黄泉返りの島5
「で、この島の名前は『リタン島』。ログは1週間。『帰る』って名前の通り、島の住人はここが魂の故郷だと考えているみたい。島の住人は大抵が死に別れた家族や恋人を慕ってここに来た人が4割。あとは、この島で生まれ育った人達ね。でも、その人達も元を辿れば、同じようにしてこの島に来た人達の子孫かもしれないわ。」 「ふぅ〜〜ん。」 「島の名前、・・・・意味、まんまなのな?」 ナミの説明にそれぞれがうんうんと頷いている。 リタン島は他の島との交流はほとんどないという。魂が帰る場所、死んだ人に会えるといっているこの島の人達を、他の島の人間はあまり受け入れられないらしい。 が、死んだ人に会える島という噂は、一部では有名だった。その為か、数は多くないが、訪れる人は後を絶たない。 噂の所為か、どんな船であれ、島を訪れる人は大抵訳ありばかり。もちろん、ログを辿ってくる船もある。が、島としては、海賊船から襲撃される、という過去が殆どなかったらしい。サニー号にはためいている海賊旗を見ても、特に慌てふためくような反応はなかった。 よって、他の船と同様に港に係留させてもらった。もちろん、他から来た船の人々は一瞬ぎょっとするが、船首のサニーが愛らしい所為か、はたまた、やはり訳ありの所為か、逃げ惑うことはなかった。 サニー号を係留させると、まずは、とナミとウソップが島に下りて、一通りの情報を仕入れてきた。 簡単な説明をみんなにしている。 早く島に降りたくてうずうずしているルフィ達と違い、くいなは島に降りる気はさらさらないようだった。 ダイニングに集まった皆に飲み物を提供した後は、キッチンで片付けやら、次の食事の下拵えなどをしている。 まるでサンジがいつもやっているみたいに。 ゾロは、苦い気持ちでそれを横目で見ていた。 見た目はそのまんまでも、中身はまるっきり別人なのだ。 だったら、自分として振舞えばいいものを、敢えてその体の人物と同じように、彼女は行動している。 肘をあずけてカウンターに座っていたゾロは、ダンと立ち上がると、くいなに怒鳴った。 「そんなことはしなくていい!!お前は剣士だろうが?コックじゃねぇ!」 大事な話の最中に突然、上がった叫び声に誰もがビクリと驚いてゾロを振りかえる。 「どうしたのよ。ゾロ・・・?」 話を中断され、ナミが不機嫌に聞いてくる。 ゾロはイライラした様子で、キッチンにいるくいなを睨んだ。 「確かに姿形はコックだが、くいなは剣士だ。そんなことしなくていいはずだ!」 きつい眼差しだったが、くいなもゾロに対しては、下手に出るような人間ではない。多少困った顔を見せたがまったく怯むような素振りは見せなかった。 「でも、手伝うって約束したから・・・。ゾロだって朝は何も言わなかったじゃない。」 「そりゃあ、そうだが・・・・あれは手伝うって話だったろうが。もう手伝いの範疇を超えてんじゃねぇか!」 「そんなことない!」 お互いに引かないのは、昔もそうだったのだろうか。二人のやりとりを見て、ナミは大きくため息を吐いてからパンと手を叩いた。 「ほら、ケンカはしないの!ケンカしてちゃあ、いつものサンジくんと変わらないじゃない。別に仲が悪かったわけじゃないでしょう、貴方達は?」 「もちろんだ。真剣勝負は毎日してたが、ケンカはしなかった。」 ため息まじりにゾロが呟くと、くいなもそうだと頷いた。 「今は大事な話の最中だから、ゾロ、きちんと聞いて。くいなもキッチンから出てこっちに来て。貴方にも聞きたいことがまだあるから・・・。」 「わかった。」 あまり話に参加したくない素振りを見せていたが、ナミの言葉に諦めたのか、濡れた手を軽く拭いて、くいなもダイニングの方へ出てくる。 そのまま、自然、ゾロの横に座った。 二人がまるで恋人同士のように自然、並んで座っているのに、一瞬、室内にドキリと緊張が走るが、誰もそこは気がつかなった風を装った。 もちろん、元々、ゾロとサンジは公認の仲だったのだから別段問題はないと言えばないのだが、それでもあの二人は回りに気を遣ってか、それとも照れからなのか、揃って席に着く事はほとんどなかった。 それがわかってるからか、ゾロは隣に座ったくいなに、苦い顔を見せるが、彼女に悪意はない。今、隣にいるのはサンジではないのだ。そのまま何事もなかったように振舞った。 「でね。問題の、サンジくんがいるだろう場所なんだけど・・・・。」 ナミが島に降りた際に手に入れてきたのだろう。島の地図がテーブルに広げられた。 それは、村の名前が入った程度の簡単なものだったが、それでも説明には充分だった。地図の島は真ん中に山が聳え立ち、その回りの麓のあちこちに小さな村がある。簡単に言えば、よくある、のんびりとした田舎を思い起こさせる島だった。 そのままナミは、島のど真ん中を指差した。山頂付近の場所だ。皆の視線が集まる。 その場所には洞窟らしき絵が描かれており、『故郷への入り口』と記されていた。 「ここ!たぶん、ここにサンジくんはいるわ。」 自信たっぷりにナミは断言した。 「どうして、そこにサンジがいるってわかったんだ?」 ルフィは不思議そうに尋ねた。 ナミはにっこりと笑うと地図を広げた時に立った席に、もう一度ゆっくりと座った。 「島の住人なら、誰でも知っていたわ。この洞窟に行けば、死んだ魂に会えるんですって。死んだわけじゃないけど、今はくいなと入れ替わっているわけだし、そういう事例もあるって聞いたわ。・・・・だから、サンジくんもきっとここにいるわ!」 「じゃあ、早速そこへ行こう!!」 ルフィがすぐさま立ち上がった。それに習って他の者も、一斉に席を立つ。 ゾロももちろん、彼に会いたい気持ちがあるので、異論はなかった。 が、直ぐ横にいる当人の姿をした人物が、俯いたまま座っていることに気が付いた。 「どうした、くいな?お前は行かないのか?」 「あたしは・・・・・・、俺は、行かない。留守番がいるだろうから、留守番しておくよ。」 声が震えているのは、気のせいだろうか。 「そういえば・・・・失礼かもしれないけど。くいなって、本当に、この洞窟の存在を知らなかったの?島の住人なら誰でも知っていたわよ?」 「よく考えれば、今まで自分がいた場所に当たるのよね?知らない方がおかしいんじゃないからし・・・。」 ナミが思い出したように、くいなに問う。後を引き継ぐようにロビンも疑問を投げかけた。 責めているつもりはないにしても、多少辛辣な言葉にくいなの表情が曇る。 横で困ってしまったくいなに思わずゾロは、助け舟を出す。先ほどは怒鳴りつけたというのに・・・。 「誰でも知ってることなら、別にいいじゃねぇか。自分がどこにいるか、わからねぇこともあるんだ。コックの居場所がわかったんだろ?それで、いいじゃねぇか。」 「ゾロ・・・。」 ほっとした表情でくいなはゾロを見上げた。 「まぁ、いいわ。兎も角、行きましょう?まだ話が終わったわけじゃないけど、あとは、歩きながらでもできるだろうから。くいなも行きましょう。あなたがいたはずの場所よ?行けば、自分でもどこにいたのか、思い出せるんじゃないかしら?」 ナミの口調に多少の厳しさを感じつつ、それ以上はゾロも何も言わなかった。 とりあえず、その洞窟へ行くのが先決だ。 「ほら。」 ほい、と手を差し伸べてやれば、素直にその手を握る。 恋人同士と言えども、サンジには絶対しなかった仕草だ。 サンジも男として対等にいたいという思いがあったからだろうか。それとも、やはり回りに遠慮していたからだろうか。互いに触れることが出来たのは、夜、二人きりの時だけ。しかも、濃厚な時間を共有していた時がほとんどだ。 くいなを苛めているつもりはないだろうが、彼女に対する態度があまりいいように見えなかったからか、ついゾロはくいなに手を差し出してしまったが、握られた手の感触に、これはサンジの手だとつい気恥ずかしさを感じてしまった。 一旦は自然に手を差し出してくれたゾロだが、素直に手を握りかえした途端、ぎこちなくなってしまったゾロにくいなが不思議な顔をした。 「なんでもねぇ。」 そう呟いて、仕方なしにくいなと手を繋いだまま、ゾロはダイニングを出た。 二人の仕草はみんなの目に入ったのだろうが、ありがたいことに、誰も何も言わなかった。 港に下りて、魚市場らしき場所を抜けると、簡素な家がポツリポツリ建っていて、ほんとうに田舎を連想させる島だった。 ここにいる人達も景観に劣らずみな穏やかで、ルフィ達を見ても、明るく挨拶をしてくれる。彼らが海賊とはわかっていないのだろうが、こんな人懐っこい人々が暮らしているということは、よほど平和な島なのだろう。 「長閑だな・・・。」 フランキーが呟いた。 「えぇ、さっき私とウソップが来た時もそうだったわよ。あぁ、あそこで話を聞いたの。」 ナミが指差したのは、小さな喫茶店とバーを兼ね備えた店だった。両方を兼ねているのは、この村では店が少ないからだろう。市場でも店数は少なかった。サンジがここにいたら、多少がっかりするだろう。 情報源となった店は、昼間はお年寄りや女性の集まる喫茶店兼食堂になっており、夜は酒飲み連中のためのバーになっている、とナミが説明してくれた。 「だから、情報も結構ここで集められるみたい。店のマスターも大概、慣れた風だったし・・・。」 モーニングとランチの合間のちょっとした客数が少ない時間帯なのだろう。店の外で綺麗に植えてある花の手入れをしている男がナミの声に振り返った。 お互いに、もう知り合いとでもいうように手を振りあう。 「お、さっきのねぇちゃん。いくのかい?洞窟へ・・・。」 「えぇ、さっきはありがとう。」 「また、帰りにでも寄ってくれよ。捜している魂が見つかるといいな。」 人の良さそうな恰幅のいい男である。いかにもマスターという風体だ。 「夜にでも、また来ましょう?」とナミの言葉を切欠に、船の会話の続きが始まった。 「島がいつから魂の故郷として人が集まったのか、いつから人々が暮らし始めたのか、そういう歴史的なことは省くわ。今は必要ないし、私もそこまで詳しくは話を聞かなかったから。ロビンが興味あれば、また時間のある時にでも、図書館へ行くといいわ。ここからそう遠くない所に小さいけど、役所と図書館を兼ねた建物があるみたいよ。」 「そうね、一週間あるなら、またそのうちに行くわ。」 満更興味なさそうでもないロビンが、笑顔で頷いた。 兎も角、今はサンジを捜すべく、洞窟へ向かうのが先決だと、歩調を少し速めた。 「聞いていいかしら?」 歩きながらも、突然、質問すべく振り返ったナミに、一番後ろにいたくいなが「え?」と一旦足が止まる。思わず、ゾロが無理矢理引っ張る形でまた歩き出しはしたが。 歩調は緩めず、くいなの反応も気にせず、ナミは続けた。 「今朝、くいなはサンジくんの体を借りた、って言ってたじゃない。島の特殊な地場によってっていうのはわかったし、島に降りて話を聞いて納得したわ。さっきのマスターの話だと、確かに死に別れた人達に会いたいが為にここに来た人は大勢いるし、その人達の様子からして、それがあながち嘘でないことも。ま、くいながいい証人だけどね。」 「・・・・。」 「でも・・・。」 ナミはチラリとゾロと繋いでいる手を見て、くいなを見上げた。 「何故、サンジくんなの?この世に未練があるっていうから、現れたんでしょう?そもそも、くいなの未練って何?サンジくんの体を手に入れて、何がしたいの?」 今朝、ルフィも口にした疑問にゾロは、キュッと口を結んだ。チラリとくいなを見ると、悲しそうに俯いている。 ナミの質問がくいなにとって聞かれたくないことなのか、油断するとくいなの足が止まりそうになる。 コックでもこんな表情はめったに見せないよな。 なんとなく居た堪れなくなるが、だからといって避けて通れる話ではないだろう。叱咤するべく、ゾロはくいなの手をぐいぐい引っ張った。 今朝のルフィとのやりとりを思い出して、今、何故、この場で、と思わずにいられないが、ゾロも聞きたい。 黙ってくいなが口を開くのを待った。 ナミの真摯な目がくいなを射抜く。 くいなの返答に予っては、サンジをすぐにでも呼び戻すつもりなのだろう、ナミは。 「私・・・・、いや、俺は、ゾロが通っていた剣道場の娘だって話は、すでに聞いたよな。」 「えぇ、わかってるわ。」 「小さい時に、階段から落ちて死んだことも。」 「えぇ。」 皆を代表して、ナミが相槌を打つ。 他の者は歩きながら聞き耳を立てている。ザクザクと皆の足音が響く。 「その、亡くなる前の晩にゾロと約束したんだ。お互いに世界一の大剣豪に目指そうって。どちらが先に世界一の大剣豪になるかを競争しようって・・・。」 くいなは掻い摘んで、その昔、ゾロと約束を交わした晩の話をした。 ルフィはすでにゾロから聞いていたが、黙って皆と同じように聞いていた。 「未練と言えば・・・・・、ゾロは生きて世界を目指している。それが、羨ましかったんだ。ゾロはきっと俺の分も、と頑張ってくれたんだろうけど、それは、俺の夢じゃない。あくまでゾロが世界一なんだ。」 「・・・・・・。」 やはり、とゾロは思った。くいなは自分が世界一になりたいのだ。自分の力で。 「貴方が何に未練があるのかは、わかったわ・・・。でも、何故、サンジくんなの?サンジくんの体を借りて、どうするの?」 ナミが目を窄めて聞いた。夢半ば、しかも、闘いでならともかく不慮の事故で亡くなったのには、同情すべき点はあるだろう。だが、仲間の体を使われていい気がしないのは、正直な所だ。 「私は男になりたかった。女では腕力では到底、男には勝てない。その時は、道場で一番強かったけど、いつかはみんなに追い越される。技ではなく、腕力で・・・。それが悔しかった。だから、生まれ変わるなら男になりたい、と思っていた。」 くいなは一旦言葉を切ると、空いている方の手を見つめた。 「この体は。サンジさんの体は私の理想にぴったりなのよ。男として充分に力もあって、でも、それだけでなく、柔軟な体。そして瞬発力もスピードも申し分ない。私の欲しい体そのものなのよ。」 気持ちが昂っていく所為か、いつの間にか、本来の女性としての言葉使いになっていることに本人は気づかない。それほどまで、この体への執着があるのか。 「彼の体を手に入れることだけが目的?それだけじゃ、ないでしょう?」 「それは・・・。」 開いていた口を噤んでしまった。 「そう・・・・。言いたくないなら今は言わなくてもいいわ。でも、よくサンジくん、許したわよね、貴方に体を貸すの。・・・それとも、無理矢理?」 ナミの言葉に手を見つめていた眼を見開く。 「え?!そんなことない!!彼は快く貸してくれたわ。」 まぁ、予測通りだろう。その部分に関しては。 どうやって、くいなとサンジがやり取りできるかはわからないが。サンジが困っている女性に手を差し伸べないわけが無い。それが、自分を窮地に追いやる事になったとしても。 わかっていて当然のごとくの返事に、ナミは大きく肩を落とした。 「サンジくん・・・・バカね。」 それは、誰もが思うところだろう。だが、くいなの手前もあり、彼の行動そのものを否定することはなかった。 淡々と話を進めているうちに道は町を通り過ぎ、山道となり、獣道とはいかないまでも、登山道のようなところに辿り着いた。 鬱蒼と生い茂る木々の間を抜けていく。 人の往来はあまり多くはないのか、それとも、亡くなった魂に会いたいという人々をその魂達が試しているのか、ゴツゴツした山道が続く。 飛び出た木々の根っこの足をとられる。滑りやすくなった地面にずるり、と足を滑らせる。崩れ易い岩がゴロゴロと転がっている。 気が付けば道の険しさに会話は途絶え、誰もがハァハァと息荒くひたすら山道を歩いた。 どれくらい険しい山道を歩いただろう。 木々で暗かった前方が突然、明るく開けた。 森と言える場所を抜けると、そこは瓦礫ばかりの山頂らしい所に出た。 「ここ・・・・?」 ナミが久し振りにくいなを振り返る。 「貴方は覚えがない?この場所も・・・。」 ナミが確認すべく、くいなを見つめる。 くいなを目を見開いて、瓦礫しかない前方を見つめた。 「ここ・・・・・なんだか見たことあるような気がする・・・。」 しっかりと記憶があるわけではないようだが、くいなの反応からすれば、目的地へ向かう道のりとして間違ってはいないのだろう。 「こっち・・・・。」 半ば、意識があるのだかないのだか、わからないような状態で、くいなは一人先に歩き出した。 それに釣られてみんな、後ろについて歩く形になった。 後ろに歩く者に被害がいかないように、岩を蹴り落とさないように注意しながら歩く。 ここが山頂ではないのか?とウソップは首を傾げていたが、どちらかと言えば、山頂へというよりも、脇道でもあるのかと、いう方向へと歩いていった。 皆、不審に思いながらも、黙ってくいなについて行く最中に、気が付いたことがあった。 「蛍・・・・・?」 「でも、まだ夜じゃないのに、蛍って光るか?」 確かに船を出てかなりの時間歩いたが、まだ昼間だ。暗い森を抜けて見える空も、青く明るい。 例え、それが蛍だとしても、発光する暗さもなければ、時間帯でもない。 それでも、洞窟を訪ねてきた自分らを観察でもするように、その蛍のような発光物体は、彼らの回りに飛び交っている。 それは、進むにつれて、その数を増やしていった。 近づいたり、離れていったり。 手で捕まえようとすれば、ふい、と逃げて行く。蛍かどうか、しっかりと見極められずに目を凝らせば、見られるのを拒否するかのように、素早く飛んで逃げる。 かと思えば、親密気に近づいたりして。 気味の悪いような、光の美しさに見とれるような。 そんな不思議な状況に戸惑っていると、先頭に立ったくいなが突然立ち止まった。 「ここが、その洞窟です・・・・。」 目の前には、目的だろう洞窟が、彼らを来るのを待っていたかのようにぽっかりと大きな口を開けていた。 |
2008.10.28