すれ違う思い 重なる思い5




そこまで遅くなるつもりはなかったが、すっかりと日付が変わろうかという時間帯。ゾロは漸く、サニー号に辿り着く事ができた。
どこをどう歩いたかはわからないが、森の中を歩いているかと思えば、遥か眼下に海が見え、かと思えば賑やかな街を歩いていた。よく戻ってこれたと自分でも感心するが、約束した時間には帰って来れなかった。まぁ、夜と言ったのだから、間違っていないといえば、いないのだが。
もはや、誰もが寝ているだろうと踏んで、足音を忍ばせて甲板に降り立つ。と、ダイニングに明かりが点いているのを窓から漏れる光で確認した。
今までなら、コックが朝食の仕込みと称して深夜まで起きていることが多々あった。それに便乗して酒を強請ったのも一度や二度ではない。時には、遅くまで海図を描いているナミに彼が差し入れを作っている時もあった。
今夜もそうか、とほっと息を吐く。
あれだけのやりとりをしておいて、普段と変わりなく接する自信はなかったが、サンジともう一度、いや、彼が自分の言葉を聞いてくれるまで何度でも話をするつもりだ。一旦は湧いた怒りも一日歩きまわっていて落ち着いた。我ながらこんな辛抱強いとは思わなかったが、また話をするチャンスだと足をそのまま光の溢れる部屋へと向けた。

が。目的の部屋へと近づくにつれ、なんだか様子が違うことに眉が跳ね上がる。
複数の話し声が聞こえる。敵意は感じられないとはいえ、中から漂ってくる空気も尋常じゃない。


コックが仕込みをしているんじゃねぇのか?


首を傾げながらも、誰かしらいることはいる。もしかして、遅くまで帰ってこない自分を心配して何人かが起きて待っていることも考えられた。なんせ、ウソップとブルックが後を追いかけてきてくれたぐらいだ。ゾロを止められなかった責任を感じて起きているのかもしれない。
なんとなく申し訳ないように思いながらドアノブに手を掛けると、ダン!と誰かが机を叩く音が聞こえた。手が一瞬止まる。

「ルフィ!何で認めちゃったのよ!!」

扉越しに聞こえた荒い声はナミだ。原因はわからないが、ルフィに怒りをぶつけているらしい。
普段からお調子者のルフィに何かとストッパー役をしているナミだから、こんなやりとりは常と言えば常だが、何だか雰囲気がいつも以上に不穏だ。
しかし、ここで立っていても仕方がない、とゾロは遠慮なく、ガチャリとドアを開けた。話に夢中になっていて気配に気づかなかったのか、突然現れたゾロに誰もが驚き、一斉に注目を浴びる。

そこには、ルフィとナミだけでなく、ウソップ、ブルック、ロビン・・・・・全員が顔を揃えてゾロを見やった。

「どうしたんだ、一体・・・・?こんな時間にみんなで何やってるんだ?」

どう見ても宴会の続きにも、食事の後にも見えない。如いて言えば、会議とか話し合いといったところか。
が、一体何を話し合っているのかわからない。
ゾロは首を傾げて、真正面に位置するルフィを見た。ルフィがいつになく真剣な眼差しでゾロを見つめているからだ。

「どうしたんだ・・・、ルフィ?」
「ゾロ・・・・。」

重苦しい空気が辺りを漂う。
これはただ事ではない。ルフィの目がそう伝えていた。普段は呑気で船長らしくないルフィが、船長として中央に存在している。

「怒らずに聞いてくれ・・・・。」

重くなってしまった口を必死に開けてゾロに何かを伝えようとしている。それは、わかる。一体何を・・・。
ゾロは眉間に皺を寄せる。腕を組んで、ルフィの言葉を辛抱強く待った。
いや、その前に、ゾロは気が付いたことを口にした。

「そういえば、コックはどうした?全員揃ってると思ったが、あいつがいねぇ。何か、大事な話をしていたんじゃねぇのか?」

ゾロが素直に疑問を口にしただけで、部屋の中の温度が一気に下がった。誰もが俯く。

「どうした・・・?もしかして、コックに何かあったのか?」

何かあったと言う言葉に多少の違いと、しかし、正解ではあることに、ナミはつかつかとゾロの前に歩み寄った。

「ゾロ・・・・。」

室内に入った時は怒りを露わにしていたナミが、今度は涙で頬を濡らしている。
一体、どうしたのというのか。

「ナミ・・・。コックに何かあったんだな?言え!」

ぐっと肩を掴むとナミを睨みつける。途端、ただボロボロと泣き出す彼女にゾロは、キッとルフィを睨んだ。
真正面から改めて見つめ合う。
ぐっと奥歯を噛み締めた。

「ルフィ?!」

今にも掴みかからん勢いで、ルフィの名を叫んだ。

「ゾロ・・・。俺を殴りたければ、殴れ。それでお前の気が済むなら。」

睨み返す勢いで、ルフィはゾロを見つめた。だが、その言葉は、眼差しとは到底噛みあわない穏やかなものだ。

「どういうことだ?!」

ナミを掴んでいた手を離し、今度はルフィにつかつかと歩み寄る。キャッとナミが倒れるのをロビンが受け止める。そのまま二人して、抱き合うように寄り添った。それを見ていたウソップもチョッパーも、誰一人口を挟まなかった。
グイッと胸倉を掴むゾロにルフィは、視線を外さず、しかし、先ほどと変わらず優しい声音でゾロに伝える。

「ゾロ・・・。サンジ、出て行ったよ。」
「は!?」

あまりの内容に、ゾロの手から力が抜ける。

「どういう・・・・・ことだ?ルフィ・・・・・。」

予想外の言葉に目を大きく見開いたゾロは、それ以上、言葉が出ない。

「サンジ・・・この船を降りたよ。麦わら海賊団を抜けたんだ。」
「・・・・・な・・・・?」

あまりの内容にゾロは微動だにできない。
ルフィは、淡々とゾロに告げた。

「もちろん理由は聞いた。そしたらサンジ何て言ったと思う?『俺はアイツの夢を守りたい。その為なら、なんだってする!』そうサンジは言ったんだ。その結論がこれだ。」

聞かずにもわかる、”あいつ”とはもちろんゾロのことだ。

「何で・・・・・俺の夢を守るのにコックが船から降りなきゃいけないんだ・・・・。」

ルフィの冷静さに釣られてきたのか、ゾロも表情を失くした声音で会話を繋ぐ。


「ゾロ、おめぇの夢は何だ?」
「・・・・世界一の・・・・・・大剣豪だ・・・・。」

夢を語るにはあまりにも覇気のない声だ。

「サンジはな、今、お前と気持ちを繋ぐのは、お前の夢の妨げになると考えたんだ。」

ガバリ!とゾロは顔を上げて、緩んでいた拳の力を取り戻した。ぐっと締め上げる力にルフィは顔を顰めた。

「あいつを好きってのがそんなに悪いことなのか!?いつ夢の妨げになったんだ!!俺があいつに見とれて油断でもして、敵にやられたってなら話はわかる!だが、そんなことすらなかったじゃねぇか!ただ、自分の気持ちを伝えただけじゃねぇか!!」

急に饒舌になり、ルフィに迫るゾロの行動と言葉に、回りの連中はただオロオロとするだけだ。今にもケンカに発展しそうなゾロの勢いにウソップやチョッパーは青ざめている。フランキーとブルックと顔を顰める。ナミはただ涙を溢し、ロビンはナミを慰めるばかり。
誰も二人に割って入ろうとはしなかった。それだけ、二人が交わす言葉と空気にピリリと緊張が走っている。

「だが、『そんなこと』になるのをサンジは恐れたんだ。」
「!!」

ルフィが真っ直ぐにゾロを見つめる。ゾロは、顔を歪めた。

「サンジはよ、ただただ『「あいつが目指す先に、そんな感情はいらねぇ。』って言ってたけどよ、そうじゃねぇんだ。今のゾロじゃあ、人を好きになる感情を持ってなお、強くなれるほど器用じゃない、って思ったんだ。」
「俺はそんなに弱くはねぇ!信用してねぇのか!?」
「そうだ!!」

ガンと音が部屋に響いた。同時にルフィの体が壁へと吹き飛ばされた。
ゾロがルフィを殴ったのだ。

「ルフィ!!」

叫んだのはナミか。
ダン!!と大きな衝撃音と埃が舞う。殴っても効かないルフィのゴムの体にも効果はあったのか、ルフィはすぐに立ち上がれなかった。
それでもなんとか壁にのめり込んだ状態で、ゾロを見上げる。
怒りでゾロの眼が真っ赤だ。拳がぶるぶると震えている。
普段は誰よりも冷静で、頼れる存在と思ってたのに、この風体は何だ。
半ば、想像の範囲内のことだが。

ルフィは昼間のサンジとのやりとりを思い出す。





『サンジはゾロを信じられないのか?サンジと一緒ならゾロはもっともっと強くなれるって・・・。』
『信じられないんじゃねぇ。ただ、冷静にあいつを分析した結果だ。』





あまりの予想外の展開に怒りを抑えれないのは仕方が無いが、それでも目の前のゾロを見て、ルフィはサンジの言葉に間違いはないような気がした。
もちろん、自分の言葉にも間違いがないとは思っているが、ゾロはまだ若い。まだまだこれからなのだ。


「ともかくよぉ、船長の俺が認めたんだ。サンジとはこの島で別れる。わかったな、ゾロ。」

口から流れる血を拭いながら、ルフィはゆっくりと立ち上がった。パラパラと木屑が体のあちこちから零れた。フランキーが「あぁ〜、修理かよぉ・・・。」とグチるのが角で聞こえた。
二人のやりとりにずっと口を挟めずに呆然と立ち尽くす仲間達も、今更とでもいうように、改めて項垂れた。

「お前が認めても、俺は認めねぇ!!あいつとの話はまだ終わっちゃあいねぇんだ。ここに連れ戻す!!」

そう叫ぶとさっさと踵を返した。

「ゾロッ!!」

誰が呼んだのかわからなかったが、呼び止める声を無視して、ゾロはまた真っ暗な闇夜の中、船を降りて、街を目指した。








船に残ったまま何も言えなくなってしまった仲間達を横目にルフィは、ガタリと椅子に座る。
フランキーとウソップはルフィによってあいた穴を見つめてため息を吐いた。補修はもちろん早朝から始めることになるだろう。
チョッパーやブルックは散らばった木屑の後片付けだけは、と箒を手にした。
ナミはロビンと共に部屋を出て行こうとしたが、ルフィを振り返り、改めてルフィの真正面に座った。ロビンはナミを気遣って、傍に立って同様にルフィを見つめる。
ナミは手に顎を乗せて、ルフィを見つめた。ゾロの剣幕に押されてしまったのか、ボロボロと溢していた涙は今は、跡が残る程度にまで治まった。

「・・・・・ルフィ、いいの?」
「どうせ、見つけられねぇよ。」
「でも・・・・できれば、サンジくんに戻ってもらいたいのは、ゾロだけじゃないわよ・・・。ゾロとサンジくんの仲のことは別にしても、彼には仲間としてずっとこれからもやって行きたいのはみんな同じよ・・・。」

ゾロが現れるまで一番感情が昂ぶっていたナミも、ゾロの激昂に押されたのか、今は大人しく言葉を紡ぐ。

「それに、コックさんという人間は、この船には必要だわ。このままじゃ、この先の海を渡っていけない・・・。」

ロビンが現実を付け足す。

「そうだぞ!サンジ抜きじゃあこの先やっていけねぇ。連れ戻そうぜ!!」

振り返り、話すウソップの言葉に誰もがウンウンと頷いている。
それらを全てルフィは、跳ね返した。

「コックはこの島で見つける。もし、見つからなかったら、次の島で見つける。暫くはサンジが残してくれた保存食と用意してくれた材料でやってけるだろ?」
「次のコックは別にしても・・・あんたがソレを言うの?いつもサンジくんに『めし〜〜〜!!』って強請っていたヤツが・・・。」
「大丈夫だ!!」
「どんな根拠よ、それ・・・。」

大きくため息を吐き、ナミは肩を竦めた。ガタンと音を立てて立ち上がった。
散らばった木屑も片付き、これ以上今は話を進めることもどうか、と次々と部屋を出て行こうとする仲間達にルフィは釘を刺した。

「サンジを捜すのは、諦めろ。捜すのは、次のコックだかんな!」

一瞬、みんなの足がピタリと止まるが、誰も何も答えずにそのまま連なって部屋を出て行った。
ゾロを追いかけることをするのか、それとも諦めて寝ることにするのか、はたまた、船長の命に逆らってゾロ同様サンジを捜すのか。
それはわからなかったが、ルフィもそれ以上言わずに、出て行く背中を見つめた。

暫く様々な足音が耳に届いたが、それも聞こえなくなった。足音から察して、今、街に向かった者はゾロ以外いないだろう。




「はぁ〜〜〜〜〜〜。」

大きく息を吐いて、ルフィは天井を見上げた。
ゾロに殴られて出来た大穴はきっと明日、フランキーが修理してくれるだろう。





『もし!もし、お前が船を降りて離れてしまってもゾロの気持ちが変わらなかったら、その時は!!』
『その時は?』
『今度は、ゾロの想いを受け止めろ!いいか?これが条件だ。その条件が呑めないようならお前がこの船を下りるのは許可できねぇ!!』



昼間のやりとりと思い出して、ルフィは呟いた。

「ゾロ、世界一になってサンジに証明して見せろよ・・・・。」



09.05.07




              




やっぱ、ゾロ別人ですね・・・。ごめん。