初恋 ―結実編・完結― (高校生編)




次の日の朝。
朝食を作り終えた岬がテーブルに最後の品である目玉焼きをトンと置いた。
はぁ、とため息が零れる。

「どうした・・・。」
「・・・・べつに・・・・。」
新聞を読んでいた若林がバサリとそれを畳みながら聞いてきた。岬はどう答えていいのかわからないので、なんでもないと答える。
夕べのことは忘れていないのだろうが、若林のその接し方には大人の余裕があるということだろうか、まったくもっていつもと普通だ。



岬はかなり苦労したのだ。
今朝、目が覚めた時、どう起きて、どう声をかけていいのかわからなかったのだ。
夕べのことを思い出せば出すほどに、顔が真っ赤に染まっていくのを自分でも自覚した。

恥かしい〜〜。
あ〜〜んなことや、こ〜〜〜んなことをした上に、あ〜〜〜な言葉や、こ〜〜〜〜んな言葉も交わした。
それは、夜で、所謂Hだからできたことであって、言葉だって最中だから言えたことかもしれない。
名前だって・・・。


あ〜とか、う〜とか唸っている岬を横に若林は普通に起き、そして、普通に「おはよう」と言ったのだ。
そして、そのままスタスタと洗面所へと向かっていく。
そんなごくごく普通の若林に、岬は怒っているのか困っているのかわからない自分の心を叱咤してベッドから漸く起き出した。
朝食を作るのも岬の仕事だったので、若林はいつものように新聞を読みながら、出来上がるのを待っていた。

「いただきます。」

いつもなら学校は今日はどうだの、帰りがどうだの、と口うるさく思えるほど話をする岬は鳴りを潜め、代わりに若林が声を発する。
今夜は、早く帰れるだの、今夜も一緒に眠るだの・・・・。

え〜〜、今夜も一緒に寝るの!!

岬の内心が表情に表れたのか、若林は笑った。
「何考えてんだ?普通に一緒にベッドで寝るだけだぞ?」
心の内を読まれて、岬はかぁ〜〜〜〜〜〜っと赤くなった。
「まぁ、その先はその時の雰囲気しだいかな?」
ニヤリと笑う若林に岬は下を向いてもぐもぐとパンを口に運ぶ事に専念した。



「じゃあ、先に行くからな。お前も早く支度しないと遅刻するぞ。」
「わかっているって、おにいちゃん・・・。じゃあ、いってらっしゃい!」
何とか立ち直って、玄関でお見送りをする岬を若林はじっ、と見つめた。
「な・・・・・なに?おにいちゃん?」
「おにいちゃん、じゃなくて・・・源三・・だろう?」
「・・・うっ!」
苦笑を抑えられない若林に対して岬は固まってしまった。
「ほら・・・。いってらっしゃ、源三。だろう?」
「ううぅ・・。」
「ほらほら、早くしないと、俺が遅刻しちゃうじゃないか!」
「〜〜〜〜〜〜〜。」
「ほら、岬。行って来ます。」
「・・・・・・・・いってらっしゃい・・・・・・・げ・・・んぞう・・・・。」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、それでもなんとか、岬は見送りの言葉を口にすることができた。
それを聞いた若林は過去見たことのない程の笑顔で「おう!」と、家を出て行った。



今だ真っ赤なままの岬は、昨日からずっと顔を赤らめてばかりで、茹で蛸になった気分だ。
それでも、嫌な気はしなくて・・・。
ポツリともう一度呟いた。
「いってらっしゃい、源三・・・・か。」
誰が見てるわけではないが、小さな声で発したその言葉に岬は、今度は先ほどの若林に負けないほどの笑顔を鏡の中の自分に向けた。





そして、自分が学校に出かける時にも、すでに空になった家に向かって言葉を発した。






「行って来ます。源三!」








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コメント:漸く完結しました。長い間放置してすみませんでした。ここまで読んでいただいてありがとうございました。

(06.02.14)