すれ違う思い 重なる思い27




頬に、何かしらの温かみを感じた。

「なんだ・・・・?」

ゆっくりと瞼を開くと眩しく感じられ、再び瞼を閉じる。


あ・・・・ぁ。日が入っているのか・・・。


頬に当たっているは光の温かさだ、とぼんやりとだがわかった。ということは、今は昼間なのだろうか。
と、そこに声が降りかかった。

「目が覚めた?サンジくん・・・・。」

少しトーンの低い、しかし美しい女性の声だ。
聞いたことはあるけれど、誰だっけ?・・・・とまだ朦朧とする頭で考えていたら、その名前を思い出す前に声の主が椅子から立ち上がったのがわかった。
ガタリと音が耳に入った。
同時に、そのまま女性の声が続く。

「チョッパー!来てくれる?サンジくんが目を覚ましたわ!!」

一旦、扉を少し開け、向こうにいるのだろう者に声を掛けた。誰だっけ?と考えて、その名前が船医だったのを思い出す。
少しずつ覚醒してくる脳に入ってくる、落ち着いた、それでも嬉しさを滲ませた声にサンジもまた嬉しくなってくる。
女性が喜んで幸せになっているのが、何よりも嬉しい。この美しい声の女性を喜ばせることができてなによりだ。そう感じた。
できればその美しい声の主の喜んだ表情も見てみたい。
そうも思い、今度は自分の意思でもって瞼を開けた。

「・・・・・ロビンちゃん。」

目の前にいるのは聡明な考古学者、そして過去仲間だった黒髪の女性だった。
顔を見てすぐに名前を思いだし、そしてその名前を躊躇なく呼ぶことが出来て、サンジはホッとした。

「気分はどう?すぐにチョッパーが来るから・・・・待ってて・・・。」

穏やかに微笑み、シーツから飛び出していたサンジの手を上からそっと握ってくれていた。

「ここは・・・?」
「ここはサニー号の医務室よ。」

ロビンの言葉にゆっくりと視線を巡らせる。目に入ったものは、医療用の瓶が並んだ棚に、カルテなどだろう散乱した机。そして先ほど温かさを感じた日が入ってきている窓だった。
そして、自分の身体を見ようと起きようとするが身体全体で起きあがることは出来なかったが、頭だけ少し浮かせることはできた。その目に入ってきた光景に、自分はベッドに横になって、シーツが被せられているのがわかった。
そうか、サニー号か、とぼんやりした頭でサンジは思った。だが。

「・・・・おれ・・・・・。」
「覚えてる?ゴク海賊団のゴク船長の毒にやられたのよ、貴方は・・・。」

目の前の女性の名前はすぐに口にすることはできたが、その女性が説明する出来事が、頭にすぐに浮かんでこない。
一体、自分はどうして寝ているのだろう。

「思い出せないなら、無理しなくていいわ・・・。」

ロビンが眉を顰めながらも笑みを溢す。
と、そこへ、バンと医者らしからぬ勢いでチョッパーが入ってきた。

「大丈夫か!?サンジ!!」

サンジの様態を見る前からすでに目には涙を浮かべていた。本当に泣き虫だなぁ、とサンジは苦笑する。
うるうる涙を浮かべながらも、チョッパーは医者としての義務を果たす。
サンジの脈を測り、聴診器を胸に当てる。その動きは、テキパキとしていて、表情とのギャップに笑いを堪えながらもサンジは素直に医者の言うことを聞いた。もちろん、まだ身体が思うように動けないのもあるのだが。

「よし!脈も血圧も正常値内だ!!まだ毒が完全に身体から抜けきっていないと思うけど、あと2・3日すればベッドから出ていいよ!」

涙でぐしゃぐしゃ、それでも笑顔を見せるチョッパーにサンジは「サンキュ」と答えた。
これで診察は終了、とばかりに部屋を出ていくかと思ったが、そのままチョッパーは目の前の椅子に腰かける。ロビンは他のメンバーを呼びに行ったのだろうか、いつの間にか姿が見えなかった。

「ねぇ、サンジ。ゴクの毒にやられたの、覚えている?」

チョッパーが神妙な顔でロビンと同様のことを聞いてきた。
先ほど、ロビンに聞かれた時は、頭の中は真っ白で何も思いだせなかったが、診察の合間に少しずつ身体が目覚めてきたのか、先ほどよりは頭も多少すっきりとしている。
チョッパーの言葉に、どうして自分がここにいるのか、思いだそうと目を閉じた。



確か、サニー号と遭遇して、・・・・戦闘になって・・・。
そうだ、確か、ディルと一緒にいたのだ。
麦わら海賊団との遭遇はゴクを倒す、またとないチャンスと二人して思った。
そして、ゾロを挑発してディルとゾロの勝負になった。ゴクは二人の勝負の邪魔をするだろうと踏んでいたのだが、予想外にゴクはサニー号の襲撃を試みたのだ。
その計略は当りといわんばかりに麦わら海賊団のピンチになった。しかし。
サンジとゾロと、そして麦わら海賊団メンバーの機転によって、ゴクを倒せるところまできて。

そして。


そうだ、毒!!

ゴクは毒煙を放つ爆弾を放ったのだ。二人が言っているのは、ゴクが放った毒煙のことだ。
兎も角、とルフィを煙の外へ蹴りだした覚えはある。そして、目の前でスキをついて、ディルがゴクを切りつけた。それは、旨い具合にゴクに突き刺さり・・・。


「そうだ!!ゴクはどうなった!?ディルはどこだ!!」


ガバリとサンジは動かぬはずの身体で飛び起きた。
全てを思いだしたとばかりに、サンジは叫んだ。瞬間、チョッパーの身体がビクリと震える。

「チョッパー!俺と一緒にいた剣士はどこにいる!?ゴクは倒せたのか?」

矢継ぎ早に質問するサンジにチョッパーは困ったと言う顔をした。いや、後悔の表情か。
だが、後悔しようが、伝えなければいけないことだ。それは、時間が経てば経つほど、サンジを苦しめるだろうと踏んだから、まだ目覚めたばかりのサンジに思い出させるようなことを言ったのだ。

「サンジ・・・・。落ち着いて聞いて。まだ、サンジの身体は完全に毒が抜けていないんだから、寝て。」

飛び起きたサンジを人型に大きくなって押さえこむ。
それを反発するように、サンジはチョッパーの腕を振り払った。

「のんびり寝てるわけにはいかねぇ。離せ、チョッパー!!」

だが、チョッパーは振り払った手を取り、サンジの身体を上から押さえこむ。
サンジの腕力がまだ通常に戻っていないからか、ストンとすんなりとチョッパーに押さえこまれた。

「ちゃんと話すから!!だから、寝て。聞いて!!」

肩をベッドに押さえながらもチョッパーは叫ぶ。

「さっさと説明しろ!!」

サンジがチョッパーを睨みつける。困った顔のチョッパーが、だが、今はサンジを容易に押さえつけることにサンジは悔しさをにじませた。
と、チョッパーの背後でバタンと扉が開く音がした。
チョッパーを睨みつけながらも、視界をずらし、音のした方に気を向ける。
真っ先に目に入ったのは、緑の頭だ。
瞬間、ギリとサンジが歯ぎしりする。
入ってきたゾロは、腰に自分の三振りの剣を提げていたが、それ以外にまったくタイプの違う剣を手に持っていた。
サンジはその剣に見覚えがある。
ゾロとは全くタイプの違う両刃の剣。
この船と遭遇する前、ずっといつも隣にいた男が手にしていた剣だ。
一体どうしてゾロが・・・。とサンジは目を細めた。
サンジの表情に目もくれず、ゴツゴツとブーツの音を響かせて、緑の頭の剣士はチョッパーの脇に立った。

「漸く起きたか、クソコック。遅かったじゃねぇか。」

口から発せられた言葉は、淡々としていて抑揚がない。それはいつものゾロと言えばゾロなのだが、何かが違うとサンジには感じられた。いや、一年ぶりだからそう思うのか・・・。
ただ、ディルの剣を手にしていることを考えると、ゾロの言いたいことがおのずと予想できた。
だが、自分からそのことを口にするのは恐ろしかった。兎も角、憎まれ口を叩く。

「てめぇほど、寝てねぇ。」

サンジの軽口にゾロはニヤリと笑う。ゾロとしては、サンジが目を覚ましたことは喜ばしいことだ。ただ、一つ。真実を告げなければいけないことを除いて。しかし、避けて通ることは出来ないことだ。
とりあえずサンジは、ゾロの言葉にそのまま返事をすることで、本来口にしなければいけないことを避けた。
だが、きっとゾロのことだ。
何も言葉を飾らずに、サンジに真実を告げるのだろ。残酷なほど真っ直ぐに。
チョッパーは何もできず、ゾロの隣りでオロオロするばかりだった。

「ゾロ・・・。」
「チョッパー。悪いがこいつと話がある。みんなにも頼んで、今は遠慮してもらってる。」

だからゾロ以外、誰もこないのか、とサンジは納得する。でなければ、真っ先に船長がやってきても良さそうなもんだ。そういえば、彼もまた毒にやられたのだから、まだ静養中か?いや、ルフィに限っていつまでも寝ているわけはないだろうと、内心苦笑する。
チョッパーは、この先の言葉がわかってはいるだろうが、それでも、ゾロの言葉にギュッと表情を強張らせた。

「わかってる・・・・。ただ、あんまり刺激しないようにして・・・。」
「あぁ。」

二人のやりとりで、これからの会話は聞きたくない、とサンジは思った。しかし、聞かなければいけないのだろう。
ゾロは、サンジの期待を裏切って、しかし、口より先に手を動かした。

上半身を起こしたサンジの目の前にディルの剣が突き付けられた。
サンジは眉間に皺を寄せたまま、ゾロを見上げる。

自分からは何も言えない。聞きたくもねぇ。でも、逃げられないのだろう真実がある。
ならば、・・・・・てめぇから言ってくれ。

目でそう訴えた。
ゾロも承知していたのか、今度は、サンジの期待を裏切らなかった。

「奴の形見だ。」

そう一言、簡単に説明すると、サンジの膝上にその剣を置いた。
今のサンジには、とてつもなくその刀が重く感じられ、病み上がりの身体には太腿が痛いぐらいだった。

「そっか・・・・・。」

剣の重さをそのままサンジは受け取った。彼の命の重さだ。

「だが、これだけは言っておく。奴は毒で死んだんじゃない。俺が奴を倒した。」
「え!?」

ゾロの言葉に、一旦は刀に下げた視線をまたゾロに戻した。予想外の言葉にサンジは目を見開いてゾロを見つめることしかできない。

「俺も大きな傷を負った。」

そう言って、いつものジジシャツを捲り上げた。と、腹には沢山の包帯がギュウギュウに巻かれている。
包帯の巻き具合から言って、致命傷とまではいかなくともそうとう深い傷だとわかる。

「どういうことだ?」
「言葉のまんまだ。俺と奴は、サニー号に来てから・・・・てめぇが寝ている間に、剣士として勝負した。」
「だが、ゴクの毒であいつは・・・・。」

サンジ同様、デュナミスもゴクの毒に犯されていたはずだ。それも、かなり深く身体に取りこんでしまったことで、相当毒がまわって危険な状態だったはずだ。
サンジ自身も、デュナミスと同様に大量の毒を吸い込んだ。毒煙の中からルフィを蹴りだし、ゴクの懐から解毒剤を取りだして、毒煙の外へ投げ出した。さらに毒煙を撒き散らそうとしたゴクを遠くへ蹴り飛ばしたことも覚えている。
その後は、おぼろげながらに解毒剤の量が足りないとチョッパーが騒いでいたことを覚えている。
デュナミスと自分はゴクの毒にやられたのだ。解毒剤は1人分。ルフィが助かればそれでいいと思った。

夢の海は、いつかルフィ達が自分の変わりに見つけてくれると思った。そう信じた。
ゾロへの思いは、もう今更伝えることができなくなった、いや、伝えるつもりはなくなったが、彼が世界一の大剣豪になってくれればそれでいいと思った。
デュナミスと一緒にこの海で朽ち果てるのもいいと、ぼやける頭で思ったことも思い出した。

それが、今、自分はサニー号のベッドで寝ていて、デュナミスはいない。目の前に彼の形見だという剣がが残されただけ。
一緒に死ぬはずだった男がいない。自分だけが助かった。

サンジは目の前にある剣をそっと触るとゾロを見上げた。

「説明してくれ。全て・・・・。」
「あぁ。」
「でも、ゾロ・・・・。サンジはまだ身体から毒が抜けきっていないんだ。あまり、刺激の強い…」
「チョッパー!」

隣りでゾロを止めようとするチョッパーをサンジは名前を呼ぶことで制した。

「サンジ・・・。」
「全部、きちんと知りたいんだ。後で話を聞こうがどのみち一緒だ。」
「うん・・・でも・・・。」
「大丈夫だ。」
「サンジ・・・・・・・・。」

一旦穏やかな目を向けてチョッパーを安心させるとサンジはもう一度、ゾロを見上げた。
ゾロもまた、サンジを見つめ返すが、話が長くなると踏んだのか、椅子に腰かけた。

「まず、何で俺が助かったのか、教えてくれ。解毒剤は、1人分しかなかったはずだ。」

それはチョッパーに対しての質問か。
その意図を組んだのか、チョッパーがゾロに変わって口を開いた。

「ルフィが大丈夫だから、って言うから解毒剤全部をルフィに使わなかったんだ。確かにルフィは軽度の中毒で済んでたし、全部を使わなくてもすぐに解毒剤は効いた。だから、後は解毒剤を調べて、そのまま同じ物をってわけにはいかなかったけど、毒に効く薬を作ったんだ。サンジにもそれを使ったから、さっきも言った通り、完全に毒が身体から抜けてるわけじゃないけど、多少は楽になってると思う。」

チョッパーが後ろの机から小さなビンを取りだして見せてくれた。
薬の色からして、解毒剤とは違うものとわかったが、それが効果を示したのだろう。僅かしかなかった薬から全く同様のものとはいかなくても、効果のある薬をすぐに作ってくれるのだから、この医者は大したものだ。それは、チョッパーもちょっと自慢に思っているのか、顔を赤らめながら「へへへ」と鼻の頭をポリポリ掻いた。
しかし、だったら何故、デュナミスは助からなかったのか。サンジとデュナミスは二人揃って同じくらい毒に犯されていたのではなかったか。

「だったら何故、俺だけが助かって、ディルは助からなかったんだ・・・。」

質問とも呟きとも取れる言葉に、チョッパーが小さく「ごめん・・・。」と謝った。
それを否定するようにゾロがチョッパーの変わりにサンジに口を開く。

「だから、奴は俺が倒したんだ。」



ゾロの言葉にサンジは改めて、目の前に座る男を見つめた。









―――――――――――――――――――







「・・・・・頼みがある。」

注射をしようとしたその時、デュナミスは彼を押さえるゾロの腕を強く掴んだ。

「何だ。言ってみろ。」

ゾロは血を吐きながらも必死で訴える男に視線を落とした。
ゾロの腕を掴む手は、ブルブル痙攣を起こしている。もはや、一刻を争う状態なのは変わらないのに、目の前の必死な男の言葉を無視することはできなかった。

「ゾロ!それよりも注射を!!話は後だよ!!」

チョッパーが二人の間に割り込む。が、ゾロは目でチョッパーを留める。
ギロリと睨む瞳は、鬼というよりも勝負を前にした男のようで、チョッパーは注射を手に持ったまま固まるしかなかった。

「ロロノア・・・・・ゾロ。勝負・・・をしたい・・・。」

血まみれでもはや立っていることさえできないだろう男の言葉に、二人して目の前の男を凝視した。

「な・・・・・。何言ってんだ!!勝負とかより・・・今、下手したら死んじゃうんだよ!!」

チョッパーが慌てて治療を再開させようと注射針を持つ手に力を入れる。
それを、隣の男がガシリと掴んで引き止めた。

「ゾロッッ!!」

チョッパーが隣の男の名前を叫ぶ。

「今すぐに勝負をするというのか?」
「あぁ・・・・。」
「治療の後じゃダメなのか?」
「それじゃ・・・・・ダメだ・・・。俺は・・・この・・船に乗る・・・つもりは・・・・・ない。」

ゴホッと口から血が溢れた。

「そんなんで俺に勝てると思うのか?」
「勝負は、やってみないとわからん。」

最後の言葉は病人とはいえないほど、はっきりとした口調で告げられた。

「わかった・・・・。」
「ゾロッッ!!」

チョッパーが止めるのも構わず、ゾロは一旦ラウンジへと姿を消すと、すぐに見知らぬ剣を持っ戻って来た。
手にした剣を血だらけの男の前に掲げる。

「てめぇの剣だ。ゴクを倒した後、拾っておいた。これで勝負するんだろ?」
「・・・・・助かる。」

上半身を起こしてゾロから剣を受け取ると、デュナミスは震える身体を叱咤して、受け取った剣を杖変わりにしてベッドから降りた。
剣で支えても、身体がまっすぐになっていない。本人は真っ直ぐに立っているつもりだろうが、右側に身体が傾いている。
それでもゾロは男が立ったのを確認すると、踵を返して、甲板に向かって歩き出した。
病人は、杖になった剣を支えにゾロに付いていく。歩き方も覚束ない。チョッパーがオドオドしながら、後から付いていく。


ゾロは中央甲板まで来るとクルリと向きを変えた。そして、腕に付けていたバンダナを外し、頭に巻く。腰に下げていた刀は3本とも鞘から抜いた。
本気モードだ。

フラフラしながらも後から付いていったデュナミスもゾロが立ち止ったのを認めて距離をとり、杖になっていた剣を剣として手に持った。
途端、傾いていた身体が、ピッと真っ直ぐに延びる。
剣士としてのデュナミスに戻った。
とても死にかけているとは思えないほど、背筋ものび、身体の震えも止まっている。目もギラギラと獣を思わせるほどに光っている。まるで猛獣がこれから獲物を狩る前のようだ。身体中に纏わりついている血を気にしなければ、先ほどの死にかけた状態が嘘のようだ。

お互いに刀と剣を突きだす。

先ほどの戦闘では、勝負をつける前に、いや、勝負の行方がわかる前に、ゴクの戦略の所為でうやむやになっていた。
今度ははっきりとかたをつける。お互い、そう心に決めている。
例え、どんな状態でもだ。


シュッ


鋭い刃がゾロの脇を掠めた。

「ちっ!」

驚くほどの素早さは予想外で、ゾロでも咄嗟に交わすのが精一杯だった。
先ほど万全の状態で戦った時よりも、スピードも動きも良い。

本当に死にかけているのか!?

ゴクの毒に犯されているのは、その場を知らなければ冗談だと思えるほどだ。
しかし、ここで負けるわけにはいかない。

デュナミスが、何故今勝負をしたがったのか。

同じ剣士としてわかった。
ゾロも同じ状況ならば、きっとこの目の前の男と同じ選択をするだろうと思う。

剣士としての誇りを持って剣の道を全うしたい。
その最後の相手に選ばれたことは、例えその男の実力がどうであれ、名誉なことだと思う。
だからこそ、全力で闘う。

ビュッ  ビュッ

連続で振り下ろされる剣を辛うじて避けるばかりだ。
火事場の馬鹿力というよりも・・・・・これが本当のこの男の底力か。

眉間に皺を寄せる。
ヒュッと頬を剣が掠めて、血が飛んだ。


あの時の勝負も、もしかしたらゴクのサニー号への襲撃がなければ、わからなかったかもしれない。

しかし。
身体を捻らないと避けれなかった剣の軌道が少しずつだが、ずれてきている。

ふ、とゾロは目の前の男の眼を見る。


見えてないのか!?


焦点があっていないのが、襲ってくる剣を避けながらでもわかった。
もはや、気配だけで攻撃しているのだろう。それでも、多少のズレは生じるものの、スピードと方向の正確さはいい。

だが、いつまででも攻撃されてばかりというわけにはいかない。
自分の役目を全うしなければいけない。

「うおりゃあああああ!!」

ゾロからも攻撃を仕掛ける。左から振り上げた刀は三刀とも揃ってデュナミスの右脇を狙った。
が、デュナミスは、剣でその三刀を下に流した。そのまま身体を捻り、上から剣を振り下ろす。
態勢が下がったゾロに上からの攻撃。

「グッッ!!」

ザクリとゾロの左肩が大きく抉れる。
ドバッッと血が肩から吹きあがった。

「うわああっっ!」

チャンスとばかりにデュナミスの連続攻撃が続く。
そのまま今度は腹に剣が突き刺さった。

「ぐぅぅぅっ!!」

一旦、ガクンと片膝をついた。
だが、倒れるわけにはいかない。この目の前の男は自分が倒すのだ。
幸いにもデュナミスの力が弱かったのか、致命傷になるほど深く腹に刺さらなかった。
グッと歯を食いしばり、流れる血もそのままにゾロが目の前の飛び込んでくる剣に集中した。
力が抜けそうな肩を叱咤し、態勢を立て直す。
突き向かってきた剣を今度は避けながら、口に加えた和同一文字で目の前の剣を大きく弾いた。
キィィィンと鉄の甲高い音が響いたと同時に、デュナミスの剣が空高く舞い上がった。

そのままゾロはデュナミスに突進する。



「鬼斬りいぃぃぃ!!」



グサッッ





一撃だった。








ガクン


デュナミスの膝が折れ曲がった。
そのまま芝生の上に膝を突く。ほんの僅かの間をとって、そのまま上体が柔らかい芝生の上に倒れ込んだ。


もはや、全てにおいて限界を超えていたのだろう。
呻き声一つ上げずにデュナミスは倒れた。
息も粗いというより、すでに絶え絶えだ。


キン


ゾロは全ての刀を鞘に納めて、弾かれて離れた位置に突き刺さったデュナミスの剣を抜きとった。血が溢れ痺れる肩と腹をそのままに、倒れた男の傍により、腰を屈める。
手にした剣を一旦、足元に置き、倒れた男を抱き起こす。

それまで身体中から溢れていた血だけでなく、ゾロの技によって新たに出来た脇の傷から新しい血がドクドクと大量に流れ出て行く。緑色の芝生に大きな赤い血だまりが出来たが、そんなことは誰も気にしなかった。
それよりも・・・とルフィ達の治療メンバーを残して他の全てのメンバーが、勝負あったと降りてきていた。
ずっと遠く上甲板から二人の勝負を見つめていたが、ゆっくりとゾロとデュナミスの傍に寄ってくる。
まるで二人を囲むようにして輪を作った。

抱きかかえるゾロにデュナミスは、うっすらと目を開き、軽く笑った。

「やはり・・・・ロロノア・・・・・ゾロには勝て・・・なかったか・・・。」

最後はあっけないぐらいに一瞬で決着がついたが、それでもゾロには、この目の前の男は強敵には違いなかった。

「いや・・・てめぇも強かった。俺が勝ったのはたまたまだ。」

穏やかに笑う顔に向かって真摯に答える。デュナミアスが作った傷は一生残るだろう。
確かに、最初の戦闘時に刀を交えた時は勝てるだろうと踏んだが、今、サニー号での勝負は、互角だったと思うのはゾロの正直な気持ちだ。いや、本当に互角だったのだろうか、と疑問に思う。
その気持ちが伝わったのか、デュナミスは満足気に笑った。

「君の・・・・ような・・強い剣士と・・・勝負・・・できて嬉しかっ・・・た・・・。心残り・・・はない。」

自分ばかり満足している男にゾロは、突如、怒りがこみ上げた。

「てめぇ。あいつはどうすんだよっっ!」
「・・・・?」

デュナミスは笑みの中から不思議な顔をゾロに見せた。

「コックは・・・・あいつはどうすんだ?あいつを置いて行っちまうのか!?」
「あぁ・・・・サンジ・・・。彼は無事なのか?」

震える指が空を彷徨っている。きっとサンジの手を求めているのだろう。だが、彼は今、ここにはいない。
本来ならば、一番、この勝負を見届けなければいけない男がここにはいない。
ゾロはギリと歯ぎしりした。
ゾロはサンジの変わりとばかりに、デュナミスの手を取った。こんなごつい手で申し訳なく思うが、そうすることがいいと思った。

「今、チョッパーが治療している。優秀な医者だ!だからあいつは大丈夫だ。」
「そうか・・・・。」

穏やかに笑う顔は安心感を滲ませていた。

「サンジが無事で・・・・幸せならば、それでいい・・・・。」

ゴホッと口から新たに血を噴き出す。

「おいっっ!!」

慌ててゾロは、チョッパーを呼ぼうと顔を上げた。
だが、デュナミスは握っている手に力を入れて、それを留める。
死にゆく男の手がこんなにも力強いかと、不思議に思いながらも、ゾロは、チョッパーを呼ぶのを止めた。

「サンジ・・・は君を・・・・待って・・いた。君に・・・再び会え・・・る時を・・ずっと・・・・待っていた・・・・んだ。」
「もうしゃべるな!」

この男はサンジの大切な人間。
ゴクを倒すために、不本意ながらゴク海賊団にいたのは、二人の様子からなんとなくわかったが、その辛い時期を、空間を、きっと二人で耐えていたのだろう。その中で芽生えた感情は、経緯はわからないもののゾロのサンジへの思いをも凌ぐように思えた。
だから、助けたい。
いや。
サンジの大切な男だからこそ、ゴクの毒などでなく、自分が彼を剣士としての最後の場を与えたのだ。

しかし。
この男亡き後のサンジの心情を思うと、やはり助けたいと思う。
チョッパーを今すぐ呼び寄せ、治療を施して欲しいと思う。
それは傲慢か。ただの我儘か。
この男が望んでいるのは、生き延びることではなく、剣士として終わること。
サンジとの未来を望んでいただろうに、それでも剣士としての生を最後は望んだのだ。
サンジの幸せのために!?

「サンジ・・・は君を・・・・愛して・・・・いる。」
「てめぇ、何言ってんだ!?コックはてめぇのことが好きなんじゃねぇか。だから・・・あんな・・・。」

敵船で見せられたキス。それは紛れもなく恋人同士のそれだった。演技などでできるキスではなかった。
ゾロは二人の顔が重なる瞬間、頭が沸騰しそうになった。嫉妬の炎が胸を焦がした。その後、冷静でいられたのが奇跡なぐらいだ。
今だって、この男を助けたいと思うのが不思議なくらいだ。

「サンジを・・・・確かに愛して・・いる。だが・・・・・・・、俺・・には・・・、サンジと・・・・共にいる・・・ことと同時に、ゴク・・・・を倒す・・という目標が・・・・・・あった。だ・・・から・・・・生きて・・来られた。ゴク・・・を倒した・・・今、剣士・・・・として君と・・勝負・・・・出来た・・・・。もう・・・・何も・・いらない。」
「コックはどうすんだ!?」
「君が・・・・・いるじゃないか。ロロノア・・・・・ゾロ・・・・・・・・。」
「っっ!」
「君・・・・もサンジを・・・・・・愛して・・・るん・・・・だろう?・・・・・サンジも・・・・・だ。」
「コックが!?」
「サンジに・・・・聞いて・・ごらん。」
「んなわけ・・・ねぇ。」
「ほんとだよ・・・。それから、・・・サンジに・・・・伝えて・・くれ。ありがとう、・・・・・・と。俺は・・・・ソフィアの元へ・・・行くから・・・・・・、サンジは・・・・・ゾロの・・元へ・・・・戻れっ・・・て。」
「・・・・。」
「それから、・・・・愛してる。・・・って・・・。」
「・・・・・わかった。」
「ありがとう。」
「・・あぁ・・。」
「今度は・・・・・サンジと・・・・・幸せ・・・・にな・・・・れよ。」
「・・・・あぁ・・・。」

ゾロが頷くとデュナミスは最後にニコリと笑って目を閉じた。
ガクンと頭が垂れる。
それきり、彼が再び瞼を開くことはなかった。

暫くして、サンジの治療を終えたチョッパーがやってきて、デュナミスの最後を確認した。
息の途絶えた剣士を、サンジの許可なく海に流すことを一度は躊躇ったが、彼の亡骸をサンジに見せるのもまた躊躇い、結局、サンジの意識が戻る前に海に流すことにした。彼の剣を残して。
サンジには、彼の剣さえあればそれでいいと言ったのは、同じ剣士のゾロだ。

男としての勝負をし、剣士としての彼の最後を見届け。
息を引き取る瞬間は、サンジの悲しむ顔を思って思わず足掻こうとしたが、結局、剣士としてのデュナミスを尊重した。

今はこれでいい、とゾロは考えた。





―――――――――――――――――――




「ルフィもゾロも、その、ディルって人を助けようとしたんだよ・・・。みんなもそう。俺は、薬の量からして難しいとは思ったけど、でも、3人とも助けたかった。そのつもりだった。でも、それよりも彼は剣士としての最後を迎えたかったんだ。だから、ゾロが勝負をして彼を倒したんだ。」
「そっか・・・。」

ゾロの言葉をフォローするかのように、チョッパーは最後、涙目になって一言付け足した。
誰もが、ルフィもサンジも、そして見知らぬディルでさえ助けようとしてくれた。
だったら、どうして彼はその生にしがみ付こうとしなかったのか。

いや、とサンジは首を振った。

目の前の男、ゾロと同様。彼もまた剣士だ。
だからこそ、ディルはゾロとの勝負を望んだのだ。それを解ったゾロもまたディルとの勝負を受けたのだ。

剣士ってやつは本当にバカな生き物だとサンジは思う。バカだけど、なんてすごい生き物かとも思う。
サンジは目の前にある剣をギュッと抱きしめた。


10.07.30