春夏秋冬
「まったく、春だねえ。」 「は?」 突然の岬の言葉に、横で雑誌を読んでいた若林は目をパチクリする。 今は冬の最中であり、春どころか寒さが厳しく練習もなかなか辛いものであるはずなのに一体何を言い出すのか・・・。 「だからね、ちょっと回りを見渡してごらんよ。」 岬が耳打ちするように話しかける。 顔を上げた若林の視界に入ったものは、何故か関係者以外立ち入り禁止のはずの宿舎の談話室で楽しそうに彼氏と一緒に会話を弾ませている、某サッカーの天才の彼女と某フィールドの貴公子の彼女の姿であった。時折、笑い声も聞こえる。 その談話室の窓から見えるのは、寒さには強いのか北海道カップルが北風の中、空を見上げながら何かを話している様子。雪がどうとか言っているのであろうか。 (そうそう、降ってたまるか!ここは静岡なんだ!!) と、若林は内心舌打ちしたくなった。 そこへ、 「じゃあ、出かけてくるな。」 と声が掛かった。 日向カップルと石崎カップルだ。どうやらダブルデートらしい。 一体どうしたらそんな組み合わせででかけられるのかが不思議であるが、若林は(ここは『尻に敷かれるタイプ』のカップル同士だな。)と思った。しかし、そんなことを口にすれば、本人達よりも先に気の強そうな彼女達から鉄拳が飛んできそうだったので、ただ軽く「おうっ」と答えただけだった。 (まったく、この宿舎はどうなってるんだ!この間は、どうやって入ってきたのかヨーロッパ勢が遊びに来たと称して大暴れして帰っていったし・・・。) しかし、ある一角を若林は見つけた。 「お。秋もいるゾ」 顎で指すその方向を岬が見ると、下級生グループが静かに静かに語り合っていた。 あの葵までが、春の人たちを意識しているのかおとなしくしていた。 「そう言えば、あっちの下級生メンバーの中には”春”のヤツがいないんだな。」 「まあ、先輩達に遠慮してるのかただ単にいないだけなのか、わからないけどね・・・。」 (いいこと思いつた!!) 回りを見ながらクスクスと笑っている岬を見て何か考えが浮かんだのか、若林はパチンと指を鳴らした。 「どうしたの?」 「いや〜。外は冬。中には春と秋がいる。ってことは〜〜〜〜〜、後は夏がいるよな〜〜〜。」 自分の顔を見つめる若林の目の中に何かが光ったように見えたのは、岬の気のせいではないだろう。 (ヤバイ・・・。なにかわからないけど、でもヤバイ・・・気がする。) 岬の背中に冷や汗が流れる。 突然若林が岬に近づいて耳元でボソッと呟く。 「岬っ。夏をしよう!!」 「は・・・・・??」 一瞬、何の事かわからない岬はキョトンとする。 「だから、夏だよ。夏!!さぁ、行くぞ!今から行くぞ、夏をヤリに!!」 若林は素早く立ち上がると岬の腕を力強く捕まえ、そのままズルズルと彼を引っ張って談話室を離れて行った。 「えっ、えっ、ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!」 某県某市 サッカー全日本代表宿舎。 ここは一度に四季を楽しめるところであった。 END |