おせちもいいけど・・・もね?
カチャリ・・・・と機械が軋む音がした。 足元の数字が早いペースで動く・・・。 「お?」 漸く止まるか、と思ったら、それは意外な数字を表示していた。 「また、太ったんじゃないの?」 隣から冷たい声が聞こえた。じとっと、これもまた冷たい視線と一緒に。 「しょうがないだろう、正月太りはみんななるんだよ!」 語尾を荒げても、その冷たい視線の主は自分は違うと口にせずに訴えてくる。 しかも・・・。 「正月太りって、まだ今日1日だよ。たった1日でそんなに体重って増えるものなの?」 口では勝てないのはわかっていた。 若林は、黙って体重計から下りて、最後の一枚を脱ぎ、改めて体重計に乗った。 「パンチ一枚脱いだところで変わらないと思うよ。」 いつもなら、自慢の筋肉にほれぼれするだろう、うっとりとした表情も今だない。 さらに若林の胸にヤリを突き刺す勢いで、岬はさっさと脱衣所から消え去った。 若林は口を尖らせてそのまま風呂へ入るしかなかった。 ゆっくり汗を掻いた。こんなあとは、やはりビールか? 親父的発想は口にせず、それでも行動でわかったのか、岬が冷蔵庫をあけようとした若林に先ほどの冷たい口調からは多少緩やかな言葉で、しかし、釘を刺す。 「僕も風呂入っちゃうから、それからにしようよ、夕食。もうあらかた下拵えはできているから、風呂から出たら一緒に飲もう!」 今度はニッコリと笑う岬に、「そうだな」と若林は喉の渇きを我慢した。 すぐに美味しいビールと美味しい食事にありつけるだろう。 正月三日間は、お互い休みが取れたのでゆっくりと一緒に過そうと思っている。それは岬も承知済みだ。 で、今夜の献立はなにかな?キッチンの奥に入るととガスコンロに置いてある鍋に気が付いた。「お、今日は鍋か?やっぱり正月はご馳走だよな〜vv」と、蓋を開けようとしたら、岬が「まだダメだよ!」と怒って言った。もちろん本気で怒っているわけではないが。 だが、なんだかちょっと鋭い眼が怖い。 鍋の中味は秘密なのか? 冷蔵庫を開けようとした時もそれを止めたということは、材料はまだ冷蔵庫の中か?お楽しみか? 一体何だろう・・・。 蟹か?それとも牡蠣か?あ〜、すき焼きってのもありだよな〜。それとも、一時流行ったちゃんこなんてのも美味そうだ。 何にしても楽しみだ。 と、今だ首に巻いたタオルで髪の毛を拭きながら、若林はリビングへ移動した。 そこには、テーブルにすでにカセットコンロが置いてある。 多少チグハグだが、それにあわせてグラスも二つ置いてあった。朝食べたおせちもまだ残っているから、お重箱もコンロの横に置いてある。 まぁ、ムードを考えると笑ってしまうテーブルの上だが、それでも日本の正月はやっぱりおせちに鍋だろう。と、いかにもデパートの商戦に乗ったような献立に若林は笑顔が止まらなかった。 風呂に入る時に言われた「痩せろ」の指摘を忘れて。 毎年恒例の正月番組を見ながら時間を過ごしていると、予想より早く岬が風呂から上がってきた。 「お・・・上がったか?」 「うん。すぐに食事の用意するから待ってて。」 そう言ってテキパキと鍋をコンロにかけて火を点ける。 すでに材料は鍋の中なのか、具材を持ってはこなかった。 いい匂いが、部屋中に充満すると、若林のお腹はぐぅと鳴った。 岬が笑って冷たく冷えたビールを・・・と気が付くと、黄色い筈の液体が入ったビンではなかった。しかも、グラスに注いでも泡も立たない。 「なんだ、これ・・・?」 「お茶だよ。」 くったくない笑顔で返す岬に若林はポカンと口を開けてしまった。 「岬、さっき・・・一緒に飲もうって・・・。」 「別にお酒って言った覚えはないよ。」 ピシャリと跳ね除けられた。 呆然とする若林を余所に岬が、「あ・・・もういいみたい。」と鍋の蓋を開ける。 内心反論したいのをとりあえず鍋の中味を確認してからと、もわっと湯気から覗く水面にこれもまた目が点になった。 水面・・・・・。 具は? 「なんだ、これ?」 「お粥。」 ピシャリと答える。 「お粥って・・・。いい匂いがしたと思ったが・・・。」 「あぁ、ダシはいいのを取ってそれを使ったから。せめて豪華な味がしてもいいかなって・・・・。だから、お粥っていうより、雑炊?」 具はまったくない、お粥だか雑炊だかわからない鍋の中味に若林の箸は、その行く手を変えた。 じゃあ、おせちを!今朝食べたばかりだが、おせちの方が! そう思ってお重の蓋をとると、なんだか今朝とは違う中味に唖然とした。 「若林くん、今日のお昼寝ていたでしょう?その時に石崎くん達が来てたんだよ。知らなかったでしょ。あまりにぐっすり寝ていたから・・・。おせちはその時にみんな食べちゃった。だから、せめて、ね。」 そう首を傾げて見上げる岬の笑みは悪魔の微笑みに見えた。 鍋の中味はお米ばかり、お重の中味はごぼうとれんこんばかり・・・。 あぁ、この野菜は煮物を作った残りか。 若林の言葉は、空を切った。 「どうせ正月は動かないんだから、食べるのもこれぐらい摂生しないとさらに太るよ!さっきの体重計を見ればわかるでしょう?」 「・・・・・・。」 「正月はこれで乗り切って痩せるからね!」 「・・・・・・。」 「僕も付き合うんだから感謝してよ!」 岬の言葉は若林の反論しようとした心を一刀両断した。 年越し蕎麦と朝のおせちだけで体重がかなりヤバイ若林は、大人しくお粥(雑炊?)と根菜の煮物、お茶で正月を過すしかなさそうだった。 味的には満足いくものでも、なんだかお腹が満たされない。 が、仕方がない。 静かに「ご馳走様」と言う若林に岬はさらに言葉を続けた。 「明日から運動もまた開始!いつもの倍のメニューをこなしてもらうからね!」 といつの間につくったのか、トレーニングのスケジュール表を壁に貼っている。 「わかった・・・。運動もやるよ・・。今夜から・・・・。」 そうポツリと呟いた若林に岬の顔が輝いた。 「ほんと!?」 「ただし、岬も付き合ってくれるか?」 「いいよ。嬉しいよ、若林くんがその気になってくれて。頑張って痩せようね。休暇が終わる頃には元の体重に戻そうね!」 ニコニコと器を片付ける岬の背に若林は声にならない声で続けた。 「うれしいぜ、岬・・・。じゃあ、俺も今から考えるよ。元の体重になるまで夜は寝かせないからな。まずはどんな体位から始めようか・・・。俺もスケジュール表を作るかな。」 若林の瞳は復讐に燃えるとともに、イヤらしい輝きに満ちていた。 |
07.01.17
相変わらず、アホでオチが読めてすみません・・・。
痩せねば!