黄泉返りの島18
くいながサンジの体から離れたからだろうか。倒れるサンジの体を受け止める瞬間、一瞬のことだったが、ほんのりと身体が発光しような光に体が包まれたような。彼の体が光って見えた。 が、それもつかの間、受け止めた体は重く。思わずそのまま地面に座り込んだ。 元々、体重は軽い方なのに、自分は全ての体力を使い果たした所為か、彼が気を失っている所為か、やたらと重い。 気を失っている? 本当にそうなのか心配になり、彼の首筋に指を当てる。そこはすぐに脈が取れるはずなのに・・・・。 くいなは、消える前、何と言ったか。 『サンジさん、ずっと洞窟の中から出てこなかったのに・・・・今頃、出てきたの。』 だからこそ、くいなが消えたと同時に、この体に戻ってきてくれたと思ったのだが・・・。 ふと闘う前のやりとりまでも思い出す。 その時、彼女が言っていたことが今、目の前に起こっているというのか。 『サンジさんがこの体に戻ってこなかったら?この体はただの死体になるだけ・・・。』 それでも、この身体を手に入れるために、ゾロはくいなと勝負をした。 そして、くいなに勝ち、無事、サンジの体を手にしたのだが。 本当に、サンジはこの体に戻ってくる気はないのか。 二人の勝負が心配で、洞窟から出てきたというのに。 何度測っても、サンジの体から脈が、心臓の動く鼓動が見当たらなかった。 くいなとは勝負の前に、この体が死体になろうとも取り戻すと宣言したが、本当に死体のままこの体が欲しいわけではない。 本当に欲しいのは、彼の身体だけでなく、魂そのものだ。 疲れきった体を叱咤して、ゾロはサンジを抱き上げたまま立ち上がった。 くるりと踵を返すと、洞窟へと向かう。そのまま走り出した。 明かりもなく、飛び交っている魂の光も少なくて、ただ只管に闇夜に向かって走るのみ。 時々、躓いて転びそうになるが、それを力の入らない足でなんとか踏ん張る。 そして、また洞窟の奥へと走り出す。 ハァハァと息が切れる。 しかし。 サンジらしい魂が一向に見受けられない。 汗を流しながら。息を切らせながら。足を踏ん張らせながら。 ゾロは洞窟の奥へと向かった。 抱きしめている体から体温が徐々に薄れていく。本当に死体になってしまう。 早く。 早く。 彼の魂を取り戻さないと!! ゾロは、腕の中にある体をぎゅっと抱きしめて、歯を食いしばる。 どうして! どうして、戻ってこない!! くいなとの勝負は勝ったのに。 心配になって洞窟から出てきたというのなら、その瞬間をこの目で見ているはずなのに。 洞窟の中がこんなにも長いとは、思わなかった。 早く、早く彼のところへ辿り着かないと。 ゾロは只管走った。 ふっと、ゾロは立ち止まった。 行き止まりだ。ここは、この島に来た時、サンジもその魂を現した場所だ。 明かりもなく、ただ真っ暗な暗闇の中だが、その場所はわかった。 ゾロはサンジを抱きしめたまま、目の前の暗闇を見つめる。 一旦立ち止まった足をコツと一歩踏み出した。 「おい、コック。いるんだろう?出て来い。」 いつまで経っても体にもどってこないサンジに苛立ちが募ったが、あえて声音を押さえてゾロは言葉を発した。 が、やはり辺りには誰ともわからない魂は飛び交っているが、肝心のサンジの魂が現れない。 「コック・・・・・。サンジ。」 ゾロは名前を呼んだ。 普段、呼ぶことのない名前を。 「俺はくいなとの勝負に勝った。お前の許可なくての勝負だが、わかってるだろうが。見ていただろうが。」 ゾロは腕に抱いているサンジの体をギュッと抱きしめて、その場に座り込んだ。 徐々に体が冷たくなってきている。それを補うべく己の体温を分け与えるが如く抱きしめた。 「くいなは勝負に負けたが、・・・・あいつは、・・・・・・最後は納得してこの体から去ったんだ。」 サンジは最後の瞬間現れたとくいなは言った。その為についた勝負。 勝負を決してしまったあの瞬間、現れたことを悔いているのだろうか。 「俺とくいなの勝負だったんだ。お前との約束があったかもしれんが。お前が最後に現れたこともあるかもしれんが。それでも、俺とくいなの勝負だ。お前が気に病むことなんて、何一つねぇ!」 ゾロは冷たい頬を撫でた。 「戻って来い。ここに。この体に戻って来い!みんな、お前が戻ってくるのを待っている。俺もだ。俺も、お前に戻ってきて欲しい。」 ポタリと、青白いサンジの頬に何かが落ちた。そのまま流れ落ちていく。 そっとゾロが頬に落ちたものを確認しようと手を当てると水分のようだった。 どこから、と、考えるまでもなく、その水分の出所がわかる。 ゾロは今度は自分の頬に手を当てた。 あぁ、俺は泣いているのか。 素直にそれを受け入れることができた。 自覚した途端、らしくもなく涙が溢れ出してきた。 「戻って来い。・・・戻ってきてくれ。俺はお前に謝らないといけないことがある。いつも他人ばかりを気にして、自分を大事にしないお前を殴ってやろうと思っていたが、そうじゃねぇ・・・・。・・・・・俺が、お前に殴られなきゃいけない事が沢山ある。お前に詫びなきゃいけない事が沢山ある。」 サンジが勝負の最後に現れたことを気にしているのでなければ、あるいはもしかして・・・。 今思えば、自分はなんて浅はかだったのだろうと思う、くいなとの行為。例え、サンジの体だったとしても、くいなへの思いがあったとしても、本来ならすべき行為ではなかったのだ。 そう考えれば、元々はサンジがこの体に戻って来れないきっかけをつくったのも自分なのだ。だからこそ、サンジにきちんと謝りたい。謝らなければ、と思う。 「くいながお前と賭けをしたと言ってたな。俺がくいなを思うようになったら、この体を差し出すって。その賭けは確かにくいなの勝ちだ。俺はくいなに心を奪われたのは事実だ。だが、お前への思いが消えたわけじゃねぇ。お前は大事だ。一番大事だ。だからこそ、くいなとの勝負に勝ったんだ。」 ゾロは涙を拭うことなく、言葉を続ける。願いを口にする。 「なぁ、戻ってきてくれ。戻ってきて、俺を蹴り飛ばしてくれ。頼む・・・。」 サンジの意思を無視した都合のいい話かもしれないが、それでもゾロは訴えた。 ピクリとも動かない体を、あちこち擦ることでなんとか体温を保とうと試みる。が、そんなことでは間に合わず、青白い体はいよいよ冷たく死体となっていく。 「サンジ・・・・・。」 何度も何度も愛する人の名前を呼びかけることしかできない。 体を擦って体温が下がるのを防ぐことしかできない。 なんて自分は無力なのだと、今更ながらに思い知った。 しかしそれでもなお、ゾロはサンジに呼びかけた。 「もし、お前がこのまま戻ってこないようだったら・・・・俺は船を降りる。船長と約束したからな・・・。くいなはもういないが、それでも俺は一人でグランドラインを進んで・・・・・お前の変わりにオールブルーを見つける。」 ゾロはサンジの顔を見つめた。 穏やかな死に顔だ。 「それが、俺がお前にできる償いだ。それで、俺を許して欲しい・・・・。」 ゾロはゆっくりとサンジの唇に己の唇を重ねた。 くいなではなく、サンジとキスを交わしたのは、いつ以来だろうか。 と、今まで飛んでいた魂達がほとんど消え去り、ただ一つだけ残った。 たった一つ残った魂は、二人の回りをくるくると回りだした。 ゾロはもしや、と只管回りを回っている魂を見つめた。 「サンジっ!!」 必死に訴えた。 「さぁ!ここに来い!!」 魂が真正面に来たその時、ゾロは必死に叫んだ。 一瞬、躊躇したように揺らいだが、ゆっくりとゾロ達に向かって飛んできた。 ゾロが手を伸ばすと、ただの明かりだけに見えた魂はとても温かかった。 あぁ、サンジだ。とわかった。 「愛している、サンジ。一緒に行こう。」 自分でもなんてらしくなく甘い言葉だと思うが、それでもスルリと口から零れた。 ゾロの言葉を聞いた途端、ゾロの手の中にあった魂は大きく光を放った。 あまりの眩しさに目が眩む。 ぱああああぁぁ、っと放たれた光は一瞬のことだった。 思わず目を瞑ってしまった瞬間にはもう消えてしまった魂に、ゾロは目を開けて慌てて回りを探し出す。 サンジの魂はどこへ行ったのか! と、今だ涙で濡れていた頬に何かが触れた。 思わず、腕の中を凝視する。 「・・・・・船を降りるなんて脅して・・・・、卑怯だな、お前・・・・。」 ゾロの腕の中には、ぎこちなく手を差し伸べるサンジが苦笑していた。 |
09.01.30