愛ではなく?7
「あ・・・・いつの間に寝ちゃってたのかしら・・・。」 机につっぷしていた自分に気づいて、ナミはゆっくりと頭を上げた。 「おはよう・・・・ナミ・・・。」 隣で温かな湯気を上げるのは紅茶だろうか。仄かに香りがナミに届いてくる。優雅な仕草でカップを手にしてロビンが優しくナミに微笑む。 穏やかにカップに口をつけるロビンになんだかナミも穏やかな笑みが浮かんだ。 「ロビン・・・。」 「お茶飲む?サンジくんほど美味くは入れられないけど、目が覚めると思うわ。茶葉の指定はあるかしら?」 「あ〜・・・ロビンと同じのが欲しい。」 「わかったわ。この間の島で仕入れた茶葉、朝に向いてるっていうから、それよ。」 「うん。」 カチャリと己のカップと置いて、ロビンは立ち上がった。自分が入れればよかっただろか、と今更に気づいてナミは申し訳なさそうな顔をした。 気にしないで、とナミの肩をポンと叩いて、ロビンはキッチンに移る。 この部屋には今は二人しかいなかったから、ナミはカウンターに席を移すべく続いて立ち上がった。それに気付いたロビンが「私のカップもお願い。」と伝える。ナミが頷いて、ロビンのカップごと席を移動した。 「今、何時かしら・・・。」 呟いて時計を探すべく視線を上げると時計に目を向けるより先にロビンから回答がきた。 「もうすぐ5時よ。陽が昇ってきてるわよ。」 窓から入ってくる光はロビンの言葉が正しい事を伝えた。 この島は前いた島より日の出が早いようだが、朝日は目覚めの体には心地よい。ナミは甲板に出ようと思ったのだが、せっかくロビンが紅茶を入れてくれているのだ。先にそちらを口にしてから、様子見がてら外に出ようと思った。 ナミの考えがわかるのか、ロビンが付け足すように言葉を続けた。 「朝になってしまったけど、二人が帰ってくる気配はまだないわ。・・・・お茶を飲んだら、外の様子、見ましょうか?」 「そうね・・・・私も行くわ。」 カチャリ 心地よい陶器の音を響かせて、ナミの前にカップが置かれた。ナミ専用とサンジが大事にしているモノだ。みかんの柄が入っている。一見すると上品さを感じないイメージのみかんの柄だったが、そのカップは「まるでドレスを着たナミさんみたいだ」とサンジがうっとりするような可愛らしさとどこか品を携えたカップだった。 大してロビンのカップは、紫の花が散りばめられた花だ。ナミはこの花の名を知らなかった。カップを買ったサンジも花の名は知らないと言っていたが、ともかくロビンのイメージぴったりということで気にいったらしい。ロビンはその花の名を知っているようだが、今回は名は大事ではない、と敢えて口にはしなかった。 サンジは立ち寄る島々で、食材だけでなく、船の仲間をイメージした器を見つけると嬉々として買って来るのだ。 今あるのは。 チョッパーはカフェオレボール。ウソップは皿。フランキーは長皿。ブルックはやはり紅茶用のカップ。ゾロは小鉢。ルフィに至ってはやはり大皿だった。皆、何かしらの一品モノで専用の食器を持っていた。 ナミはカップを見つめて、ほぅと息を吐く。サンジの笑顔を思い出す。 早く帰って来ないだろうか。ゾロを連れて。 「大丈夫よ。ナミ。あ・・・。」 「どうしたの?ロビン・・・。」 顔を上げて扉の方を向くロビンにナミが声を掛ける。様子からして海賊や海軍などの敵襲ではないのはわかったが。 ただ、島の連中が自分達に気づいてやってくるとやっかいだ。今のところ、怪物と化したゾロと自分達が繋がっていることはバレていないが。 「誰?サンジくん、帰ってきたの!?」 ナミが思わず立ち上がった。 それを見て、ロビンは「慌てないで」とナミを諌める。 「残念だけど、サンジくんじゃないわ・・・。ルフィ達が先のようね。」 夕べ、ロビンが船に戻ってから、でんでん虫で連絡を取り、ルフィ達に掻い摘んで説明をした。 ルフィは森の奥にゾロがいると知り慌てて向かおうとしたのを、なんとかウソップ達が引き止めてくれた。 「待てねぇ!サンジとゾロと迎えに行くぞ!!」 叫ぶ声がでんでん虫の向こうから届いてきた。それをロビンが止めてくれ、とウソップ達に必死に伝える。 「待ってルフィ!!もう夜になってる。今、森に入っても迷うだけよ。」 「大丈夫だ!!俺にはあいつらがどこにいるか、わかる!!」 根拠のない言葉だが、きっとルフィなら彼らに辿りついてしまうだろう。 しかし、辿りついてはいけないのだ。二人の為にも。 「そうかもしれないけど・・・!でも、待ってルフィ!彼は、サンジくんは約束したの。必ず朝にはゾロを連れて帰ってくるって!!」 「待てねぇ!!!」 尚も、ホテルの一室だろう部屋を出て行こうとしているのをウソップ達が必死に引き止めているのが、小さくながらも耳に届く。 「約束したのよ!信じられないの?サンジくんを!彼らを!!」 「・・・ぅ・・・。」 珍しく必死なロビンの声にルフィが留まったのが、耳に届いた。 「ロビン・・・。」 「お願い、ルフィ。一晩待って・・・。それでも帰って来ない時は、迎えに行きましょう。みんなで・・・。」 ルフィの足が止まったのを感じて、ロビンは改めてルフィに語りかけた。 「サンジくんは、言ったわ。必ずゾロを連れて帰るって・・・。だから、もう少し待って。」 「・・・・わかった。」 でんでん虫の向こうでみんながほっと息を吐いたのがわかった。 座りこんだのだろうか、ドサッと音がしたかと思うと、ウソップの声が聞こえた。 「とりあえず、朝、一度船に戻る。それから、改めて話を聞くから・・・。それでいいか?ロビン。」 「えぇ、それでいいわ。」 お互いに張っていた肩の力を抜いて、でんでん虫を切った。 後ろで緊張していたナミとチョッパーの力も少し抜ける。 「でも、ロビン・・・。本当に帰ってくるかしら・・・。」 不安そうにナミがロビンに声を掛ける。 「信じましょう、私達の仲間を・・・。」 「そうね・・・。」 不安を払拭するような笑みにナミも軽く口を緩めた。 ただ、だからと言って不安がなくなったわけではない。お互いにベッドで寝る気が起きず、なんとなしにダイニングでぼんやりと時間を過ごした。チョッパーに至っては、薬を作るのにほとんど寝ていないだろう。 「お〜〜い。」と遠くから叫ぶ声が小さく聞こえる。まだ離れた位置にいるようだが、声は大きくここまで届いた。 紛れもなくルフィの声だった。 彼らもあまり寝られなかったのだろうか。ルフィにしてはありえない時間帯で船に戻ってきた。 順番に甲板に飛び乗る男連中を迎えてナミ達は一旦、ダイニングに入るよう促した。 「さぁ!!サンジ達を探しに行くぞ!!」 ルフィの中では、もう待つという時間帯ではないらしい。慌ただしい船長に他の男連中は息がはぁはぁ切れている。 「ちょっと待てよ、ルフィ!!まだ今、船に戻ったばっかだし、朝飯だってまだ・・・。」 「私、お腹と背中の皮がくっつくほどお腹空いてるんですけど!・・・って、くっつく皮がありませんでした!!」 ナミに蹴られるブルックはさておき、早々に再度船を降りるべくそわそわする船長に、ロビンは腕組をして睨んだ。 「ルフィ・・・。少しは落ち着いて。確かに一晩待ってと私は言ったけど・・・こんな慌てて早朝に出たって仕方ないわ。」 「いや!!少しでも、早いほうがいい!!あいつらが待ってる!!」 なんとかして少しでも森に入るのを遅らせたい。ルフィ達も、そしてナミも夕べ森であったことで知らないことがあるのだ。ただ、突然、ゾロに襲われたとしかロビンは話していない。 その襲われた内容がどういった意味合いがあるのか・・・。 確かにその前日、島で多くの女性が襲われているが、その時は単純にターゲットが女性だったから想像はつかないだろうし、襲われた瞬間はロビンがいたので、襲われた意味合いも前日の内容と同様、女性であるロビンがターゲットと捉えているだろう。 しかし・・・・あの場では・・・。 確実にゾロのターゲットは、サンジだった。それがどういった意味かもわかっている。しかし、それをルフィ達に告げて、二人の関係を皆に晒すつもりは到底、今のロビンにはない。 できれば、ルフィ達が森に入る前に二人が帰ってくればいいのだけれど。 「待って、ルフィ・・・。森に入るならそれ相応の準備がいるから・・・。ルフィにはまず、お弁当が必要でしょ?」 「あ!!そりゃあ大事だ!!」 ロビンの言葉に今頃思い出したのか、ポンと手を叩いた。 「サンジ〜〜〜!海賊弁当!!って、そっか。サンジいないんだった・・・。ナミぃぃ。」 「はいはい。わかったわかった。お弁当ね。」 ナミはサンジほど料理が手早くない。味よく自分でも作るだけあってもちろん美味しいが。 これで暫く時間が稼げる、とロビンはほっと一息ついた。 それに合わせて、他のメンバーも一休みとばかりにそれぞれに準備をしたり、休憩をしたりしだした。 ロビンは、1人甲板に出た。手摺に手を掛けて、遠く森の方を見る。 「・・・・・・。」 サンジの言葉を信じていないわけではない。二人の絆を信じていないわけではない。 でも、心配という気持ちは別だ。ただ只管、二人が無事に帰ってくることを祈るだけだ。 「ロビ〜ン!ちょっといいかぁ〜〜。」 チョッパーがロビンの名を呼んだ。そういえば、彼は夕べからほとんど睡眠もとらずに、何か役に立てないかと、薬の調合を試みている。 それが、どういったものかはわからないが、まずは怪物化としたゾロの興奮を抑えることが必要だろう。彼を怪物にしてしまった細胞を後退させるのか、活性させるのか・・・・この場合、後退させる方がいいのだろか。兎も角、医療や薬に関してはロビンは専門外なので、チョッパーに任せるしかない。 でも、ロビンの知識も役に立つと時々、助言を求められることもある。 ルフィ達が帰ってきても部屋から出て来なかった所を見ると、手が離せない状況だったのだろうが、今は薬の目途がたったのか、助言が必要なのか・・・。どちらにしても、一度チョッパーの所に顔を出さなければいけないだろう。 チョッパーのいる医務室に向かおうと踵を返したが、はっともう一度森の方を振り返った。 気配がする。 手を交差をして力を使う。 気配のする辺りで目を咲かせた。通りにある一本の木に眼を咲かせ、辺りをきょろきょろと伺う。 「・・・・・っ・・・。」 いる。 そこに二人はいた。 ゾロがサンジに肩を貸しながら、二人でふらふらしながら歩いて来る。 「ルフィ!!来たわ!!ゾロとサンジくんっっ!!帰って来たわ!」 らしくなく大声でダイニングにいるだろう仲間を呼ぶ。 途端、ドタドタと複数の足音がやってきた。その中には、パコパコとチョッパーの足音も混ざっている。 「どこだ!どこだよ!!」 まだ肉眼で見えない距離にいるために、他の連中は二人が見つけられない。 「待って。もう少しで見える位置まで来るから・・・。」 誰もが乗り出さんばかりにロビンの差す方角を見つめる。 ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。 「あれじゃねぇか?」 サイボーグは視力も調節できるのだろか。一番にフランキーがそれらしい影を見つけた。 フランキーが影を指さして叫ぶとそれにつられて、みんな順番に二人の姿を捕えた。 「さんじぃぃぃ!!ぞろぉぉぉぉ!!」 ルフィの腕が手摺を掴んだままびよんと伸びる。 「お・・・おいっ。」 ウソップが止める前に、あっという間に勢いよく影の方に飛んで行ってしまった。 と、遠くでドカァァンと派手な音を立てて、影とルフィの姿が消えた。どうやら勢いぶつかってふっとんでしまったようだ。 「あ〜あぁ・・・。」 ウソップが額に手を当てて空を仰ぐ。チョッパーは慌てて医療用のリュックを取りに戻った。ブルックはヨホホと笑うばかりだ。 ナミとロビンはお互い見つめ合って、肩を竦めた。 「あの二人、ケガしてるかもしれないし・・・・治療の準備の手伝いと軽く食べれるもの、用意しましょ。」 ナミは大きくため息を吐いて、部屋へと戻っていった。声音は呆れを含んでいたが、その奥底に戻って来てくれた嬉しさが滲み出ているのはロビンにもわかった。 支度をしていると、バタンと扉の開く音が聞こえた。 はぁはぁとルフィの息が上がっている。慌てて駆けこんで来たようだ。 「チョッパー!!来てくれ!早く!!」 ルフィの声にチョッパーが支度が出来たのか、リュックを手に医務室から出てきた。 「どうした、ルフィ?誰かケガしてるのか?」 チョッパーの声音が医者になっている。 入口を塞いでいる形のルフィがどくと後ろに立っているゾロの姿がみんなの眼に入った。 「ゾロ〜〜〜〜〜っっ!!」 「元に戻ったんだなぁぁ!!」 「よがったぁぁ〜〜!」 それぞれが涙ながらにゾロに駆け寄ろうとするがまだまだ彼の体から放たれる異臭に、誰もの足が止まる。 それを察してゾロが「悪ぃ・・・・。一応、川で体洗って来たんだが・・・。」と申し訳なさそうに呟いた。 しかし、臭いよりも何よりもゾロが無事に戻ったことが嬉しい。止まった足が再度進んで、ゾロを抱き締めようとしたその時。 「悪ぃ、チョッパー・・・・。こいつ見てやってくれ。」 顎でひょいと指し示したのは、ゾロの背中でぐったりとしているサンジだった。 「すぐに医務室へ・・・。」 チョッパーが慌てて人型になり、サンジをゾロから受け取った。チョッパーが抱き上げてもサンジはビクリともしない。一瞬、ドキリとするが、低いが体温はあるようだ。気を失っているようだった。 「チョッパー、手伝うわ。」 「わかったわ。助かるよ。」 抱き上げたサンジの体を一瞥してから、チョッパーも何かしら感じたのだろう。その瞳に何か含みがあるのがわかって、ロビンはすっとサンジを庇うようにして医務室に着いて行った。その様子をゾロは目を細めて見ていたが、他の連中は特に何も思わなかったようだ。最初にロビンの話があったように単純にお互いに闘ってできた傷だと思っているらしかった。 しかし、チョッパーはそれ以外の傷に気がついた。 医務室に運ばたのを見届けて多少はほっとしたのか、ゾロが改めて口を開いた。 「さっきまで、意識はあったんだが、船を見つけた途端、気が抜けたのか、気ぃ失っちまって・・・。」 「もしかして、ルフィがぶつかったから!?」 ゾロの言葉にナミがルフィを責める。 「あぁ、違う。その前からだから、ルフィは何もしちゃいねぇ・・・。あいつをあんな風にしちまったのは俺だ・・・。」 唇を噛みしめるようにしてボソリと溢したゾロに、ナミは眉を顰めた。が、それもすぐにほどく。 「ロビンから簡単にだけど聞いたわ。そりゃあ、あんたとサンジくんが遠慮なしに戦ったら無事じゃすまないってことはわかる。本当なら今からそこで正座させて説教をたれたいところだわ!でも・・・・今回は、仕方ない部分もあったから・・・。」 「ナミ・・・・。」 腕組をして仁王立ちのナミも怒りの向け場がないのだろう。 「で、結局、どうしてあんたは島を襲うような化け物になったの?元に戻る方法は無いって聞いてたけど・・・どうやって元に戻ったの?」 「そりゃ・・・。」 口ごもるゾロに「それより・・・。」とウソップが口を挟む。鼻を摘まんで。 「川で体洗ったって言ったって、臭いとれちゃいねぇし・・・・。石けんできちんと体洗った方がいいんじゃねぇか?ずっと森にいたとしたら腹も空いてるだろうし・・・。話はそれからにしようぜ。」 「そうね・・・・。ご飯の準備するわ。」 誰もがウソップの言葉に同意し、それぞれがまたそれぞれの役割を担って動き出した。 部屋に入ってから黙ってしまったルフィはゾロの背をポンと叩いて、一緒に風呂場に行った。 |
12.10.15