黄泉返りの島12




天気は快晴、絶好の出航日和だった。

誰もが少しずつ離れて行く島を見つめている。
なんともいえない気持ちが湧きあがった。

「結局、死んで会えなかった人達はあの世で幸せになっている。そういうことだよな・・。」

ウソップが感慨深げに口にした。
チョッパーが隣に立つウソップを見上げた。

「俺もよ、ちょっと思っちまったんだ。かあちゃんに会えるかな・・・・って。」
「ウソップ・・・・。」

見上げて見つめたウソップの顔は目を潤ませながらも笑顔だった。

「でもよ、やっぱ、かあちゃんが幸せなら、それでいい。会えなくても、きっとあの世で俺のこと見守ってんだ。」
「ウソップ・・・・。あのね・・・。」

口をもごもごして言葉を探しているチョッパーに、ウソップが先にチョッパーの言おうとした言葉を口にした。

「夢であったんだろ?そのドクターに。」
「え!?」

言おうとしたことを先に言われて、しかも何故わかったのかと、チョッパーは目を丸くした。

「俺も見たんだよ。かあちゃんの夢・・・。あの島で、魂で彷徨ってるわけじゃないから、安心しろ!って言ってた。夢で会ったかあちゃん、笑ってたよ。だから、俺はそれで良かったって思ってる。」

ウソップはチョッパーに笑いかける。
これでよかったと思ってるのは本当だろう。たとえ一晩でも彼の愛する家族に会えたのだ。

「うん・・・。ウソップ。」
「お?」

涙目になりながら、チョッパーもウソップに笑いかけた。

「俺も・・・・・。夕べ、夢の中にドクターが出てきた。・・・・・ドクター、ウソップのお母さんと同じようなこと言ってたよ。俺もそれでいいと思った。ウソップと一緒だ。」

グイ、と溢れそうになった涙を蹄で拭った。
それを合図に、後からポンと肩を叩かれた。

「私もよ!」

言葉に振り返るとナミがそこに立って、島を見つめていた。

「私も夕べ、夢の中でベルメールさんに会ったわ・・・。やっぱり同じこと言ってた。」

ナミの瞳も光って見えた。彼女もまた夢の中とはいえ、愛する母に会えて嬉しかったのだろう。

「結局、みんな、私達に心配をかけまいと夢に出てきてくれたのかもね・・・。」

「ね?」と今度はナミが振り返ると横にロビンや、フランキー、ブルックもそこにいた。

「結局、みんな同じような夢を見ていたのね・・・。私も夢で母に会ったわ。」
「あぁ。俺は、今はいない師匠に会った。豪快に笑ってた。」
「私は、夢の中で『俺達の分まで旅を楽しめ』と亡きヨーキ船長が言っていました。いい仲間、いい船に乗ったと思っています。」

みんなして笑い合った。
今は会えなくても、きっとどこかで彼らを見守っているのだろう。そう思うと心が温かくなった。
夢でも会えたのだから、それで幸せだ。
夢の中で会えた亡き人々は、今を生きる彼らを見守っていると言っていた。嬉しかった。

本来は悲しみが渦巻いている島なのだろうが、ナミ達は、心温かくこの島を出航することができる。それで満足だ。


並んで島を見つめている連中から少し離れた位置で、くいながじっと島を見つめていた。
騒がしいほどではないが、賑やかに島を眺めている連中と対照的だ。
くいなの背後で、ゾロは彼女の後姿を見守る。

沈黙してしまうのも致し方ないだろう。これから、消えてしまうのだ。彼女は。
そう思うと、ゾロもなんだか寂しさが込み上げていた。

もうすぐ会えるだろうサンジのことを考えると、正直嬉しい。
だが、消えてしまうくいなのことを考えると素直に喜べない。

相反する気持ちにゾロは、どうしたらいいのかわからず、ただ静かにくいなの姿を見守るしか出来なかった。
自分以上に沈んでいるゾロの存在にくいなは気づき、振り返った。

「ゾロ・・・。」
「くいな。」
「隣に来てくれる。」
「あぁ。」

呼ばれてゾロは素直にくいなの傍へと近づく。
二人の様子に、誰もが気を使ってくれたのだろう。いつの間にか、一緒に後甲板にいた皆はいなくなっていた。
ダイニングに行ったか、船首の方へと移動したか。どちらでも構わないが、彼らの心遣いにゾロは感謝した。

「ゾロ。キスして。」

今はほとんど同じ背の高さなのにチラリと見上げ、顔を赤くするくいなの表情は、少女のままだった。
彼女はいつからこんなに甘えん坊になったのだろう。
昔、ただのライバルだったころには見せなかった顔。
それが、一緒に過ごしたこの数日で日に日に見せるようになった。
ライバルとしてそれはどうかとも思うが、ゾロはそんなくいなの表情が嫌いではなかった。
見た目はサンジで、普段見せることのなかった表情だったというのもあるからなのだろうか。それとも、ゾロもまたくいなに心を奪われるようになったからだろうか。
それでも、強さは変わらないし、芯は昔となんら変わらない。ただ、新しい一面を垣間見ることができるようになっただけだ。それがまた嬉しい気もする。

「甘えん坊になったもんだな・・・。」

ゾロは、口の中で笑って、くいなの要求に答えた。
一度、チュッと軽く唇を合わせ、離してから再度口を合わせる。
それは、徐々に深くなっていき。
それに併せて、体も密着させ、抱きしめて行く。
これがまるで最後だと言わんばかりに。
お互いに抱きしめる腕の力が弱まることなく、どれくらいそうしていただろうか。

気が付けば、島影はとうに見えなくなってしまっていた。水平線が広がるばかりだ。

ゆっくりと体を離したゾロは、じっと腕の中にいる人物を見つめる。

これは一体誰なのだろうか。

サンジか?

それとも、まだ島の地場の影響海域から抜けていないだろうから、くいなだろうか。


「ゾロ。サンジさんが心配?」
「・・・・あ?」

まだそこにいたのは、くいなだった。

「ごめんね。」

腕の中のくいながたじろく。

「あ・・・・。いや、まだ島の地場がある場所だろう、ここは。別にそう慌てて消える必要はねぇよ・・・。」

ゆっくりとくいなの頭を撫でながら、ゾロは普段見せないだろう優しい笑みでくいなに笑いかけた。

「うん・・・・・・。たぶん、明日の朝頃にはこの海域から出られると思うけど、それまで一緒にいてくれる?」
「あぁ。」

そういえば、出航前にナミがそう説明していたのを思い出す。
それまで、くいなはこの体の中にいるのだろう。ギリギリまでゾロの傍にいたいという気持ちに可愛らしさを感じた。

「お前がこの体から離れてしまうまでずっと一緒にいるよ。」





その日一日。
ゾロとくいなは食事も取らずに一緒にいた。
誰もがこれが最後だからと二人に気を使って、彼らが篭っていた見張台までは上がって来なかったし、食事の呼び出しもなかった。
その間、二人はずっと抱き合って、体を交合わせた。
まるで別れを惜しむかのように。






























次の日の朝。
前日に続き、快晴のようで窓から陽の光が綺麗な線を作って部屋に入ってきた。
もう、まわりはただただ水平線が見えるだけだった。その水平線に陽が上る。
朝日が眩しい。

ゾロは、目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。
珍しく目覚めがいい。
隣で寝ている人物を見つめる。

もう、元の体に戻っただろうか。
じっと見つめる顔は寝顔で、サンジの顔だ。
久し振りに会う彼に、ゾロは心躍った。
と、同時に申し訳なさも湧き上がってくる。
今の自分達の状況を見れば、夕べ何があったのかなんて一目瞭然で。
いや、それ以前にもくいなとは心も体も結ばれてしまった。

すでに謝る覚悟もできている。潔く、全てを認めて男らしく土下座するつもりだ。
それでいてくいなとはもう終わり、サンジとこれからずっと一緒に生きて行くつもりでいることを伝えるつもりだった。

と。

「・・・・ん。」

身じろぐ金髪を見下ろす。
彼もまた目が覚めたのだろう。
ぼおっとしたまま、ゾロを見上げる。

「サンジ・・・・。」

名前を呼ぶ自分に内心驚く。普段めったに呼ぶことのない名前だ。
だが、今はその名前を口に出す事が嬉しくて仕方がない。

「おい、起きたか?サンジ。」
「ゾロ・・・・。」

むくりと起き上がった男は、現状に一瞬驚きの表情を見せる。しかし、なんだか様子がおかしい。驚き方がゾロの予想とは全く違う。

「どうした?」

回りの状況を理解した途端、悲しみの目を向ける目の前の愛する人は、きっと全てを悟ってしまったのだろう。
ゾロはすぐさま詫びをいれようとした。
が。
彼の口から出た言葉は、ゾロの想像とまったく違うものだった。










「ゾロ・・・・・。サンジさん、もうこの体には戻ってこないよ。」








目の前にいるのはくいなだった。


08.12.02




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すみません。まだちょっとだけ続きます・・・。