黄泉返りの島13
快晴が続いている。 絶好の航海日和だ。 風も心地よく吹き、順調な船旅。 になるはずだった。 今、サニー号には、ダイニングに再び皆が揃っていた。 「どういうことよ!もうあの島の海域は抜けたはずよ。」 ナミがギリと歯軋りをした。 バンッと机を叩く。 「どうしてサンジくんが戻ってこないのよ!!」 自分の言葉に更に怒りが増したのか、髪を振り乱して正面に座っているくいなに食って掛かろうとした。興奮して顔を赤くしているナミに対して、くいなは困った眉を下げるばかり。 それが、時々ゾロとケンカしてナミに怒られてシュンとするサンジを思い出させて、ナミは一瞬涙が出そうになるが、それは耐えた。 彼はくいななのだ。サンジではない。 ぐっと思わず拳を握り締めた。 「待てっ!ナミ!!落ち着け!」 後からウソップが羽交い絞めにする。そうしなければ、くいなを殴ってしまいそうな勢いだ。 ゾロもまたナミとくいなの距離を取るべく二人の間に入る。が、それを余計にナミを怒らせた。 興奮して話を続けられないだろう彼女の変わりに、冷静なロビンが変わりに話を引き受ける。こんな時には彼女の冷静な態度は、ありがたいのかもしれない。 「くいな。貴方、実はこのこと、わかってたんじゃない?そうやって、予定外のことのように振舞ってるけど、これは予定内のことじゃないかしら・・・。」 ロビンの言葉にくいなが驚いて顔を上げる。その表情はまるでロビンの指摘が当たっているといわんばかりだ。 あまりの言葉に、今度は隣にいたゾロが反発する。 「何言ってやがる、ロビン!こいつが、そんなことわかってやってるわけないだろうが!だからこそ、夕べ・・・。」 はっとして言葉を止めた。 それ以上は口にできず、ゾロは口篭った。 「だったら・・・。」 「?」 「だったら、何故、彼女は目的を成し遂げなかったの?」 「どういうことだ?」 ロビンの疑問にゾロは眉間に皺を寄せる。 「貴方は聞いたの?彼女の目的。彼女がどうして彼の体を借りたのか・・・。」 「そりゃあ、聞いた。」 「それは、何?言えないこと・・・。」 ゾロはチラリとくいなを見た。今は、彼女は俯いてその表情が見えなかった。 「くいなはコックの男の体に憧れてた。あいつの体は剣士にも向いているらしい。男の体で俺との勝負を望んでいたんだ。」 「昔から、彼女の方が強かったと聞いていたわ。それなのに、敢えて貴方と戦いたかったの?彼女の未練であった世界一の剣士になるのに貴方は壁じゃなかったはずよ。」 ぐ、とゾロの喉がなる。悔しいが間違いではない。でも、くいなは言っていたはずだ。 「大人になれば、女の体では世界一にはなれない、と昔くいなは言っていた。だからこそ、大人になった今の俺と勝負したかったんだ。」 そうだよな、とゾロがくいなに顔を向ければ、くいなはそうだ、といわんばかりに小さくながらも頷いた。 でも、それだけの理由ではないだろう、と暗にロビンが瞳で尋ねてくる。 じっと見つめる紫の眼にゾロは、隠し切れないことを悟った。全てを言わないければその首はただただ傾げるだけなのだろう。もう一つの理由も口にしなければ納得しないだろう、この聡明な考古学者は。 どうせ実際にはバレテいることだ、とゾロは腹を括った。 「くいなは、・・・・・・・・コックと俺の関係を知ってた。くいなはコックの変わりに抱いて欲しいと俺にいった。そういう関係も望んだんだ。俺は、・・・・俺もくいなのことは好きだから、くいなを抱いた。」 ぱあんっ ゾロの頬を思い切り叩いたのはナミだった。 「あんたっ!そんなことみんなの前で言う事なの!!」 「事実だ。」 「あんたがそんなだから、サンジくんっ、戻ってこれないのよ!!」 「そりゃあ関係ないだろうが。」 「関係あるよ。」 ゾロとナミのやりとりに口を挟んだのは、今度はくいなだった。 黙っていた者まで一斉にくいなに振り向く。 一体彼女は何を言いだすのか。 「約束していたんだ。」 ポツリと溢した言葉に、ゾロは驚きを隠せない。 「どういうことだ?」 「サンジさんと約束してたの。」 「・・・・!」 ゾロの目が見開かれる。 「最初・・・・一番最初にサンジさんと会った時。まだ島に着く前になるかな・・・・彼からすれば、私は彼の夢の中に現れたような形だったんだと思う。話をしたわ、私とゾロの幼い頃の約束。二人の関係。そして私が事故で亡くなったこと。もちろん、彼に嘘は言ってないわ。彼は私に同情してくれたわ。でも、私は同情が欲しかったから話したんじゃなくて、彼の体が欲しいと言ったわ。」 「体が欲しい?貸して欲しいじゃなくて?」 ナミが怪訝な顔を向ける。ロビンも些細な言葉の違いに気が付いたのだろう、口に手を当てて俯いてしまった。 「そういうことなの・・・・。」 先に納得してしまった女性二人とは別に、意味がわからない、と男性陣は対峙するくいなと女性二人を見比べた。 「要するに、最初から決まっていたってことよ。サンジくんが戻ってこれないのは。きっと彼のことだから、くいなとの約束は体を貸してあげるんじゃなくて、体をあげるってことだったのよ・・・。」 ナミはドカリと椅子に座り込んでしまった。はぁ、と大きく息を吐いて、そのまま机に突っ伏してしまう。 ロビンも同様にナミの隣に座り、考え込むようにして窓の外に視線を送る。その方向は昨日、出航してきた島の方角だろうか。 「どういうことだ、くいな。あいつは、もう戻ってこれないってわかってたのか?」 ゾロが、信じられないという風にくいなに向き直って、改めて尋ねる。 「うん。もし、ゾロと私の心が通じたら、彼の体を貰っていい?ってお願いしたの。彼、笑って「いいよ。」って言ってくれたわ。それが彼とした約束。それが私の本当の目的。もちろん、確証はなかったから、昨日はかなり不安だったけど・・・でも、彼も約束を守ってくれたってことだね。」 「・・・・・・。」 「ゾロ?」 衝撃的な事実に、ショックが隠せない。わなわなと震えだした拳を押さえることができなかった。 「・・・・・お前は・・・。」 「ゾロ?」 「・・・・・・・お前はわかってて、俺にあんなことを言ったのか!!」 ゾロは今までないほどの怒りが突如湧きあがってくるのを感じた。 「でも、ゾロが私の気持ちに応えてくれるかどうかなんてわからないじゃない。だから賭けだったのよ。もし、ゾロが私の気持ちに応えてくれなければ、潔く諦めるしかなかった。体だって、本来の元の持ち主の方が力が強いから、いくら私がこの体に居つきたくてもできないもの!でも、彼は私がずっとこの体に留まることを許してくれたんだよ!」 悲痛に叫ぶくいなに、ゾロは何も言えなかった。 サンジが元に戻らない原因はくいなかと言えば、あながちそれだけとは言えない。 ゾロはふらふらと後退り壁にぶつかった。そのまま額を手で覆い、呟いた。 「俺が悪いのか・・・・?」 その声が聞こえたのか。今まで黙って回りのやりとりを見ていただけだったルフィがゾロの傍に寄って、ポンと肩を叩いた。 「バカだなぁ、サンジ。」 「?」 「きっと、サンジは全てを承知でくいなに体を貸したんだな。こうなることがわかってて。」 ルフィの言葉に、ゾロはサンジが消えた夜に見た夢を思い出す。 彼は何と言っていたか。それは別れの言葉じゃなかったのか。 ということは、ルフィの言う通り、サンジはこうなることが最初からわかってて、くいなに体を提供したのか。二度と、元の体に戻れないことがわかってて、ゾロに別れを言ったのか。 ゾロは今度は両手で顔を覆ってずるずると壁をずり落ちた。 隣で崩れ落ちるゾロを見下ろして、ルフィがくいなに言った。 「悪いが、サンジにもオールブルーって言う夢があるんだ。その体をやることは、サンジが許しても俺がゆるさねぇ。」 両手を挙げてこの状況を祝福してくれるとは思っていなかったが、ここまでくればもう開き直るしかないと悟ったのか、くいなはルフィに向き合った。 「知ってる。サンジさんに聞いた。だから、私も彼に約束した。もし、このまま私がこの体を貰うことになったら、サンジさんの代わりにオールブルーを見つけるって。ゾロと一緒に世界一になった後かもしれないけど、オールブルーを目指すっていったら、彼、笑って、「わかった。」って言ったわ。」 くいなの言葉にルフィは声を強めた。 「そりゃあ、サンジの夢じゃねぇ!!あいつは自分の体で、自分の目でオールブルーを見つけるんだ。それがあいつの夢だ!!」 「・・・・!!」 ルフィの真剣な瞳に、くいなは何も言い返せなくなってしまった。 が、せっかくサンジから体を貰ったのだ。ゾロもまたくいなに好きだと言ってくれたのだ。 ここで簡単に引き下がることができないほど、くいなはこの二つに執着している。 心の隅にチクリと痛む良心には目を瞑り、くいなは顔を上げ、改めて口を開いた。 「それでもサンジさんは、いいと言ってくれた。私が代わりにオールブルーに行くことを許してくれたのよ。ゾロと一緒に世界一になって、ゾロと一緒にオールブルーに行くの!!」 懸命な叫びだが、もはやルフィはくいなを振り返らない。 「ナミ!昨日の島まで戻るぞ。サンジを連れ戻す!」 「もうログは次の島を指している、戻れないわ!」 ナミの返事を待たずくいなが反論する。 そのくいなを無視するでもなく、答えるでもなく、ナミはルフィを見た。 「わかったわ。正確ではないけど、たぶんログポースを差している方向と真逆に向かえばなんとかなると思う。ただ、今乗っている潮の流れに逆らうことになるから時間は多少掛かるかもしれないけど・・・・でも、サンジくんを置いていけないわ。昨日の島へ向かいましょう。」 サンジを迎えに行くとわかったからか、ナミからほっとしたように笑みが見え出した。今度は素直にほんの少しだが、笑顔の中に涙も見せることができた。 しかし、対してくいなの方が興奮冷めやらぬようにナミに食いかかる。 「無理よ!上手く辿り着きはしないわ。このまま先へ進むべきよ。もう、彼の魂はあの島にはないかもしれない!」 くいなの言葉にルフィがギロリと睨む。 「何でそんなことがいえる?」 くいなも必死だ。 「だって!彼は納得済みで体を私にくれたんだから!オールブルーも行くって、ゾロと幸せになるって約束したから、彼には未練なんてもうないわ。だから、あの島に彼の魂が存在する必要はないもの。きっと、天に昇ったわよ!」 「サンジはきっとあの島にいる。絶対、迎えに行く。」 ルフィは決めたことは変えない。 ナミはこくりと頷くと、進路を定めるべく、甲板へと出て行った。 それに伴って、次々と仲間は外へと出て行く。彼らはみな、口を挟むまでもなく、サンジを迎えに行くことに賛成なのだ。 ポツリと残されたくいなは、ゆっくりと視線を座ったままのゾロに移した。 「ゾロ・・・・。」 助けを求めて名を呼んだが、座り込んでしまったゾロからは返事が返ってこなかった。 |
08.12.18