黄泉返りの島3
すでにいつもなら朝食を過ぎた時間帯。ダイニングには全員揃っていた。 ゾロほどではないが、いつも寝起きが悪く朝食に遅れることがしばしばあるルフィの顔もある。「腹が減った・・・。」と朝から元気がないが、朝食がまだなのは、いつもと違って作っていない、ということもあるのだが。 毎日賑やかに過される時間帯のはずが今日ばかりは、沈黙が部屋を支配していた。 それも致し方ないことだろう。 ある意味、緊急事態なのだ。 全員揃って席に着くものの、いつもならサンジは大抵別でキッチンで料理していることが多い。 しかし、今回はそのサンジも席に座り、尚且つ、でみんながサンジを囲む形で座っていた。 「説明してちょうだい、ゾロ。」 ナミがギロリとゾロを見上げる。 が、ゾロも皺を寄せるばかりだ。 「こっちが知りてぇよ・・・。」 腕を組んで踏ん反り返っているのが腹立たしいとばかりに、ナミは立ち上がる。 「こっちが知りたいったって、あんた、夕べサンジくんとずっと一緒だったんでしょう!!」 「・・・・・・ぅ・・・。」 これでは夕べヤってましたと全員に教えているようなものだ。サンジがこの場にいなくて良かったと、ちょっとほっとしてしまう。 いや、サンジの姿はあるのだが・・・。 彼は二人の仲が公認とはいえ、なるべく仲間の前では咋な接触はしないようにしているのだ。フェミニストのサンジとしては、特にナミやロビンにはかなりの気を使っている。 「どういうこと?彼はサンジくんじゃないのね?」 ナミがサンジの方に視線を送る。 サンジの姿をした者はちょっと眉を下げて俯いてしまう。 「あの・・・・・・。」 「なに?」 多少なりとも彼の仲間に申し訳ないと思っているのか、サンジの姿をした者は、おずおずと口を開いた。 「ゾロは何にも知らないんです。私から話をします。・・・・・私はくいなと言います。」 みんなの注目を浴びて、居心地悪そうにしていたが、彼女、くいなはそれでも元々が剣道場の娘だ。礼儀というものを叩き込まれている。 くいなは、しっかりと顔を上げて説明を始めた。 「この先の島のこと、ご存知ですか?」 「えっと、これから着く島のこと?前、出た島ではたいして情報が入らなかったからあんまり・・・。気候からすると夏島ってことはわかるんだけど・・・。」 ナミが代表して話を促す。 「えぇ、夏島であることは確かなんです。そして、貴方方が情報をほとんど手に入れられなかったことも仕方ないと思います。今から行く島は殆ど他の島とは交流がないんです。」 「あぁ、それで・・・。よくあることね。」 ロビンも納得して頷いた。 「じゃあ、どんな島だってんだよ?まさか、幽霊でも出るってのか?」 くいなは昔すでに亡くなっている幼馴染だと言う事を、ゾロからは簡単に聞いている。 ゾロに、二人のうちどちらかが世界一の剣豪になると約束をしたまま亡くなった友人がいることはみな知っていたが、それが今ここにいるくいなという女性だと言う事を今知ったのだ。 ウソップはくいなの存在から、幽霊の出る島だと想像したのだろう。足が震えている。チョッパーも隣で同様にガタガタしている。 「はい。そう言っていいと思います。」 「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 チョッパーとウソップが抱き合って大きく震えだす。それにブルックも参戦だ。 ガタガタと抱き合う3人にナミは怖がりながらも、チラリと睨んで、もう一度くいなに向き合った。 ゾロは、バーカウンターに座って一歩離れた位置で腕組みをしている。 「ただ、幽霊とはちょっと違って・・・・・。人の身体を借りてこの世に現れるんです・・・。島に特異な地場があるのか、この海域だけの現象なんです。不思議なことですが・・・。」 「でも、まだ島には着いていないわよ。」 「もう着く頃だと思います。」 くいなの言葉にナミをはじめ、みんなが窓に駆け寄る。 小さながラスから外を見ると、水平線の上にまだ小さいが、島があるのは誰の目からもはっきりと確認がとれた。 「もう島の地場の影響を受けているんです。だからこそ、私がここに来れたんです。サンジさんの身体を借りて・・・。」 「・・・・・。」 誰かの喉がゴクリと鳴った。 沈黙が訪れる。 グランドラインの不思議というには、あまりにも怪奇だった。 「じゃあ、サンジはどこに行ったんだ?」 ずっと黙っていたルフィが振り返り、口を開いた。 いつもなら島が近づいて真っ先に喜ぶ男が今回はいつになく真剣な表情を見せている。不思議な現象にも反応は鈍い。 それは、そうだろう。なにせ、仲間が一人姿を消したと言ってもいい状態なのだ。 真っ直ぐにくいなの目を見て仲間の所在を尋ねる。それは船長そのものの姿だった。 「サンジの体にくいながいるってことは、サンジの魂は何処へ行っちまったんだ?」 それは誰もが疑問に思っていたことだ。 じっと睨むルフィにくいなが後ずさる。しかし、椅子に座っているために、それは叶わない。 ぎゅっと自分の胸元を掴んで眉を顰める様子は苦しげにしているサンジに見えて、ゾロはぎょっとした。 が、今ここにいるのは姿はサンジでも中身はくいななのだ。 だが、くいなもゾロにとっては大事な友人だ。 ゾロにとってはどちらも大事な人間なのだ。 複雑な感情のまま、黙ってルフィとくいなのやりとりを見ていた。 「彼は・・・・・サンジさんは、島のどこかにいます。それがどこかはわからないけど、体を貸した人の魂は、体から離れてもこの島の海域から出ることはできないから・・・。」 「そうか・・・・。」 サンジは消えたわけではないとわかって、ほっと胸を撫で下ろしたのはルフィだけではないだろう。誰もが緊張した面持ちで見つめていたが、くいなの言葉を聞いた瞬間、張り詰めた空気が多少和らいだような気がした。 「じゃや、この海域から離れれば、貴方がサンジくんの体から離れて、サンジくんは元に戻るのね!」 ナミが素早い回転でことの結果を予測した。 「え?」 「だってそうでしょう?元々、この海域に来たんだから貴方もサンジくんの体を借りることが出来たというし、この島の地場が原因だとしたら、この島から離れれば元に戻るのが条ってことじゃないの?」 まだ着岸準備が必要な距離ではないと判断したのか、元の席に戻ったナミは、テーブルの上で組んだ手に顎を乗せて、くいなを見上げた。問いただすような視線だ。 「えぇ・・・・。」 くいなは俯いて返事をした。なんだか悲しそうだ。 だが、仲間達はサンジが戻ってくると知ってみな揃って安心した。 「島のことにかなり詳しそうね、貴女はずっとこの島で魂として漂流していたのかしら・・・。」 ロビンが興味深そうに尋ねてきた。単純に学者の血がそうさせたのだろう。 「えぇ・・・。そうです。この島は全ての魂の故郷と言っても過言ではない土地です。むろん、本当に全ての魂が集まっているわけではないですが・・・・。」 「だったらドクターの魂もここにいるのか!!?」 チョッパーが途端に反応した。 大事な親ともいえる存在と悲しい別れをしてしまった彼にしてみれば、この島はどんなにか恋しい島になることか。 「それは・・・私には・・・・。私にはそのドクターがどの方なのかわからないし・・・。島には魂を呼び寄せられる場所があるから、そこへ行ってみたらどうかしら?」 「そんな場所があるのか?」 「少ないですが、島には住民もいます。が、この島の環境がそうさせるんでしょうね。昔別れた人を惜しんでこの島に住み着いた人もいます。かならず会えるとは限らないんですけど・・・。」 「どうして必ず会えるとは限らないんだ?魂の故郷だってさっき言ったじゃないか?」 大好きなドクターに会えるか会えないかの大事な問題だ。チョッパーは、くいなに詰め寄った。 くいなは困ったように、必死な顔をするチョッパーの頭を撫でた。 「だから全ての魂が集まっているわけじゃないんです。すでに天に昇ってしまった魂や、それぞれの土地に住み着いてしまった魂や、いろいろあるんです。未練が残った魂でもいろいろな形があって・・・。貴方のドクターがどんな状態の魂かわからないし・・・。だから絶対島に来たからって会えるわけじゃないんです。」 途端ガックリと肩を落とすチョッパーにロビンがそっと近づいた。 「会えるとは限らないのか・・・・。」 「チョッパー、それって貴方のドクターが天に昇ったということでしょう?それは、ドクターにとってはとてもいいことじゃないの?」 がっかりしてくいなから離れたチョッパーはロビンの言葉に顔を上げた。 ロビンもまた優しく彼の肩をそっと抱き寄せる。 「そうか・・・・。そうだよな、ドクターはいい人間だったから、きっと天国に行ったんだよな。それってドクターが幸せになったってことだよな!」 「そうよ。そしてきっと貴方を天国から見守っているってことだわ。」 「そうか・・・。」 「そうよ。」 涙を浮かべてチョッパーは笑顔を見せた。 「だったらドクターに会えなくてもいい。ドクターが幸せなら、島にいない方がいいんだ・・・。」 優しい仲間達のやりとりを後ろからじっと見つめていたゾロは一言もしゃべらず思いを巡らせていた。 じゃあこの島に魂の状態で彷徨っていたくいなは、この世に未練があったってことか? その未練ってのは・・・。 亡くなる前の夜に固く誓った約束を心の中で呟く。 あれは、今だくいなに一勝もできなくて、悔し涙を溢した夜だ。 だが、くいなこそ、女だから世界一になれない、とゾロ以上に悔し涙を溢した。 だからといって、ゾロはまだくいなには勝ったことが一度もない。女だから弱いというのは卑怯だとまで言った。 半ば無理矢理のように約束させた。どちらかが世界一になるのだと、固く誓った。 あれは、満月の夜だった。 その次の日、くいなはゾロとの約束を置いてあっけなく逝ってしまった。 この島にいる未練を残したくいなの魂。 それは世界一になることなのだろうか。 |
2008.10.14