黄泉返りの島11




その日の勝負もまたくいなの勝利だった。

くいなは機嫌よく、鍛錬後のドリンクを口にする。
冷蔵庫の暗証番号は知らないが、ナミが冷蔵庫を開けてくれた。
ゾロと二人してサンジ特製のドリンクを飲んだ。今は作り手がいないが、レシピはノートにあったので、くいなは自分でそれを作っている。


「機嫌いいわね。何かあったの?」

ダイニングで書き物をしていたナミが声を掛ける。
ドキリとするが、くいなは笑って振り向いた。ゾロはそ知らぬ顔でテーブルに肘を置き休息している。

「別に・・・。今日も勝負は私・・・俺が勝ったから、それだけだ。」

そう答えた。あながち間違ってはいない。

「それだけには見えないけど・・・・。それに、もう後、日にちも3日しかないけど・・・・。予定は何もないの?」
「別にないよ。ただ鍛錬して、ゾロと勝負をするのみだ。」

腕を伸ばして伸びをする。
ゾロもまたコップを片付けて、部屋を出て行こうとしていた。今からは昼寝の時間か。

「本当にいいの?」

じっと見つめるナミにたじろぎそうになるが、くいなは踏みとどまった。

「あぁ。」

別段なにもないと返す。

「そうそう。無理して男言葉使わなくていいわよ!」
「無理はしてない。」
「そう?ゾロの前じゃあ、女として振舞ってるのに?」

部屋を出かかったゾロの足も止まった。ナミの言葉に引っ掛かった。

「何が言いたいんだ?」
「別に・・・・。ただ、無理しなくてもいいって言いたかっただけ。あなたはサンジくんじゃないわ。ゾロも・・・。」

話がゾロにまで飛んだ。

「わかってる。」
「でも・・・・それもやっかいなのかも・・・。」
「何が言いたい。」

振り返ってギロリとナミを睨む。
ナミは別段怖がる風もなく、肩を竦めた。

「だから別にって言ってるわ。・・・・ただ、しいて言えば・・・。」
「何だ?」

ナミは二人を見比べた。ゆっくりと息を吐くと、話を続ける。

「私は早くサンジくんに帰って来てほしいだけ。それに・・・くいなのこと、嫌いじゃないけど、私は・・・サンジくんが大事なの。」

一度眉を下げて俯く。そのまま、ナミはパタンとノートを仕舞うとガタリと立ち上がった。
そのまま、それ以上は何もいわずにゾロのくいなとゾロの横を通り過ぎてダイニングを出て行った。
カツカツとヒールの音は快活に聞こえるのに、何故かナミの背中が悲しそうに見えた。

「ナミさん・・・・。もしかして・・・夕べのこと・・・。」

くいなが不安そうにゾロを見上げる。
それを見て、ゾロは怒鳴るでもなく、冷静にくいなに向き合った。

「別に気にするこっちゃねぇ。悪いことは何一つしてないんだ。」
「うん・・・・。」

それでも顔色が冴えないくいなに、ゾロは軽く抱き寄せ、そっと頬に口づけた。

「俺はちょっと休む。お前も体、休めたらどうだ?」
「昼寝?ゾロらしいね。私も一緒にいいの?」
「あぁ?別に構わんが、お前も寝るのか?」
「ゾロと一緒に寝るのもたまにはいいでしょう?」
「まぁな。」

二人して誰も居ない場所を探しに甲板に出た。
そのまま、誰もいなくなったダイニングは夏島なのにひんやりと冷たい空気が漂っていた。
















そうこうしているうちに時間は経ち、ログが溜まり、出航する日となった。
あれからも毎日、ゾロとくいなはただ只管お互いに鍛錬と勝負を繰り返しただけだった。
食料などの買出し、積み込みはナミを中心にウソップとチョッパーが引き受けてくれたおかげでくいなは買出しまでしなくてすんだ。
剣士として過したいと思っていた彼女を考慮してくれたからだろう。
くいなは、みんなに「ありがとう。」と感謝した。
ルフィなどは、「これで本当にいいのか?」と不思議がっていたが、くいなは笑って「これでいい。」と答えた。

「でよぉ。どうすればいいんだ?また洞窟に行けばいいのか?」

海を見ていたルフィは、船首で振り返らずにくいなに聞いた。
くいなは何も答えなかったが、変わりにナミが口を開いた。

「くいなが最初に言っていた、この島の地場の関係で島を離れれば魂が抜け去ることで間違いないみたい。この間、店で同じ体験をした人に会ったの。そうしたら、やはり亡くなった人の魂と共に故郷へ帰ろうとして失敗したらしいわ。だから、ずっとこの島で暮らしているって、彼は言っていたわ。」

最初に話を教えてくれた店に頻繁に通っていたナミは、そこでいろいろな情報を得ていた。
ナミの言葉に一緒に隣でウソップがうんうん、と頷いている。彼もナミと一緒に話を聞いたのだろう。
ロビンも補足するべく、ナミの話に続いた。

「図書館で調べたら、同じような事例が幾つか載っていたわ。どれもこれも、やはり魂が乗り移られた人が島を離れたら、元の人に戻ったと記されていた。彼もきっとこの海域を離れれば、戻ってくると思うわ。」
「じゃあ、その辺に浮いて待ってんのかなぁ〜。」

呑気な声でルフィが空を見上げて嬉しそうに呟いた。誰ともなく、手も振ってみる。

ゾロはチラリとくいなを横目で見る。
最後の別れらしい言葉は、まだ何も告げていない。


体を繋げてから、恋人らしい関係にと接したし、彼女も同様に寄り添ってきた。
最初は隠すかと思われたが、ナミの察しの良さにより気づかれた時に、くいなは開き直ってしまったらしい。
そのため、結局、サンジの時とは違って、みんなの前でもお互いに隠すことなく言葉にし、態度にした。
だから、ナミは咋に嫌な顔をしたし、誰もが顔を顰めた。
しかし、ゾロはだからと言って、彼女の行動を諌めるつもりはなかった。

彼女を抱いたのは紛れもない事実だし、己の気持ちに嘘偽りはないと思っている。
サンジが戻ってきた時に誰かの口からそれが漏れることは想定内で、土下座もする覚悟もできている。
期間限定とはいえ、別の人間に心を移したのは、素直に謝るしかなかった。
くいなと恋人という関係になったからと言って、彼への愛情が無くなったわけではない。
結局は、サンジに惚れているのは変えようもなく、くいなとのことがあったからと、サンジとの関係を終わらせるつもりはない。
彼と一緒にこれからも旅をして、彼には己が大剣豪になる瞬間を見届けてもらい、一緒にオールブルーへ行くのだ。
それは変えようもない、未来のことだ。

逆に、くいなとの関係はこれで終わりにするつもりだった。
例え、彼女がどう思っていようとも。彼女がこの世に未練がまだあって、この島で彼女の思いが燻っていようとも、ゾロにはもう何もしてやれない。
くいなは一度死んでいるのだ。
そんな彼女にゾロに出来る事は、今までと同じ、彼女の変わりに大剣豪になることだ。世界一強い剣士になることだ。
それだけだ。





「出航!!」

ルフィの声が大空に響いた。いつになくいい天気だった。



08.11.29




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あとちょっとかな・・・。