守護神?
朝からとてもいい天気だった。 その日、岬はいつもより少し早く目が覚めた。 (いよいよ明日からだなあ。明日はもっと早く起きちゃうかも・・・) Jリーグデビューを明日にひかえて、日に日に緊張がたかまっていくのが自分でもわかる。 せっかく早く起きたのだからと、まだ時間はあったが、岬はそのまま練習場へ向かった。 いつもより早くクラブハウスに着いた・・・。と、いっても世間一般では、もう皆、活動の時間ではある。 程好い涼しさの中、岬は、愛車のミニクーパーから降りて入り口へ向かおうとした。が、ふと、グランドのそばの人影に気がついた。 (誰だろう?もう来てる人がいる。1番乗りかと思ったのに・・) まだ練習開始まで1時間以上あるのにすでに人がいる。ちょっとがっかりしたせいもあるのか、誰だかとても気になった。 まあ、練習の開始時間までまだ余裕があるので、と誰だか見に行くことにした。 「・・・・・・・。」 その人影が判別できる距離まで近づくと、以外な人物に思わず岬は立ち止まってしまった。 しばらくボー然とその人物を眺めていると、向こうも気がついたのか、 「オスッ」 と元気に声がとんできた。 「わ・・・、若林くん・・・。何でここに・・・?」 今だ面食らった面持ちでいる岬に、向こうは何も気にしないとでもいうように近づいてきた。 「思ったより早く着いちまってよ。せっかくだから、岬がどんな所でサッカーやってるのか見てたんだ。」 あっけらかんとした表情に、岬はますます目がテンになる。 「・・・早いとか、遅いとか、そういう事じゃなくて、何で君がここにいるか聞いてるんだよ!」 岬の頬が赤くなってきたのは、気のせいだろうか? 「何でって、俺、休暇中だからな。と、いっても5日間程しかないけど。せっかくだから、お前のデビュー戦、見に来たんだぜ。うれしいだろう?」 平然と答える若林に岬は返す言葉がなかった。 「久しぶりだな、ほんと。1年・・・か。よくがんばったな。」 若林はやさしく微笑む。 「今まで1人でがんばってきたろ。つらかっただろうに。俺、今まで何もしてやれなかったし、近くに居てやることもできなかったからな。せめて、大事な岬のデビュー戦ぐらい応援しに来たかったんだ・・・。」 「若林くん・・・。」 思いがけない言葉と笑顔に、ついつい赤くなりながらも岬も微笑む。 しばらくの間お互い見つめあい。 若林は手で岬の顔をそっとなでたかと思うと突然岬の頭をクシャッとし、シャツのポケットに手を入れた。 「・・・・・?」 「お前に渡したい物があるんだ。デビュー戦のお祝い。手を出せ。」 「・・・???」 キュトンとする岬を尻目に、若林はゴソゴソとポケットから何かを出すと、そっと岬の手の上にそれを乗せた。 「・・・これって・・・?」 「そ、お守り。お前の足、治ったとはいえ、正直な話サッカー選手としては爆弾かかえてるようなものだろう?だから、お前のこれからの無事を祈って、お守り。岬には、どんなプレゼントよりいいかなぁって。俺って古風だろ?」 ニッコリとする若林に岬はまたもや、目がテンテン。 「あ、・・・ありがとう。でも、なんだか、たしかに若林くんて古風というか、なんというか・・・、おじさんくさくない?」 「な・・・何・・・!」 岬の一言に若林はプウッと頬を膨らませた。 それを見て岬は笑いながら、 「冗談、冗談。ほんとうれしいよ。やっぱりこういうのって、すごく心配してくれてるってわかるから・・・。バッグにつけておこうかなあ。」 冗談とわかっているのか、若林もすぐに機嫌を直す。 「お前に好きにすればいいさ。それより中、見てみろよ。」 「中?いいの?普通、お守りって中、見ないんじゃないの?」 「いいの、いいの。ほれ、開けてみろ。」 「・・・うん。」 なんとなくためらいながらも、中を開けてみる。そっと指を入れて、中身を出してみると・・・。 「若林くん・・・。これ・・・・。」 今日、驚いたのは何度目だろう。 しばらくその―お守りの中身―を見つめていたかと思うと、突然ふきだした。 プッ。 あっははははははは。 笑い出したらもう止まらない。しまいには目に涙まで浮かんでいる。 「そんなに笑うことないだろう。」 若林は口をとがらせ、横を向いてしまった。 「・・・ハハハ。ごめんごめん。あまりにも予想外の物が出てきたから。だから、驚いて・・・。」 目じりの涙をぬぐいながら岬は言った。 岬が手にしていたお守りの中身はというと、わざわざ3分間写真にでも行ったのか若林本人の小さな写真と、直筆で『若林大明神』と書かれた小さな紙切れ1枚。 岬はその2つを大事にお守り袋の中にしまうと、ちょっとうつむきながらそのお守りを大事に握り締めた。 「・・・たしかに中身にはびっくりしたけど、若林くんのその気持ちがすごくうれしい。・・・・ありがとう、若林くん。」 さっと顔を上げると、ニッコリと笑った。 つられて、若林も笑顔になる。 「それはそうと若林くん、お腹すいたんじゃない?僕、おにぎり持ってるんだ。食べる?」 言いながら、カバンにお守りをしまうかわりに何かの包みを出した。 「はい、どうぞvv」 それはきれいな緑色の布の、なるほど、中におにぎりが入っているようだった。 「いいのか?これ、お前の朝食じゃないのか?」 「ううん、僕は朝ちゃんと食べてきたよ。これ、いつも石崎くん達が休憩中に『腹へったー、腹へったーっ』てうるさいから、ごはんがある時だけ握って持ってくるんだ。はい、お茶もあるよ。」 「そっか、石崎達にいつもおいしい思いをさせてるのか。・・・ちょっと妬けるな。・・・、まぁ、いいかぁ。石崎達だもんな〜、どうせ俺様には及ばないし〜。今日は俺がいただこう!岬のお手製だvv」 「しょってるねぇ〜。」 クスクス笑う岬からおにぎりの入った包みをもらうと、若林は歩き出した。グランド横に大きな桜の木を見つける。葉はもうほとんどないが・・・。 「あの木のかげでいただくよ。お前も来る?」 「うんvv」 2人でグランド横の木のかげに座ると、若林はおいしそうにおにぎりを食べ出した。 「うんうん、さすが岬。うまいな。」 けっこうな大きさのおにぎりではあったが、味はやはり、おいしい。あっという間に若林の口の中にはいっていった。 その様子をしばらくの間ながめていた岬だったが、チラッと時計に目をやる。 「そろそろ他の皆も来る頃だから、ちょっと行ってくるよ。若林くん、どうする?」 手についたごはんつぶをつまみながら、 「あー、俺、ここで見てる。どうせすぐ練習はじまるんだろう?」 「うん、今日は最終仕上げだけだから、終るのも早いと思うよ。キック オフは明日の夜だから、ミーティングも明日だし。」 「無理しないようにな。」 「うん」 じゃあ、と言って岬は立ちあがり、パンパンとほこりを払うと、軽い足取りでハウスの入り口の方へ駆けて行った。 今日は少し暑くなるかな、と若林は空を見上げた。 END |