魔女のいる海域 4




「普通、鳥居はこんなとこにあるわけぁ、無いんだが・・・。」
ゾロがぽつりと呟いた。
そもそも、先ほどロビンが見た時にはこんな所に鳥居なんてなかったのだ。それが、突然現れたことになる。まるであの海を守るという女神を語るセレンのようだ。
やはり、セレンと何か関係があるのだろうか。
「どういうこと?ゾロ・・・。」
ナミがゾロの横に立ち、伺う。
「本来ならば鳥居ってのは、神社なんかの入り口にあるものなんだ・・・。場所がおかしい・・・。」
眉間に皺を寄せて、簡単に説明をする。
ロビンも不審を隠さずに頷いている。
「確かに・・・。突然現れたのも現れた場所も不可解だわ。やはり、これはあのセレンに何かしら関係があると踏んだ方がよさそうかしら・・・。」
と顎に手を当てて考えていると、突然鳥居の向こう側に霧が立ち込めた。
咄嗟に全員身構える。特にルフィとゾロが戦闘体勢になった事に、ウソップやチョッパーが体を震わせる。
「何か気配がある・・・。」
鞘に手を当てて腰を低く構えるゾロに、ルフィもまた拳を握り締めて戦闘のポーズをとる。
段々と広がり濃くなってくる霧にあたり一面覆われ、鳥居の姿さえも見つけにくくなってくる。
が、見えにくくなった鳥居と対象に、霧の向こう側、視界の中心部分に当たるだろうか。そこには薄ぼんやりとだが人影が写った。もちろん、霧が消え去ったわけではないので、輪郭で人間だと分かる程度なのだが、明らかにそれは誰かが立っていると思えるシルエットだった。普通ならば霧に覆われたら人影など見えるはずがないのにも関わらず。
ウソップ、チョッパーの震えが酷くなる。ガタガタを体を震わせお互いに抱き付き合った。が、ここで踵を返すわけにはいかず、何故か抱き合ったままナミやロビンの後ろに隠れる。ゾロやルフィの後ろの方が安全のはずなのにナミ達の後ろなのは、ルフィ達が戦闘に入った場合、自分達の盾が無くなるからだろう。それがわかったから、ナミは後ろ手に大きくウソップを叩いた。が、彼はそれどころではないらしい。
「なんだよぉ、あれぇぇ!!」
「オバケだ!あれ、絶対オバケだ!!」
対して、戦闘体勢に入った二人はジリジリと足を踏み出した。
霧ではっきりとはわからないが、これ以上先に進めば鳥居を潜ることになるだろう。一説には鳥居の向こう側は異世界に繋がっているという話もある。本来ならば迂闊にそこを潜るのはためらわれるが、先頭に立つ二人にはそんな迷信じみたことは関係がなかった。
「うおおおおおおぉぉぉぉ!!」
それを裏付けるように、ルフィが大きく吼えながら、飛び出す。それを合図にゾロはルフィのすぐ脇から走り出した。
ググググとルフィの腕が伸びる。その腕は長く先へ突き進み、人影へと届きそうになった。が咄嗟に人影はフラリと消えた。相手を掴みそこね、ルフィの腕がバチンと元に戻る。消えたと思ったら、影はその横に再び現れる。人影がルフィのパンチを避けるのを予測していたのだろか。ちょうど、人影が再び現れた位置にゾロが飛び込んだ。
「うりあああぁぁ!!」
両手に構えた剣で技を繰り出す。
「竜巻ぃぃ!!」
ゾロを中心に大きく風が沸き起こり、辺りの霧が吹き飛ばされる勢いで巻き上がる。
ぶおおおおぉぉぉ
吹き飛ぶ霧は上空へと吸い込まれるようにして、消えていった。その後には、消えたはずの鳥居も再び見えた。
が、人影の元であっただろう人物の姿はない。霧と一緒に上空へと巻き上げられたのだろうか。
手ごたえはあったとばかりのゾロは眉を潜める。それは、ルフィも同様で、回りをキョロキョロと見回す。
「確かに手ごたえはあったはずなのに・・・。」
霧だけでなく、人らしき気配も一緒に吹き飛ばした感触はあった。が、その気配は消え、姿も見えない。気配を辿ろうにも、僅かも感じられなかった。
「消えた・・・。」
技の影響がない位置で二人の攻撃を見守っていた面々もまた、驚きで固まってしまった。
「一体・・・。」
「確かに誰かいたはずなんですが・・・。」
誰もが首を捻るばかりだ。
幸いにも鳥居の向こう側が異世界かどうかは今だ分からないが、鳥居の向こう側へと突き進んだ二人の姿は消える事は無かった。が肝心の敵だろう人影の元になる人物がいない。その人物だけ異世界にでも逃げたのだろうか。
と、ルフィとゾロが皆の方へ振り返り慌ててナミ達の元へと引き返した。ナミ達の近くに気配を感じたのだ。
「え?」
同時に、ナミのすぐ横にゆらりと人影が現れる。今度は、霧の無い場所で。しかし、人影は人影のまま輪郭だけ黒く薄ぼやけたままだった。ただシルエットの様子からそれは男性だと言う事だけはわかった。
ゆらゆら揺れる人影は、そこに立っているだけだ。
突如隣りに現れた人影にナミは大きく悲鳴をあげ、反対側にいたロビンに抱きつく。ウソップやチョッパーも抱きつき、ロビンの団子ができた。
ロビンもまたナミの様子に彼女を抱きかかえて、ウソップやチョッパーを引きずって後ずさる。
ロビンが下がるタイミングを見計らい、ルフィとゾロは再び人影に向かって攻撃を仕掛けた。が、やはりゆらりと揺れて人影は消えて二人の攻撃をかわす。と思ったら今度はまたもや違う場所に現れた。もはや鳥居は関係がないようだ。いや、彼だろう人影は鳥居を潜ってこちら側に来たのかもしれない。
そんな攻撃と消えてかわすやりとりを何度か繰り返して、ようやくルフィとゾロは、攻撃の手を止めた。まだ息が上がったわけではないが、無意味だと悟ったようだ。
と言うよりも、攻撃をかわす度になんとなくだが人影から声が聞こえてくるように感じられたからだ。それによると彼は戦闘の意思はないらしい。らしいと言うのは推測だ。最初はそこまで意志がわかるような気配ではなかった。だかこそ、戦闘態勢に入ったのだ。だが、どうやらそれは外れていないらしく、二人の攻撃が止んだ途端、微かだった声が不明瞭だが言葉となってみんなの耳に届くようになった。
皆が上手く聞き取れないまでも、言葉として何かを訴えようとしている。接触を試みている彼は、それでもうっすらとした影のままだった。姿は今だはっきりとは見えない。
しかし、人影がはっきとした意思を持つように感じられてから漸く彼の伝えんとすることがわかってきた。
「こっち・・・に・・・・・来・・・い。」
「こっち・・・って、その鳥居の向こう側のこと?」
ロビンが先ほど人影が現れた方角を指差して尋ねた。今はその場所は霧はないのだが、代わりに人影と同じようにゆらゆらと空間が揺らめいていて、そこがどうなっているのかわからないような状態だ。やはり異空間と考えてのいいだろうか。信じられないが。
人影はロビンの言葉にうっすら影を揺らしながらコクリと頷いた。
「まさか・・・罠じゃ・・・。」
人影が示す場所へ向かい、二度と戻れなくなったら・・・。
ナミの言葉にいつもの二人が更に震える。と、一人彷徨っていた過去を思い出したのか、ブルックもまた体を振るわせた。
そう思えるほどに彼が指し示す場所は、頼りない空間だった。
ゾロがついと一歩を踏み出す。
「お前が言うところに行けば、あいつを助けられるのか?」
あいつが誰だか言うまでも無い。が、それが人影に伝わるのかどうか。それはわからなかったが、やはりそもそもあのセレンとロビンの話は繋がっていたのだろうか。人影はまたもや迷いも無く影を揺らして頷いた。
ロビンの読みはどうやら当たったようだ。
が確信を持つためにもう一つ質問とばかりに、人影に話しかける。
「セレンと貴方は何かしら関係があると思っていいのかしら・・・。」
またもや人影はコクリと頷いた。
「貴方を信じていいの?」
今度はナミが足を震わせながら尋ねる。
「貴方を信じていいの?セレンは私達の仲間を奪ったのよ。そんなセレンと関わりのある貴方を本当に・・・。」
ナミの言葉に仲間達はぐっと拳を握った。もしこれが罠だったら二度と取り返しがつかない事になるかもしれない。
「信じ・・・ろ。俺・・・彼・・・女を・・・・止め・・・・た・・い。」
「え?」
人影の言葉に誰もが驚きを隠せない。止めたいとはどういうことだろうか。
みんなが驚いているままに人影は、一人ゆらりと影を揺らめかせて元いた場所へと進んだ。足元はうっすらとした影だからか、歩いているというよりも地面を滑っている。その姿にやはり震えている面々はそのまま、先にゾロが躊躇いなく影に着いていく。そうする事がサンジを救える事に繋がると判断したようだ。というよりも今はそれしか方法がないからだろう。ゾロの表情をそう言っていた。
ゾロに続いてルフィもまた人影の後を着いていく。
「ルフィ・・・。」
心配そうにナミが引き止めようと手を伸ばすと、ルフィは振り返り、ニカリと笑った。
「最初はあいつも俺達を信じてないような感じだったけど、どうやら大丈夫だ。」
「え?」
「あいつ、信じていいぞ!」
「どうして?」
「勘だ!」
相変わらずの言葉にがっくりするが、ルフィの勘は信じられる。それは仲間の誰もが知っていた。ルフィが大丈夫だと言えば大丈夫なのだ。
はぁと大きくため息を吐いて、ナミを先頭にルフィの後を着いて行く形で皆一斉に歩き出した。一蓮托生と言うことだろう。非常事態用に誰か残るという選択肢もあるはずなのに、今はそれをしなかった。
鳥居を潜ると、揺らいでいた空間がはっきりとした空間へと変わっていった。洞窟を潜った後外界に出たような眩しさが一瞬辺りを覆い、思わず目が眩んで目を閉じる。ゆっくりと目を開ければ、そこは海の見える崖の上だろうか。足元に広がるのは花畑といっていいだろう長閑な景観だった。目の前に広がる野原があり、少し先はその花畑が突然なくなる。ザザァンと耳に馴染んだ波音はそこが高い崖の上だという事を皆に伝えた。
「一体・・・。」
突然現れた花畑に誰もが驚きで目を瞠っていると先ほどとは明らかに違うはっきりとした声が届いた。
「ここはセレンと俺の秘密の場所・・・。」
声に驚き皆が振り返ると、先ほど薄っすらした人影はいつの間にか消え、目の前には若い成人男性が立っていた。
「あなた・・・・。」
「えぇ!!」
「どういうこと!?」
誰もが目を大きく瞠る。皆の前に立つ男の、その姿はサンジそのものだったのだ。
いや、よく見ればその眉毛が巻いていないので、別人だと仲間ならばわかる。そして彼の纏う雰囲気もまたサンジとは明らかに別人のものだった。
「あぁ・・・。もう自分の姿を思い出せないので、君達の仲間の姿を借りたが・・・違ったか?」
皆の驚きに少し戸惑い、違ったのだろうかと足元を覗いたり腕を上げてみている姿に誰もが苦笑する。同じといえば同じだが、やはり違う。
気持ちは複雑だが、理由がわかれば彼を否定する気にはなれなかった。
「あぁ。サンジは眉毛がぐるぐるなんだよ。」
今まで後ろの方に隠れていたウソップが爆笑したいのを抑えながら教えると、男性が「そうか。」と呟いた。として、「眉毛か・・・。」と考え込んでみる。
「あぁ!!いやいや!!そこまで真似なくていいから!!そのままで充分だ!!」
下手に実際と違う眉の巻き方になれば爆笑間違いなしだ。
両手を振ってそれ以上はもう姿を変えるな、と訴えた。
明らかに他人だとわかっているが、これ以上サンジの姿になるのはなんとなく憚れたのだ。
と言うよりもサンジ本人より格好いいかもしれない。
今はこの場にいないサンジ。早く会いたいのは山々だが、同じ姿の他人に会いたいわけではない。本人に会いたいのだ。
「この島に来ていない彼の姿を知ってるってことは、貴方、やっぱりわかってるのね。」
ロビンの問いに男はコクリと頷く。
「俺の名は・・・・もう忘れてしまった。そのはるか昔。この島がまだ今の状態に陥る前の、この島の住人だ・・・。」
「・・・・。」
名を忘れた男は、自分とセレンの関係をみんなに話した。
セレンの事も名前を忘れても仕方ないだろうくらい昔の事だが、事あるごとにその名を島の住民や訪れた船乗り達から聞くので、彼女の名前は覚えているらしい。
男の話によると、セレンはそれこそ昔からこの島の周りの海を守っていた所謂海の女神たる存在だったらしい。が、ロビンが調べたとおり、彼女の美しい歌声は船乗りを惑わし、一部の海域では事故が多かったらしい。
「女神ってやっぱり未だに信じられないけど・・・。」
うんうん唸るナミに男は同意するように軽く笑った。
「確かに海の女神の存在は信じられないけど、しかし目に見えない偉大な存在というものに恐怖するのもまた人間だ。島では、それこそ誰かを生贄にしてはどうかという話が上がったんだ。」
「自分の名前なんか忘れちまっても、よくそんな事覚えてるな・・。」
「名前よりもその時の感情があまりにも強くて・・・。だからこそ覚えていると言ったらいいだろうか。」
どれだけのことがあったのだろうか。
「それがお前なのか?」
生贄という言葉に同情の気持ちが湧き上がったのだろうか。フランキーの目から涙が流れそうになっていた。
「あぁ。島の言い伝えだとそういう事になってるだろうが、実際には違うんだ・・・。」
「どういうこと?」
誰もが不思議そうに男を見つめた。男はサンジの顔で優しく微笑む。穏やかなサンジの顔は見慣れたナミでも思わず頬を染めたくなるようないい顔をする。
それがわかったのか、ゾロは肘でコツンとナミを小突いた。
「わかってるわよ!!」
やってられないとばかりにナミがゾロの腕を払う。
そんな二人を回りは無視して、男の言葉の続きに耳を向けた。
「俺はこの島の住人だったのだが。たぶんの記憶だが・・・船乗りで近隣の島との交易を担う船に乗っていたんだと思う。もちろん、女神の歌声の話は知っていたからなるべくその海域には近寄らないようにしていたのだが、ある日嵐に会って、船が予想外に女神の噂のある海域に入ってしまったんだ。しかし、女神の歌声を聞く前に、あまりの海の美しさに海で泳いでみたいと思って・・・。」
「もしかして、そこでセレンに会ったのね・・・。」
再び頷いて話を続ける。出会いの記憶は鮮明だと男は笑った。普段の生活や島の事にに関しては覚えていない事が多いが、セレンと関わった出来事は割と鮮明に記憶しているらしい。その後の話は容易に想像できるような展開だった。
「相手が誰だろうと恋に落ちればそれは関係ない。彼女もまた俺に好意を持ってくれて・・・俺達の船は女神の海域を通ったにも関わらず無事に島にたどり着いた。それが島の権力者の耳に届いて、事の次第を知られてしまったんだ。そして、頼まれてしまった。船の事故を起さないように女神に訴えてくれと・・・。島のみんなのためだ。そうすれば生贄なんか必要ない。俺はもちろん快諾した。」
「万々歳の展開じゃないか。」
ウソップが腕組みをしながらうんうん頷いている。それが、どうしてこんな状態になったのか、それはこれからの話だろうか。
「このお社は生贄がどうというよりも・・・。」
「例え海が静かになろうとも、女神の言い伝えを忘れてはいけないという島の人たちの戒めのような存在なのね・・・。それとも、貴方の功績を奉ったものと取っていいのかしら・・・。」
「どちらの意味もあると俺は踏んでいるんだけど・・。俺がセレンの元へ行ってから出来たものだから、作った時の事は詳しくは・・・。」
「どちらにしても結局、貴方とセレンは所謂ハッピーエンドじゃない。だったら、どうして彼女は船乗り達をまだ浚うの?おかしいじゃない?」
ナミの疑問に男は困った表情をする。
「俺は確かに彼女の庇護の元、海の底で彼女と幸せに暮らす選択をし、その代わりに彼女が歌を歌って船乗りを惑わすようなことは無くなった。彼女は海の底で俺のために歌を歌ってくれて・・・幸せだったよ。」
その時の事でも思い出すのか、頬がかなり緩んでいる。幸せだったのだろう。
「人間が海の底で生きていけるってのも不思議だけどな・・・。」
「それ、そこは魚人島の例もあるから・・・。」
後ろでコソコソ突っ込みを入れる人間は無視をして話の続きを聞く。
「人間の寿命は短い・・・。」
誰もがハッとする。が、だったら今目の前に存在するのは一体。
「俺が亡くなって、セレンは悲しみに打ちひしがれてしまった。俺と出会う前はずっと一人でいることが当たり前だったのに、人と触れ合う温かさを知ってしまったが為に、寂しさをも知ってしまったんだ。一人になって寂しい彼女は時々だが、海の美しさに惹かれる人間を海に招き入れる。そして、彼らを自らの元へと呼び寄せて、彼らが亡くなるまで傍にいるように仕向ける。」
「そんな勝手な・・・。」
そう呟いた誰かの言葉に素直に同意できないのは、ブルックか・・・。
「わかりますよ。一人ぼっちは本当に寂しい・・・。」
シュンとするブルックにチョッパーも目元を下げる。一人でずっと生きてきた人間には、セレンの寂しさに同情の余地があるのだろう。
だからといって無理やり相手を呼び寄せていいものではない。
「だったらお前が傍にいればいいじゃないのか?」
フランキーがおいおい涙を流しながらも疑問を口にする。誰もがそう思うだろう。
「俺はここから離れられない・・。」
「どういうこと?」
「魂になってしまった俺はセレンをどう慰めていいのかわからないまま、ここに囚われているんだ。」
誰もが眉を顰める。魂になってしまったら海へは行けないのだろうか。
「俺が亡くなった時、彼女は悲しみに打ちひしがれて悲しみの歌を歌ったんだ。それが、島にまで届いてしまって、島の回りの海は一時荒れたんだ。それで島の住民は怯えた。何がなんだか分からないまま、島の住民は自分達ができることはこれだけだとばかりにこのお社に来て、ただただ祈りを捧げた。その祈りが俺をここに縛り付けている。」
下手をすれば島の記録も風化しそうなほどに昔の話なのに。島の人々は何もわからないままこのお社を奉り、只管祈った。そうこうしているうちに、気づけば現在の状況へと悪化していたということになる。
セレンの元へ駆けつけたい魂は、人々の祈りでお社へ縛りつけられ。セレンの悲しみが、時々目に留まった人間を海へと引き寄せ。そして、仲間が攫われても諦めるような環境を島に作ったのだろう。
人の念というものは、どういう作用が働くのか誰にも分からない。ただ、島の人々の念がこの状況を作った遠因と思えた。そして、仲間を奪われた船乗り達の諦めが状況を悪化させたと言っても過言ではない。誰もがルフィ達のようにこの状況を打破しようと足掻こうとはしなかったのだろう。
目の前の男は漸く今のこの状況を変えられる人物が来たと喜んでいる。
「じゃあ・・・。」
「このお社を壊して欲しいんだ。そうすれば、俺はこの囲いの中から飛び出すことができる。鳥居はそもそもなかったものだ。人々の念によって具現化されたものなんだ。」
「だからさっさと壊しちまおうぜ、って言ったんだよ。俺は。」
まるで自分が正しいとばかりに踏ん反り返るゾロに、ナミがポカンと頭を叩いた。
「それは結果論でしょ?」
まぁまぁ、と宥めるロビンにナミの剣幕に怯えるウソップ達にこの一味がどういう連中かがわかる。本当の意味で強い絆があることが伺えた。
男は嬉しそうに笑った。
「こんなにすばらしい船乗りに出会ったのは初めてだ。」
「海賊だけどな。」
ウソップの言葉に誰もが笑う。
「なんとかこのお社までたどり着いた者も過去にいないわけじゃないけど・・・俺を見た途端みんな逃げ出してしまって。こうやって話をすることさえ出来なかった。俺はこの鳥居の奥の空間でなければはっきりと姿を見せる事も言葉を交す事もできないから。まぁ、自分の姿も名前も忘れてしまったが、彼女のことだけは忘れられなかったよ。」
「男の名前にロビンが口を開く。」
「貴方の名前は、ドゥータスよ。」
「え?」
男はロビンに顔を向ける。
「このお社の名前がそうなの。不思議でしょう?どこからそんな名前がこのお社がついたのかわからなかったけど、地図にそう書いてあったの。たぶん貴方の名前がお社の名前になったんだと思うわ。」
「・・・・・そうか・・・。」
男は俯いてた。が、その表情は嬉しそうだった。
そうしてから一旦表情をキリリと引き締め、改めて頭を下げた。
「ここのお社を壊してくれ。そうすれば俺はここから動く事が出来る。」
「そしたら、サンジくんを助けられるのね?」
「それはわからない・・・。」
ドゥータスの言葉に誰もが絶句する。
「今はあくまで俺がここから離れる事ができるだけだ。この後、彼女の元へ向かわなければ話が進まない。」
「サンジくんを開放してもらえるように貴方がしてくれるのよね?」
確認事項になっていた。
「彼女もまた俺の事を忘れてなければ・・・。ただ、俺なら君達が行けない、彼女の住む海域へ君達を連れて行くことはできる。」
「それだけでも助かる。どうしてもヤツが言う事を聞かないってんなら、切るだけだ!」
ゾロの言葉にドゥータスは顔を暗くする。
またもやパカンとナミがゾロの頭を叩く。
「あんた、何てこと言うのよ!!」
「それも致し方ない・・・。」
「 ・・・・・。」
「たとえ神だとしても彼女の仕出かした事で多くの人々が傷ついた。俺はそれをただただここから見守るしかなかった。何も出来なかったんだ。罰を受けるのは当然だ。もちろん神を切るなんてことができるかどうかは別問題だが・・・。」
ドゥータスの言葉に誰もがシュンとする。
「なぁに!大丈夫だって!!」
「ルフィ!?」
ふあぁとあくびをするルフィに彼が今まで話に加わらなかったのは寝ていたからだと誰もがすぐに気づいた。が、ルフィは寝ていようが最終的に目的を間違えない。それだけは確かだ。
「あのセレンをぶっとばしてサンジを取り戻すだけだ。」
「そりゃ・・・・そうだけど・・・。」
目的を間違えないが、手段には多少心配だ。ナミははぁとため息を吐いた。ドゥータスはルフィの様子に笑っている。
「兎も角、ここを出よう。」
ルフィの声を合図に、ドゥータスと一緒にとりあえず元来た道を戻る事にする。暫く野原を歩くと、回りの景色が薄れ、先に薄っすらと鳥居の姿が現れた。
「おい」とゾロがドゥータスに声を掛けようとして振り返ると一番最後尾を歩いていた彼の姿が最初みた薄い人影に戻っていた。はっきりとした姿になれるのはあの鳥居の中の空間だけらしい。
人影は、「大丈夫です。そのまま鳥居を抜け出てください。」と聞きたかった事を答えた。
「お社を壊しても貴方は大丈夫なのね?」
少し心配の声音を込めてナミが確認の意味で尋ねる。人影は、コクリと頷いた。もはや、はっきりとした言葉でやりとりすることができないのだろう。だとしたら、お社を壊した後、上手くセレンの待つ海へ上手く誘導できるのか怪しい。
「だ・・・じょう・・・・ぶ・・・。鳥・・・・ついて・・・・・きて・・・。」
片言の説明になってしまうが、どうやら鳥がこの後現れてそれについて行けばいいのだろう。
皆が鳥居を潜れば、霧はもう発生しなかったが変わりに人影はさらに薄くなったように思えた。
お社から皆が一歩離れた位置で振り返ると、ゾロがスラリと刀を鞘から抜いた。
手にしたのは、妖刀の『鬼徹』だった。
「俺がやる。」
ゾロの瞳はいつもの戦闘体勢のそれだ。容赦ない表情が彼の本気を見せる。
誰もが息を飲む間もなく、ゾロの唸り声が響いた。
「うおりああああぁぁぁぁ!!」
動きが読めない速さで刀を振り下ろす。と辺りの空気がビリビリと震えたかと思えば、ズオオオォォォンという地響きにも似た音が空間に広がった。同時に、お社の真ん中を境に隙間が生まれる。
誰もが驚きの声をあげる前にその隙間が広がっていき、ゆっくりと真ん中を境にお社は両脇に倒れていった。

ドオオオオオォォォン

新たな地響きを伴ってお社が真っ二つに割れた。倒れるお社の回りから砂埃が立ち上がり、視界が一斉に霧とは違う白さに包まれる。
誰もが息が苦しくなってゴホゴホと咳き込んだ。目にも砂埃が入りそうになり、目を瞑る。
「ゴホッゲホッゴホッゲホッ・・・・。大丈夫、みんな・・・・。」
ナミの呼びかけに誰もが咳き込みながら返事を返す。平然としているのはゾロ当人だけだ。骨だけなのにブルックも咳き込んでいた。
砂埃のためどうすることも出来ないまま、とりあえず辺りが収まるのを待つ。そうしてどれくらい経ったのだろう、漸く回りの景色が元に戻った頃、ナミを中心に再度点呼とばかりに声を掛け合った。
「そういえば、あの・・・あいつは?」
鳥居を潜って薄い人影になってしまったドゥータスはどうしたもんだろう。砂埃に紛れて消えてしまったのだろうか。やはりお社を壊したのは間違いだったのか、と誰もが不安になった。
辺りをキョロキョロ見回すが、それらしい人影はなかった。が、誰だか「あれ!」と声を上げた。
同じ動物だからわかるのだろうか。チョッパーが指差した天を仰ぎ見れば、ドゥータスが先に言っていた鳥が皆の頭の上で弧を描きながら飛んでいた。
「あの鳥から・・・・なんだろう?きちんとした言葉になってないけど・・・・付いて来い・・・って言ってるのかな?」
チョッパーが首を傾げている。いつもならば見事に動物達の意志を伝えられるのに曖昧だ。
「わかんねぇのかよ?」
ウソップーがチョッパーを小突く。チョッパーがお返しとばかりに体を大きくしてウソップを小突き返しながら答える。ウソップはチョッパーの大きな体で吹き飛ばされた。
「なんだか上手くしゃべれないみたいなんだ、あの鳥・・・。ただなんとなくだけど、付いて来いって言っているような気がして・・・。」
「それがさっき彼が言ってた鳥のことじゃないかしら?」
「じゃあ、あの鳥はヤツの変身でもしたやつってことか?」
ロビンが推測を口にすれば、フランキーが腕組みをしながら鳥を仰ぐ。
「ともかくあの鳥に付いて行くしかないでしょう。」
この海賊の一味を指揮するのが自分だといわんばかりにナミが真っ先に指示を出し、先頭を歩き出した。ルフィもまたナミの意見に同意なのだろう、文句も言わず「へぇ〜。鳥になったのか・・。」と呟いて歩き出した。
一味はそれに続いて歩き出す。
ゾロもまた無言で仕舞った刀を軽く撫でて、黙って付いて行った。
暫くしたら、吹き飛ばされていたウソップが置いていかれた事に気づき、「待ってくれ〜〜!!」と叫びながら後を追いかけた。



14.04.30




               




     
     ほぼ一年ぶりのご無沙汰です。そして解説的な内容で終わってすみません。あとちょっとでなんとか・・・。あとちょっと・・・。