黄泉返りの島4
そうこうしているうちにサニー号は島へと近づいていった。 島に着く前に食事を済ますことにはなった。ただ、サンジの体とはいえ、中身はくいななのだ。 少女のまま逝ったくいなは、料理はサンジのようにはできない。 「当分の間は私とロビンでするしかないわね・・・。いい?高いからそのつもりで!」 ナミが席を立ちながら指で丸を作る。一体いくらふっかけられるのか、と誰もが青ざめた。 「あ・・・。私も手伝います。上手くはないけど、家ではそれなりにお手伝いをしていたから・・・。」 「え、そう?・・・・・そうなの?ゾロ。」 ナミがゾロの方に振り返る。 「あ〜、まぁな。道場では合宿みたいなことをやったけど、そん中じゃあ確かにくいなの料理が一番美味かったな・・・。」 へ〜と誰もが感心するようにくいなを向いた。 姿形はサンジだが、注目を浴びて顔を赤らめる様はまるで少女のようだった。 あまりにもある違和感に誰もが苦虫を噛んだ顔をするが、仕方がないだろう。 皆の表情に言いたいことがわかったのか、くいなが思いついたように皆に告げる。 「私、確かに女だったけど、今は男の姿をしているし・・・。死んだのもまだずっと小さかったけど、魂になってからも相応の年数が経ってるから年もみんなと変わらないはずだし。サンジさんのようには成れないけど、男として過すことに決めたわ・・・じゃなくて、決めた。だからみんなも男として扱って欲しい。」 「えええぇ!!!」 驚きのあまり一同叫び声を上げる。 彼女はサンジと同じようにニコリと笑った。いつも料理をする時のサンジの笑みと一緒だ。 「サンジさんはコックだったんだろ?だったらこの姿で料理するのには問題ないし・・。食事の手伝いはするよ。」 多少違和感はあるものの、男らしく振舞おうとしているのは明らかにわかった。 「別にいいのよ、無理しなくて。ログが溜まるまでの間だけだし・・・。」 「いや。大丈夫だよ。ナミさん。」 いつものサンジの口調と同じで、それでも中身はサンジではなくて。 ナミは一瞬目を丸くした後、悲しそうな眼でくいなと見るが、「じゃあ、とりあえず食事の手伝いをお願い。」と伝えた。 島に入ってからのこともまだ何も細かい話はできなかったが、ともかく食事を優先。そして、着岸準備をすることになった。 男連中は、揃って一旦、外の様子を見に甲板に出た。 「なんだか、気持ち悪いなぁ〜。」と呟いたのは誰だったんだろう。誰のセリフかわからなかったが、気持ちはみんな一緒なのだろう。反論するものはいなかった。 甲板に出たルフィを始め、男連中はうだうだしながらも、まずはできることだけでも。と、それぞれの役割を果たすべく動き出した。 「ゾロ・・・。」 名前を呼ばれて振り向くと、ルフィがフォアマストのベンチの前で真剣な面持ちで立っていた。 他の者は、回りには誰もいない。 「俺、難しいことわかんねぇんだけどよ。」 そう前置きしておきながら、その難しい話を始める。 「あいつはサンジだけど、サンジじゃなくて、くいななんだよな?」 お前の言い方こそわかりにくいだろう、とゾロは内心思ったが、黙って話を聞いていた。 ルフィはベンチに座って、足の上で組んだ手に顎を乗せる。立ったままのゾロを見上げる形で話を続けた。 「で、くいなの話によると、くいながサンジになったのって、この世に未練があるってことだよな?」 お、きちんとわかってるじゃないか、と感心する。 「それって何なんだ?あいつはサンジになってどうしたいんだ?」 「・・・・・・。」 「俺、くいなってヤツ、嫌いじゃねぇけど・・・。なんか、嫌な感じがする。お前には悪いけど、サンジが心配だ。」 「ルフィ・・・・。」 サンジは仲間でくいなはあくまでも他人だから、サンジが最優先なのはわかる。 「どうやってサンジの体に入ったんだろう?どうしてサンジの体だったんだろう・・・。俺からすれば、一番知っているお前の体、借りる方が気楽だと思うんだけどな〜。」 ルフィの言葉も一理あった。 「同じ剣士だし・・・・。」 確かにそうだ、とゾロは思った。 が、まてよ、とも思う。 くいながゾロの体に入ったとしたら、ゾロになってしまう。 それではくいなとゾロの約束は守られたことには、ならない。 くいなとゾロは、お互いにどちらが世界一の大剣豪になるのか、競う約束だったのだ。ライバルとして闘う相手なのだ。 その相手の体に入ったら、競争もなにもない。 「ルフィ。それは違うぞ。」 「何が?」 ルフィは不思議な顔でゾロを見上げる。 いつになく二人の間に、妙な空気が流れる。 「あいつもまた、俺と同じ世界一の大剣豪を目指していた。」 「くいなも?」 ルフィの目がくるんとゾロを見つめる。 「くいなと俺と・・・どちらが先に世界一の大剣豪になるか競争しようと、約束していた。その翌日に階段から落ちてくいなは死んじまったが、俺はくいなとの約束を果たすべく今も剣を握っている。」 「だからゾロは大剣豪を目指しているのか・・・。」 「もちろん、俺自身の夢でもあるからな。でも、くいなとの約束も果たしたい。そう願って頑張ってきた。」 「じゃあ、くいなの未練って・・・。」 ルフィは心持ち固くなった表情でゾロを見つめる。いつもの呑気な顔でなく仲間を大事にする船長の顔だ。 「俺の考えが間違っていなければ、あいつの夢も世界一の大剣豪だ。それがあいつの未練になる。それに、俺に成り代わったとして、俺との競争という約束自体が成り立たなくなる。だから、くいなが俺になることはない。」 お互いに黙りこくってしまう。 風は心地よく船を島まで推し進めてくれている。この分だと、食事を済ます前には内湾へと辿り着くだろう。 「ただわからないのは・・・・。」 「ゾロ?」 「ナミが言ってただろう?」 「ナミが?」 ルフィが眉間に皺を寄せる。 「コックの体を選んだ理由はともかく、この島の海域を出れば元に戻ってしまうってことが正しければ、くいなが一時的に実存する体を手に入れたとしても外には出れねぇ。くいなの目指す世界一の大剣豪になることなど到底不可能だ。それなのに、敢えてコックの体を借りて現れた。その理由がわからねぇ。」 ゾロは唸るように俯いた。 ゾロには、本当にわからないのだ。くいなの真意が。 ルフィには尚更だろう。 「じゃあよ・・・。」 ルフィは、青空を見上げた。雲も少なく、空の色は透き通っていた。今日は一日快晴だろう。 「聞いてみようぜ?くいなに・・・。この島のログがどれくらいかわからないけど、この島にいる間にしたいことが何なのか・・・。聞けばいいじゃねぇか。」 「ルフィ・・・。」 空から視線をゾロに戻したルフィはニカリと笑った。いつもの笑顔に戻っている。 「さっきは、変な事、言っちまったけどよ。くいなの夢も叶えてやりてぇな。そうすれば、きっと楽しくあの世へ行けるんじゃねぇか?そうすれば島を出なくても、サンジは戻ってくるんじゃねぇか?」 そんな簡単に話が上手くいくような気はしないが、ルフィが言えばトントンと上手くいくような気がするのは何故だろう。 確かにいつも何かしらの困難はあるが、それでも最後には、全てルフィの言うように丸く収まるのだ。 今回もそうなればいい、とゾロは思った。 「そうだな・・・、船長。」 ゾロも軽く笑って頷いた。 サンジもこの場にいれば、同じことを言ってくれるだろう。なにせ、これ以上ない程のフェにミスとなのだ。 そう思ってサンジに会いたくなった。彼の意見を聞きたい。もちろん、聞くまでもないだろうが、でも彼に会って、彼の声を聞きたい。 サンジが消えうせて、まだ数時間しか経っていなかったが、それでもむしょうに会いたい。 その前に、くいながこの世の未練を断ち切れるようにしてやることが、一番なのだろう。 そして、それは自分にしかできないだろう、とゾロは予感した。 たぶん、俺が、くいなもサンジも、全てを元通りにしてやれるんだろうな。 妙な自信を持って思った。 扉を開けて朝食の合図がかかった。 船のあちこちにいた連中は、それぞれの仕事の手を止めて、揃ってダイニングへ向かった。 暫く海を見ていたゾロは、最後に既に大きくなった島影を後ろに、扉の前で待つサンジの姿をした女性の呼ぶ声に軽く手を上げてダイニングへと入った。 |
2008.10.18