束縛という名のプレゼント




温かい陽射しがまぶしい季節。
こいのぼりがあちらこちらに上り、空が賑やかだ。
祝日の名目を理由に遊びに出かけた家族連れが多いのだろうか、街中の方が人が少ないように思われた。
本来ならば入る試合も、施設が別イベントのために使われ、めずらしくも入っていない。
まぁ、こんな日があってもいいか、とのんびりと昼下がりを過していると、インターホンが鳴った。




「久しぶりに休暇が取れた。」と、翼と若林が揃って岬の家に遊びに来てくれた。
口実としては、岬の誕生日祝いをしてくれるという話で。
一旦、家で時間を潰して、夕方、三人で出かけた。
二人の奢りで岬は翼、若林と一緒に食事をした。
男三人でレストランと言うのも寒い気がしたが、そんなことはまったく気にしない二人に連れて行かれるように店に入った。
口の肥えている若林と、プロになる前から地元でも有名だった翼のおかげとでもいうべきか。
入った店は所謂高級店で、味も一流と謂われるだけあって美味かった。また、プロのサッカー選手ということを考慮して人目につかないような席の配慮までしてくてた。
すごぶる上機嫌で美味しい料理を堪能した後、一旦店を出て、そのままごく自然にまた帰宅へという形で岬の住むマンションへと戻った。


その後は、改めて酒を飲みながら三人で楽しく昔話をしていた。・・・ハズだった。
最初は出会った頃とか、初めて闘った試合の思い出とか、そんな取りとめの無い話だったはずが、どこがどう狂ったのかわからないが、きっかけは翼の一言だったに違いない。

「俺、岬くんのこと、・・・好きだから・・・。」
「えっ!」

岬と若林は同じタイミングで翼を見つめた。
顔をマジマジと見つめると翼は赤くなりながらも、しっかりと岬を見つめながらもう一度言った。

「友達として・・・じゃなくて、もっと違う意味で好きなんだ、岬くんのこと。」

そう伝えてから、俯いて言葉を続けた。

「岬くんの気持ちも教えて欲しい・・・・。ずっと一緒にサッカーを続けたいのはもちろんだけど・・・・・それ以外でもずっと一緒に傍に居て欲しい・・・・・。」

こんなこと言うつもりはなかったのにな、と翼は頭を掻いて苦笑した。
岬も若林も初めて知った翼の心。

「・・・・・・・どうするんだ?」

何も言えなくなってしまった岬に、隣に座っていた若林が顔を向けた。

「どう・・・って言われても・・・。いきなり・・・だし・・。」

岬もチラリと若林に眼をやるが、答えに困ってしまった岬に慌てて翼は付け足した。

「あっ。返事は今でなくていいんだ!岬くんだって困るだろう?急に言われても。・・・だから、今すぐ返事が欲しいってわけじゃないから・・・・。」

「翼くん・・・・。」
「それに傍に・・・って言っても、今は違う国にいるだろう・・・。無理なのはわかっている・・・・・けど、できれば次のシーズンには岬くんにうちのチームに入って欲しい。監督には話してあるんだ。日本にいい選手がいるって。監督も岬くんの試合のビデオを見て、興味を持ったみたいだし・・・。」

翼の口から出たのはただ単なる告白だけではすまなかった。
これからの岬の将来をも左右する内容がいつの間にか含まれていた。
あまりの展開に岬は付いていけなくなる。

「それって・・・。」
「移籍の話になるのか?」

若林がフォローするべく聞きなおす。

「そういうことになるのかな・・・・。」
「でも、僕にだって今のチームとの契約が・・・!」

突然の話に困惑を隠せない表情の岬に翼は笑顔で宥める。

「うん・・・わかってる。だから、今すぐってわけじゃないから。でも、知ってるんだ。次で一旦、今のチームとの契約が終了するだろう?だから、今シーズンが終わったらの話で・・・。」

結構お酒を飲んでいたのだが、翼の顔の赤さは酒だけではないのは、わかった。酔いもないだろう。
真剣な眼で翼は、再度岬に頭を下げた。

「だから、本当は、移籍の話だけをするつもりだったんだけど・・・・。どこがどう話がこじれちゃったのか・・・俺の気持ちを先に言っちゃったから、混乱させたね。ごめんね、岬くん・・・・。」
「翼くん・・・・。」
「でも、好きなんだ、岬くんのことが・・・。」


それでも、翼の瞳には何故か岬からは期待を裏切らない答えが貰えるかのように自信に溢れていた。













カランとグラスに氷がぶつかる音が耳に届いた。
音の先に目をやると溶けた氷で薄くなったアルコールが一旦は少なくなっていた水位を少し上げていた。
が、飲むほどの量はない。
横に置いてあった瓶を手に取り、茶色の液体を上から注ぐ。
温い温度により氷がさらに溶けて小さくなるのと同時に温かかった液体に冷たさが呼び戻される。
すぐに冷えた液体をグイッと煽るように飲み干すと後からバタンと音がした。
岬がごく自然に新たな音の発生源に首を向けると薄暗くなった部屋に浮かび上がるように人影が立っていた。
誰かはすぐにその輪郭でわかった。

「眠れないの?」

穏やかに声を掛けると「それはお前だろう?」と返事にならない返事が返ってきた。

「・・・・・うん・・・。僕は眠れない。」
「さっきの翼の話か?」

コクリと音もなく答える。
それに釣られるかのように足音を忍ばせて起きてきた人物は、岬の横に来てそのまま隣に座る。ソファが沈むがお互いに気にしない。

「珍しいな。お前、ワイン派なのに。こんなの飲んで・・・。」
「若林くん・・・・。」

テーブルの上に置かれているウイスキーの瓶を手に取って振ってみる。
チャプチャプという音でかなりの量減っているのがすぐに分かった。岬がいつも飲むワインよりもかなり高いアルコール度数に眼が細くなる。
岬は隣に座って瓶を眺める人物の名前を呼んで、そのまま黙ってしまった。






あんな事を言われるとは思っていなかった。
突然の翼の告白。
告白した本人としては、今日、言うつもりはなかったし、本当なら移籍の話がきちんと出てきて本格化してから、二人きりでもっとロマンチックに決めたかったらしいが・・・。
でも、真剣だと言った。眼も、そう訴えていた。

「お前は翼の申し出を受けるのか?」

若林はチラリと岬を覗き込んだ。
隣からくる視線に気が付き、岬が顔を向ける。
お互いの視線が絡み、外せなくなる。

「岬・・・・。」

名前を呼ばれて岬はハッとして俯く。

「ただの移籍の話なら・・・。」
「みさき・・・。」

俯いた顔を上げ、岬は若林を再度見つめた。

「ただの移籍の話で・・・・ただ一緒にサッカーをするだけだったのなら。そうだったら、僕は彼の申し出を受けたい!」
「・・・・・。」
「でも・・・・!」
「でも・・・・違うんだ!翼くんが言っていることは違うんだ!!」

ポロッと一滴。
岬の目から雫が零れた。

「何であんなに簡単に言えるんだろう・・・。」
「みさき?」
「僕はずっと我慢しているのに!」

岬の言葉に若林は顔を顰めた。

「こうしてただ時々会うだけで我慢しているのに・・・・・。」

零れだした涙は止まる事はなかった。

「若林くんは・・・言ってくれないの?」
「っっ・・・。」
「若林くんは僕に言ってくれないの?『移籍しないか?』って言ってくれないの?」
「翼くんはあんなにはっきりと僕に言ってくれたのに!若林くんは一度だって言ってくれないじゃない!!」

パジャマ代わりのTシャツの襟首が伸びてしまうほどに強く握りこんで、岬は若林に詰め寄る。

「みさき・・・・・俺は・・・。」

シャツを握る手を震わせて岬はポロポロと涙を溢す。

「僕は・・・・・・。僕こそ若林くんとずっと一緒にいたいのに。ずっと一緒にサッカーをして、ずっと一緒に傍にいたいのに!!若林くんは僕に何も言ってくれない!!一言も言ってくれない!!」
「落ち着け、岬・・・・。翼が起きちまう・・・。」

若林は自分が出てきた部屋へ視線を向けた。
その部屋にはその日一緒に時を過し、先ほど、岬に告白ともいうべき言葉を告げた翼が寝ている。

「いいじゃない!起きたって。翼くん、僕たちの関係、知らないんだから。教えてあげればいいんだよ。」

ドンとぶつかるほどに岬は若林に縋り付く。
かなり酔っているのは、自覚済みだ。が、酔っていようが酔っていまいがそんなことはどうでもいいとばかりに岬は若林に詰め寄る。
若林も困惑はしたが、岬の言うように自分も岬の傍に居たいのは本心だ。
遠く日本とドイツで離れての生活。時々しか会えない寂しさ。まわりに二人の関係を黙っている後ろめたさ。
それでも、今のお互いの生活とサッカー選手としての地位、そして将来を考えて今の関係で我慢していたのではないのか。
それで、お互い納得していのたのではないのか?

なのに。

翼の一言でこんなにも揺らいでしまう岬。
そして、自分。



だったら・・・。

そっと手を添えて岬を見つめる。
言葉もなく静かな行動だったが、態度が急変したのは、その若林の眼ですぐにわかった。

「若林・・・・くん?」

翼が隣の部屋にいるということで、理性的に対応していた若林の瞳からは岬と同じ気持ちが伝わってくる。
だが、若林の態度は岬の予想以上の行動を起こした。

「まだ誕生日プレゼント、渡してなかったよな?」
「え・・・?でも、食事に・・・。」
「それじゃなくて・・・。俺からのプレゼントだ。」
「若林くん?」
「受け取ってくれるか?」

若林の言葉と態度が矛盾しているように岬には思えた。
言葉だけなら、単なる恋人同士の甘いやりとりに思えなくもなかったが、若林から発せられる声音と空気はまったく言葉とは噛み合わないほどに熱を持っている。
まるで、岬を抱くときのように・・・。

抱く?

「若林くん!」

岬が何かを察して若林から離れる前に、若林は岬をソファに押さえつけた。
突然のことにパニックになる。

「ちょっ・・・!若林くんっっ!!翼くんがいるから・・・・・若林くんっっ!!」
「翼に俺達の関係を知られても構わないって言ったのはお前だろう!だったら教えてやればいい。俺達がこういう関係だって!!」
「でも・・・こんなっ・・・!」

抵抗する隙を与えない早さで若林は、岬のシャツを捲り上げ、下半身に関しては全てを一気に取り去った。
半ば無理矢理のためシャツが破れてしまうが、そんなことにはまったく頓着せずに手を進める。

「やめっ!!・・・・・・・やだっ!!」

サッカー選手だけあって脚力はあるはずなのに、岬が繰り出す蹴りにも若林はびくともしない。それだけ、今の若林には鬼気迫るものを感じる。押さえつけられている岬の腕にはきっと彼の指の痕がついているだろう。
岬は顔を顰めるがそれでも容赦はなかった。

「本当なら、明日、お前の好きなものでも買ってやろうかと思っていたが、止めだ。これが俺からのお前への誕生日プレゼントだ!」
「どういう・・・・っっ!?」

岬の疑問に答えるべく、普段は白く、しかし、今はお酒と興奮のために赤く染まっている首筋に舌を這わす。

「んっ・・!」

久し振りの刺激に、岬は容易く反応してしまった。
それに気を良くして、若林は舌を身体のあちこちに這わす。

「若林くんッ!」

涙で睨みつける岬に、若林は目を細めて言う。

「もう逃げれないようにしてやる。・・・・翼はきっと起きるだろうよ。そして、すぐに俺達の関係に気が付くはずさ・・・。」

真っ直ぐに見つめて軽く唇を重ねる。
一旦大人しくなった岬に若林は言葉を続けた。

「お前がさっき言ったことだろう?・・・・そしたら、どうなるか、分かるだろうが。翼がたった一言、俺達を罵れば、もう、俺達には逃げ場はなくなる。お前は俺が好きなんだろう?だったら、お前は、もう俺から逃げることはできない。」

言葉では確かに翼に二人の関係を伝えればいいとは言ったが、こうやって咋に知らしめる必要はないはずだ。
翼の告白の後に翼が隣に寝ている状態で敢えてこんなことをすれば、二人の関係を理解してもらう前に怒りを買うのは必須だ。

「お前の為を思って、まわりには秘密にしていたが、もう、そんなことはどうでもいい!一生俺から逃げられないようにしてやる!!」

噛み付く勢いで口づけを再開する若林に、岬は今度は抵抗を止める。

ただの勢いだけなら、こんな痛い顔をするわけがない。
乱暴な動きの中に、若林なりの覚悟を岬は読み取る。





いいよ・・・・。
若林くんになら・・・・いいよ・・・・。

一度、目を閉じて大きく息を吐き出す。

そして、今度は岬から舌を絡めて若林を求めた。
そのままお互いを昂らせて、一緒に上り詰めて行く。

「わかばやし・・・・・くんっっ!!」
「みさきっ!!」

グッと若林が腰を進めると、岬の身体が大きく撓った。

「あああっっ!!」




ガチャリ




その瞬間、隣のドアの開く音が二人の耳に届いた。




END



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尻切れトンボです・・・。それに、全然誕生日祝っていないし〜〜〜。あわわ・・・・。

07.05.11