黄泉返りの島6
くいなを先頭に洞窟内に入って行く。 光がまったく入らないらしく、一歩入ってすぐに真っ暗な暗闇が広がった。洞窟自体がどれくらい広いのかが検討つかない。ただ暗闇が見えるのみ。 その暗闇の中、相変わらず蛍のような発光物体はふわふわと回りを飛んでいる。しかし、その光も洞窟を照らせるだけの明るさはなかった。 ウソップとチョッパー、そしてブルックまでもがあまりの不気味さで震え上がって、一歩を踏み出せないでいた。光の当たる場所で足踏みしている。 確かに怖がりの3人でなくとも、二の足を踏んでしまいそうな闇だ。 ゾロは「ちょっと待て。」と先に進もうとしたくいなを止めた。 ガサガサと背にしょっていたリュックからランプを取り出す。 ゾロが手にした物を見て、くいなは思い出したように懐からマッチを出した。中身は女としても姿形は男なのだ。服装はそのままサンジのものを着ているため、煙草を吸わないでも、その小さな箱のセットはポケットに入ったままになっていた。 くいなが出してくれたマッチで火を灯すと、ぽうっと辺りが明るくなった。 がつがつしている岩肌やでこぼこした足元に、この洞窟が普段人がほとんど訪れることがないことが伺えた。 「ほら、サンジに会いに行くぞ。」 ランプの明るさとルフィの言葉で、外で震えている3人の足も漸く動いた。サンジにはやはり会いたいと思うのだろう。 「思ったより人が入ってないみたいね。」 ロビンが素直な感想を漏らす。 「えぇ、さっき教えてもらった話だと、途中の山道で諦めたり、洞窟を見て恐ろしくなったりして、本当に最後まで来る人は少ないそうよ。元々、この洞窟に来たからって本当に亡くなった人に会えるかどうかわからないもの。だからこそ、島に住み着いている住人もその為に来た人の割合としては多くても人口そのものは少ないのね・・・。」 「やっぱり、ドクターはいないのかなぁ・・・。」 ほんのちょっとでも期待していたのだろうか。チョッパーがしょげた。 それを見て、ロビンがチョッパーに優しく微笑む。 「さっきも言ったけど、ここにいない方が、ドクターは幸せなのよ。」 「そうだね・・・。」 チョッパーは涙を拭ってロビンに「ありがとう。」と答えた。 一向はその後、暫く黙り震える体を叱咤して進んだ。 蛍のようなものは変わらずふわふわしている。 これは誰の魂なのだろうか。どんな未練を残して死んだのだろうか。誰か愛する人がここに来るのをずっと待っているのだろうか。 目を凝らしてみていると、あちこちに飛んでいる光は寂しさを抱えているように見えてくる。なんだか遣る瀬無い気持ちが湧きあがった。 ランプの明かり一つを頼りに一列になって進んで行く。カツンカツンと靴音が暗闇奥深くに反響した。 暗い道程は、どこまでも続いていくかのように見えた。 と、どれくらい歩いたのだろうか、暫く進んでいくと、行き止まりにぶつかる。 「行き止まり?」 「ここで終わりってことは・・・・・本当にただの洞窟で、この光ってるのが、魂で・・・・。で・・・・・・。」 どうしたものかと、途方に暮れた空気が仲間内に流れる。 一体どうすればいいのか? だが、何かをすれば、会いたい人物、その魂に会えるとまではナミも聞いていない。ただ、この洞窟にくればいいとだけしか、聞かされていなかった。 「どうしよう・・・・。」 ナミが爪を噛む。 ランプを持っていたゾロも先に進むことはないだろう、と踏んでランプを床に下ろした。 コトンとランプが床に置かれる音が切欠になったのだろうか。 ぶあああぁっっ 今までほんの僅かしか浮遊していなかった光が突然、沢山壁から湧き出して辺りを埋め尽くした。 まるで持ってきたランプがいらないといわんばかりの光が辺りを覆う。 あまりの眩しさに目を開けていられないほどだ。光の束に襲われているような錯覚に陥る。 咄嗟の光の渦に誰もが目を覆ったり、瞑ったりするしかなかった。 「一体なんなの?これは!!」 「これが、本当にここにいる魂達だわ!!」 ナミが声を荒げて慌てるのにくいなが答えた。 チョッパーやウソップ、ブルックはただただ「ああああぁぁぁぁ・・・・・」と声を震わせて抱き合うばかり。 ルフィやゾロ、フランキーもあまりの眩しさに手で目を翳した。 ロビンやナミもどうしていいのか、わからないようで呆然としている。 くいなは、目を細めながらも、ある一点を見つめていた。 最初にふわふわと漂っていた蛍のような光は、まだまだほんの一部だったのだ。 今、ここにある魂だろう光達は、恐ろしいほどの量で洞窟を覆っている。それだけ数多くの魂が、いつか果たされる夢や希望を胸に、ここで眠っているのだろうか。 「おいっ!!」 フランキーがこわごわと何かを思いついたように叫んだ。 「これだけの未練を持った魂がいっぱいあるってことは・・・。誰か、体が乗っ取られるってことぁ、ねぇだろうな!!」 今まで誰も口にしていなかった疑問を出した。 そう言われれば・・・。 サンジのことで気がまわっていなかったが、そういう場合はあるのだろうか? 「そういやぁ!!」 ウソップも釣られて何かを思い出したのか、声を荒げた。 「店のおっさんが言ってた!気をしっかりしてろよ!って・・・。それって、もしかして・・・。」 ひいいぃぃ、とそれ以上が言葉にならない。 「大丈夫だ!こんなの怖くねぇ!!俺達はサンジに会いに来たんだ!!」 激しい檄を飛ばしたのは、ルフィだった。そこはさすが船長というべきか。 ふっ ふっ ふっ 船長のたった一言で、一斉に広がっていた光の空間は落ち着きを取り戻したかのように、少しずつその数を減らしていって。 数こそまだ多いが、最初ほどではないにしても、それぞれの光はまたほわほわと辺りを漂いだす。 「ほら、大丈夫だろ?」 ニカリを大きな口を開けて、ルフィが皆を振り返った。 と。 そこへ、一つの光がふわりとルフィの前を横切った。 「え?」 その光は何度かルフィの回りを回ると今度はナミの方へと向かった。そして同様にナミの回りを何度か回る。 そして、今度はロビンへ。 そうして、ウソップ、チョッパー、フランキー、ブルックと回り。ゾロへと向かう。 最後はくいなのところを何度か回り、離れていこうとする。 もしかして、さっき現れて壁へ消えていった魂のように壁の向こうへ消えていこうとしているのか。 今まで、ただ黙ってその一つの光を目で追っていた仲間達は、はっとして我に返った。 もしかして。 「サンジ!!」 ルフィの声が洞窟内に木霊する。 ざわざわと、誰もいないのに、洞窟内がざわついているように思えた。 「待ってくれ!!サンジ!!」 もう一度、ルフィが叫ぶ。 ルフィの声が届いたのか、今にも消えてなくなりそうだった光はふっと動きを止めた。 ただ、ふわふわと宙に浮いている。 やはり、この光はサンジなのだ。 「サンジ・・・。お前、くいなに体貸してやったんだろう?らしいよな。」 ルフィの軽く笑った声がわかったのだろうか、宙に浮いた光は、ふわふわと上下に揺れだした。 「この島のログは一週間って聞いた。そしたら、この島を出る。くいながお前の体を使って何をしたいかわかんねぇけど、でも、期限は一週間だ。そしたら、元の体に戻って来い。一緒にまた海に出るぞ!!」 ルフィの言葉に誰もがうんうん、と頷いている。 同様に光もまた揺れている。 が、ゾロはその動きに妙に違和感を感じた。 何かあんのか? それが一体何なのかはわからない。 ただ、なんとなくだが違和感を感じる。 まるで隠し事をしている時のような、そんな・・・。 隠し事? 思いついた言葉に眉間に皺を寄せる。 あのサンジが消えた時に見た夢にも関係があるような気がした。 が、今、言葉を聞きたい彼からは何も伝わらない。 ただふわふわと浮いているだけだった。 「くいなもそれでいいんだよな?一週間経ったら俺達はこの島を出て行く・・・。」 ルフィの言葉にゾロは振り返った。 そこには、口を真一文字に結んだくいながコクリと頷いているのが目に入った。 くいな・・・・。 サンジとくいな。 ゾロを挟んで対峙する位置にいるふたりをゾロは見比べた。 が、それは敵対する空気とはまるで違う。 二人の間に一体何が交わされたんだろうか。 ルフィはくいなの返事にとりあえずほっとしたのか、もう一度、サンジを向いている。 「いいか?必ず戻ってこいよ。サンジ。ログが溜まるまで俺達もこの島でゆっくりしてるから、サンジもこの洞窟でゆっくりしていろ。んで、戻ったら真っ先に肉料理だ!わかっな!!」 「こんな暗い洞窟でゆっくりもなにもないだろう。」とか「お前、結局肉かよ。」のウソップの突っ込みを余所に、光は話終えたのを感じたのか、今一度洞窟奥の壁に向かって進みだした。 ルフィもサンジに会えて満足したのか、満面の笑みで踵を帰した。 他の面々もルフィとサンジのやりとりに納得したのか、取り合えず、この洞窟を出ようと岐路への準備を始める。 そうして、辺り漂う光を後ろにゾロゾロと洞窟を出るべく足を進めた。 それぞれが実際にその姿を見たわけではないが、サンジに会えたのに安心したのかほっとした顔をしていた。 「よかった・・・・サンジくん。」 ナミなどは涙を浮かべていた。 対して、くいなは一言も発せず、黙ったままだ。 それも致し方ないだろう。この島を出る時は、サンジに体を返して、みんなと、ゾロと別れる時なのだ。 暗い洞窟内でももはや手を繋ぐ必要はないと判断し、今は順に並んで外へと向かった。ただ彼女の気持ちを考えれば、放っておけるはずもなく。 ゾロはポンと彼女の肩を叩いた。 「?」 不思議そうに振り返るくいなにゾロは軽く笑った。 「てめぇの望みがなんなのか、わかんねぇけど、この一週間の間に叶えてやるよ。」 驚いて目を見開くが、すぐに満面の笑みに変わる。 その表情は、元はサンジの顔なのに、やはり女性らしさが滲み出ていて、ゾロは複雑な気持ちになる。 「ありがとう、ゾロ。」 サンジからはそれこそめったに口にしないだろう感謝の言葉が、くいなとはいえ、サンジの口から出たことに、ゾロはつい顔を赤らめてしまった。 「いや・・・・。」 軽く手を上げて答えるしかできなかった。 そうして、外の明かりを確認する。 ルフィを先頭に外へ出て、背伸びをしている。やはり魂の小さな光より、陽の光がいいのだろう。伸びをしている者もいた。 ナミ、ロビン、ウソップ・・・と順々に外へ出て、くいなと続き、最後はゾロが外へ出た。 出る瞬間、くいなは後ろを振り返る。 「どうした?」 先ほど見せた満面の笑みは消え、なんだか悲しそうな顔をしている。 が、ゾロの声に「なんでもない。」と薄く笑った。 ゾロもその言葉にほぅ、と息を吐いて、外へと出ようとした。 その瞬間。 「ゾロ・・・・・・。」 名前を呼ばれた気がした。 慌てて振り返るが、後ろにはもう光も消えて飛んでおらず、暗闇しかなかった。 「どうしたの?ゾロ・・・・。」 くいなが呼んでいる。 今、後ろから呼ばれたのは気のせいなのだろうか。 サンジの声がしたかと思ったが、前から呼ぶ、今はくいなである声。 気のせいか・・・。 後ろから呼ばれたのではなく、前からくいなが呼んだと思って、ゾロは、逆にくいなに、「呼んだか?」と聞いた。 「行くよ・・・。」 今度はくいなの方から手を差し伸べた。 「あぁ、行こう・・・・・。」 その手を掴んで、明るい外へと出た。 暗い洞窟内には、もはや一つの光も飛んでいなかった。 |
2008.11.01