過去と今と未来と2−2




頬に暖かな感触がした。
少し離れた位置からだろうか、小さくチチチと鳥の声が耳に入った。が、それは鳥だとすぐにはわからなかった。


ゆっくりゆっくりと重い瞼を持ち上げる。ずっと使ってなかったのだろうか、すぐには脳には届かなかったが、ぼんやりと脳に浮かんだ色がそのまま何の色かを思い出す。
一瞬、「あぁ、海だ・・・。」と思ったが、それは違った。色から判別だけすると海だと思ったそれは、空だったことが目に入った全てのものと先ほどのチチチという音から認識することが漸くできた。
白い雲がゆっくりと流れているのが見えた。
と、同時に今理解した鳥の声とはまた違う音が新たに耳に届いた。

「目が覚めたのね・・・・。よかった・・・・。」


ホッとした様子で言葉を発したのは誰か、寝ていた男はゆっくりとだが目をキョロキョロさせる。
コツコツとまた別の音が近づいたら、視界に茶色が入ってきた。

「ずっと起きなかったのよ、貴方。」

え?と声を発しようとして失敗した。
が、口が動いたのがわかったのだろうか。茶色が広がる。茶色は声を発した彼女の髪の色だとわかったのは、彼女が後を向いたからだった。サラリと流れる長い髪。

「喉が渇いているのね。ちょっと待ってて・・・。」

そう言って青空が覗いている窓辺へと歩く。

「貴方が発見されてから今日で、もう1週間経つわ・・・。今日もすでにお昼を過ぎたところ・・・。あ・・・・眩しかったら窓、閉めるけど・・・。」



発見・・・?
誰が?
何処で?
誰に?


疑問符ばかりが脳に浮かぶ。

水をたっぷりと注いで持って戻ってきた女性は、患者が起き上がるのを手伝ってくれた。女性には男性の身体は重いだろうに、しっかりと支えてくれる。

出されたコップの水を飲むとやはり上手くまだ体が動かないのか、横から少し零れる。が、おかげで張り付いていた喉が蘇った気がした。
彼女が、ごめんなさい、と口元をハンカチで拭いてくれた。

「あの・・・。」

「大丈夫・・・。サンジさん?」

サンジ?

新たな疑問が沸きあがる。

「・・・・・・サンジって、・・・・俺のこと?」
「そうよ、ロイさんがそう言っていたわ。」
「ロイ?」
「覚えてない?貴方と一緒にいた人。・・・・・・彼・・・・・・、ごめんなさい。貴方にはショックなことだと思うけど・・・。」

ロイという名もショックだということも、何もかもわからなかった。
だが、女性は気づかないのか、話を続ける。

「気を落とさないでね・・・。ロイは、3日前に・・・・・亡くなったわ・・・・。」

俯き加減で話す女性を悲しませたくなくて、サンジと呼ばれた男は笑顔を浮かべて見せた。

「・・・・大丈夫だよ・・・・。」

「え?」と顔を上げる女性に、ごめんね、と告げる。

「ロイって君の恋人?・・・・でも、ごめんね。僕にはショックというより、わからないんだ・・・。君には悲しいことだろうけど、僕にはどうしたらいいのかわからない。・・・・ロイってヤツのこと、覚えてないんだ・・・。本当にごめん。」

さらに悲しむどころか、目を丸くする女性に、どうしたらいいのか、ただただ苦笑するしかなかった。

























バタバタバタ

か弱い女性にしては勢いのある音で階段を降りてくる。

「こらっ、マリア!もっと落ち着いて階段を降りなさいっ!」

バンッとドアの開く音に比例して、ドアの向うから声が届く。

「お父さん、お父さんっ!!大変なの・・・っ!!」
「どうした、マリア・・・。まだお客さんが残っている時間だぞ。」

そう言われて店内を見回せば、見知った顔ばかりだった。

「もうっ、いつもの顔ぶれじゃない。」

ぷうっ、と膨れっ面をして横を向くマリアに父親は笑う。
いつもの客と言われた面々は、それでも笑顔でマリアと呼ばれた女性を迎える。

「どうした、マリアちゃん。」

客を客と思っていないのか、マリアは声を掛けてくれた客に「後で。」と父親に向かう。

「ほれっ、いい顔をしないと、嫁の貰い手がないぞ。・・・・で、どうした?」

トントンと野菜を切りながら、マリアの父は顔だけを向ける。

「そうなのよ、大変なの・・・・・。サンジさんの意識が戻ったの。」
「ほぉっ。それは良かったじゃないか?で、今はまだベッドか?大丈夫そうなら、スープでも持って行こうか・・・。」

野菜を切る手を止めて、ガスコンロに手を掛けた。

「えぇ・・・・・・、そうね。でも、先に聞いて!サンジさん、覚えていないの・・・。」
「覚えていないって、何が・・・。」

思い出したように慌てるマリアに父親は不思議な顔をする。

「何もかも覚えてないっていうの!自分の名前さえも。」
「あぁ・・・?」

ガスコンロに手を掛けたまま、父親はマリアの顔をジッと見つめた。
暫くして、ため息を吐く。

「どちらにしても、スープを持っていってやれ・・・。」

常連客たちが何だ何だ?と顔を出す。

「うん。」



マリアもそう答えるしかなかった。





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よくあるパターンですみません、すみません、すみません、∞。

2006.10.12.