初恋





ワイワイ、キャアキャアと高めの声が道路にまで響いていた。
(あぁ、幼稚園か・・・)
と自分の背とあまり変わらない木々の隙間からチラッと中を覗く。
成るほど、子ども達が大勢パワー全開という風に走り回っていた。しかし、その園庭はの広さはさほどなく、時々ぶつかりそうになる子もいた。
「ちっちゃな幼稚園だな・・。」
ポツリと呟き、口に銜えていたタバコを足元に落として踏み潰した。
「遅いなぁ、沢村のヤツ。」
運転手の沢村は目的地になる施設を今回初めて行くという事で道に迷ってしまい、俺達の車は先ほどから住宅街の中をウロウロしていた。その為、俺はいいかげんうんざりして『道を聞いて来いっ!』と怒鳴ってしまったのだ。あわててヤツは車を飛び出して誰か通行人を探しに行った。おかげで俺は今こうしてヤツが戻るのを待つはめになった。
車の中で待っていても何だから、と外に出たのだが、回りには特に何もない閑静な住宅街だ。聞こえるものといえば、先ほど覗いた幼稚園から聞こえてくる子ども達の耳障りな歓声ばかり。
「まったく親父もいいかげんだよなぁ。どこにあんだよ『南葛園』って施設。福祉事業に手を出すのはいいが、全部俺に押し付けて・・・。」
俺は車にもたれながら次のタバコを出そうとポケットに手をやった。



あちこちの都市や街ではすでにいつくかの老人用の施設が出来ていて、配食サービスやヘルパー派遣、特養施設運営などを経営している会社が増え始めている。
我が若林財閥もかなりあちこちの業種で成功を収めていて、新たな事業展開を図ろうとしていた。
そこへ目をつけたのが老人を対象にした今回の施設建設。その一切の計画を俺に託した。今までは、親父や兄貴達のサポートが多かったのだが、(それでも俺の助力で成功した事業はいくつもある)今度は俺の為『一から事業を展開せよ』との命が下った。まぁ、第一歩の新たな施設建設の為の場所は、親父が決めたんだけどな。後は俺の腕しだいだ。
「しかし、年寄り相手じゃなぁ〜。(涙)ヘルパーさんは綺麗なお姉さんでも入れるかぁ。」
ハァ〜とため息を漏らして俯くと、そこに見知らぬ子どもが立っていた。
(・・・・?子ども?)
すぐ横の幼稚園から脱走でもしてきたのだろうか。どこかへ逃げる途中かとも思ったのだが、その子は真っ直ぐ俺を見つめる。
(・・・・・・天使・・・・・)
ふと、そんな言葉が俺の頭を過ぎる。確かに見た目はかわいく、最近のよくある幼児を対象とした事件に真っ先に狙われそうな、いや、それよりそのままTVとかでも使えそうな、そんな容貌をしていた。しかし、それ以上にその子の真剣な眼差しに俺は目を奪われた。
口は何かを我慢しているのか真一文字に固く結ばれ、頬は少し紅潮し、何より涙でうるんでいるその瞳。
一瞬、頭の中が真っ白になったが、ゆっくりと思考回路が働き出すと俺は妙なことを思った。
(確かに幼くてもかわいくて惹かれる子っているもんだな・・・。)
俺は光源氏の気持ちがわかったような気がした。ただただその子を見つめ返すことしかできない。
暫くするとようやくその子はかわいらしい声を発した。
「おじさん、会社の人?」
(お・・・・おじさん!?)
突然の”おじさん”扱いにショックを受けると同時にその子の意味することがわからずにいた。
「おじょうちゃん・・・。俺はまだまだ若いからおじさんじゃないんだけどなぁ〜。お兄さんって言ってくれないかな。それに会社ってなんのことかな〜?」
そういうとその子は今まで溜めてたものが溢れ出したように突然泣き叫んだ。
「おじょうちゃんじゃないもんっ!!僕、男だもんっ!!それに会社の人でしょうっ。園長先生が言ってたもんっ。もうすぐ僕達の家、大きい会社の人たちにあげなきゃいけないって!僕達どうなるの??どこに住めばいいのっ!」
一気に捲し立てると最後にはうわぁぁぁ〜〜〜〜〜ん。と、泣き出した。


会社に家をあげる??
わけがわからず、その子をどうしたらいいかもわからず俺が途方にくれていると漸く沢村が帰ってきた。
「すみませんっ。源三様っっ。やっとわかりました。私達が探していた『南葛園』とは、この隣にある擁護施設です。老人用の施設ではありません。・・・源三様、その子は・・・?」
簡単に報告をしながら沢村は、俺の足元に立って泣いている子どもに目をやった。
沢村の言葉でようやくこの子の言う事の意味がわかった。
今まであった子ども用の施設を潰して老人用の施設を建てるのか。
確かに俺達のやろうとしている事は慈善事業じゃなくて、普通に会社を経営する為の事業だ。子ども相手では金にはならない。金を持っている老人がターゲットだ。
しかし・・・。
オロオロする沢村に車を移動させるように目配せをすると、俺は屈んで今だ泣き続けているかわいらしい天使に向き直った。
「おじょうちゃん・・・・じゃなかったな。僕、名前は?」
グズグズいいながら、それでもしっかりと返事が返ってきた。
「・・・みさき たろう・・・。」
「そうか・・・。俺は若林 源三だ。よろしくな、みさきくん。俺は確かにみさきくんのいうとおり会社の人間だ。この『南葛園』について園長先生と話をしに来たんだ。案内してくれるか?」
「でも・・・・」
一生懸命涙を拭いながら、でもどうしようか迷っている風だった。
「大丈夫だ。みさきくんの悪いようにはしないから・・・。な。」
「うん・・・。絶対僕達の家・・・壊さないでね。」
俺の瞳を見つめて、みさきは精一杯のお願いをする。
「あぁ・・・・約束はできないが・・・みさきが困るようなことはしないよ。」
そう優しく答えると、彼は今までとは比べようがないほどのこれまたかわいらしい笑顔で返事をする。
「うんっ。こっちだよ」
くるっと向きを変えるとパタパタパタと走り出した。俺はその後からゆっくりと歩き出しながら考える。
(さて、計画の練り直しだな・・・)





その後、みさきに案内され俺は園長先生と話しをした。いかに子ども達にとってこの『何葛園』が必要か。そして、今現在でさえ経済的に困ってるという事。ここを出されたら行くところがないということ。その話の間中、園長室の外からは、今度は決して耳障りではない子ども達の明るい声が聞こえていた。その声の中にはさっきのみさきの声も含まれているのだろうか。
すでに園長室に通される前から俺の気持ちは最初の頃とは変わっていた。
(この園を残してやりたい。みさきの力になりたい。)
俺の心は光源氏以上にここのかわいいみさきに惹かれてしまっていた。
(親父にどやされるな・・・。まぁ、いいか。計画に変更はつきものだ。)




その後、この『』南葛園は新築され、当初予定されていた特養施設と併設されることになった。
そして、俺は仕事に疲れた時に訪れる場所がこれまた新たに出来たのだった。



END