すれ違う思い 重なる思い4
「おいっ!待てよ。・・・・・ゾロよぉ、待てったら!!」 さっさと歩く黒いブーツを見失わないようにウソップは半ば走りながら追いかけた。その後ろには、骨の男、ブルックもシルクハットを落とさないように押さえながらヨホヨホと走ってくる。単純に身長からいえば、ウソップよりも早く歩きそうだが、なんせ気が多い男だ。形の良い雲を見つけては足を止め、森の入り口で鳥がさえずっていれば耳をそばだてているので、ついうっかりと置いてきぼりになってしまう。 それに対して一番前を行くのは、何処へ向かおうとも気にも留めない迷子剣士だ。何の迷いもなく足を進めているのでその速度は速い。だが、今日はまた一段と歩みが早い。何かしらイラついているのが、その速度だけでもわかる。 ウソップはハァハァと息を切らして、漸くゾロに追いついた。 一旦、膝に手をついて足を止め、ぜぇぜぇと喘ぐ。さすがに自分を追いかけてきた優しい男を無碍にすることもできなくて、ゾロもウソップにあわせて足を止めた。 「何か用か?ウソップ。」 追いかけてきたのは何かしら用があると踏んで、ゾロは問いかけた。 すぐに返事が返らないのにまた多少イラつきながらも、必死に自分を追いかけてきた仲間をいきなり怒鳴りつけるわけにもいかず、ゾロは辛抱強くウソップの息が整うのを待った。 「あ・・・・・ぁあ。どこ行くんだよ、ゾロ!」 せっかく待っていたのに、用はこれか、とゾロは小さく舌打ちをした。 「あ"ぁ?どこだっていいだろ?夜には戻る。」 簡潔に答えになっていない答えを返すと、ゾロは再び足を進めた。 それを慌ててウソップがまた追いかける。一旦は止まったおかげでおいついたブルックも、慌てて二人の後についた。 「ゾロさん。待ってください。ナミさんに言われたんですよ。ゾロさん一人だけで街に降りると帰ってこれなくなるから、私達に着いて行く様にと。だから、街へ行くなら一緒に行きましょう。」 陽気さを失わない声音で話しかける言葉と内容に、ゾロは咋に嫌な顔を晒した。 「悪ィが、俺は今、一人になりてぇ!・・・お前らの用事がそんなもんだったら別に聞くつもりはねぇ。ちゃんと夜には帰る。だから、船に戻れ!」 悪いといいながら最後は命令口調で、ゾロは返した。 それは、ウソップもブルックも予想していた答えだったのだろう。ゾロの視線に怯みながらも、揃ってため息を吐く。 一応は『ナミに頼まれた』からと告げたが、ここ最近、ゾロとサンジの様子がおかしいのは薄々わかってはいる。何が原因かまでは、わからなかったが。 だから、このままゾロを一人街に行かせるのは、何だかいけない気がした。 「でもよぉ・・・・、夜には帰るって言っても・・・・。」 ゾロを一人街に行かせてはいけないといってもただそれは勘みたいなもので、彼を説得する理由がない。ウソップはそれ以上言葉が見つからなくて、モゴモゴと口篭った。 とにかくゾロは一人になりたい、という。 「何があったんですか?・・・・・・悩みがあるなら話を聞きますよ。」 年長ということもあるのか、仲間として役に立ちたいというのもあるのか、ブルックは穏やかに言葉を掛ける。 が、それもまたゾロは跳ね返した。 「いや・・・・・いい。話はない。ただ本当に一人になりてぇんだ。悪い。」 一旦は湧いた怒りをなんとか納め、最後は頭を下げんばかりの様子のゾロにウソップとブルックはお互いを見合って黙ってしまった。 彼を一人にするのは良くないような気がしながらも、今はただ本当に、ゾロの言葉通り彼を一人にするのがゾロにとって何よりなのかもしれない。 「じゃあよ・・・・本当に・・・・夜には帰って来いよ・・・。」 それだけしかもう言えなかった。 ブルックも倣って頷き、二人してゆっくりと今来た道を引き返す。ゾロのことを心配して追いかけてくれたのにトボトボと戻るしかない二人に、ゾロは申し訳ない気持ちが湧きあがるが、それでも今はただ一人になりたかった。 でなければ、サンジに対する怒りを誰かにぶつけてしまいそうだ。 己の気持ちを認めない彼に怒りが消えない。だからといって、嫌いになれるはずもなく。 自分の思いを受け止めて欲しいというのではなく、ただその一歩前段階である話を聞いて欲しいだけだ。自分の言葉に耳を貸して欲しいだけだ。 それさえも拒否する男。 ただ、それがゾロのためだとサンジは信じている。ゾロのことを嫌っているのではなく、ただゾロに己の道を進んで欲しいだけという彼。 しかし、人を愛することは己が突き進む道から外れて行くものではない。 そうゾロは考えている。 大事な人達を守るためならば如何ほどにも強くなれることを今までの戦いで学んだ。そして強くなった。 しかも、サンジはそれを実践しているではないか。それを一番知っているではないか。 それなのに。 それなのに、何故わからない。 どうしたらわかってくれるのだろう。 ゾロはギリリと歯噛みして、踵を返した。 「本気か?サンジ・・・・。」 黒い瞳がまっすぐにサンジを射抜く。 サンジは怯みそうになる自分を叱咤した。 「本気だ。許可を欲しい・・・。」 「理由は何だ?」 「・・・・・・・。」 途端、口を引き結ぶサンジにルフィは容赦なく答えを自分から導いた。 「ゾロか?」 「・・・っっ!」 ゾロの名にくしゃりと顔を崩すサンジに、ルフィは、ニカリと笑う。 「薄々だが、みんな気づいているぞ。って言っても、たぶん何かしら大喧嘩でもしたのか?ってくらいだが・・・。まぁ、本当のこと言っても問題ねぇ。んなこと気にする仲間だと思ってんのか?みんな、お前達のこと、受け入れるって!!」 「本当のことって・・・・・。」 唖然として言葉が出ないサンジにルフィは笑顔を変えない。 「だってお前、ゾロと付き合うんだろ?」 「えぇ!?何で!?」 「お前ら見てりゃわかるもんよぉ。でも、みんなに言えなくて困ってんだろう?ゾロはきっとそういうの気にしない性質だからそれでケンカしてんだろうが・・・。さっきのケンカもそうじゃねぇのか?別に心配すんな。みんなきっと喜んでくれるって!!」 何をどう間違えたらそんな話になるのか。というより、どうしてルフィがそう思ったのか。しかし、問題はそこではない。 「ルフィ・・・。違う、そんなことじゃねぇ。」 「ん?ゾロのことじゃねぇのか?」 答えに困り俯くサンジに、ルフィがおかしな顔をする。サンジの言わんとすることがわからないらしい。いつも自分の勘に頼って行動しているが、それが外れたことがないからできる顔なのか。 だが、あながち外れていないのも確かだ。 「あ・・・・・いや、ゾロのことだが・・・・。」 「だったら何悩んでんだ?別にお前、ゾロのこと好きだろう?ゾロもサンジのことが好きで・・・。だったら何が問題なんだ?」 単純明快な理論にぐぅの根も出なくなるとはこのことか。ただ、ルフィに『ゾロのことが好きだろう?』と言われて素直に頷くことはできなかった。サンジの真意がどこにあろうとも、このままルフィの言葉を受け入れるわけにはいかない。ゾロの言葉を受け入れないように。 「ルフィ・・・・。俺は、ゾロとどうこうなりたいわけじゃねぇ。」 「?」 腕を組んで首を傾げるルフィに、サンジは今、口にしていない煙草が急に欲しくなった。素直になれない自分に対してのごまかしと思われても仕方がないかもしれないが、今、煙草が欲しい。大きく煙を吸って落ち着きたい。 一旦空を仰ぐと、ゆっくりとした動作で懐から煙草を取り出してマッチを擦る。手で風を避けて、火をつけた。じじっと音を立てて煙草に火がつく。一息。大きく息を吸って煙を肺に取り入れた。今度はそれを長く吐き出す。 ルフィは、サンジの一連の動作をじれったく思いながらも、次の言葉が出てくるのを忍耐強く待つ。 「どうしてお前がそう思ったのかはわからねぇが・・・・。あいつは、剣士だ。世界最強を目指す男だ。そんな、愛だの恋だの言っている場合じゃねぇ。そんな必要はねぇ。」 「・・・・。」 「あいつが目指す先に、そんな感情はいらねぇ。」 「サンジ・・・・・。」 サンジの言葉に一瞬、目を見開くルフィだが、すぐさま最初の真剣な瞳に戻った。 「サンジ・・・お前。本当にそう思うのか?」 ルフィの声音も変わる。 「あぁ。」 「仲間を・・・・・愛する人達を守る為に強くなったお前がそれを言うのか?」 「・・・・・・・あ・・・ぁ。」 ルフィの責めに一度は開いたまま声が発せられなかったサンジだが、改めて答えた。 「俺はアイツの夢を守りたい。その為なら、なんだってする!」 「それが、ゾロの気持ちを踏みにじることになったとしてもか?」 じり、とルフィが一歩前に踏み出した。怯まず、サンジは至極冷静に答える。煙草はまだ口に挟んだままだ。 「そうだ!あいつは世界一の剣士になるのが夢なんだろう?その夢を掴むのに俺は必要ねぇ。必要なのは、ただ友との約束と己の道を突き進む信念だけだ。」 「ゾロだって人間だ!人を好きになる感情だってあるんだ。いいじゃねぇかよ。ゾロがお前を好きだっていうのなら、一緒に世界を目指せばいいだけじゃねぇか!隣に並んで進んでいけばいいじゃねぇか!」 「断る。俺はヤツの足枷にはなりたくねぇ・・・。」 首を振るサンジにルフィは手を広げた。 「どうして!!?サンジがゾロの足枷になるわけねぇだろう?お前だって強いじゃないか!それに、愛する人がいてこそ強くもなれれるし、成長だってすることもあるだろう?」 「あいつはそんなタマじゃねぇ。」 「サンジ!!」 淡々と話すサンジと対称にルフィは段々と声を荒げていく。はぁはぁとまるで全力で戦ったあとのようだ。 そんなルフィをサンジは苦笑した。いつの間にか灰が長くなった煙草をふいと口から外すと、軽く指で弾いて海へと投げ捨てた。煙を足跡にして煙草は白い波間へと消える。 ポチャンと音がしたわけではないが、煙草が海に落ちたのを見計らってルフィは口を再び開いた。 「サンジはゾロを信じられないのか?サンジと一緒ならゾロはもっともっと強くなれるって・・・。」 「信じられないんじゃねぇ。ただ、冷静にあいつを分析した結果だ。」 「・・・・わかっちゃいねぇよ、サンジ。」 どう説得してもルフィの言葉に耳を貸さないサンジにルフィはガクリと肩を落とす。サンジはただ申し訳なさそうにゆっくりと近づいた。船長として仲間を説得しきれない自分に情けなさを感じているのか、いつものルフィらしい笑顔はすっかりと消え失せた。 「ルフィ・・・。」 名前を呼びながら、サンジはルフィの手を両手で握る。 「認めてくれ。・・・・俺の下船を。」 すでに覚悟を決めたのだろう。いつの間にかすっきりとした笑顔を見せたサンジに、ルフィは顔を上げてマジマジと真正面の笑顔を見つめた。 「この船を降りても・・・・麦わら海賊団を離脱しても、・・・・俺の故郷はここにある。俺は別の方法で俺の夢を叶えるために旅をするが、決してお前達のことを忘れるわけじゃねぇ。」 「サンジ・・・・。なんで船を下りるんだよ。」 「もう決めたんだ・・・。」 涙目になる船長にサンジはニカリと笑った。清々しいほどに。 「今までありがとよ。代わりのコック、見つけてやれなかったけど、悪い。でも、お前ならきっといいコック見つけるだろうから問題ねぇよな?」 そっと手を離して下がるサンジにルフィは、慌ててサンジの手を掴んだ。 「サンジ!!」 「なんだ?」 「もし!もし、お前が船を降りて離れてしまってもゾロの気持ちが変わらなかったら、その時は!!」 「その時は?」 「今度は、ゾロの想いを受け止めろ!いいか?これが条件だ。その条件が呑めないようならお前がこの船を下りるのは許可できねぇ!!」 「ルフィ・・・・。」 ルフィは真っ直ぐにサンジを見つめる。それは、もう先ほどの項垂れた男ではなく、船長の顔に戻っていた。 じっと見据える船長に、サンジは苦笑するしかなかった。 「わかったよ・・・・。・・・・でもよぉ、ルフィ。人の気持ちってものほど不確かなものはねぇんだぜ?」 自嘲気味に呟く。しかし、ルフィの瞳は変わらない。 「ゾロは大丈夫だ。」 「すげぇ自信だな。」 「そして、サンジ。おめぇもきっと変わらない。ここに戻ってくる。そしてまた一緒に進もう。」 今度はルフィの方が清々しい顔を見せた。 いつの間にか立場が逆になってしまったようだ。 「お前には考えるが必要みてぇだ。だから、俺達とまた会える時まで、・・・・・その時までゆっくりと自分の気持ちと向き合え。」 「夕食の支度だけして出て行くから。他のみんなにはルフィから話して欲しい。」 ルフィの言葉をサンジは聞かなかったことにした。 話を摩り替えて握手を交わす。 「・・・・・・世話になったな。」 「サンジ!必ずまた会えるから!!」 最後にはニカリといつもの笑顔を見せた船長を背中に、サンジはコツコツと足音を響かせた。 |
09.04.15
こいつら別人!?って書いてて思う私って・・・。でも、そう思うのは私だけじゃないはず・・・。