魔女のいる海域 2




サニー号は、目の前の島に向かって突き進む。誰もが沈黙したまま。
海流が良いのか何の指示も操舵もしなくても、容易に島に辿りついた。
そこは、田舎をそのまま体現したような島だった。人々は賑わっていたが繁華街はなく、どちらかといえば朝市で賑わうような雰囲気の島だった。
島で手に出来る食糧は種類が豊富のようで魚も叩き売りのように店に並べられ、また山の幸ともいえる山菜も山のように積まれて売っていた。
子ども達は嗤いながらあちこち走り回り、主婦達が街角でおしゃべりでもしているのか、甲高い笑い声が響いた。
海軍も島の住人に聞いたところ、島の裏側に小さな駐屯所があるらしいが、ほとんど機能しているのかどうかわからないようだ。それだけ平和な島なのだろう。
それは、ルフィ達の船を見つけた時の島の人間の反応で容易に想像できた。海賊旗を掲げているのにも関わらず、誰もがそれは何だと聞いてくる始末だ。
苦笑しながらも「海賊だ」と答えても人々は「ふ〜ん」で終わり無関心だった。逆に心配になってウソップが「海賊が恐くないのか?」と尋ねても「海賊って恐いのか?」と逆に聞かれてしまった。なんと呑気な事だろう。たぶん海賊に襲われたことがないのだろう。
船に残してきたゾロ以外。皆、街を不思議そうに眺めた。
ここは本当にログを辿って辿りついた島なのだろうか。それとも、あのセレンの仕業によって辿りついた島のなのだろうか。だったとしたら、どういう島なのだろう。
「ね。おじさん、この島の名前は何と言うの?」
ナミが最初に訪れた八百屋で尋ねた。とりあえず食糧を調達せねば何も始まらないから買い物だ。
「あぁ、ここは名もない島だ。」
「名もない・・・・島?」
首を傾げるしかない。
ロビンが横から再度尋ねる。
「名もない・・・・ってどういうことかしら・・・。」
「あぁ、そりゃあ、この島は地図に載ってないからな・・・。」
「地図に載っていない・・・って、まだ未開の地ってこと。それとも、地図の整備が整っていないってこと?」
不思議そうに訪ねてくる海賊という連中に八百屋の親父は得意そうに告げた。
「この島はな・・・・海の神様に守られているんだ。」
「海の神様・・?」
それはあのセレンのことだろうか。彼女はこの島では、神様として崇め奉られているのだろうか。
「この島は・・・外の世界と繋がっているようで隔離された世界なのさ。」
「どういうことかしら・・・。」
後ろで不思議そうに、いや恐そうに体を震わせているウソップ達を無視して話の続きを促す。
ルフィはいつの間にか姿を消している。どこかでまたひと悶着起こしそうだが、今はこの親父の話を聞くのが先決だ。彼には、とりあえずフランキーとブルックが同行しているはずだ。二人がルフィのストッパーの役目を果たせるとは思えないが・・・。
「俺自身、外の世界に出たことはないから、本当かどうかわからないが、どうやらこの島を一旦離れると二度と戻ってこれないらしい。」
「島を離れると二度と戻ってこれない?地図がないから?」
「それもあるらしいけど、この島はそれ、アンタが手にしている何て言ったっけ?」
「ログポース?」
「あぁ、そのログ・・・ホース?っていうやつじゃ、この島を指さないって話だよ。この島ではそのログなんとかってやつを手に入れることはできないし、そもそもこの島にゃ、存在しねぇ。外の世界からもこの島をそのログなんとかってのは示さないから辿りつくことは通常できない・・・。」
「じゃあ、元々この島にいる人たちっていうのはどこから来たの?」
「さぁな・・・。元々この島の住民は、外に出たことのない連中ばかりだ。中には外から来て、ここに住まう人間もいないわけじゃないが、少数だ。それにこの島で暮らすうちに外でのことを言わなくなるからか、忘れちまうようでよ。みんな、この島の外に関しては大して興味はないし・・・。それに興味を持って外に出た連中は二度と戻って来ないしな・・。」
セレンの言葉と八百屋の親父の話から推測するならば、今回の自分達のように乗組員を取られた連中は一旦この島に辿りつく可能性が大きい。しかも、どんな理由かはわからないがこの島を一旦離れると二度と戻って来れないという。中にはきっとその仲間のことが忘れられずに島に留まってしまう連中もいるようだが、この島で生活しているうちに記憶がなんらかの理由で薄れてごくごく普通の島の住民になってしまうのだろう。
だとしたら自分達も、いつまでもこの島に逗留するわけにはいかないだろう。
が、逆にこの島を離れることもできない。きっとこの島を離れて外海に出たら、それこそ二度とサンジの元へと辿りつくことが出来なくなるだろう。
どうしたら・・・。とナミは親指の爪を噛んだ。
が、ロビンがポンと肩を叩く。
「兎も角、食料調達が先よ。それから、船に戻ってから考えましょう。」
「えぇ・・・・。」
そう踏ん切りをつけて、八百屋で改めて買い物をしようと親父に声を掛けた。

「え?ベリーが使えない?」
「だから言ったろ。この島は外の世界とは繋がっていないから、そんな金じゃあ意味がないんだ。使えるのはこの島専用の金か、そうだな物々交換だな・・・。あんたら、何か持っていないのか?」
お互いを見つめるロビンとナミに、後ろで荷物係と座り込んでいたウソップが前に出てきた。一応、話は聞いていたようで、「これでどうだ?」と腰に掛けている鞄から何やらゴソゴソと取りだした。
「え?それってトーンダイヤル・・・。いいの?ウソップの大事なものじゃないの?」
「あぁ。これならまだいつくか同じの持ってるから、1個ぐらいなら大丈夫だ。それよりももっと大事なことがあるだろう。」
それは暗にサンジのことを示していた。






仲間達が美しく広い海で餓死しないように、海を守るものと名乗るセレンと約束を交わしたのだろう。
サンジがセレンと共にいる代わりに、海の上で漂い続ける船を島まで送り届ける約束を。
だからこそ、今まで姿かたちが見えなかった島が突如目の前に現れたのだ。しかも、その島は外海とは隔たれた世界に存在しているような環境で。
この島を離れたらきっとセレンの言葉通り、残された仲間と一生別れて、自分達は冒険を続けることになるのだ。それが本意であろうとなかろうと。
そんなのは望んでいない。

サンジは取り戻す。

ルフィの言葉に誰もが頷いた。中でもゾロの決意は固いもので、船に残っている間、ずっと瞑想しているのではと思うほどに後甲板で静かに座り込んでいた。
この島に下りて、ゾロに出来ることは何なのかはまだわからない。だが、ゾロができることがあれば、きっと彼は動く。
それまで何か少しでも情報を手に入れなければと動いているのはナミ達だ。ルフィは別の意味で島に下りたがっていたが。
幸いにもと言うか、当然と言うか、この島とセレンは関係があるようだ。
できるだけ、情報と食糧を、とナミ達は歩き回った。
この島の通貨は持っていないので、アクセサリーや武器や小物、道具、みんなで交換できるものを片っ端から交換して食糧と情報を調達した。
どんなものもサンジには代えられない。


「アクセサリーは思ったよりもいい値になったわね。」
「そうね。モノに依ってはこの島じゃ手に入らないものね・・・。」
「俺の作った武器もいい値で売れたぞ。」
「俺も俺も!!」
二度めの上陸後、皆でホクホクしながら、船へと戻った。持ち切れない荷物は、店で運搬を頼んだら快く引き受けてくれた。
情報もいくつか手に入れることができた。
船に戻るとすでに頼んだ品が届いており、ブルックが細い体でウンショウンショと、食糧庫へと運んでいた。
「あ、ナミさん達〜。おかえりなさい〜。」
船に上がって来るナミ達に気づいて顔を上げる。
ナミの指示により、ウソップもチョッパーもブルックを手伝うべく、陸地に置かれたままの食糧を運びこむ。
これで1ヶ月近くはモツはずだ。
「ルフィ達は?」
「あぁ、ルフィさんとフランキーさんは、まだ島です。」
「はぁ?」
想定内といえば想定内だが、状況を考えて欲しい。
一度目の上陸の後、一旦状況確認し、再度、島へ降りた。その際、やはり最初と同じメンバーでグループ分けしたのだが、やはりメンバーを変えた方が良かったか?
「私は途中でサニー号にお届けモノがあるという店の人に船の場所を聞かれたから、案内も兼ねてここに戻って来たんですよ。丁度良かったですぅ〜。」
漸く荷物が片付いた所でロビンが淹れてくれたお茶で一休みをする。
そこで今後のことを相談したかったのだが、船長がいないのでは話にならない。
「夜には戻って来るとは思うのですが、どうでしょうかね〜。」
ブルックもルフィの性格を知っているだけに、どう答えたものか考えあぐねている。
「何でも、この街の裏側の山にこの島を守っている神様を祀っているお社があるらしいんです。」
「あぁ、それは私達も聞いたわ。でも、神様の名前を聞いたところ、関係なさそうなんだけど・・・。」
頬杖をついて溜息を吐くナミにブルックはヨホホホと笑う。心の中では焦っているのだろうことが彼に伝わっているのだろう。穏やかに笑う彼に思わず和まされる。
「それがまったく関係ないとは言い切れないと思うわ。」
「どういうこと、ロビン。」
「この街の神話とも言える話。元々は、この島の傍の海域では海から聞こえる美しい歌声を聞くと、それに惑わされて船の操舵を間違えて船が難破するという話。」
「えぇ、だから漁の船が難破しない様に、歌声が船にまで届かない様にこの島でお社を立てたんでしょ?」
「それだけじゃないと思うの。」
「どういうこと?」
「このお社を立てた人。もはや、それこそ神話と言えるほどの昔だけれど・・・。さっきこの街の図書館として機能している古書を保存している建物に寄ったの。」
「あぁ、途中ロビンが抜けていた時の話ね。そういえば、あの後合流した時、後で大事な話があるって言ってたのって、これのこと?」
ナミの言葉にみんなの視線がロビンに注がれる。
ロビンは、みんなを一巡して話を続けた。
「えぇ。そのお社を立てた人物の記録が残っていたわ。かなり風化して読みにくくはなってたけど・・・。」
「何かわかったのよね。」
ナミの問いにロビンが頷く。
「えぇ。そのお社を立てた人物って、自らが海にその身を差し出しているのよ。まるであのセレンが言っていた人達のように。」
「え?」
「街の人たちには、お社を立ててそれで海の神様を宥めようというのは島の人たちに対しての建前じゃないかしら。本来ならば生贄なる者が必要だった。まるでサンジくんのように。」
「それが自分だったっていうの・・・。」
「えぇ。それまでは島の人たちも生贄が必要だなんて知らなかったから、そんな慣習はなかったし、それ以降もそんな風習を作らないために、自らを生贄にして交渉したらしいの。お社をその約束の証として。」
ゴクリとウソップが唾を飲み込んだ。
「じゃあ、お社の本当の意味って・・・。」
「そう、立てた人物と神様との約束を交わした証拠。その約束とは、自らの体を生贄として差し出し、共にあることを誓い、代わりに島の船を惑わさないようにしてもらった。古書にはそう記されていた。もちろん、文字は古代文字を使われていたから、読める者がいなくて正確な事柄が島の住民には伝わらなかったらしいけど。」
「じゃあ、航海の途中で捕まった人たちはそもそも何なの・・・?」
「それこそ、島と交わした約束は関係ない人達だから、神様は過去と同様に人々を生贄として奪ったのね。」
「そんな・・・。」
「代わりに今後の航海の安全は保障されたようなものだけれど・・・。」
「そんな保障なんていらないわよ!!」
他のメンバーは静かにロビンの話を聞いていたが、ナミは思わず机を叩く。同時に、そこへバンと扉が開いた。
「ゾロ・・・。」
「そんな昔のことはどうでもいい。あいつを取り戻すにはどうしたらいいか、それだけ知りたい。」
「それは・・・。」
ロビンが俯く。
「その古書には書かれていなかったわ。神話のような話が描かれていてそれでおしまい・・・。」
「それじゃあ意味がねぇじゃねえか!!」
ダンとゾロは足を鳴らした。
「ナミ!」
「何よ・・・。」
ゾロの気配がヤバイ。ふつふつと体の底から何かが燃え上がっているようだ。
「メシを作れ。腹が減ったままじゃ力が出ねぇ。てめぇのメシで我慢してやるから。」
「何よ、それ!!」
ゾロの不遜な言葉に眉を跳ね上げながらも怒りきれないのは、事情がわかっているからだろうか。
「ブルックはルフィ達を呼び戻せ。あいつらが戻ってきたら、船を出す。もう一度あの海域に戻る。」
戻れるのが当然とばかりの様子のゾロにナミは今度こそ声を荒げた。
「それができないから、困ってんじゃないの。もし、このまま海へ出たら、外の世界に出てしまって二度とあの海域には戻れないの。島の人に聞いたからそれは確かな情報よ。それでも船を出すって言うの?」
ゾロの知らない情報を口にして、想い留ませる。
途端、ゾロの片眉が跳ね上がった。
「そんなの行ってみなきゃわかんねぇだろうが!」
「確かな情報よ!!」
「何言ってやがる!そもそも、航海士のお前がきちんとすりゃ、いい話じゃねぇのか!?」
「なんですってぇ!!」
やり合いだした二人にウソップとチョッパーがオロオロしだす。ブルックは大人しくお茶を啜っているだけだ。
「待って、ゾロ。先にそのお社に行きましょう。」
ロビンが待ったをかけた。
「どうすんだよ。そのお社ってとこに行ったらあいつが戻って来るのか?」
ギッとゾロはロビンを睨んだ。
「そうは言っていない。でも、そうとも言えるわ。」
「どういうことだ?」
ゾロの眼は細められたままだ。
「そのお社にサンジくんが戻って来る直接の方法のヒントがあるとは思えないけど、元の海域に戻れる方法があるはずよ。だって、お社を建ててから、その人物は神のいる海域に行ったんでしょう?」
「あの女が神とは到底思えないけどな・・・。」
苦虫を噛んだような表情でゾロは呟いた。
ナミはロビンの言いたいことがわかたようで頷く。
「兎も角、ゾロ。一晩だけ待って頂戴。もう今夜は暗くなってお社へは行けないわ。ルフィ達もまだ戻って来ないし・・・。明日。」
ゾロはナミを見つめた。思案しているようだ。
「明日、朝一でそのお社へ行くの。そして、そこであの海域に行く方法を手に入れてから、その海に向かう。それまで待って頂戴!」
「・・・・・・わかった。」
「必ずサンジくんを取り戻す。そうしないと、この航海は続けられない。ルフィが言ってたでしょ。」
「あぁ・・・。」
「夕食は、私の作ったので我慢して。サンジくんがいなくなってからそうしてたんだから・・・。」
「・・・わかってる・・・悪かった。」
軽くゾロは頭を下げて、踵を返した。
「ご飯、出来たら呼ぶから、すぐに来てね。それまでは必要ないでしょうが、見張りよろしく。」
「わかった。」
振り返ることなく力ない声で返事をして、ゾロは扉から出て行った。
「相当参ってるわね・・・。」
ナミは溜息を吐いた。隣に座るロビンもまた然り。
「仕方ないわよ。あれだけ、普段いちゃいちゃしてたら・・・。」
肩を竦めて苦笑するロビンにナミは恐ろしそうに訪ねた。
「もしかして、ロビン・・・・覗いたの?」
「あら。いけなかったかしら?だって、時々、展望室から何かギシギシ・・・。」
「ストップぅぅ!!!」
思わず男連中が耳を抑えてわーわー喚きだした。
「聞きたくねぇ!!俺は何も聞かない!!」
「俺、ちょっと用事思い出した。」
チョッパーは早々に医務室へと逃げ込んだ。
そんな様子にロビンがクスクス笑っている。
「幾らなんでも、そんなの覗くわけないじゃない。」
その笑みは、ロビンの言葉が本当かどうか怪しげなものだった。
「ロビン・・・悪趣味・・・。」
ナミは今度はロビンに対して肩を竦めた。
「若いっていいですねぇ〜。」
ブルックはまだお茶を啜っていた。











ゾロは展望室に上がり、窓を開けた。
空は快晴らしく雲ひとつない。青い空はいつの間にか夕日によって赤く染められていっている。もうすぐ暗闇が訪れるだろう。
海もまた赤く光が反射していた。遠い水平線を見つめる。
この海の先にサンジがいる。どこかはわからないが。あのセレンと名乗った女性と一緒にいる。
どうしているのだろうか、彼は元気なのだろうか。料理はやっているのか、あのセレンに料理を作っているのか。
セレンは美女だからきっと顔はニヤけているだろう。だが、それも毎日ずっと一緒だからその表情もそろそろ仕舞いか。きっと船に戻りたがっているのではないだろうか。
そう考えて首を振る。
いや、食糧も底をつき、もう限界だろうというところで、突然船は島についた。いや、船の前に島が現れたと言った方が正解か。それはきっとサンジがセレンの条件を飲んで共にいることを約束したからだとすぐにわかった。
彼女と共にいると約束したからには、サンジにはもう船に戻るつもりはないだろう。例え、心の中がどうであれ。餓死寸前の仲間を見殺しにはできない男だ。
仲間のためなら、己の犠牲などなんとも思わない男だ。
この船のことを、自分達を忘れる事はないだろうが、きっともう過去のこととして捉えているのではないだろうか。そんな気がした。
一生傍にいると決めたのに。
同じ海賊稼業。死ぬ時、例え、どちらが先であろうとも、きっと傍で相手を看取ると決めたのに。
お互いに目の前の相手しかいない、と思ったのに。

ゾロはグッと拳を握りしめた。
ルフィもまた仲間を一人見捨てることはしない男だ。
それはサンジもわかっているはずだ。
ならば、きっと俺達が助けに行くのを待っているはずだ。
必ず助けに行く。なんとしても、迎えに行く。それが、どれだけ月日が流れようとも。
だから、待っていてくれ、とゾロは願わずにはいられなかった。




13.04.19




               




     
     更新が遅い割には進んでいません。ごめんなさい。細々とですが、続けていくつもりですので、よろしくお願いします。