すれ違う思い 重なる思い26
「解毒剤は一人分しかないんだよ!それを2人ならまだしも、3人になんて・・・・。」 チョッパーが泣きそうな声で叫んだ。それでも、医者としての動きは止めない。テキパキと手は動いてはいる。 ただ、解毒剤を使いたいが、今、ルフィだけに使ったら、後の2人の分が無くなってしまう。先に医務室に来たものの、解毒剤の量の為、ルフィにも応急処置しかできていなかった。 どうしたものか、と悩みながら薬瓶を順にテーブルに並べていく。 医務室では3人並べて治療するほどのスペースがないため、サンジとデュナミスは、ラウンジでソファや簡易ソファを使ってそこに寝かせた。 ゴホッゴホッ ガハッ サンジが血を吐いたあと、すぐ隣でデュナミスもまた咳き込みながら血を吐き出す。二人とも、身体の痙攣が収まらない。 ルフィは幸いにも、吸った煙の量が少ないから、青い顔をしながらでも、痙攣が二人よりも小さい。もちろん、だからと言って大丈夫だというわけではないが・・・。 血を吐いたために赤く汚れた顔をロビンがガーゼで拭った。及ばずながらと、いう感じでチョッパーを手助けする。 血に染まるガーゼがどんどんバケツに溜まっていく。 「サンジはもちろん助けるにしても・・・こいつは敵だろう?無理に助けなくてもいいんじゃねぇか?」 冷たい言葉がラウンジから医務室へ届く。 フランキーが険しい顔で部屋の中を覗いていた。 「いくらなんでも、そういうわけには・・・。」 チョッパーが小さな声でモゴモゴと答える。例え敵だとしても、医者として見殺しにするわけにはいかないだろう。 誰もが心配で、でもどう手伝えばいいのか、ラウンジの隅で成り行きを見守っていた。 「その男も助けてやってくれ・・・。」 一つ外れた場所から、ポツリと声が届いた。 「ゾロ?」 みんなが一斉に振りむき、ゾロに注目する。 ゾロがゆっくりと一人遅れてラウンジに入ってきた。 「どうして・・?敵なのよ。」 ナミが咎めるような目をゾロに向ける。ナミだって、その男を見殺しにしたいとは思っていない。だが、取捨選択しなければいけないのなら、おのずと対象者は決まってくる。 「その男は、ゴクを倒した。そいつ自身、なんかわけありっぽかった。それに・・・・そいつ・・・・コックにとっちゃあ大切な奴だ・・・・たぶん。」 「え!!?」 ゾロの言葉に誰もが目を見開く。いつも冷静なロビンでさえ、驚きを隠せない様子だ。 「え?・・・そんな・・・・サンジくん?」 ナミが言葉に詰まって、サンジの顔を見つめる。が、サンジは苦しそうに咳き込むだけで何も言わない。 みんなの会話は耳に入っていないだろう。 「どうしてわかるの?ゾロッッ。」 今度はゾロを振り返った。 「・・・・・見りゃあわかる。只ならぬ関係みたいだったぜ・・・。」 視線を外して答えるゾロからは不遜な態度は見られない。どこか、捨てられた猫のようだ。 「チョッパー・・・無理か?」 ゴツゴツと足音を響かせて医務室に近寄り、中にいるチョッパーに向かってゾロは尋ねた。 チョッパーは、1人分の解毒剤を手にして眺めた。 「ルフィは幸い軽傷だから・・・・他の薬とかも併用すれば、たぶんこれ1本使わなくても大丈夫だと思う・・・・。でも・・・・3人分に分けて投与して・・・サンジとその男はかなり重傷だから、今ある薬だけじゃ代用できないだろうし・・・。その間に新しい薬を作るにしたって、この成分を解析するまで時間がかかる・・・。少ない解毒剤で、それまでサンジ達が持ってくれるかどうか・・・・。」 1秒でも、早く解毒剤を注射したのに、それができない。 先ほど、デュナミスが叫んだ言葉は、5分と持たない、と言っていた。そのタイムリミットはもう間近だ。 ガシリ 解毒剤を持つチョッパーの腕が急に力強い何かに掴まれた。 視線を下げるとルフィが青い顔をしながらもニカリと笑みを向けている。 「俺はいい。そんなもんなくても大丈夫だ。2人にその薬を使ってやってくれ!」 「ルフィ。」 力強い声はラウンジの方まで届いた。 チョッパーの眉が下がる。 と。 「サンジくんッ!」 ナミの声が部屋に響いた。 同時に酷く咳き込む音が耳に入ってくる。 慌ててチョッパーが顔を上げる。 ルフィも壁で見えないながらも顔を向けた。 「チョッパー、・・・・・俺も・・・あっちに行く。サンジの方へ・・・・・連れて行って・・・くれ。」 「ルフィ・・・。だめだ。ここは俺に任せて!」 チョッパーは医者の顔でルフィを宥めた。 泣きそうになる気持ちをなんとか振り絞る。 「頼む、チョッパー!サンジも・・・あの男も助けてやってくれ!!」 「ルフィ・・・。」 「チョッパー!!」 チョッパーの腕を掴むルフィの指に更に力が加わった。爪が喰い込み、痛い。病人とは思えない力に、チョッパーは顔を顰めた。 「うん!大丈夫!!絶対、サンジを死なせたりしない。ルフィもサンジもあの男の人も、みんな助ける!」 キュッとチョッパーは表情を引き締めて、ルフィを見つめた。 「頼むぞ。チョッパー!」 まっすぐにチョッパーの瞳を見つめる船長も、やはり毒に犯されているのが、僅かに開いている瞳孔でわかった。 それでも、ルフィは力強くチョッパーに声を掛ける。 コクンと頷くと、チョッパーは意を決して、解毒剤の瓶に注射針を差し入れた。 ルフィにはこれぐらい使って・・・・。 注射器に注がれた薬の量を確認する。 じっと見つめるとチョッパーはルフィの腕に注射針を刺し込んだ。 ゆっくりと注射の中の液体がルフィの身体に入っていく。薬が針を通して腕に吸い込まれるようにして消えていった。 じっとチョッパーがルフィを見つめる。 「・・・っっ・・・・・くっ・・・。」 少しずつだが、ルフィの身体の痙攣が収まっていく。 この調子なら、大丈夫だろう。元々頑丈な男だ。 それよりも問題は・・・・。 チョッパーは、後ろを振り返った。 残りの薬はあと、2/3以上。なんとかある。ルフィのように軽傷なら僅かな薬で助かるのだが・・・。サンジもサンジと一緒にいた剣士もかなりの毒を吸ったのは明白だった。タイムリミットが5分と言っていたが、その前に心臓が止まっても不思議ではないだろう。 兎も角、時間がない。 「ロビン。ルフィの方、頼める?たぶん大丈夫だと思うけど、少しでも様態がおかしくなったら教えて。」 「わかったわ、チョッパー。」 ロビンがルフィの横に座り、彼の汗と血で汚れた顔を拭いた。 チョッパーはトンと椅子から飛び降り、すぐにラウンジの方へ向かった。 「チョッパー。」 「なに?ロビン。」 ロビンが眉を下げてチョッパーを呼びとめた。 「必ずサンジくんを助けてあげて・・・。このままじゃあ、ゾロもサンジくんも不幸だわ。そしてあの剣士さんも・・・。」 穏やかな笑みを溢してロビンはチョッパーにお願いする。それはまるで母親のようで。 女性って、優しくて温かいな、とチョッパーがほんのりと思う。 「うん。大丈夫。必ずサンジもあの剣士も助けるよ。そして、みんなでまた冒険をするんだ!!」 「そうね・・・。」 ロビンの返事を聞かずに、チョッパーは隣の部屋へと急いだ。 「ルフィは大丈夫。どう?サンジは・・・。」 チョッパーが医療鞄を抱えてやってきた。 サンジの脇に立ち、聴診器を取りだす。が、聴診器を使うまでもなく、一目で危険な状態だとわかる。 身体の痙攣が治まらず、瞳孔も開いたまま。口からどれだけの血を吐き出しのか、辺り一面真っ赤に染まっていた。それは、隣に寝ている剣士も同様で。 いっそのこと、二人一緒にここままそっとしておいた方が、二人にとって幸せなのではないだろうか。そんなことさえ頭に過る。 が、ルフィと約束したのだ。ロビンにも言ったのだ。そして、目の前の男にも・・・。 チョッパーは、いつの間にかすぐ後で腕組みをして座り込んでいる男をチラリと視界に入れた。 壁に凭れるようにして胡坐を掻き、目を閉じているゾロ。それはいつもの風景ととれるのだが、そうではないことがわかる。 震えているのだ。膝が。握っている拳が。 叫びそうになる衝動でも押さえこんでいるのか、いつもの多少眉間に皺を寄せたなんてものじゃなく、必死に感情を押し殺しているのが表情でわかる。そして、必死に震えるのを押さえこもうとしているのがわかる。それでも、震えが止まらないのだ。ガタガタと膝が震えているのが誰の目にも見えた。もちろん、誰もそれに触れることはないが、ゾロがいつになく必死に感情を押し殺している。 そして、チョッパーの治療を信じて。サンジが助かるのを信じているのだ。 「ゾロ。」 チョッパーがゾロを呼んだ。 いつもなら治療行為の最中にゾロの力を借りることはほとんどないのだが、今は、サンジの傍にゾロがいた方がいいような気がした。 ゾロは、片目を薄く開けた。 「腕、押さえててもらえる?痙攣を起こしているから上手く注射が打てないんだ・・・。」 「わかった・・・。」 のそりと身体を起こし、チョッパーの傍へやって来る。 「ここ。押さえておいて。」 「あぁ。」 何気なく返事をしているが、声も僅かに震えている。 それに気付かないフリをしてチョッパーは消毒をし、注射針を確認する。 本来ならば1人分の半分にも満たない。 ルフィはなんとかすぐに効果が見られ始めたが、サンジの場合はどうか・・・。 でも、やるしかなかった。 プツンと針が皮膚に刺さり、液体が体内へと消えていく。 量が僅かだからすぐにその液体は無くなった。 そして、もう1人。 隣で血を吐き出している男の脇へと移動する。 口から吐いた血が詰まらないようにウソップが対応してくれていた。彼としては敵だから不本意だろうが、それでも献身的に介護してくれていた。 「今度は、もう一人。ゾロ、続いて頼める?」 「わかった。」 ウソップが脇に避けて、血だらけの男の横に二人して立った。 サンジ同様、注射をしやすいように腕を押さえこもうとした瞬間、その手を止められた。 「えっ!」 驚いたのはチョッパーの方だった、注射針を持って、剣士を見つめている。 剣士は、目を開きゾロの方を見つめている。だが、その目は焦点があっていないように思われた。手も必死に掴まるようにしてゾロの腕を握りしめている。 ゴホッ そのまま血を吐き出すが、構わず、剣士はゾロを見上げている。ゾロもまた自分の腕を掴んでいる男を見つめた。 「・・・・頼みがある。」 弱弱しくはなっているが、それでもはっきりとした発音した。 ゾロは同じ剣士として目の前の病人の頼みを聞くべく、口を開いた。 「何だ?言ってみろ。」 病人の手に力が入った。ギュッと更に強く握られて、僅かだがゾロの顔が歪む。まるで病人とは思えない力だった。 |
10.07.01