黄泉返りの島17




くいなは、和同一文字。ゾロは、鬼徹と秋水。
お互い、刀を手にしたまま、まったく動けなくなった。
じり・・・・じり・・・・と足がわずかににじり動くのみ。
双方の間合いは嫌と言うほど知っているのだ。
そして今は、鍛錬でもなく、ただの勝負でもなく、最後の戦い。

くいなが負ければ、己の命と夢を。
ゾロが負ければ、サンジの命と夢を。

どちらにも負けられない理由はあった。

汗が額にポツポツと浮かび上がった。
こんな緊張感は、いくぶりだろうか。幾度となく、腕の立つ剣士との勝負を重ねてきたゾロだが、これほどの緊張感、緊迫感、そして背中を駆け巡る戦慄は経験した事がほとんどない。
しいていえば、あの大剣豪。ミホークの時以来か。

が。

このまま対峙していたとて、進展はない。永久に時が止まったように決着はつかないだろう。

どちらもそう判断したのか。
動いたのは同時だった。



バッ
バッ

飛び上がった方向も同じで。

キィン
キィン

刀が混じりあう金属音が月夜に響いた。
今だ二刀持っていても、ゾロはくいなの攻撃、防御に梃子摺る。

「くっ!」

昔、まだ子どもの頃、一度も勝てなかった。
成長し、大人になり、そして強くなったと自負している。なのに、くいなには勝てない。
それは何故だろう。

刀を振り上げながら、ゾロは目の前にいるくいなを見つめた。

今はサンジの姿をしているくいな。
昔、男に成りたかったと涙し、その夢を今、手にした。
手に入れた男の体は戦闘にもっとも適していると言っていいだろう体力と柔軟さを持ち合わせていて。くいなにとっては、まさに二度と手に入らないだろう最高の身体だろう。
普段からゾロと対等の戦闘力を持った男の体。それに元々持ち合わせているゾロ以上の、くいなの剣の技術。

だからこそなのか。
この島にいる間に交わした鍛錬での勝負も、あくまで鍛錬としてもゾロはほとんど勝つことができなかった。


ぐっとゾロは奥歯を噛み締めた。

しかし、今はもう負けるわけにはいかない。
目の前にある体を取り戻すのだ。
くいなの魂を浄化するのだ。

「おにぎりぃぃ!!」

ゾロは思い切り地面を蹴った。渾身の技。

しかし、振り下ろされた刀は難なく交わされてしまった。


「ゾロ・・・・。貴方の技は全て見切っている。無駄よ!」

目を細めてくいなが冷たく言い放つ。

「ちっ!」

小さく舌打ちし。それでも、次の技を繰り出した。本当に彼女は全て見切っているというのか。

「虎狩り!!」
「三千世界!!」
「鷹波!!」
「獅子歌歌!!」
「龍巻き!!」
「阿修羅!!」

次々と大技を出していくがどれもこれも軽くかわされてしまった。いつもなら三刀流なのを全てニ刀で技を繰り出しているからか。いや、それだけではなく、本当にくいなは強かった。
結局、いつも敵を倒してきた技はどれもくいなには通用しなかった。

「ゾロ・・・。まだまだだね。」
「そんなことねぇ!」

渾身の突きをまたもやかわされた。

はぁはぁとゾロの息が荒くなる。
だが、それはゾロだけではなかった。くいなも同様だった。
口では、ゾロよりもはるかに強さを誇示していたが、くいなもまた、技をかわすのに精一杯だったということだ。
その証拠にくいなからの攻撃が極端に少ない。
今はただ、お互いに惰性で刀を振るっているだけに見えるほどだ。もちろん、だからといって集中力が落ちたわけでも、剣を振るうスピードが落ちたわけでもないのだが。
大技を繰り出さなくなったゾロと、くいなは、基本とも言うべき動きをとり、昔のように剣を交えていた。

キィン
キィン

あの頃を思い出す。
二人道場から離れた野原で刀を交えた夜を思い出す。
懐かしい日々。
こんな時間がずっと続くといいと思った。ずっと続くものだと思っていた。




だが。





これで最後だ!!


ゾロは大きく刀を振り上げ、飛び上がった。

「おりゃあああああああ!!!」

くいなは、下から突き上げるようにして剣を振り上げてくる。

「たああぁぁっっ!!」


目があった一瞬。
くいなの目をしているサンジの顔に、穏やかな笑みが見えたような気がした。


キィィィィィン!!!




交じり合ったお互いの刀は、大きな金属音を響かせた。


タンと軽い音を暗い地面に落として、お互いに背中を向けて降り立つ。

はぁはぁはぁ


息が整わない。

最後の力を全て使い切ったのか、ゾロがガクリと地面に膝をついた。
同時にくいなも両膝を落とす。

一旦はついた膝を震わせながら立たせ、ゾロはくいなに向き直った。

「俺の勝ちだ・・・・・。」
「・・・・・・・・くっ。」

お互いの刀は、ゾロの脇をすり抜け、くいなの肩には突き刺さった。
くいなは膝を付いたまま、傷のついた左肩を押さえていた。くいなが手にしていた和同一文字は足元に落ちている。

「コックの手が動かなくなっても・・・・・いいの?」

顔を歪めて、くいなはゾロを見上げた。
隣に来たゾロは、もはや勝負がついたからか、疲れ果ててはいるものの今は穏やかな顔をしている。

「あいつの、包丁を持つ手は右手だ。だから、右手さえ動けば大丈夫だと思った。片手だろうが、動けばあいつは料理を止めねぇ。」
「そこまでサンジさんのことわかって・・・・・思っているんだ・・・・。すごいね。」

素直に言葉が出たからか、くいなはまだ顔を顰めてはいたが、口元は笑ってた。

「てめぇのことだって俺はちゃんと考えている。こいつの身体を使ってこの先進んだとして、それがお前や俺のためになるとは到底思えない。」

ゾロはドサリとくいなの隣に座り込んだ。

「お前が魂があるってのを証明したんだ。だから、生まれ変わってこい。死者としてではなく、今度は新たな命を持って、男して生まれて、そして俺の前に来い。その頃には俺は大剣豪になってるはずだ。そしたら、お前の挑戦を今度は俺が受けてやる。」
「ゾロ・・・・・。」
「待ってる。剣士として、お前が来るのを待ってる。だから、生まれ変わって来い。」

真正面から向き合ったゾロの目は、もはや恋人としてではなく、一剣士としてくいなを見ていた。
くいなは大きくため息を吐いた。

「そっかぁ〜〜。私、剣士としてゾロに負けただけでなく、恋人としも負けたんだ。二人に・・・・。」
「?」

『二人』の言葉にゾロが不思議そうな顔をする。

「最後・・・・・・、サンジさんがいたの。ずっと洞窟の中から出てこなかったのに・・・・今頃、出てきたの。わかった?」

それは、あの、くいなと最後に刀をかわす直前に見た、笑顔のことだろうか。

「彼は邪魔はしなかった。彼も男だもの。真剣勝負に邪魔をするようなことはしなかったけど。でも・・・・貴方のことが心配になったんだろうね。貴方の後ろにサンジさんがいるのが見えたわ。それで、つい、私の気持ちが揺らいでしまった。私の方が、まだまだだね・・。」

歪んだ顔はそのままに、それでもすっきりとした表情をくいなはしていた。

「ゾロのサンジさんを思う気持ち。ゾロの私を剣士として見てくれる思い。そして、サンジさんのゾロへの思い。どれを取っても、私にはまだまだ力及ばない思いがあるんだね。」
「くいな・・・・・。」

ゾロもまたくいなに釣られてなのか、くしゃりと顔を崩した。

「うん。約束だもんね。この身体、サンジさんに返すわ。」

すでに全てに踏ん切りがついたのか、くいなは痛む肩を押さえながらも立ち上がった。一緒にゾロも立ち上がる。


「またいつか、生まれ変わって貴方の前に現れたら、もう一度勝負しようね。」
「あぁ、約束だ。」
「ありがとう、ゾロ。」
「あぁ。」

くいなは、そっとゾロに近寄ると優しく抱擁を求めた。ゾロは今度は素直にそれに応えた。

「さようなら・・・・ゾロ。」
「くいな・・・。」

ニッコリと笑うと、ふっとサンジの、くいなの顔から生気が消えた。
ガクリと崩れ落ちる体をゾロが咄嗟に受け止める。
気を失ったかのように倒れた体は今のゾロには重く、サンジの体を受け止めたまま、ゾロはまた地面に座り込んでしまった。


09.01.20




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