すれ違う思い 重なる思い28




ザザザッ・・・・・と波を掻き分けて船が進んでいる。
サニー号はログを辿って次の島へ向かっているようだった。
夕日が視界の先端で、海へと沈んでいく。赤い光が眩しく目を細めて、サンジは海を見つめた。
手摺に左手を掛けたまま、右手は大事な人の剣を胸に抱えていた。

「まだ寝てなきゃいけないんだろうが・・・。」

穏やかな低音が後ろから聞こえてきた。
誰だかは、声を掛けられる前から気配でわかった。

「ゾロ・・・・。」

後ろを振り返り、隣に並び立つのを認める。「寝てなきゃいけない。」と言いながら、ゾロもサンジに習ったように、同じく赤く染まった海を見つめた。もうすぐ陽が完全に沈み切り、すぐに辺り一面闇が広がるだろう。


サンジが乗っていたゴク海賊団の船はどうなったのか、デュナミスの話の後に全てを聞いた。
船は、ゴクを倒した後、船長と幹部のほとんどを失い、パニック状態になったようだ。そもそも生存者も少なくなっていた。
ゴクがいればこそ統率できていた船だったから、そして幹部もまた実力揃いだったため、僅かに残った烏合の衆はワタワタしながら、逃走したらしい。これからはどうやって海賊稼業をやっていくのかはわからないが、今までのようにはきっといかないだろう。多分、今までと同じように他の船を襲撃しても返り討ちにあってこのグランドラインであっけなく海の藻屑になってしまうと予想された。
あの船には、気に食わない連中が多い中、コックのフロッグやサンジを慕った若い連中など、サンジとしても仲間と思っていた者もいた。彼らはどうなったのだろうか。
いや、彼らならきっとこの海で生き延びて、新たな海賊団としてやっていくだろう。そう信じたい。生きているならば、それでいい。



それよりも今は、デュナミスを亡くした悲しみの方が大きくて、それ以上のことは考えられなかった。
一緒にゴクの毒煙にやられた時、正直ほっとしたのだ。
ゾロへの思いは告げられなくとも。デュナミスと一緒に逝くのなら、それでもいいと思ったのだ。再会して、ゾロへの想いがサンジの中で膨らんでいったのは確かだが、会えただけで満足してしまった部分もある。これ以上、ゾロとデュナミスの闘いを目にしなくてもいいと思ったのだ。
それなのに。



こんな結果は望んでいなかった。ゴクを倒した時。その時は、二人一緒に生きるか死ぬか。ゾロと会って、麦わら海賊団と会って、そのチャンスを生かしてゴクを倒す。それだけを考えていた。
本来ならば可能性として考えられることだったのに、1人残されることは、考えていなかった。
残されてしまった。

彼は、きっと恋人の元へ辿りつき、サンジの見えない世界で二人幸せにいるのかもしれない。デュナミスは幸せなのだろう。
そう考えれば悲しくないはずなのに、それでも、今はただただ悲しい。
ゾロと同じくらい彼を愛していた。
卑怯かもしれないが、すぐ横の男を好きなはずだったのに、手の中にある刀の持ち主までも好きになってしまった。

だから。

彼と別れてしまったのは罰なのだろうか。

そんなことさえ考えてしまう。


「俺は・・・・・。」

ふと、サンジの口をついて出た言葉。
ゾロが何も言わず、サンジの方を向き直った。
真正面に顔を見つめるが、それ以上の言葉が続かず、それでも暫くゾロは、黙ったままサンジの口が再び開くのを待ってくれた。
じっとサンジを見つめるゾロ。
サンジは、ふと、1年前にサニー号を降りる際に船長から言われた言葉を思い出した。



『もし!もし、お前が船を降りて離れてしまってもゾロの気持ちが変わらなかったら、その時は!!』
『その時は?』
『今度は、ゾロの想いを受け止めろ!いいか?これが条件だ。その条件が呑めないようならお前がこの船を下りるのは許可できねぇ!!』



今は、ルフィの言う通りに、ゾロの気持ちを受け止められる状態ではない。それどころか、別の男への想いもある。
そして、ゾロの今の気持ちを確認したわけではない。以前のようなサンジへの気持ちはとうに無くなってしまったかもしれない。その証拠とばかりに、彼はサンジのネックレスを海に投げ捨てた。

それでも・・・・。


どれくらそうしていただろうか。
漸く、サンジの口が再び言葉を発した。


「俺は・・・・ゾロ。お前が好きだ。」
「・・・・コック・・・。」

何故今なのか、自分でもわからなかったが、サンジはゾロへ自分の思いを告げた。
だが、その思いには、続きがある。

「でも・・・・・ディルも・・・。デュナミスのことも好きだ。」
「・・・・・。」

ゾロは静かにサンジの言葉を聞いていた。サンジの気持ちはわかっていたのだろう。
当たり前か。目の前で濃厚な恋人同士のキスを見せられたのだから。

「あのゴクのクソ野郎の船ではいろいろあった。意味もなく人を殺したり、レディを人質に取られて・・・・クソな連中にレディの変わりをさせられたこともあった。」
「・・・・!!」

サンジの言葉はゾロには予想外の内容も含まれていたのだろう。驚きに目を見開いている。だが、サンジの言葉に口を挟まず、ただただ拳を握って耐えて聞いていた。

「そんな中、ディルは・・・・、彼は、俺のことを大切に扱ってくれた。もちろん、彼以外にも、真っ当な人間も中にはいたが、俺にとっては彼が、あの船にいる中で生きていく支えになっていたんだ。」

最初、話し始めた時、ゾロを見つめていたサンジだったが、いつの間にか、サンジの気持ちは手の中の剣の男へ映ったのだろう。腕の中の剣をめいいっぱい抱きしめて呟くように言葉を口にした。

「全てにおいて、一年前の俺とはすっかり変わっちまった。薄汚れちまったし、大切な人を亡くして以前のように振る舞えねぇかもしれねぇ。そんな俺が、ここにいていいんだろうか・・・・。」

最後まで言い切ると、改めて、サンジはゾロを見つめた。
ゾロには、サンジが普段の彼からは想像できないほど弱っているように見える。サンジの戸惑うように揺れる瞳に、ゾロは思わず手を伸ばしそうになるが、空をきるようにしてギュッと伸ばしかけた手を握りしめる。

「お前を乗せるかどうかは、俺が決めることじゃねぇ。船長であるルフィが決めることだ。」
「わかってる・・・・。だが・・・。」
「それに・・・例え、ルフィがてめぇを船から下ろすと言っても、今度こそ、俺はてめぇを離すつもりはねぇ。」
「ゾロ・・・・!?」
「決めてたんだ。強くなると。心も身体も強くなって、世界一になる俺をてめぇに見せてぇ。その時、てめぇが誰を思っていようが関係ねぇ。俺の気持ちは1年前と変わらねぇ。いや、それ以上だ。」
「ゾロ・・・。」
「それにてめぇだって、夢を諦めたわけじゃねぇだろうが。そいつを思っていようが夢をまだ追いかけているんだろうが。だったら、この船を降りる必要はねぇはずだ。そうじゃないのか?」
「・・・・・。」

サンジはコクリと頷いた。

「俺は・・・・・確かに、夢は諦めていない。それだけは確かだ。」
「だったら、それで充分だ。」

ゾロはフッと笑うと、懐からゴソゴソと何かしら取りだした。
サンジは不思議そうに眺めていると、ゾロはサンジの前に拳を差し出し、指の力を緩める。

チャラ

「これって・・・ゾロ?」

軽い音を立てて、ゾロの手から出てきたのは、ネックレスだった。

「ナミがお前にやったのとは別のものだ。これは俺がてめぇに渡したいと思って買って持っていたものだ。」

確かに似ているが、違うものだ。
以前、ナミから貰ったものは、ゴクの船に襲撃された時に失くしたとサンジは思っていた。
そうだ。ナミから貰ったネックレスはゾロが戦闘前に海に投げ捨てたのを記憶している。
ゴクの船に襲撃された時に失くしたはずのものをゾロが持っていた、その理由はわからなかったが、新たに目の前に別のネックレスを取りだす理由もサンジにはわからなかった。

「ナミから貰ったヤツは、以前、別の海賊船で見つけたんだ。どうやら、てめぇが前に乗っていた客船に落ちていたのを拾ったらしいが・・・。で、こっちに関しては、大して意味はねぇ。再会した時、俺がお前にやりたかったんだ。新しい気持ちで、お前と向き合いたいと思って。」
「でも・・・ゾロ。俺は・・・。」

サンジは眉を下げて、手摺をギュッと掴む。

「わかってる。別に今すぐ受け取って欲しいとは思ってねぇ。いつか、俺の気持ちに答えてくれる時が来たらでいい、その時、受け取ってくれればいい。それまでは、今まで通り、俺が持っているつもりだ。」
「ゾロ・・・。」
「今はその男のことを想ってやればいい。」
「いいのか?」
「正直妬けるが・・・・・仕方ねぇ。それに聞けないと思っていた言葉を聞くことができたから、それでいい。」


”俺は・・・・ゾロ。お前が好きだ。”


今はまだ完全にお互いの想いを繋げることはできないが、でも、ほんの少しお互いの気持ちが重なったといえる。たった一言だったが、その言葉だけでゾロには十分だった。
兎も角今は、サンジの心の傷がゆっくりとでも癒されればいいと、それだけを想う。
いつか、彼の心の傷が癒された時、きっとまた、以前のような、生意気で強いコックへと戻ってることだろう。いや、今以上に成長したコックになっているだろう。
自分も一年前よりも心身共に成長していると思うが、今以上に自分も成長して。二人して、夢をかなえるべく一緒に突き進んでいきたいとゾロは思った。



「ありがとな・・・・ゾロ。」

サンジは剣をギュッと握りしめたまま、ゾロの肩口に顔を埋めた。
ゾロの優しさにつけこんで卑怯かもしれないが、今だけは許してもらおう。

「今だけ・・・・許せ。」
「あぁ・・・。」

ゾロもまたサンジの甘えに、今だけ、と彼の丸い後頭部に手をあててゆっくりと撫でた。

気がつけば、夕日はすっかりと隠れ、空は暗く星が輝いていた。
まだ完治していないサンジを気遣って食事は当番制だ。もうすぐウソップあたりが二人を呼びに来るだろう。
それまでは、こうしていよう。
今だけは。


END


10.08.05




       




あれ?こんな風に終わるはずでは・・・・。(汗)これってHappy End?おかしい・・・。
自分で書いてて予想外の終わり方になってしまいました。(爆)ダメじゃん、私・・・。
なにはともあれ、今までお付き合いくださり、ありがとうございました!!

できれば、リベンジ変わりに、ちょっとその後も書きたいな・・・・。