黄泉返りの島1
グランドラインの大海原を航海するサニー号。 前の島から出航してずいぶん経つが、相も変わらず青い水平線に島らしきものは今だ見られなかった。 ただここ最近、暑い日が続いている。 ということは夏島が近いのだろう、というナミの予測。確かに夏島の暑さに違いないが、それだけでなく湿気も多分に含まれているのだろう。今まで寄港したどの島の気候よりも暑さを感じる。 ともかく島が近いのなら多少は暑さを凌げるだろう、とまだ見ぬ島に心なしか期待が膨らんだ。 ゾロはここ最近、夢見が良くないのか、よく魘されていた。しかし、それは気にするほどではないと自分では思っていたので、そのまま特に対策も考えずにいたが、実は何日か続いている。 寝付いてしばらくすると、「うぅ・・・・・・。」と苦しそうな小さな呻き声を上げているが、麦わら海賊団の男連中はいいのか悪いのか、眠りが深く、誰も気づかない。 自分では最初、魘されていると解らなかったが、夢の中の自分も魘されているので、そうだとわかった。 そして、叫び声を上げる事は無かったが、飛び上がるように起きてしまうのだ。はぁはぁと息が荒いまま暫く呆然としている。汗もびっしょりだ。 何の夢かはわからなかったが、ただ単に夢見が悪いのだろうと最初は思っていた。 が、どうやらそんな単純なことではないらしいと後でわかった。 暑いからと暫く身体を繋げていなかったのと、よく寝られなかった所為もあり、ゾロは半ば強引にサンジに迫った。 セックスによる疲労ならば、多少は心地良く寝られるのではないか。そんな気がした。もちろん、素直にサンジを抱きたいという思いももちろんある。 「ったくよぉ・・・・、仕方ねぇな・・・・。来いよ。」 泳ぐ魚を背景にソファで酒を飲んでいたサンジは、苦笑して圧し掛かる身体を受け止めて足を開いた。 すでに深夜である。ここ、小さな水族館、アクアリウムバーには誰も来ないだろう。 「・・・・っっ!・・・・・・・あっ!・・・・・・・・・あああぁぁっっ!!」 久し振りの圧迫感に眉間に皺を寄せているが、それがただ単純に苦痛だけでないことは、震えながらもしがみ付く腕でわかった。 ゾロはそれを見て口端を上げ、更に身体を押し進める。 「っっくしょう!無駄にデカくなりやがってっっ!」 仰け反りながらも悪態をつくサンジにゾロは喉の奥で笑った。 「いいじゃねぇか。気持ち良いんだろ?」 「っっ!」 反論できないサンジにゾロはこれでもか、と掴んでいる太腿を更に広げた。 ガラス越しの小さな海と優雅に泳ぐ魚達。綺麗な青を背景に揺れる白い体はゾロの欲情を煽った。 「うわぁぁっっ・・・。」 「いいぜ?イけよ。俺もイきそうだ・・・。」 久し振りの快感に、ゾロの方もいつもより早く絶頂を迎えた。お互いに相手の背中にしがみつかんばかりの強さで抱きしめて身震いする。 深夜でも気温があまり下がらないせいか、汗だくのまま、はぁはぁ、と息も整わないうちに、ゾロはゴロンと床に横たえて睡眠の体制に入る。 いつもならまだまだ延長戦を繰り広げることが多いのだが、ここ最近の睡眠不足もあって、とりあえず満足したゾロは心地良い疲労感に浸って眠る事にした。 サンジの方も早々に切り上げるゾロに「珍しい・・・。」と目を丸くしたのだが、島に着けばまたゆっくりと一緒に過ごせるだろうと考えたのか、そのままゾロと一緒に眠ることにしたらしく、同じくゴロンと横たえた。 この状態を誰かに見られるのは気が進まないが、最初に朝を迎えるのはいつもサンジだからいいだろう。サンジもそう判断したからこそ、裸のまま横になっている。 夏島の海域だ。気温のおかげで裸のまま寝ても風邪を引くこともないだろう。まぁ、嗜み程度にはシーツは被っておくが。 そうして、暫くしてだろうか。 「うぅ・・・・。」と唸る声が小さくだが部屋に響いた。 敵襲か何か船の異変か、とサンジは慌てておきるが、敵襲ならば不寝番が大声で騒ぐだろう。ならば、船の異常か?とも思ったが、今二人がいる室内から聞こえてきているようにサンジには感じられた。室外からの異常ではない、とすぐに判断できた。 一体・・・・、と考えて、しかしすぐに気づいた。 横で寝ているゾロが魘されている。 大抵のことでは起きず、しかし、殺気には誰よりも敏感で瞬時に目を開けるゾロが、手元のシーツを握り締めて魘されていた。額に流れているのはただの汗ではなく、脂汗と思われた。額だけでなく、身体中を汗だくにして、眉間に皺を寄せている。 どんなに激しい戦闘の後だろうが、平気で鼾を掻く男にしては珍しいというよりも、おかしいと思えるほどにいつもと様子が違う。 一体、とサンジは怪訝に思いながらも、苦しげにしているゾロをそのままにしておけるはずもなく、ゾロの肩に手を置く。 「おいっ!どうした!!ゾロっっ・・・。」 肩を揺すって声を掛ける。 何度か名前を呼んだところで漸くゾロの目が開いた。 「・・・・・ぁ・・・・。」 叫んでいたわけでもないのに、声が擦れていた。 「大丈夫か・・・・・。魘されていたぞ。」 「ぁあ・・・・・・・。悪ぃ・・・。ここ最近、よく寝れなくてな・・・・。」 起き上がったものの、疲れきった風体で俯く。顔を片手で覆って大きく息を吐く。らしくない。 「ここ最近・・・・・?続いているのか?」 「ぁぁ・・・。」 「知らなかった・・・。」 「何で話をしてくれなかったのか。」とサンジは小さく呟いた。悔しい顔を見せている。 あまり自分のことは言わない性分なのを知っているだろうと言いたかったが、サンジの顔を見て、ゾロはなんとなく申し訳なく思った。 ほんの一言言ってくれたら何かしら力になれたことがあったのかもしれないのに。サンジはそう思ってるのだろう。 仕方ないだろう。 自分でも大したことじゃねぇと、思っていたのだから。 「大したことねぇと思ってたからな。悪ぃ。」 素直に詫びの言葉が口から出た。 だからか、サンジの目が驚きを見せている。 「どうしたんだ・・・。」 それでも、心配してくれているのだろう。一旦は見開いた目が今度は細められ、顔を覗きこんできた。熱も気になったんだろう。額に手を当てられる。 「熱はねぇみたいだな・・・。でも、一応、チョッパーのところに行くか?」 そう言い、身支度をしだす。自分達は今だ裸のままだった。 サンジは立ち上がり、少し離れた位置に放かったままのシャツを取ろうと手を伸ばした。が、それを腕を掴んで止める。 「どうしたんだ?一体・・・。」 いつになくらしくないと、と自分でも思う。 が、ゾロはそのままサンジの腕を手繰り寄せ、倒れこんだ白い体を抱きしめた。 「ゾロ・・・?」 「サンジだよな?」 「何?」 「てめぇ・・・・サンジだよな?」 ゾロがサンジの名前を呼ぶなんてまずない。 先ほど以上にサンジは驚いている。 「・・・・・・あぁ、そうだ。」 わからないままに返事だけは返ってきた。 サンジの返事にほっとした様子を顔に見せるゾロに、サンジもなんとも言えない不安に駆られ始める。 床に服を散らかしたまま、サンジは何もできずにただゾロが抱きしめるままにしていた。 今だ夢の正体はわからないが、なんとなく、サンジがいなくなってしまったような。 そんな不安感にゾロは襲われていた。 今まで何の夢だったのかわからない。今も魘されていた原因の夢は覚えていない。 しかし、ただの不安感だけでない、不思議な感情にゾロは包まれていた。 サンジに肩を揺すられて目を覚ました瞬間、目の前の大事な人がいないような、そんな感触に囚われてしまった。すぐ目の前にいるのに。 そのため、思わずサンジの腕を取って抱きしめた。 が、サンジに対して湧きあがった不安だったと理解したはずなのに。よく眠れない程に魘されていたはずなのに。 それだけではない何か懐かしい感情がほんの少しだが湧き上がっていた。 どんな夢だったんだ、一体!! とてつもなく嫌な夢のはずなのに、しかし、ただ単に嫌な夢でもなく、どこか懐かしい思いが蘇ってくる。 夢を思い出せばきっとわかるはずなのに、それが思い出せない。 ゾロには己の不思議な感情に更に不安になることしかできなかった。 その後結局、今度は抱き会うようにして、二人して眠った。朝まではまだ時間はあった。 一旦は不安に駆られたものの、今度はゆっくりと眠れる。そんな気がした。 が、それはやはりただの気の所為だったのだろうか。 今度は、はっきりと夢を見た。 今までは、ぼんやりとしか感じられないものだったが、今度ははっきりと夢の中に出てくる人物の輪郭を見ることが出来た。 それはサンジだった。 サンジが夢に出てきた。 何故だか、これが夢だとゾロにはわかった。 いつも魘される時には夢の中にサンジが出てきていたのだろうか。だから、さっき目を覚ました瞬間、目の前のサンジに不安を感じたのか。 いや、しかし、サンジに対して、一体どういう不安なのか。 それがわからない。 ともかく彼に近寄ろうと、前に立っているサンジにゾロは手を伸ばした。 「くそコック。腹が減った。飯が食いてぇ。」 いつものように名前ではなく、職業名で彼を呼ぶ。いつものように食事を強請った。 しかし、呼ばれた彼は、いつものように微笑みながら料理をするでなく、ただ悲しそうな顔をしてゾロを見つめた。 「どうした、コック。飯が食いてぇってんだ。作らないのか?」 いつでも「腹が減った。」といえば、「食事の時間にはきちんと来い。」と文句を言いながらも何かしら作ってくれるのに。 夢の中の彼は料理どころか、笑みさえ浮かべない。 ただ悲しい顔でゾロを見つめた。 どうしたものかと暫く黙ったままサンジを見つめていると、彼は重い口を漸く開いた。 「悪ぃ、ゾロ。俺、行くわ。」 「行く、って何処へ?何しに行くんだよ!!」 何かしらわからなかった彼への不安はこれなのか、とゾロは瞬時に理解した。 が、同時に湧きあがった懐かしい感情の起因は何なのか? しかし、それもすぐにわかった。 ゾロに背を向けて歩き出したサンジと入れ替わるようにして、近づいて来る人物がいた。 それはゾロの知っている、しかし、もう会うことは叶わない人物だった。 いや、夢だからこそ会えるのか。 現実には会えない人物は、笑みを浮かべてゾロの傍に近づいた。 「ゾロ。お待たせ・・・。」 「お前は・・・・!」 懐かしいはずである。 それはまだゾロが村で過ごしていた幼い頃、いつも隣にいた人物だったのだ。 「くいな・・・・・・・。」 |
2008.10.09