黄泉返りの島14
「ゾロ・・・。」 壁に凭れて座り込むゾロの傍へ、くいなはゆっくりと近づいた。 ゾロは項垂れたまま、顔を上げようともしなかった。 「ゾロ。」 くいなはゾロの前に膝をついた。それでもゾロは顔を上げない。膝の上に腕を組み、その中に顔を埋めて何も言わない。表情さえ見えない。 こんなに項垂れた彼を見たのは、くいなは初めてだった。 ぎゅっと外からゾロを抱きしめる。 ゾロはくいなにされるがままだ。 「ゾロは・・・・・。ゾロも、サンジさんを迎えに行くのに賛成?」 囁くように尋ねた言葉に、漸く首が動いた。が、それはくいなの予想に反して、いや、予想通りなのだろう。顔を上げないままに小さく縦に振られた。 「そう・・・。」 想定内の答えに、くいなはガクリと消沈する。 ゾロに凭れかかる様にして崩れるくいなを大きな体で支えながら、ゾロが漸く口を開いた。 「俺は・・・・・。」 くいなは視線だけをゾロに向ける。が、ゾロの肩に顔を渦もらせているため、彼の表情は見えない。彼もまた、まだ顔を伏せたままだ。 ゾロの肩に顔を埋め体を密着させたまま、くいなはゾロの言葉の続きを待った。彼の腕はくいなを抱きしめてはくれない。 「俺は・・・・・確かにお前の気持ちに答えて、体も結ばれて・・・・・、お互いに思いあっていると言ってもいい関係になった。だが・・・・それでも、あいつを、コックを忘れたわけじゃねぇ。」 「・・・・・。」 ゾロは言葉を考えながら一人、会話を続ける。 「くいな、俺は・・・卑怯かもしれないが、お前とは、・・・・・期間限定だからという思いがあったからお前の気持ちに応えたと言ってもいい。」 ゾロの話に、今度はくいなも会話を受けた。 「だったら、もし、サンジさんと私と二人いたら、私じゃなく、サンジさんを取るってこと!?」 上げた顔は悲痛に歪んでいた。 「それは・・・・・。」 そのまますぐに返事をすればいいだけなのに、ゾロは、「そうだ。」とは、すぐに言葉が返せなかった。 そう言いたかったのに、単純にそうだと言えないほど気持ちはくいなにも傾いていた。くいなに告げたように期間限定と決まっていたからこそ、ゾロの中で覚悟ができていたことだ。 選択肢が出来たとたん、ゾロのくいなへの別れに対する覚悟が薄れてしまう。 とはいえ、だからと言って、「くいなを選ぶ」とも言えないほどにサンジへの気持ちを忘れたわけじゃない。 あぁ・・・・そうか。だからか。 サンジは見た目と違って感情が豊かで心が優しいことを、ゾロは知っている。言葉では見捨てるようなことを言っても、困っている人を見捨てることができない人間だと知っている。 それはゾロも同様で。時々、島で困っている人間を手助けしているゾロを見て、「マリモでも人の心を持ってるんだな。」と小ばかにした言葉を吐きながらも優しく笑っているサンジを思い出した。 ゾロもサンジも、相手を思いやることができる人間だ。 だからこそ、サンジは最初にゾロに別れを言って、ゾロとの決別を伝えたのだ。 いつも変わらない自己犠牲。 サンジは、ゾロがくいなと一緒に旅をすることがゾロが幸せだと捉えたのだろう。自分がゾロと一緒にいることも彼の幸せとは気づかずに、勝手に判断したのだろう。 バカが・・・。 そう気が付いたら、ゾロはむしょうに腹が立った。一発殴っただけじゃ、気がすまないかもしれない。 何度でも殴って、ゾロと一緒にいるのがサンジだろうが、いや、サンジだからこそゾロは幸せなのだと伝えてやりたい。 もちろん、くいなと一緒だからそれが不幸せというわけではないが、そうではなく、サンジだってゾロには大切な人間なのだと教えてやりたい。 くいなとのことは、まだ結論が出たわけではないが、兎も角今は、サンジの元へ駆けつけたい。 返事のないゾロに不安な顔を見せるくいなを余所に、ゾロはすくりと立ち上がった。 「ゾロ・・・?」 どうしたらいいのかわからず、座ったままのくいなをそのままにゾロは船首へと向かった。 「バカコック!!一発殴ってやる。見てろ!!」 今、ゾロがサンジに真っ先にしてやりたいことの一つだ。 くいなは、何も言えず、静かにゾロを見つめるしかなかった。 「島が見えたわ!」 拡声器を通してナミの声が船内に響いた。 誰もがほっと胸を撫で下ろす。 ただ一人を除いて。 「思ったより時間が掛かったわね。ログを逆走するのって大変ね。チョッパーの鼻がなかったら迷っていたかもしれないわ・・・。」 ナミが苦笑しながら、チョッパーに「ありがとう」と肩に手をおく。チョッパーは照れて踊りだすが、それ以上にサンジに会えるだろうことを心待ちにしているのか、いつも以上に嬉しそうだ。 あれから3日経っていた。 ログポースの差す方向を単純に逆に走ればいいと思っていたが、そう単純ではなかった。一日が過ぎた段階で目的の島が見えず、悩んだ。ログポースは単純に真っ直ぐ島を指しているわけではないようだ。ナミが潮を見つけたのとチョッパーの記憶にある島の匂いを辿ったお陰で、なんとか島に着けたと言っても過言ではないだろう。 「前と同じ場所に船を留めましょうか。」 ナミが細かな指示を出した。誰もが心が逸って落ち着かないが、それでも慌てても仕方ない。船は最速で進んでいる。 落ち着かないまでも、漸く島に辿り着き、以前留めていた場所に船を係留させた。 誰もが時間を惜しむべく、慌しく船を降りる。 「サンジ、待ってろよ。」 ルフィが呟きながら、島の中心にある山を見つめていた。 ゾロは横目でそれに気づく。 釣られて山の頂上を見上げた。 あそこで待っているのだろうか、自分達が戻ってくるのを。 いや、と心の中で呟いて、首を振った。 彼は仲間が戻ってくるのを待ってはいないだろう。それどころか、姿を見つけるなり「何故戻ってきた!」と怒鳴るだろう。会話が出来ればの話だが。 きっと、彼は自分達が向かえに来なければ永遠にあの島で彷徨っているのかもしれない。 それだったら、いっそのこと、くいなの言う通り、天に昇っていればいいのに、とも思う。 しかし、それでは自分は彼を永久に許さないだろう。例え、自分に非があろうとも、二度と会えなくとも。 自分達は迎えに来たのだ。サンジを。大事な仲間を。大事な人を。 そして、二度と離れないように・・・・。 そう考えて、はっと後を振り返った。 そこには、くいなが悲しそうにゾロを見つめていた。何も言わずに。 サンジを迎えに戻る決定をし、船が逆そうを始めてから、くいなとはずっと会話らしい会話をしていない。 今にも涙を溢しそうなほどに、目を潤ませている。それをなんとか耐えているのだろう。それだけだ。 サンジの顔で涙を見せまいと震える体を叱咤しているのは、ゾロには堪えた。 しかし今は、兎も角、サンジに会うことが先決だ。 最終的に、ゾロとサンジ。ゾロとくいな。サンジとくいな。 それぞれが、どういう形でこの島を出ることになるかはわからなかったが、今はただ、島の頂上を目指して彼を迎えに行くことだを考えた。 皆揃って、船を降り、ただ静かに山を目指して歩き出した。 |
08.12.23