すれ違う思い 重なる思い After1




空は快晴。航海は順調。気分は最高。
ナミは「う〜〜〜ん。」と伸びをしてから、ログポースで進路を確認した。

「気候も安定してきたし・・・。もうすぐ次の島に着きそうね。」

前方のサニーに座っているルフィに声を掛ける。

「ルフィ!もうすぐ島が見えてくるはずだから!!気をつけてて。」
「おう!!わかった!」

ルフィも島に着くのが楽しみなのだろう。顔は前を向いたままだったが、声が弾んでいた。肩もワクワク感から来るのか、揺れている。

「フランキーも舵、ヨロシク!」
「おうっ!」

「喉、乾いたでしょう?どうぞ。」

ジュースだけでなく、軽くつまめる程度にとクッキーが数枚、綺麗に皿に飾られてトレーの上に乗せられていた。

「ありがと、サンジくん。」
「ああっっ!!ズリィぞ!ぐる眉!!」

フランキーが怒り露わにサングラスを持ち上げた。

「てめぇの分は、後でチョッパーが持ってくるはずだから待っとれ!」
「よしっ!ならいい。」

サンジの返答に、とりあえず自分の分も確保されているのにほっとして、フランキーは再び前方に視線を戻した。


二人のやりとりにナミはにっこり笑うと前甲板から階段を降り、いつの間にか用意されていたパラソルの下の椅子に腰を下ろした。
隣には先にロビンが座ってアイスコーヒーを口にしている。

「美味しい!やっぱり、サンジくんの作ってくれたオレンジジュースが最高vv」
「ナミさんに喜んでもらえてなによりだよ。」

ナミの称賛にサンジは素直に喜んだ。以前なら、くねくねと身体をくねらせて喜びを現わすのに、いつの間にこんなに穏やかに笑うようになったのだろう。
いや、昔から物静かな面もあった。ただ、あまり自分の本心を表に出さないので、表現をオーバーにしたりケンカやらで、静かな彼を目にする機会が少なかっただけなのだろう。

コクリとジュースを飲みこんで、ナミは、キッチンに戻っていく彼の後姿を見つめた。

「なんか、雰囲気変わっちゃったわね。」

ナミの気持ちをロビンが代弁する。いや、ロビンもそう思っているのだろう。

「ロビンもそう思う?」
「えぇ・・・・。まだ、あのことが忘れられないのかしら・・・・・。」
「うん・・・・。もうあれから半年経つけど・・・、やっぱり前のサンジくんには、戻らないのかしら。」

ストローをかき回すと、グラスの中の氷がカランと音を立てた。

「人間は成長するものだから、元に戻る必要はないけど・・・・。でも、彼の場合、なんだか成長した、というよりは後退したようにも見えるわ。いろいろ苦労もあって人間的には成長したはずなんだろうけど・・・。」
「よっぽど、忘れられないのね。あの剣の持ち主のことが・・・。」

二人して頬杖をつく。
そこへ、錘を持ったゾロが通りかかった。

「あんたも苦労するわね。」

ナミがチラリとゾロを見上げた。

「あぁ?」

何のことだ?と足を止めて目を細める。

「サンジくんのことよ・・・・。」
「彼、まだ立ち直れないみたいね。」

ロビンもナミの言葉を続ける。

「あぁ・・・、そのことか。」

なんだ、とゾロは肩を竦めた。

「あら?懐が広いことで。」

ナミが目を丸くしてゾロを見上げた。
会話を続ける気があるのか、ゾロは空いている椅子によいしょ、と腰を掛けた。鍛錬は終わりだったのだろう。よく見れば、汗があちこちから滝のように流れている。珍しく外で鍛錬したのだろう。
多少届いてくる汗臭さにナミは顔を顰めながらも、今の二人の関係に興味があるので、様子を探るべく会話を続けようとした。

「お!マリモ。てめぇ、ナミさん達に臭い匂いを嗅がすんじゃねぇよ。さっさと汗、流してこい!!ほら、まずはドリンクだ!」

すでに用意してあったのだろう、ゾロ特製のドリンクをトレーに新たに乗せていた。

「お・・・。悪ィ。」

サンジの言葉を軽く流してグラスを受け取ると、ゾロは一気に、ゴクゴクと少し緑がかった液体を飲み干した。

「ほい。」

あまりの早さにあっけに取られているサンジにさっさとグラスを返すと、ゾロは「で?」と頬杖をついてナミに向き直る。
サンジは「チッ」と舌打ちすると、自分がここにはいない方がいいのをなんとなく察したのか、早々にキッチンに引き返した。

「ふ〜〜ん。」
「なんだよ。」

目を細めてニンマリ笑うナミに、ゾロは少したじろぐ。ロビンもナミほどではないが、妖しげな笑みを浮かべている。

「うぅん。多少は進展しているようね。」
「は?」
「あんた達の関係。」
「あぁ・・・別に昔と変わらねぇよ。」

ゾロはそっぽを向いて、ポツリと答えた。

「違うわよ。」

ゾロの言葉を容易く隣に座る年上の女性が訂正した。

「サンジくんのゾロを見る目。昔と違って、穏やかで優しくて、愛する人を見る眼よ。」

ロビンの言葉にガクリとゾロの頬を手から外れた。

「なんだぁ、そりゃあ?」

苦虫を噛み潰した顔で、ゾロはロビンに視線を移した。

「見てればわかるわ・・・。」

グラスに残っていた最後の一口を飲み干して、ロビンはゾロに視線を合わせる。目を合わせる二人に割って入るようにしてナミが言葉を続けた。

「もうすぐ島に着くわ。留守番、あんた達にするから、一度二人で話をしたら?あれから半年。それらしい会話もないんでしょ?いい加減見てる方もじれったいの。そろそろ決着をつけなさい!」

ビシリと指さしをしそうな勢いでナミがゾロに告げる。
だが、ゾロは頭を横に振った。

「いや。それは必要ねぇ。」
「どうして!?」

思わずテーブルに乗り出すナミにゾロは苦笑を向けた。

「俺は、あいつが俺の気持ちを受け取ってくれるまで待つと言った。確かに再会した時、あいつには別に好きあっている奴がいたが、俺も”好きだ”という言葉も貰った。それだけで充分だ。それ以上、望んじゃいねぇ。」

無粋な剣士から、人を好きだとかいう言葉は似合わないような気もしたが、サンジを一度失ってからは、時々こう言った話題をナミがゾロに振るからか、平然と会話を交わすようになってしまった。こんな話題を穏やかに話すことがこようとは思わなかったが、嫌は気分はない。ただただじれったいだけだ。
ロビンもゾロの言葉に多少驚きはしたものの、彼の意思を尊重しようと思ったのか、「そう。」とニコリと笑って席を立った。その手には、グラスが握られている。

「お先に・・・・。」

これ以上は、自分は口を挟むつもりはないのか、一言告げると、先にキッチンへグラスを返すべく向かった。

「もう・・・・。」

ナミは納得できない、という表情を隠さずに氷で薄くなったジュースを飲みほした。溶けた氷によって薄まった味に顔を顰める。
そしてやはり、もうこの話はしまい、とばかりに椅子から立ち上がる。ゾロもそれ以上、今の話題を続ける気はないようだ。
ロビン同様、空になったグラスを手にして、キッチンへ足を向けた。
が、言い残したという風にくるりとゾロを振り返った。

「でも、ゾロ。サンジくんとは、夜、時々二人で飲んでいるでしょう?そういう時は・・・。」
「別に何もない。ただ普通に仲間として酒を交わしてるだけだ。でも、それで俺は充分だ。」

ナミもそんな穏やかな時間を二人で過ごしていることは知っている。いや、時々、仲間に入れてもらって一緒にグラスを傾ける時もある。そんな時、二人は、確かに心を重ねた恋人というようり、ごくごく普通の仲間としてその時間を堪能している。
わかってはいたが、それでも聞かずにはいられなかった。
でも・・・・。

ゾロがそれでいいのなら、仲間として穏やかで幸せを共有できる時間を少しでも多く与えてあげよう。ナミはそう思った。
暫くじっとゾロを見つめると、ナミは再び口を開いた。

「なら、やっぱり、島に着いたら留守番、あんたとサンジくんに頼むわ。別に構わないでしょ?それから、そのパラソルとテーブルと椅子の片付け。よろしくねv」

ウインクを一つ残してナミはさっさと自分のグラスを持って歩いて行ってしまった。

「片付けって・・・・。ったく。」

ブツブツと文句を言いながら、それでも逆らえないゾロは、ゆったりと椅子から立ち上がり、まずはパラソルに手を伸ばした。だが、言い回しは別にしてもナミの言葉にゾロは、ニッと口端を上げた。

「そういやぁ、最近、夜、飲んでねぇもんな。」



ここ最近、敵襲やら、気候の変化などで一緒にゆっくりと酒を酌み交わす時間が取れていなかった。
ゾロは不寝番の回数が多く、サンジは残り少ない食糧の調整で時間を費やしていた。

ゴクの毒から回復したサンジは、以前同様、コックとして仲間の栄養管理を請け負い、また戦闘にももちろん参加していた。その強さは変わらず、いや、彼も以前よりも強くなっていたのは彼がいた海賊船の影響かもしれない。
頼もしい仲間としてまたサニー号に戻ってきてくれたのは、ありがたいことだった。
そう、以前と同じ仲間として、みんなは、そしてゾロは彼と接した。
憎まれ口を叩けばケンカになりナミの制裁を喰らい、戦闘になれば背中合わせになり船長を補佐する。
淡い思いを心の奥にしまい込み、そしてサンジは、きっと亡くなった剣士への思いを閉じ込め。昔と同じように接した。
ただ、以前と違っているのは、ケンカや戦闘は依然と同じだとしても、夜、二人で静かに酒を酌み交わす時間を取るようになったことだ。
もちろん、離れる前もそう言った時間がなかったわけではないが、以前にも増して、穏やかに二人で酒を交わすことが増えた。
ただ、やはりそれは仲間としてだ。だから、会話も当りさわりのないことばかり。
前日にルフィが夜中に食糧庫に忍び込んで、食糧を食べられてしまったこととか、ウソップの発明にフランキーが手を貸したからやっと成功したとか。ナミさんとロビンちゃんの肌の調子がいいのは、自分が戻ってきたからだとか。
自分達の心の奥底に眠る感情はほんの少しも出さずに、日常に関することばかり。
それでも、ゾロは幸せだった。
サンジが船から降りた時、サンジがもしかしたら死んでしまったかもしれないと思った時、サンジが生きていてゴク海賊団にいると信じた時。
あの頃のことを思えば、彼が目の前に生きていることが幸せだった。




「まぁ、ナミに甘えるわけじゃねぇが、久しぶりに酒を一緒に飲むか。」

そう決めるとルフィ達ではないが、早く島に着かないかと心が逸った。











「ご馳走様。」
「あぁ、ロビンちゃん。わざわざ、グラス持ってきてくれたんだ?ありがとう。」

キッチンでスープでも煮込んでいるのだろう。鍋から視線を外さず、サンジはロビンに逆に礼を言った。

「グラス、流しに置いといてくれる?」
「えぇ。」

サンジに言われるままコトリとグラスを流しに置いてから、ロビンはじっとサンジを見つけた。

「なに?」
「いいえ・・・・。それ、今夜のスープ?」
「あぁ、残り物からだけど、でも味は保障するから。」

残り物から作ったとはいえ、サンジの作る料理は絶品だ。その美味しいだろうスープの中身をレ―ドルで軽く回すと、サンジは満足そうに蓋をしめた。

「今夜の夕食も楽しみにしていてv」

ニッコリと微笑みを向けるサンジの眼は一流のコックの自信満々の顔だった。

「期待しているわ。」

軽く笑みを返してロビンは踵を返した。
と、サンジがロビンの後姿にストップを掛ける。

「あ・・・。ちょっと待って、ロビンちゃん!」
「・・・何かしら?」

突然呼びとめられたのにも関わらず、ロビンは驚きもせずに、穏やかに振り返った。
と、呼びとめた方のサンジが自分の行動に驚いたかのように、目を丸くしている。

「あ・・・・。いや、その・・・・。なんでもない、ごめん。」

一体何故、自分がロビンを引き止めたのか、自分でわからない、という顔だ。
サンジの行動をすでに読んでいたロビンの方が、分かった顔でサンジの方へ一歩戻った。

「さっきのナミちゃんとゾロとの会話が気になるの?」
「あ・・・・、いや・・・・。別に・・・・俺は・・・。」

ロビンの言葉にサンジは思わずシドロモドロになる。
自分がロビンに聞きたかったことは、そうなのだろか。じっと見つめるロビンの瞳は、先ほど、グラスを流しに置いた時に見せた瞳と一緒だ。なにもかもわかっているような瞳。
サンジがロビンに聞きたいことはきっとそうなのだろう。だからと言って、素直に聞くことはできなかった。
サンジは、どう答えてよいのか、わからなくなった。目がキョトキョトと泳ぐ。

「まだ、あの剣士さんのことが忘れられないの?」

ロビンの方が直球で聞いてきた。サンジはピクリと身体を震わす。

「別に今すぐゾロとくっつきなさい、とかそういうことを言ってるわけじゃないわ。でも、ナミちゃんも私も貴方達には幸せになってもらいたいと思っているの。今、貴方達が幸せなら、それでいいのよ?」
「ロビンちゃん・・・・。」
「でも・・・・・。」

ロビンは一旦、言葉を続けようとしたが、濁してしまう。腕を組んで、扉の方を見つめた。話を終えるつもりだろうか。
しかし、ここで会話を終わらせることは、先に進めない、と思ったのか、サンジの方がロビンを促す。

「言いたいことは言ってくれるとありがたい。」

サンジも、会話の内容から目を逸らすことを止めた。
それがわかったのだろうか、ロビンも真正面にサンジを見つめて、改めて言葉を続けた。

「もう、言わなくてもわかってるんでしょう?自分の気持ち。貴方を見ていればわかるわ。」

ロビンは、優しい姉のような瞳でサンジを見つめた。サンジは素直にコクリと頷く。

「あれから半年。ディルのことを忘れたわけじゃないが、漸く過去の事として捉えられるようになったんだ。それにディルは、俺がゾロのことを想っていることを知っていながら俺との関係を作ってくれた。だから、ゾロへの気持ちを閉じ込める必要はない、って気付いたんだ。」
「そう・・・そうね。」
「でも、今の仲間としての関係がとても心地よくて。ずっとこのままでいいと思っちまう自分もいるんだ。ゾロの優しさに甘えた、卑怯な状態だとわかっているけど、今の関係を壊したくないとも思っている。きちんとゾロの想いに答えをあげなければいけないと、頭ではわかっているのに・・・・ゾロが何も言わないのをいいことに、ずるずるとここまで来ちまった。」
「怖いの?」
「そうかもしれない。今の心地よい、仲間としての関係がなくなっちまうのが怖いんだと思う。」
「ゾロとの関係がもっと深いものになって今より幸せになれるのかもしれないのに?」
「でも、俺達は海賊だ。いつか、ディルみたいに永遠に別れちまうかもしれない。仲間ならばその時きっと冷静でいられるだろうけど、それ以上の関係になっちまったら・・・・と考えると・・・それが怖い。」
「・・・・。」
「知らない方が幸せなこともある。」
「でも、知らないわけじゃないわ。今の貴方は知っているけど、その感情に蓋をしているだけよ?」
「・・・うん、・・・・そうだね・・・・。」
「心が繋がっていれば、いつか別れる時が来ようとも、きっと大丈夫よ。乗り越えられる。」
「ロビンちゃんもそういう別れをしたことがある?」
「私の場合は、母だけど・・・・。そして、辛かったけど、・・・・でも乗り越えることができたわ。母の愛情がわかったから。」
「そっか・・・・・。」

ロビンはサンジの傍に寄るとギュッと彼を抱きしめた。

「貴方達なら、大丈夫よ。何があっても乗り越えられる。だから、もういい加減、自分の気持ちに素直になりなさい。」


麗しのロビンちゃんに抱きしめられていつもなら役得とばかりに喜ぶサンジだったが、この時はロビンの母のような、姉のような、温かな優しさにギュッと目を閉じた。

「ロビンちゃん・・・。」

ひと時抱きしめた後、ロビンはそっとサンジから腕を離し、真正面から見つめる。
ほんの僅かな間だが抱きしめられて、ロビンの優しさに触れて、サンジは何かストンとハマったようにすっきりとした。
二人の間には見た目としては距離ができたが、そんなことを感じさせない繋がりができたように思われた。
あぁ、家族ってこんなだろうか、とサンジは頭の隅っこで思う。

「ありがとう、ロビンちゃん。・・・・ゾロと、一度話をしてみるよ。」
「どういたしましてvそういえば、島に着いたら貴方とゾロが留守番になるみたいだから、その時がちょうどいいかもしれないわ。」
「ナミさんのご指名?」
「そうよ。別にナミちゃんは、いつもみたいに二人静かに酒でも酌み交わせれば程度に思っているようだけど、ちょうどいい機会じゃないかしら?」
「・・・・そうだね。」

お互いにニコリと笑うとロビンは今度こそ扉に向かった。
入れ違いのタイミングで今度はナミがキッチンにやってきた。
二人の様子にナミが目を見張る。

「どうしたの?」
「別に・・・。」

軽く笑ってロビンは扉を押さえてナミを中に招き入れた。

「変なロビン・・・。」

ナミが肩をすくめながら、ロビン同様、空いたグラスをサンジに渡す。

「ご馳走様、サンジくん。」
「どういたしまして。」

そんな二人のやりとりを見ながら、ロビンは最後にサンジに声を掛けた。

「今から暫く部屋で本を読みたいから・・・・夕食になったら呼びに来てくれる?」
「承知いたしました。マドモアゼル。」

畏まったサンジにクスリと笑うとロビンは振り返らずにキッチンを離れた。


10.09.17




       




自分的に消化不良だったので、書いてみました。また、暫くお付き合いください。