初恋 ―結実編・前編― (高校生編)




「でもよ〜、岬って変わってるよな〜。」
とは、クラスメイトの来生のセリフだった。
今は授業も終わり、掃除の時間である。
掃除当番である岬は、七名ほどのメンバーで教室を掃除していた。
最初は皆黙々と掃除をしていたのだが、つまらないのか暇つぶしに数人が話を始めた。最初はとりとめのない女の子の話だったりしたのだが、誰がもてるだの誰が人気があるのだのといった話題になって、その矛先が岬に向いたのだ。
岬はあえて聞こえない振りをしてただひたすらに箒を掃いていたのだが、そのうちに他のメンバーの高杉が岬を突付きだした。
「よぉ、お前結構もてるのによぉ、どうして彼女作んないだよ。お前のおかげで皆、困ってんだよ!」
そうそう。と他の仲間も口を揃えて頷いている。
確かに、よく机の中に手紙が入っていたり(今時まだそんなこともあるんだなぁと思ったりしたが)、放課後に呼び出されて告白なるものをされた事も何度かあった。
しかし、これは岬に限った事ではない。岬がマネージャーとして入っているサッカー部は結構人気があり、他のクラブと比べれば誰もがかなりモテる方なのだ。彼女持ちも少なくない。たまたま岬は、その中でも特にモテるというだけの話なのだが、男というのは欲深い生き物である。
「井沢だって、よく女の子から携帯の番号聞かれたりしてるじゃないか!」
矛先を他の生徒に向けようとすぐ横にいた友人の名前を出してみる。
「あ〜〜〜〜?俺ぇ〜〜〜?俺はいいの!ちゃんと彼女いるんだから!」
とまるで他人事であった。
(彼女がいて他の女の子と電話番号のやりとりをするのって問題じゃないか!)
と、心の中で突っ込んでみるがそれも表情にするだけで言葉に出来なかった。
(何でこんな話題になったんだよ。誰だよ?こんな話を切り出したのは!!)
「で・・・でもさぁ、この学校の子って、皆積極的だよね。」
なんとか話をそらそうと試みる。が岬の努力も無駄に終わってしまう。
「何言ってんだよ、岬っ。今時はこうなんだぜ!全然わかってないな〜っ。・・・って、お前さぁ、純情ちゃんもいいとこだぜ?おぼっちゃんじゃあるまいし〜。でも、それがいいのかもな〜。俺も真似してみようかな〜vv」
「あ〜〜、無理無理!っていうか、井沢はもういいジャン。彼女いるんだから〜。」
「なんだよ〜。来生だってそうじゃないか!!」
そんなやりとりをしていたらゴミを捨てに行っていた滝が入ってきた。
「なになに。何の話してんだよ?」
何人かが集まって話しているのが気になったのかゴミ箱を持ったまま寄ってきた。
「あぁ、どうしたらモテるかって話だよ。」
「滝には縁のない話だよな〜。」
「言ったな〜!俺だって、ラブレターの一つや二つくらい・・・。ってそういえば、岬。」
「何?」
「ラブレターっていえば・・・なぁ?」
途中から入ってきた滝がニヤニヤしていった。
そのセリフの意味しよとしている事がわからず、皆きょとんとしている。
隣にいた石崎がそのことに気が付いたようだ。
「岬って結構もらってるだろう?ちょっと変わったラブレター!」
「「あ!!」」
一斉に皆がクスクス笑い出す。滝が言わんとすることがわかったようだ。岬もそれに気が付き顔を真っ赤にして怒鳴った。
「別に僕が何かした訳じゃないだろう!!」
箒を持った手を震わせながらぷうっと頬を膨らませている顔を見ながら井沢がポンポンと肩を叩く。
「まぁまぁ、そんな怒んなさんな。ある意味、いい事じゃねぇか。男にも女にもモテるって!人間的に魅力があるってことだよvv」
パチンとウインクしながら説得らしくない説得の言葉をもらってもうれしくもなんともないと岬は内心思った。

キンコンカンコン

掃除の時間も終わり、気が付けばチャイムの音が学校中に響くほどまわりには人がほとんどいなかった。
「急げ、部活遅刻だ〜〜!!」
その場にいた七人はあわてて箒を片付けだした。



岬は皆と違ってサッカー部のマネージャーの為、多少の遅刻は許されるので、掃除を片付けた後、皆を先に部活に行かせ、教室の最終チェックをしていた。
足のことがあって中学の部活動は体を動かすことの少ない文化部で美術部だった。しかし、やはりサッカーが好きなので高校ではサッカー部にマネージャーとして入部した。マネージャーと言えば女の子のイメージが強いがやはり女の子だけでは勤まらない事もあり、その辺りは岬が担当していた。
走れなくても、跳べなくても、やはりサッカーが好きだと岬は思った。
そして。
高校生活もとても楽しくて、一緒に掃除をした石崎達なんかは小学校からの付き合いの奴ばかりだった。それ以外も皆いい奴ばかりだった。足のことだって石崎達がフォローしてくれるおかげで嫌な思いをすることはなかった。

あの時、頑張って無理をして寮のある高校へ入らなくて良かったと岬は思った。
まったくの後悔がないと言えばウソになるのだが。
あれ以来、若林は親と上手くいかず、会社で担当していたプロジェクトから外され役員も下ろされてしまった。普通ならあの時の行動を後悔するはずなのだが、当の若林はケロっとしながら『これでもう何も遠慮することなく岬とずっと一緒にいられるvv』と喜々としていたのだ。
その言葉に助けられ、岬は最初予定していた高校を受験し、今も若林と一緒に生活をしている。会社の役員を下ろされて今までのような余裕のある生活はできなくなってしまった。マンションは元々若林個人の持ち物だったので問題はなかったが、家政婦には辞めてもらい、本当の意味で二人きりで生活をしていた。
若林はそれを逆に喜んでいるぐらいなので、岬としては救われる事は多い。
(いつもいつもお兄ちゃんには助けられてるな・・・)
岬はいつか若林に恩返しがしたいと思っている。いつかお兄ちゃんに喜んでもらえるようなことをしたいと思っていた。
そう思って、毎日家事全般は岬が担当している。若林は役員を下ろされても忙しいことには変わりなく若林が家事をする時間はなかったから。

(今日のおかず、何にしようかな〜)
と、ぼんやりと帰ってからの食事のことを考えながら昇降口に向かい、下駄箱から靴を取り出そうとしたときだった。
「あれ・・・?」
靴の上に何かが乗っかっていた。取り出してみると・・・。
「はぁ〜〜〜〜。」
またかとため息が出た。サッカー部といっても岬はマネージャーなのだから、普通に考えればこういった手紙や告白などは選手として活躍している他の生徒よりも少ないはずなのに、何故か岬はこういったことが多い。
しかも、自分でも情けないと思うほど石崎や滝が指摘したように男女問わずあるのだ。
(今回は・・・・)
裏を見ると差出人の名前は・・・・二年生の男子のものだった。
誰だろうと記憶を辿ってみる。
(あ・・・!)
いつもサッカー部の隣で練習をしている陸上部の人間だった。確か、いつも重そうな鉄の玉を持っているからハンマー投げの選手だろう。サッカーボールが陸上部に飛び込んでしまい岬が取りに行くと優しくボールを返してくれていたのを思い出した。
「そっか〜・・・。」
ポツリと呟くと申し訳なさそうにその手紙をカバンに入れた。カバンに入れても岬にはその手紙を見るつもりはなかった。
(先輩、ごめんなさい)
心の中で謝ると、ふと若林の顔が思い浮かんだ。怒っているような、困っているような、そんな表情をしていた。
岬は頭をブンブン振ると走れない足で部室まで急いだ。






まだまだ日の暮れるのが早い為、部活が終わった頃にはもう辺りは暗かった。
「今日の夕食は有り合わせでいっかぁ〜。」
そんな独り言を呟きながら岬は帰宅の途について、玄関の鍵を開けようとした時。
ガチャ
すでに鍵は開いていて、そっとドアを開けると中からとてもいい匂いがしてきた。
「あれ?めずらしぃ。もう、お兄ちゃん帰って来てるんだ。」
ここ最近仕事が忙しいのか特に遅く、岬が寝てから帰ってくることが多い為、朝以外に顔を合わせることがなかった。
それが今日はいる。
なんだかうれしくなって、といつもよりはしゃいでしまうのが自分でもわかった。パタパタと廊下の歩く音が響いてしまった。
それに気が付いたのか中から、声が掛かった。
「おかえり〜vvもうすぐ夕食が出来るからな〜。手ぇ、洗ってこい〜〜!」
声の様子からしてどうやら若林もご機嫌のようだ。語尾がちょっと跳ねてたりする。
「うん。」
岬は言われるまま手を洗ってからリビングに入った。中に入るとより一層おいしそうな匂いが空いたお腹を刺激する。見なくても献立がすぐわかってしまった。
「ただいま。珍しいね。こんなに早く帰ってくるの。」
不思議そうな顔をしてキッチンを覗く。
「おうっ。今まで手の掛かった仕事がひと段落ついたからな。さぁ、今日は岬の好きな肉じゃがだぞ〜vvもう出来るからな。」
「わっ、本当〜vvすぐに着替えてくるね!」
若林以上にご機嫌になった岬はカバンをダイニングテーブルの上に忘れたまま、すぐに自室へ着替えに行ってしまった。
その間に料理が出来たので、テーブルの上を片付けようと岬のカバンを手にしたその時、持ち方が悪かったのかふとした拍子に鍵が外れ、中味を落としてしまった。
バサバサッ
一斉に教科書からノートから、全てのものが床に散乱してしまった。
「あちゃ〜〜〜〜。やっちまった〜〜。」
しまったと顔に手を当てたと同時に、『あ〜〜〜〜っ』と岬の憤然とした声が聞こえた。若林が指の間からチロリと覗くと岬は入り口で腕組みをして仁王立ちしていた。
「す・・・・すまんっ。すぐ拾うからっ。」
あわてて屈み、辺りに散らばった教科書等を拾い始めた。
「もうっ、しょうがないな〜。お兄ちゃんも結構、ドジなんだから〜。」
仕方ない、と岬も一緒に足元に転がっていた鉛筆などを拾いだした。さほど中味は入ってないかと思いきや、辞書やら参考書など以外にも色々入っていた。
若林はよくあんな小さなカバンでこんなに入ってるものだと感心しながら、手を進めていたのだが、あるものを見つけ、手が止まってしまった。
「・・・?」
どうしたのと岬が問おうとしたその瞬間、岬まで動きが止まってしまった。
「これ・・・・?」
若林の手にあったのは、岬が今日もらった手紙・・・・。何処から見てもラブレターとしか見えないもの。しかも、封筒の裏に書かれた差出人の名前は男のものだった。
若林はそれを手にしたまま固まってしまったかのようだ。
「あははははは・・・。」
岬は乾いた笑いで慌ててそれを取り戻そうとしたのだが、その瞬間、時間を取り戻したかのように若林がサッと逃げた。岬の手は空を切った。
「お前って、モテるのか?・・・しかも男に?」
「もうっ。返してよっ!」
若林は岬を一瞥するとほいっと手紙を返した。
返すなら、最初逃げんなよ!と内心思いながらそれを受け取るとさっさとそれをカバンにしまった。
「ふ〜〜〜ん。」
そう一言漏らすと、特にそれ以上何も追求せずに若林は残りのものを片付け、食事の為に皿を出し始めた。



(何だよ、一体!!)
それが逆に岬の勘に触った。
岬としては若林に後ろめたいことは何もないのだが、それでもあまりにも関心がないという態度に逆に腹が立った。もっと突っ込んで欲しかった。
これでは言い訳も何も言えない。言い訳を言いたいわけではないのだが・・・。
でも、それだけではない。若林は本当に自分に関心がもうないのではないだろうか?そんな不安も掻き立てられる。
高校に上がる前にお互いの気持ちを告白して、お互いの気持ちを知って。
お互いのことを大事に思っている。
お互い愛しているとわかった。
本当に幸せだと感じた。若林の傍に一生いられる。ずっと一緒に生きて行ける。
そう信じていたのだが。
でも、実際はその後の生活は何も変わらなかった。
ただ変わったのは若林の職場が変わったのと岬が高校へ上がったこと。
それ以外はいつものように朝起きて一緒に朝食を食べお互いの会社、学校へ行く。夜もほとんど一緒に食事を取らずにそれぞれのリズムで就寝してしまう。例え早く帰ってきても仕事や勉強の為、ゆっくりと話をすることも少ないのだ。
休日はさすがに一緒に時間を過ごすことが多かったが、だが、だからと言って、恋人みたいな雰囲気もない。甘い時間はまったくと言っていいほどなかった。ただの普通の親子のような係わり合いだった。
人前でべたべたしたいわけではないのだが、どんな形でもいいからお互いの愛を確認できるような何かが、岬は欲しかった。
(好きっていうのは・・・。)
親として、兄弟として、家族として。そんなつもりだったのだろうか?
岬が言葉にできない不安は日々募っていて。
もはや岬にはどう若林に聞いていいかわからなかったし、また聞く事も出来なかった。
今もまた。
岬が女の子だけではなく、男子生徒からも手紙を貰ったことにはヤキモチどころか、まったく自分は関係ないといった態度。
(どうして・・・・・。お兄ちゃん・・・。どうして何も言ってくれないの??)
もはや不安が溢れて、零れて、岬の心は壊れそうになっていた。


それを知ってか知らずか若林は、ただ黙々と皿を出していた。
その皿に岬の好きな肉じゃがをよそおうとした時、ふいに岬が若林の前に立ちはだかった。
若林は怪訝な顔をしながら、それでもさらに食事の準備をしようとしたのだが、それは岬の手によって断たれた。
「どうしたんだよ、一体。お腹すいてないのか?」
「空いてない・・・。」
俯きながら答える。その声はなんとなしに先ほどとは比べようもないほど抑揚がなかった。
さっきとはまるで他人のように違うその様子に若林は皿をキッチンに置き、岬の顔を覗いた。
その若林の目に入ったものは。
顔を真っ赤にして、瞳には涙が溢れんばかりに溜まっており。握っていた拳は心なしか震えているようだった。
「岬、一体どうした。何か具合でも悪いのか?」
「悪いのは・・・。」
声も震えているのがわかった。
「悪いのはお兄ちゃんじゃ、ないか。僕がこんなに困ってるのに全然知らないふりして・・・。」
「困ってる・・・?」
若林は岬の言わんとしようとしたことがまったくわからなかった。どうしたのだろう、一体急に・・・。
「僕が・・・・。」
ゴクリと唾を飲み込む音が部屋に響いた気がした。気がしただけで、実際は何もわからない程度のものだったのだが。
「僕が手紙を貰っても知らないふりだし・・・。いつもいつも、ただ一緒にいるだけで、何も言ってくれない。こんなにお兄ちゃんのこと、好きなのに・・・。」
縋りつくように、岬は若林のその腕を掴んだ。
「どうして、そんなに平気なの?僕がどこで何しようがお兄ちゃんは一向にかまわないの?どうして!」
岬の瞳からはもはや涙が溢れ出していた。
「お兄ちゃんは平気?僕がどこで誰と一緒にいようが・・・。僕はダメだよ。お兄ちゃんがどこで誰といるのか、本当は気になって仕方がないのに。・・・あの日から、お兄ちゃんのこと好きだと言った、あの日から僕は不安で仕方がないのに・・・!!」
「みさき・・・。」
ぎゅっと岬を抱きしめた。若林は思い切り岬を抱きしめた。
「岬・・・。俺は大人だ・・・。だから・・・我慢しなくては、と思ってたんだ。」
「我慢・・・??」
岬は頭の上から降ってくる言葉を不思議に思った。
「お前はまだ子どもで・・・。俺の思っている事とお前の思っていることが違うと思うんだ。」
「どういうこと?」
岬にはわけがわからなくなる。
「だから、こういうことをしたくなるんだ。」
グイッと岬の顎を掴むと若林は思い切り激しく岬の唇に口付た。まるで噛み付くかのように。
あまりの突然の出来事に岬はただ瞳を見開いて、それを受け入れるしかなかった。
長く激しいキス。
薄く開いた唇からなにか生き物が這うようにして、進入してきた。
「う・・んくっぅ・・・。・・・はぁぅふっ・・・。」
岬の舌を絡め取るようにさらに奥へと入ってくる若林のそれは生暖かく、岬にはやはり何か生き物のように感じた。
初めての経験なのにこんな激しく長いキス。
暫く口唇を貪った後ゆっくりと離れると、若林はまだ息の整わない岬をジイッッと見下ろした。
「これ以上すると、もう押さえが利かなくなる。さぁ、わかっただろう?俺とお前の望んでるものは違うんだ。俺は岬を俺の好きなようにしたいんだ。」
「わかったな。」と言い捨て若林は先ほどと同様に夕食の準備にとりかかろうとした。
した・・・・が、それは岬に寄ってまたもや止められた。
「いいよ・・・。」
今度は若林が目を見張ることになる。
「僕はお兄ちゃんから見れば、まだまだ子どもかもしれない・・・。でも、僕も・・・僕だって、お兄ちゃんと一緒にいたい。それにどんな行為があっても構わない。僕は若林源三と時を過したいんだ。」
じっと若林の瞳を見つめる。
「わかってるのか?俺と一緒にいるということがどういうことか。」
「うん。」
「後悔するぞ。」
「しない。絶対、後悔しない。」
その言葉に若林の中の何かが音をたてて崩れた。咄嗟に若林は岬の腕を握った。
「こいっ!」
そのまま強引とも思える力で岬は若林に連れて行かれた。

その先は・・・。
若林が常に寝床にしている寝室だった。





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コメント:すみません、忘れた頃に続きが・・・・!(土下座)何年ごし?でも、これで漸く完結・・・。(あわわ)とはいえ、前後編に分かれてすみません。(再度土下座 m(__)m)ちなみに後編はエロです・・・。(爆)

(06.02.11)