黄泉返りの島10
ゆっくりと瞼を開けると頭上に星空が目に入った。窓が開いたままだった。 「あ・・・・・。」 自分は寝ていたのか。 まだはっきりとしない意識の中でも、なんとかそれだけを認識すると、横たえた体を起こそうとゆっくりとだが腕に力を入れる。 「まだ寝てろ。」 とたん穏やかな声が上から降ってくる。 同時に、シーツだろうか。体から滑り落ちた布をまた肩に掛けられた。 この声はゾロ。 「あ・・・・。どうして・・・。」 寝ていたのはわかったのだが、それ以前はどうしていたのか・・・。 ぼんやりしている頭をすっきりさせようと2・3回振ってみる。 おぼろげながらに思い出したのは、自分の声が枯れているからだ。 ゾロに抱かれたんだ。 そう自覚したくいなは、なんだか居た堪れなくなり、ともかく、とジャケットにあったはずの煙草に手を伸ばす。 しかし、伸ばした手は大きな手で阻まれた。 「お前は煙草なんか、吸わないだろう?無理してあいつの振りをする必要はねぇ。」 くいなの顔がくしゃりと歪んだ。 「でも・・・・。」 「でも・・・・何だ?」 くいなはきっ、と顔を上げた。 彼は、先ほどの性交の時とはかけ離れた穏やかさでくいなを見つめている。 「ゾロが抱いたのは、サンジさんだ。だから、サンジさんにならないと・・・。」 涙がぽろりと零れた。 頬を流れる水をゾロは暖かい指で拭った。 「俺が抱いたのは、くいな。お前だ。あいつじゃねぇ。」 さっき呼んだ名前は今は呼ばないんだ。と心のどこかで考えた。 彼の名前を呼ぶのは特別な時だけだろうか。そんな風に受け取れる。 しかし。 しかし、ゾロは相手をくいなだとわかって抱いたのだ。そう言った。 サンジの代わりではなく、くいなを抱いたのだ。そう答えてくれた。 「ゾロ・・・?」 くいなは涙を拭ってくれた指を掴んで口づける。そのまま、そっとゾロを見上げた。 「最初は、コックを求めるあまりに惑わされた。それは、本当だ。悪ぃ・・・。でも・・・・。」 「でも?」 くいなは期待を持ってゾロの言葉を待った。 「でも、途中からきちんとお前がくいなだとわかって抱いた。それも本当だ。俺はお前を抱いたんだ。」 「ゾロ。」 くいなは、今度は嬉しさのあまり涙を溢した。 「さっきから泣いてばかりだな、お前・・・。コックはそんなに泣かないぞ。やっぱりお前らは別人だ。」 「そう?」 涙を溢しながらニコリと笑うくいなに、ゾロは苦笑した。 くいなはゾロの手を掴んで頬に寄せる。 温かいゾロの手。 「あいつを裏切ったことになっちまうかもしれんが・・・・。お前を抱いたことを取り消すつもりはねぇ。僅かな期間だけかもしれんが、この島のログが溜まるまではお前が俺の大事な人だ。」 「それって、私のことを好きってこと?」 小さくだが嬉しそうに笑うくいなにゾロは頷いた。 「あぁ、そうなるかな・・・・。コックへの気持ちとは違うかもしれんが・・・・それでもお前も大事だ。」 一旦、ゆっくりと息を吐くと、ゾロは言葉を続けた。 「昼間・・・。」 「?」 くいなを見つめてゾロは眉を下げる。 「お前に勝っただろう。あの勝負は、お前の精神が不安定で集中できなかったから負けたと思ってる。」 「でも、どんな状況だろうと、勝負は勝負。ゾロの勝ちだよ・・・・。」 言葉では言っても、くいなも正直な所、悔しかったろう。しかし、相手がゾロだからそれも許せるのか。 「お前を抱いている時、ふっと思ったんだ。お互いに世界最強を目指してて、もし、昼間の勝負の時のように、俺が勝って、頂点に上り詰めたら、くいなもまた、守るべき存在なんじゃないかと。」 途端、くいなが吼える。 「守るって・・・・!そんな、私は弱くない!」 ゾロはまぁまぁ、とくいなを諌めた。 先ほど飲みかけのまま置きっぱなしになっていた酒瓶に、ゾロは手を伸ばす。 まだ半分は残っていたそれを、ゴクリとひと口飲んだ。そうして、言葉を続けた。 くいなは、今はゾロの隣で座って耳を傾けている。 まだ半裸でシーツを被ったままだったが、夏島だ。寒くはない。ゾロもまた下半身のみ身につけたまま、半裸の状態だ。 空気はすでに熱は冷めていたが、お互いの状況は先ほどの出来事を嘘ではない、と告げていた。 「腕力の強さだけじゃなくて、ただ単純に傍でお互いに守り守られる存在ってことだ。そういう意味合いでは、コックともそうだと俺は思ってる。あいつもそう思ってると信じてる。」 「・・・・・・。」 くいなはじっとゾロの言葉に耳を傾けている。 「コックへの思いと、お前への思いは一緒なのか違うのか、まだよくわかっちゃいないが、それでも、どちらも俺にとっては大切な人間だ。まぁ、もちろんこの船のみんな大事だけどな・・・。」 「そう気づいたら、なんとなくお前が愛しくなってな・・・。素直に抱きたいと思った。」 「それって・・・。」 思いついたようにくいなは口を開いた。 「?」 「他の仲間も抱けるってこと?」 ぶはっ ゾロは口に含んでいた酒を吹き出した。 「アホっ!そうじゃねぇ!!他の連中を抱きたいと思ったことなんか一度もねぇよ!」 くいなは嬉れしそうに笑った。 「ゾロ・・・・。」 赤い顔をしてくいなはゾロを見上げる。 ちゅっとその頬に口づけた。 「好きだよ、ゾロ。」 「・・・・あぁ。」 クセのついてしまった金髪に手を乗せて軽く撫でる。 くいなはゾロの肩に凭れて目を閉じた。 気が付けば遥か水平線の向こうが明るんでいる。 もうすぐ陽が上る。 肝心の見張りはできたとはいえないが、一晩何事もなったのだ。結果オーライということにしておこう。 一緒に朝日を確認して、そうして、ゾロは立ち上がった。 「着替え取ってくる。服、くちゃくちゃだな・・・。」 「うん・・・。お願い。」 ポンとくいなの肩を叩いてゾロはゾロは立ち上がった。 梯子を下りるまで、くいなはゾロを見送っていた。 甲板に下りるとゾロは誰にもわからないようにため息を吐いた。 もちろん、まだ誰も起き出していないので誰にも気づかれようはないのだが。 「すまねぇ・・・、サンジ。」 ゾロの呟きはもちろん誰にもわからなかった。 |
08.11.23