは口をモゴモゴさせる。

「あら?誰か好きな人でもいるの?」

今度はロビンの方が興味津々だ。手に顎を乗せて、ロビンがナミを覗き込んでくる。
いつのまにやら話題の中心が、ゾロとサンジではなくナミ自身に及んで、ナミは目をキョロキョロさせた。
しかし、返答に困ったナミに、ロビンはフフフと笑って、それ以上追求はしなかった。そこはさすがである。


と、もうこの話題は止めよう、とナミが諦めの言葉を口にする前に。後ろから大きな衝撃音が二人の耳に届いた。
同時にその犯人が誰だかすぐわかる怒鳴り声も聞こえる。
お互いに顔を見合わせて、大きくため息を吐いた。

「結局あの二人は、ぶつかりあうのが一番感情を表すのに適しているのかも・・・・。」
「そうね・・・・。」

そう結論づけて、もう一度揃ってため息を吐いた。


















ガキィンと太陽の光を反射させて、ゾロは刀を翻した。素早く描かれた光の線をサンジの黄色い頭が避ける。間一髪で交わすのはいつものことだが、それでもかすり傷ひとつ付かないのは、お互いの息がぴったりだからだろうか。ケンカもどきのやりとりに相手に傷一つ負わせないのもなんだか不思議だが・・・・。
はぁはぁ、と息も荒く、ゾロは一振りの刀を今度は縦になぎ払った。それもまたサンジは綺麗に靴底で受け止める。
ぐん!!と靴底と刀がせめぎあう。お互いにギリギリと歯を食いしばって睨みあった。
ゾロは、すう、と目を細めて相手の感情を読み取ろうとするが無駄な努力に終わる。
はぁ、と大きくため息をひとつ溢すと、ゆっくりと力を抜いた。カチャリと音を立てて、靴底から刀が離れた。それを受けて、サンジも脱力したように足を床に降ろした。
そのまま二人して向き合うが、ゾロは一歩踏み出した。

「コック・・・・・てめぇは・・・・・。」

ゾロは苦しげに息を吐いた。

「・・・・・どうして、俺の話を聞かない。たまにするてめぇとのケンカも嫌いじゃねぇが、俺は、今こんな争いをしたいわけじゃねぇ。俺の話を聞いて欲しいだけだ。俺の言葉を否定しないで、ただ聞いてくれるだけでいい。」
「・・・・・・・・。」
「まずは話を聞いて欲しい。それで、てめぇの気持ちを答えてくれりゃ納得する。例え、その答えがどうであろうとだ。それが、どうだ?てめぇは、俺の話にさえ耳を傾けてくれねぇ。俺の気持ちさえ否定するじゃねぇか。そんなのは、卑怯だ。」
「ゾロ・・・。」

ゾロの訴えに、サンジは俯くしかなかった。ゾロはただまっすぐにサンジを見つめる。お互いにまだ息が多少荒い。
はぁはぁと息を整えるのは、気持ちも穏やかにしようと努力しているように見えた。

「コック・・・、いや、サンジ。俺は、てめぇが好きだ。真剣に惚れている。同じ男同士だから、守ってやる立場じゃねぇのは、わかってる。でも、死にそうになった時くぐらい手を差し伸べてぇ。」

ゾロの言葉にサンジは漸く顔を上げた。が、目は相手を捕らえていない。
どう対応してよいのかわからないのか、サンジは手のひらを握ったり開いたり、落ち着きがない。

「窮地に陥った仲間を助けたいっていうのは、単なる仲間意識からくるものだ。だからそれは、俺に惚れているってことにはならねぇ。それに・・・・俺はお前に助けてもらおうとうは思ってねぇ。」
「俺の助けが必要ねぇほどてめぇが強いのはわかってる。実際その場だったら助けねぇかもしれねぇ。だが、感情の問題だ。それに・・・。」
「?」

言葉を続けるのに一瞬躊躇するゾロに、サンジは胡散気にゾロを見る。ばっと顔を上げたゾロと今度は目が合った。

「てめぇを抱きてぇ。」
「!!」

予想外の告白にビクリと体を震わすサンジだが、ゾロは気づかない振りをした。抱かれたいと言われて素直に「はい、どうぞ。」という男はいないだろう。

「だからって、本当にてめぇを抱けるとは思ってねぇから安心しろ。ただ、俺のこの気持ちを否定しないで欲しい。」

頭を下げる勢いでゾロはサンジに訴えた。それは、もはや今までのように誤魔化すことのできないような空気があった。



それでも・・・・。





それでも、サンジの口からは、彼を満足させる言葉は出てこなかった。

「・・・・・・俺の知っている剣士は・・・・・。ロロノア・ゾロは、ただ只管真っ直ぐ目標に向かって突き進む男だ。友との約束を果たす為に、世界一の大剣豪を目指して、がむしゃらに剣の道を進んで行く男だ。こんな薄汚れた感情に囚われている余裕はないはずだ。」
「てめぇ・・・・。」
「それが、ロロノア・ゾロだ。」
「俺だって、人間だ。人を愛する感情ぐらいある!!」

ぐいっとサンジの襟首を掴んで、怒鳴りつける。こんな風に気持ちを伝えたいわけではないのに。


何故、わからない。
何故、聞いてくれない。

襟首を掴んだまま、片方の手を振り上げる。まさに殴ろうという仕草そのままに、サンジに手を振り下ろそうとした瞬間。ゾロは、凍ったように動きを止めてしまった。手は上げたままだ。

真っ直ぐに見つめたサンジの瞳。

それは、ただ単にゾロの言葉を聞き入れない頑固さを現しているではなく。

一見、ゾロの想いを拒否しているかと思われたはずのそれが、何故か悲しみに包まれた、今にも泣きそうな瞳に見えた。

「サンジ・・・・・。」

ゆっくりとゾロはサンジの襟首から手を離した。そのまま、一歩、二歩、とよろよろと後ろへ下がる。
サンジはゾロを見つめたまま動かない。ゾロの動向を伺っているわけではなく、ただ静かにゾロを見つめる。



サンジから離れたゾロは、片手で顔を覆うと、そのまま俯いた。
何も言えない。何も言葉が浮かばない。
呻き声さえ上げずに、ゾロは倒れそうな足取りで、ふらふらとその場から離れた。

それでもサンジは、姿を消したゾロがまだそこにいるかのように真正面を見つめた。今は、気持ちのよい風が通る、青い空間だけになったそこをただぼんやりと見つめた。












暫くそうしていて、何かしらふと思いついたように、サンジは顔を上げた。そのまま、その場を後にする。
向かう先は、船首。
そこには、島の探検が一段落ついて落ち着いたのか、島に滞在している時には大抵いないはずの船長がぼんやりと釣り糸を垂らしていた。めずらしく一人だ。

コツコツと響く足音に、「お?」と船長が振り返った。

「どうした、サンジ?またゾロとケンカしたのか?さっき、ゾロが怒った顔して船を降りていったぞ?迷子になっちゃいけないからって、ナミに言われて慌ててウソップ達が追いかけていったけど・・・。」

どうやら内容は別にしてもゾロとサンジのケンカは辺りに心配を掛けたらしい。追いかけたウソップはゾロの様子を伺い、船長のルフィはサンジの話を聞こうという役割になったのだろうか。だから、ここに残っていたのか。

「チョッパーやフランキー達もか?」

目線で辺りを探りながらサンジがルフィに尋ねた。

「あ〜。ゾロを追っかけていったのは、ウソップとブルックだけだ。チョッパーとフランキーは最初から出かけていないぞ。買い物じゃねぇか?」
「そうか・・・・。」

ほっとした表情をして、サンジはマスト下も目だけで覗き込んだ。ドリンクを給仕した時にいた女性陣も今はそれぞれ思い思いの行動をしているのだろう。すでに姿はない。
まわりにルフィ以外いないのを確認し、サンジは一歩ルフィに近づいた。

「ルフィ・・・・。話がある。」

やけに真剣な表情のサンジに、ルフィはすっと目を細める。

「やたらとまわりを気にしてるけど、誰にも聞かれたくないのか。」
「そうだ。」

即答するサンジに、ルフィの目がさらに細くなった。

「頼みがある。」

サンジは、真っ直ぐにルフィを見つめた。


09.03.24




            




一ヶ月ぶりの更新ですみません。さて、このあとはお約束の展開へと続きます・・・?