桜の木の下で




「うおおぃぃっっ、若林ぃっ!」

どんちき騒ぎの中、石崎が大声を上げながら手招きをしている。さっきからキョロキョロしていた若林は漸く一息つけるとホッと息を漏らした。

あちこちではカラオケやら一発芸を披露して盛り上がっている。普段は閑散としている公園も今は大きな共同宴会場とかしていてゆったりと歩くスペースもない。
わずかな隙間を縫うように歩き、なんとか石崎のいる茣蓙の前まで来ると肩に掛けていた大きなクーラーボックスをドサリと茣蓙の隅に落とした。少し地面に食い込んだかもしれない。かなりの量のビールやジュースなどの飲み物が入っている。

「わりぃな。待たせちまった。」

「まぁ、しょうがないよね。これだけの人出だから。でも漸くこれで全員集合だね。」

若林を呼ぶために立ち今だ座る事のなかった石崎の横で足を嫌味なくらいに伸ばした翼が苦笑いを含ませながら答えた。どうやら、かなり待たせたのは事実らしい。
他のメンバーも思い思いに座り、それぞれで時間を潰したようだった。
しかし、約束の時間を30分以上も過ぎてやっと辿り着いた飲み物に必要以上に歓声が上がった。



所狭しと広がる数々の料理に雑じり、淡いピンクの色をした小さな花びらは料理以上に回りに一杯に広がっていた。まだ開花宣言が出てからさほど日数は経っていない筈なのにすでにかなりの量の花びらが舞い落ちているのがわかった。今年は散るのが早いなと若林は目の前の桜を見た。

サラリとまた煮物の中に小さく綺麗なピンクが料理に彩りを与えた。煮物なので、実際は小さな桜の花びら程度では料理の彩りが変わるわけではないが、なにぶん風情がある。ちょっと現実に戻り回りを見れば今はただただ騒がしいだけの公園なのだが、それでもなかなか日本で花見を体感することのない若林には全てが新鮮に見られた。

そういえばこの煮物が入っている重箱になっている料理は誰が作ってきたのだろう、と内心首を傾げながら周りを見渡せば、手の込んだ料理の出来る人物はこの茣蓙の上にはいなかった。
なにせ重箱の中身はいかにも時間を掛けて作られたことがわかる煮物。艶のある卵焼き。からりと揚がっていていかにもおいしそうな揚げ物。他にも彩りも綺麗なあえものや、自家製を感じさせる漬物まで入っていた。

若林が知っている人物でこれだけかなり料理に長けているものはただ一人。もちろんそれはお店で出すような料理ではなく、家庭の味のそれだったが、それでも若林にとってはどんな有名なレストランのメニューよりおいしくて心温まる料理だった。ただ、もう口にすることは二度とないのだが・・・。

「今日の宴会。俺が飲み物係だとして、誰が料理担当だったんだ?こんな煮物作れるヤツなんていないだろう?」

目の前の煮物を指差して純粋に疑問に思ったことを口にしてみた。
と、とたんにまわりにいた全員がえ?という言葉そのままに口を開けて若林を凝視する。
誰かが「は?」と声に出しているようだ。
若林からすれば、自分こそが「は?」と聞き返したかった。

なぜなら今日の花見は石崎が幹事だとして、場所取りが井沢。飲み物調達が自分。そして料理担当が浦辺だったのだが、その浦辺でさえ?という顔をしている。自分の用意した料理に記憶がないのか、はたまた誰かが気を利かして他にも用意したのか。
順に目の前に並んでいる顔ぶれを見回してみるが料理調達係の浦辺以外はただただ首を横に振るばかりだった。

「あれ?お前じゃないの?」

石崎の横にいつの間にか並ぶように立っていた浦辺はその石崎に聞かれて、「その料理は知らねぇ。」と答える。本当に身に覚えがない様子だった。

「若林が持ってきたんじゃないのか?」

今しがた若林が聞いてきたことなのに、誰かが若林だと言う。

「いや・・・。俺は飲み物調達・・・だから料理までは・・・?」

「じゃあ、翼・・・?」

「マネージャー・・・、じゃなくて奥さんに作ってもらったんじゃねぇの?」

なんで今だに中学時代の呼び名を引きずっているのかわからないが、中学時代から、いや小学時代からのメンバーが翼に振ってみた。
とたんに、翼はいやいやと首を振る。

「早苗ちゃんは、まぁ料理は上手だけれど、でもイタリア生活が長かったからね。どっちかというと煮物よりピザやパスタ料理になっちゃうんだよ。こんな煮物きっと作れないし。っていうか、彼女だったら俺が間違えるわけないだろう?違うよ。」

(わあぃ、惚気はいらねぇ!)




(煮物作れない・・・っていうのは本人には言っちゃやばいだろう!)

と、いろいろな思考が回りを巡ったが誰もが思ったが口には出せずにいた。

「で、結局誰が持ってきたんだよ、料理・・・?」

誰もが腕を組み首を捻っている。

「最初、場所取りで来たのが井沢だろう?で、その後、すぐに石崎が来て〜・・・?」

「俺達が来た時は、もう置いてあったぜ、料理。」

順番に来た者から話を詰めていくが、やはりわからない。
気が付けばそこにあった、という感じだ。

「じゃあ、誰かが料理持ってきてから一度帰ってるとか?」

「っていうより、本当、誰だよ。この料理担当したのは!」

修哲トリオと今だ呼ばれる三人が何か騒ぎ立てている。
若林はそんな様子を眺めながらつ、と料理に手を伸ばした。手づかみで行儀が悪いがそんなことはお構いなしだ。
誰が持ってきたものかもわからないまま、よく手をつけられるものだと、横目に翼が怪訝な顔で見つめていた。

「若林くん・・・?」




「うまい・・。」

ポツリと声が漏れた。
なにか懐かしさが溢れてくる。
口の中から零れるように声が漏れた。

「大丈夫だ。この料理、皆のために作られたものだから。」

先ほどから騒いでいる者たちまで一斉に静かになる。翼は不思議そうに、皆の代表を務めるべく若林に疑問をぶつけた。

「誰の料理?」

「誰が作ったのかは言えないが、これだけは言える。この料理、皆に食べてもらいたくて作られたものだから、大丈夫だ。たぶん、今日忙しくて皆と騒げないけど、知らないうちに料理だけ持ってきたんだろう?それにとてもおいしい。俺が保障する。」

今すぐにでも涙を溢しそうなへなりとした顔で若林は皆に伝えた。
大丈夫だと。
自信を持って伝える若林に翼は、うん。と答えた。
ちょっと納得しかねる部分もあるのだが、若林が大丈夫と言っているのだから信じてもかまわないだろう。


「じゃあ、せっかくだから始めようか?久しぶりの再会を祝して!」

「花見に乾杯!!」

「乾杯っっ!!!」

それぞれにビールを持って高々に叫ぶ。
それぞれが最初は恐る恐るだったが一口手につけると、皆がみんな、おいしいを連発しながらどんどん料理に手を伸ばした。浦辺が用意したコンビニの出来合いなどは比べようもないほどにおいしくあっという間に重箱の中は空になった。




そんな様子を少し遠めに眺めながら若林は桜の木を見上げた。


はらはら、と淡いピンクがまるで雪のように舞い落ちる。
と、急に突風が吹き、咄嗟に目を瞑る。あちこちでわぁっ、と慌てた様子の声が上がった。
一瞬のことだったので、何が起きたのかと顔を巡らすと、桜の花びらが先ほどとはまるで違った様子に感じられるほど、多く若林の回りを舞っていた。桜吹雪とまではいかないまでも、かなりの量の花びらが舞っている。しだいにゆっくりと落ちて行くそれらを見て若林はそっと笑みを溢した。


「さんきゅ、みさき・・・。」

空を仰ぐと今は見ることの出来ない岬の笑顔が浮かんだ気がした。






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コメント:当初はこんな話になる予定ではありませんでした。なんか怖い話になっちゃった?おかしいなぁ〜。ごめんなさいごめんなさい∞。