黄泉返りの島7
リタン島に上陸してから、すでに3日経っていた。 ログが溜まるまであと4日ある。 麦わら海賊団の面々は、ログが溜まるまでそれぞれ好き好きに過している。 結局、やはりサンジは島を出る時に戻ってくるだろうと結論を出していたので、安心してサンジの体に入っているくいなと接している。いや、それ以上に、こんな奇妙なことは二度とないだろうと踏んで、彼女と積極的に関わっていた。 食事の準備も慣れない彼女をナミとロビンがサポートしていた。 男性人は、男になりきろうとしつつも、時々間違えて女言葉を使うくいなを面白がっている。 島が田舎であることも関係しているからか、長閑な日常に戻っていた。 ゾロは後甲板で壁に凭れて、ぼうっと空を見上げていた。組んだ手に頭を乗せて空を見ている。いつもならそのまま居眠りへとなだれ込んでしまうのだが、この島に着いてからは、居眠りの時間が減った。 「ほら、ゾロ。やるよ。ご飯食べて一服できたはずだし、鍛錬の時間だよ。」 くいながやってきて、すでに日常と化した一緒に行う鍛錬の時間をゾロに伝えに来ていた。 顔に当たる陽を己の姿で絶つ位置からくいなはゾロを見下ろした。逆光で表情はわからなかったが、声音で機嫌がいいのはわかる。 くいなは、サンジの変わりだから、とみんなの前では極力男言葉を使うようにしていたが、ゾロの前だと昔と変わらない言葉使いで話しかけてくる。まるで、姿はサンジだが、いるのは私、くいなだと、ゾロにしっかりと伝わるように。 「あ〜〜〜。眠い。もう少し後じゃ、ダメか?」 本当はあまり眠気はないのだが、なんとなくそのまま鍛錬に入る気がしなくて、ゾロはくわぁと大きな口を開けて欠伸をする。くいなはそれを眉を顰めて見つめた。 ゾロは「ん?」とくいなを見上げる。 「どうした・・・・。」 島の雰囲気に釣られて呑気に過しているゾロにくいなは悲しげな眼を向けた。 「私がこの体にいられる時間は限られているのに・・・・。やりたい事がたくさんあるのに、ゾロはそれに付き合ってくれないの?」 「くいな・・・・。」 島に着いた初日、くいながサンジの体を借りた理由である、彼女の未練についての話は聞いた。が、未練という意味では納得はしたが、彼女がサンジの体を借りてまでやりたかったことは、まだきちんと聞いていない。 ゾロは今なら答えてくれるような気がして素直にくいなに問いただした。 「てめぇのやりたい事ってなんだ?そんなにやりたい事が沢山あるのか?この一週間のうちに出来ることなのか?」 ポロリと溢してしまった言葉にゾロが反応して質問してきたことに、くいなは、改めて自分が口走ったことに多少なりともショックを受けたようだった。 「ゾロ・・・・。」 「俺でできることなら協力する。言ってくれないか?」 ゾロの口から飛び出した言葉は、くいなには予想外だったのか、目を見開いてゾロを見つめた。 「協力してくれるの?」 「あぁ。」 「本当に?」 「本当だ。それが今、俺にできるお前との約束だ。」 「約束・・・・。」 「あぁ。あの時の約束はいまだ果たされていないが、新しい約束もしたっていいだろう?」 「・・・・そうだね・・・。」 『約束』 ゾロの言葉を噛み締めて、くいなは嬉しそうに笑う。釣られてゾロも穏やかな笑みを向けた。 「お前のやりたい事って何だ?」 「言っていい?」 「あぁ。」 くいなはゾロの返事を念押しするかのように目を見つめた。ゾロが頷くと再度、嬉しそうに笑う。 伝えたいことが沢山あるのか、前に立ったままだったくいなは、ゆっくりとゾロの横に座る。ほんの少しだが、甘えるようにゾロに凭れかかってゆっくりと口を開いた。 「私がこの体の中にいる間は一緒に鍛錬に付き合って欲しいし、昔のように真剣を使って勝負もしてみたい。」 「あぁ、なんだ・・・。そんなことならお安い御用だ。それに、それなら昨日からやってるじゃないか。さっきは、嫌がってるように聞こえたかもしれないが、俺だってお前と一緒に鍛錬したり、勝負するのは楽しい。」 実際、魂になっていた間、体がなかったから鈍っているのではないかと想像していたゾロの予想は裏切られる形で、昨日の勝負はゾロが負けてしまったのだ。もちろん、船上だったのと剣を交じわうのが久し振りということで大技を使ったりはしなかったし、くいなの力量とサンジとの体の相性を見極めようと慎重になっていたのはあるが、それでも手加減はしていない。 「なんで皆には言わなかったんだ?みんなもお前のやりたい事、きっと協力してくれるぞ。」 「うん。」 「だって、ゾロとの勝負なんて、きっと反対されると思ったし・・・。」 くいなの心配は仕方ないだろう。確かに、船上とはいえ、昨日の勝負の時は誰もいない時に行われていた。 しかし、それは危惧だと伝える。 「そんなことねぇよ。」 個人個人の意見、意思を尊重してくれる仲間たちだ。 「それから・・・。」 「まだ、あんのか?」 「・・・・・。」 一旦口篭るくいなにゾロは「どうした?」と訝しんだ。 「洞窟に向かう時には言わなかったけど、サンジさんの体を借りた理由・・・。」 「コックの体を借りた理由?他にあったのか?」 眉間に皺を寄せるゾロを、くいなは、チラリと見上げた。 「知ってるよ。ゾロがサンジさんのこと、好きなの。」 「・・・。」 「だから、この体が欲しかった。」 「くいな・・・・!」 ゾロは驚きを隠せなかった。 「ゾロは昔、あたしのこと、どう思ってたか知らないけど、あたしは・・・・年下だったけど一生懸命あたしに向かってくるあんたのこと、好きだったんだ。実は、一緒に世界を目指そうって言ってくれた時、あたしが世界一に成れなくてもいいって、思ったんだ。世界一の男の傍にいられれば・・・・・。私が世界一に成れなくても、私が世界一になったゾロを支えていければ、それでもいいかも・・・・って思ったんだ。あんなに固い約束をしてくれたのに、私は、心の底でそう思ってたんだ。」 くいなは真っ直ぐゾロを見つめて言う。その瞳はサンジの瞳なのに、瞳の奥に映し出す心は紛れもなくくいなで。 ゾロは、どう答えていいのかわからない。 「迷惑・・・・だったかな。」 「・・・・・あ・・・・・いや・・・・。」 告白と言っていいだろう言葉に、ゾロはたじろぐ。 くいなといえば、もう口にしてしまった言葉は取り消せないとわかっているのか、ゾロの真正面に移動し、口を開く。 「この体なら、きっとゾロは私のこと、見てくれるって思った。私の欲しかった男の体・・・・。そして、ゾロの愛している人の体・・・。これ以上ぴったりの体って他にないわ。」 「・・・・・・お前は・・・・。」 ゾロは複雑な感情を隠す事が出来なかった。 「わかってる。サンジさんがいるの、わかってる。私を見てくれないのもわかってる。・・・・・でも、あと僅か・・・。もう4日しかないんだよ。その間だけでも、私の相手をして・・・・。私をサンジさんの変わりでいいから、愛して!」 何も言えなくなったゾロにサンジの顔が近づく。いや、今、それはくいななのだ。 目が離せないまま、ゾロはそっと触れる唇を受け入れてしまった。 それはすぐに離れてしまったが、ほんの僅かだが触れ合った唇をくいなは手で隠すようにして、立ち上がった。 そのまま踵を返そうとするのを、条件反射のように咄嗟にゾロは腕を掴むことで逃がさなかった。 「ゾロっ・・・。」 「待てよ!」 勝手にキスをして逃げるくいなを、ゾロは見つめた。 くいなはただただ困った顔をする。 「ごめん!!」 首を左右に振って逃れるように抗うくいなをゾロは宥めた。 「これから一緒に鍛錬するんだろう?」 「ゾロっ!!」 今のくいなの行動をないものとしたのか、ゾロの言葉にくいなの顔がくしゃりと歪んだ。 「この話の続きは今夜しよう。今は剣士として付き合う。」 「ゾロ・・・・・。」 ゾロの言葉にくいなの告白から逃げるつもりはないことを悟ったくいなは、多少なりともほっとした表情を見せた。ゾロはそれを横目で見ながら手を離さないまま立ち上がる。 「さぁ、今日も一勝負するか。」 「・・・うん。」 その日の勝負は、くいなはやはり動揺を抑えられなかったのか、ゾロが勝った。 ゾロがくいなに初めて勝った勝負だった。 しかし、ゾロは素直にそれを受け入れることはできなかった。 |
2008.11.11