魔女のいる海域 5
サニー号に戻り、出港の準備をする。 上空を仰げば、付いてきた鳥が船の上空で円を描いて飛んでいた。 が、その円も微妙に歪んでいるように見える。ナミはその鳥を暫く見つめていた。 声は小さいが、チィチィと鳴いた・・・・ように聞こえる。ナミはじっと鳥を見つめた。 「チョッパー!」 突然大声で呼ばれて、チョッパーはナミの元へと駆け寄る。他のメンバーは出港準備に取り掛かった。 「鳥・・・うぅん。ドゥータスが何て言ってるかわかる?」 ナミに聞かれる前にチョッパーはドゥータスであるいだろう鳥をナミ同様に見上げた。 「ん〜〜〜・・・・。」 上手く聞き取れないと最初に言ったのはあながち間違いではないらしく、チョッパーは唸っている。と、もう一度チィチィと鳥がないた。 見た目はつばめのようで、鳴き声もそれに同じくしていた。いや、つばめと思っていいだろう、たぶん。 が、やっぱりチョッパーには彼の言っていることが分かり難いらしい。が、なんとか読みとろうとする。 もう一度つばめだろう鳥が鳴いた。 「たぶんだけど・・・・ここから10時の方角へ向かえって言ってると思う。」 それを証明するかのように、鳥の飛び方もやたらと10時の方角へと向かっては戻ってくる。 ナミは頷いた。 「そうみたいね・・・。」 ナミが視線をルフィに投げるとルフィが頷いた。確認して、ナミが指示を出す。 「出港準備をして!」 最終的に出港の号令を出すのは船長だが、それまでは航海士であるナミの仕事だとばかりに、男性陣を使い倒す。 「もうやってるぜ!」 慣れたもので、みんなテキパキと動くがやはりナミの次に海を知っているサンジがいないのは手痛い。 それでもすでにみんなで多くの海を渡って来たのだ。手際良く準備を整えて、最終確認をしたナミがルフィに声を掛ける。 「船長!!」 うんと頷くと、ルフィは大きく叫んだ。 「それじゃあ!!サンジを助けに・・・・出港だぁぁ!!」 バサリと帆が大きく風に靡いた。まるでこれから仲間を助けに向かう海賊を応援するかのように、ルフィの号令と共に強い追い風が吹きだした。 「さい先いいわね・・・。」 風に揺れる髪を抑えてロビンがナミの横で微笑む。 相手は女神だろうが、こちらにも風の神が付いているのだろうか。サンジからすれば、ナミとロビンがすでに女神なのだろうが。 うん。とナミが頷いて回りを一瞥する。つばめはサニー号を先導するように前に飛んで行ったり戻ってきたりしていたが、ずっとは疲れるのだろう。 チョッパーがわからないまでもコンタクトを取ろうと声を掛けると彼の傍に飛んできて欄干に止まった。が、見つめているのは進行方向だ。彼もまたずっと会っていないだろうセレンに会うのを待ちわびている様にチョッパーには思えた。 「なぁ、俺はお前の声が上手く聞き取れないけど・・・・お前が俺の言葉がわかるんなら・・・どうだろ?ちょっと部屋に入って休まないか?進行方向は暫くこっちでいいんだろ?」 人であるならばチョッパーからすればかなりの年上の男だが今の姿がつばめの為、まるで友達のように話しかける。が、それを気にした風もなく、つばめは再び数度鳴くと、チョッパーの肩に止まる。同意しただろうことが伺えた。 嬉しくなってチョッパーはつばめを肩に乗せたまま、一旦ラウンジへと引き上げた。 それを合図に、それぞれ役割を終えた者はチョッパー同様、ラウンジへと引き上げる。舵はフランキー。見張りはゾロが引き受ける。 たぶん、気が急いているのだろう。ゾロは表情は硬い。 「おい。あんま焦んなよ・・・。」 フランキーがゾロの横を通り様にポンと肩を叩く。 「あぁ・・・。」 ゾロはそう答えることしかできずに、展望室へと上がって行った。 展望室の窓を開ける。見渡す限り海なのは、出港して行く先がセレンのいる海だからだろうか。それともここが閉ざされた島だからだろうか。島を出てまだ然程経っていないのにも関わらず、鳥も辺りをうろつく船もいなかった。これが後ろを振り返れば、港の辺りできっと鳥も船もあちこちに点在ているだろう。まぁ、もう少しすれば時間的に鳥も船も姿を消すだろうが。 そう思って今度は空を見上げる。気づけば空は茜色に染まりつつあった。 この島の山を登ったのは朝早かったのに、もう夜が訪れようとする時間になっていた。一日とはなんと早いものだろう。 気が急いていた所為か、誰も何も突っ込まなかったがこのまま進んでもセレンのいる海に辿りつけるのは早くても夜になるだろう。ナミも何も言わずに出港を促したのは、考えなしではないだろうが、気が逸っていたのだろうか。だが、夜になってしまえば無闇に進むことはできない。しかも相手は女神と言っている人物だ。 下手をすればまた不思議な空間に取り込まれてしまう可能性もなくはない。いや、そうしなければ会えないのが彼女だろう。セレンが皆の前に現れたのはそういえば時間帯が時間帯だったな、とゾロは思い出す。ならば夜に掛かる時間帯にあの海へ進むのはただでさえ危険要素を増やすだけだ。 今更、危険を恐れてはいないが・・・。 気が落ち着かないままに、回りから見ればぼんやりとした表情で海を見つめていたら、後から名前を呼ばれた。 振り返れば、チョッパーが肩につばめを乗せて展望室に上がってきたところだった。 「ナミがご飯だって・・・。」 慌ただしく出港した割には、落ち着いてきたのだろうか。ご飯を作る余裕があるのには多少驚いた。 が、常にサンジが言っている様に、どんなときでも食べなければいざという時力がでない。食べたくなくても食べなければいけない時はある。それを実行しているだけだろう。況してや、自分たちの力の源は本能による所が大きい。ゾロにはそれに酒がプラスされるが。 ゾロの表情が曇っていたのだろうか。チョッパーも少し暗い。 肩に乗っているつばめがちぃと鳴いた。 二人が鳴き声に反応してつばめに視線を移せば、突然バタバタと羽を羽ばたかせて、つばめはチョッパーの肩から窓に向かって飛んだ。 音も立てずに素早く動く羽の動きに魅入られたように、二人はつばめを見つめる。 すでに茜色から闇の色へと引き込まれている空に向かって飛んだつばめは、大きく船首の方へ向かい、二度三度旋回する。自ら案内を買って出ている為何処かへ消え失せることはないだろうが、一旦は大人しかった鳥の行動にどうしたのだろう、とただただ見つめるだけしかなかった。 チョッパーは未だ半ば悩みながらつばめであるドゥータスの言葉を解読してくれる。 「う・・・・ん〜。」 「どうした、チョッパー?」 じっとつばめを見つめるチョッパーにふとゾロは声を掛けた。 「たぶん・・・。相変わらず言葉が読みとり難いけど、たぶん・・・・ゾロを慰めているんだと思う。」 「俺を?」 どうして、とは聞けなかった。 鳥、つばめになったドゥータスは細かい事は言わなかったが、様子からして全てお見通しなのだろう。だと思うと少し気恥ずかしい。 チョッパーもまたそれ以上言わなかった。その心使いがありがたいやらくすぐったいやら。 元々感づいていたのか、それとも知らなかったのが今回の事が切欠でわかったのか。ゾロとサンジの仲は誰もが知ることとなったが、みなゾロを気遣うが必要以上に二人の事に踏み込むことは無かった。 誰もが、ゾロに優しい。 この船の仲間は本当にいい連中だと思わずにはいられない。その影響なのか、はたまた元々なのか。それとも言葉が通じなくなってしまったのからかはわからないが、鳥になったドゥータスもまた、ゾロに無言の労わりを見せてくれる。 「大丈夫だって。かならずサンジを取り戻せるって・・・。たぶんだけど、そう言ってる気がする。」 チョッパーが感覚から読みとってくれているのだろう。 ゾロは恥ずかしさを隠す様にチョッパーの帽子をぐりぐりと撫でまわした。 「そうだな・・・・そして・・・。」 戻ってきたつばめに視線を投げるとニヤと笑った。 「あいつもきっとあの女神っていう奴と上手くいくさ・・・。」 ゾロの言葉がわかったのだろうつばめはチィと鳴いて、チョッパーの肩に戻った。 「さ、あんまり遅いとナミがまた雷を落とすぞ。」 それはどういう雷だろう。考えない方が賢明だろう。 二人して体をブルリと震わせる様子を見て、ナミの恐さを何も知らないつばめが首を捻る。兎も角ラウンジへと向かう事にした。 想定はしていてが、やはり夜の海での航海に無理は禁物と言う事で夕食前に碇を降ろした。 なんだかんだ言ってもナミの作る食事も結構美味しくて、みな明日に備えてお腹いっぱい食べた。 何を食べるの分からない為、ナミはつばめの食べる物に多少困惑していたが、元々が人間だからかみんなの横でみんなと同じものをつばめは突いた。ほっと一安心だ。 食事を終えると、ナミがテーブルに島に居る時に手に入れた海図を広げる。 海図と言っても、名もない島だから正確なものではなく、島の人間が近海で漁をするために作られた簡素なものだった。そもそも外海とは繋がっていないから、いや正確に言えばそうではないだろうが、外海との繋がりがわからないので地図は真ん中に大きく島がドンと書かれているだけだ。示されている方角だってかなり怪しい。 ナミからすれば説教を垂れたいぐらいの代物だ。当然、セレナの海の事は載っていないと思っていた。つばめがそれを否定するべくチィと鳴いた。 チョンチョンと飛び跳ねて、地図の片隅を突く。 良く見れば、不思議な記号が付いている。 「見たことない記号ね・・・。」 ナミが腕組をして首を捻る。島の住民の為の簡素な地図だから、島の住民しかわからない特殊な記号かもしれない。初めて見る記号だ。 「もしかして、これがセレンの海を指しているのかも?」 憶測を述べるロビンにチィと鳴くつばめ。チョッパーは眉間に皺を寄せる。 「ん〜〜。・・・たぶん、ロビンが言っている事が正しいと思う。なんかセレンの海の方角を示しているらしいよ。」 「え?」 誰もが驚いてチョッパーを見つめる。ラウンジでは全員でテーブルを囲んでいる。ロビンもまた驚いていた。半ばあてずっぽうだったらしい。 チョッパーはまるで自分の手柄のように頬を染めた。が、その実それを説明しているのは、つばめであるドゥータスである。 それを訴えるべく、つばめがまたチィと鳴いた。 「なんて言ってるの?」 ロビンが尋ねる。 細かい事まではわからないまでも段々とつばめの言いたいことが把握できるようになったのか、まだまだ唸って考えるが、少しずつだがチョッパーの説明が船に乗った時より詳しくなってきていた。 「手柄は俺のもんだって・・。」 思わずみなクスクスと笑う。場が少し和んだ。 「でね。う〜〜んと、どうやらこれも正確ではないみたい。あくまで”だろう”的だって・・・。セレンの事を言っているというよりもただこっちはダメって意味みたい。島の住民もたぶん意味はわかってないらしい。元々地図自体、ナミが指摘したようにいい加減なものだから。この記号もあくまでたぶんこっちに行ったらダメだっていう程度らしいよ。」 「そんなんで・・・・よくやって来れたわね。」 「たぶん、地図よりも口伝えとか、別の形で継承されているからでしょうね。島にある図書館も古書があるとはいえ、扱いも建物も何もかもお粗末だったし・・・。」 今度はロビンが憤怒している。それは、考古学者としては腹が立つだろう。しかし、現場では係員に文句を言ったが実際は口を挟めるところではない。 「じゃあ、この地図が示している方へ行けばいいのね?」 だったらドゥータスの案内、いらないんじゃないか、と言う言葉を口にしそうになってやめた。 それを察したのか、つばめがチィと再び鳴く。 チョッパーが「うんうん」と唸っている。つばめとやりとりを何度も繰り返す。 「チョッパー?」 「やっぱりその地図あってないって。正確にはこっち・・・だって・・・。」 チョッパーの言葉を受けて、つばめがチョンチョンと今度は地図の上を移動する。今立っているところより、もう少し、10時の方角だ。 「あ〜〜〜〜。」 地図上でそれだけ違えば問題だろう。地図だけでは目的の場所に辿りつけなかっただろう。 「それだけじゃないって・・・。」 チョッパーは言葉を付け足した。 「どういうことだ?」 チィと鳴く。 「また明日・・・らしい・・・。」 細かい説明がしづらいのかめんどくさいのか。まぁ、チョッパーの解説が少しずつ良くなってはいるものの、詳細までは上手く説明できないのだろう。所々間違いを指摘するかのようにチョッパーはつばめに突かれた。 ナミはふぅと息を吐いて、部屋の上空を飛びだしたつばめを見上げた。 「ともかく、明日、ちゃんと案内してくれるのよね?」 チィとつばめはまたもや鳴いた。 その日は誰もが部屋へ戻らずにみんなでラウンジで毛布に包まって寝た。明日、いよいよ女神と対峙する。 朝日が昇ると共にいい匂いがした。 いつもは寝汚いゾロが目を開ける。 皆はラウンジで朝を迎えたが、ゾロは一人展望室で過ごした。 あまりしっかりと寝られるか自信がなかったし、例え海軍や他の海賊の襲撃がないとわかっていても海は何があるか分からない。ドゥータスによればセレンが先に現れる心配はなかったが、それでもわからないから見張りを買って出た。 匂いのする方へ視線を投げる。煙が煙突から出ているのを見ると、どうやら朝食の用意をしているようだった。 匂いに引き寄せられるようにして展望室を降りた。ラウンジの扉を開ける。キィと扉の音でゾロが入ってきたのがわかったのだろう。顔を上げずに、「もう少し待って。」と声が掛かった。 今朝はロビンが食事の当番らしい。ロビンはナミほどではないが、やはり大人の女性だけあって料理もする。味に関しては独特な感性を持っている所もあるがそれは主に凝った料理に発揮されるようで、朝食などの簡単な料理ではその腕を発揮されることはなかった。 「早いのね・・・。」 相変わらずフライパンと睨めっこしたままだ。 「まぁな。夜はあんま寝なくても問題ない。」 それはどうだかと思うが、ゾロの生態をわかっているので突っ込みはない。 「お前も早いな・・・。」 「まぁ、私も似たようなものね。それに朝食の当番、私だったし・・・。どうせみんな今朝は早いだろうと思ってもう準備始めたんだけど、丁度良かった見たい・・・。」 ロビンの言葉が合図のように、床から「う・・・ん」と唸り声があちこちから上がった。ナミの姿がなかったが、すでに起きて今はシャワーを浴びてるとはロビンの言葉だ。展望室から降りる時は気づかなかったが、タイミングの問題だろう。 みなでロビンの作ったスクランブルエッグと焼いたシーセージ、島で買っておいたパンを口にし、碇をあげる準備をした。 つばめが出港の時同様に、進行方向を示す様にして船首を旋回する。 出港した港からの位置を考えると、やはり夕べ見た地図から方角はずれていた。 ドゥータスの案内がなければ辿りつけないのは、方角の件だけでも明らかだろう。あとは、問題の海近辺に辿りついた時だ。 天気は快晴。波も穏やか。普通に考えれば明らかに抜群の航海日和だが、これから向かう先を考えれば、そうは言ってられないだろう。 そうこうしているうちに、時は過ぎ。午後に入った。昼食はウソップとチョッパーが作ってくれた。味は誰も文句を言わない。 午後を回ってから様子が変わってきた。雲ひとつなかった空が俄かに暗くなり始めた。 時間帯で考えれば、天気が崩れない限りありえない暗さだ。雲が空を覆っている訳ではないのにこの暗さは何だろうと誰もが空を見上げる。 つばめがやたらとチィチィ鳴いている。 どうやら目的の海に近づいているのだろう。 もはや当てにならない海図をナミは海へと投げ捨てた。普段ならば、地図を捨てるなんて絶対にありえないのに、海図を海に捨てたのは、ある種ナミのセレンへの挑戦なのだろうか。地図がなくとも辿りつけると宣言しているとでもいいたいのか。 「このまままっすぐ進んで!!」 ナミの指令が飛ぶ。 辺りの暗さを考えれば、このまま突き進むのは危険としか思えない。 曇りと似たような暗さが段々と色合いが変わり、今度は夜を迎えるような暗さが空間に広がって行く。思わず時計で時間を確認したくなるような闇が空を覆う。 誰もが顔に緊張の色を浮かべた。 戦闘態勢に入るべきかと、ナミが口を開きかけた。 その時。 「まっすぐ進んではダメだ!!」 怒鳴り声が甲板に響いた。 一体誰だ?と思ったら、そこにいままで姿を変えていたはずの男が立っていた。 「どうして・・・・?」 「どうやって人間に?」 誰もが驚くのは無理がない。先ほどまで船の上空を飛んでいたつばめは、空の暗さに比例して上空から降りてきた。かと思ったら、甲板の、床のすぐ上あたりをみんなの足元を掻い潜りながら飛んでいたのだが、その姿が消えうせて、今は人間の姿になっていた。 「この空間は昨日の、鳥居の中の空間と同じようなもの。この空間ならば俺は人間の姿を戻せるんだ。」 ニカリと笑う姿はもはやサンジではなかった。だが、誰もがこの男は誰だかわかっている。 これがきっと本来の姿なのだろう。 髪は茶色くサンジより若干短く整えられ、瞳は琥珀色に輝いていた。目鼻立ちもはっきりとして所謂色男の部類に入るだろう。もちろん、眉毛は巻いていない。 本人も忘れていただろう姿に戻れたのは、ここが昔彼が過ごした空間であるからかもしれない。が、ドゥータスによれば、この空間はセレンの海に繋がる歪んだ空間ではあるが、まだ彼女の海に到達したわけではないらしい。 「このまままっすぐ突き進めば、この空間を突き抜け、元の島の近海に出てしまう。セレンの海に辿りつけない。」 「え!」 「そんな!!」 誰もが悲鳴に近い非難の声を上げる。 「どうしたら・・・。」 悔しそうに親指の爪を噛むナミに、ルフィが船首から「大丈夫だ!」と声が掛かった。 作戦会議など何かと細かい所では口をまったく挟まない男だが、いざと言うときは必ず声を大にして仲間を叱咤する。やはり船長だ。 ルフィは、ニカリとドゥータスを振りかえった。「結局頼るのはそこか!」と誰かが突っ込みを入れた。 実際人外の者と対決するわけだからある意味それは仕方がないことだろうが、自分たちでサンジを救うんじゃなかったのか?という疑問には、最後は俺が決めるとばかりに拳を握った。 ドゥータスも承知したもので、姿を変えてからはルフィと共にフランキーの操舵する舵の横に陣取る。 「一旦船を止めてくれ」 「え?」 舵を握っていたフランキーは眉を跳ね上げた。 ここに留まっていても何も進展がないような気がする。どころか闇はどんどん広がって、サニー号を覆うばかりだ。 さすがにこれでは何か起こっても対処が難しいのでは?と思わずにはいられない。 本当に闇に包まれる前にここから脱出したい。 が、セレンの事もこの辺りの海の事も一番分かっているのはこのドゥータスだ。とりあえず彼の指示に従うようにナミもフランキーを促した。 半ば舌打ちしながら、フランキーは船を止める。 夜に停泊するように碇をドボンと海に落とした。 「これでいいのか?」 フランキーの言葉にドゥータスは頷く。 「さて、これからセレンのおでましか?」 ゾロはもはや手を鞘に掛けて戦闘体勢に入っている。ルフィもまた拳を握って前を見つめている。 いつ何時何が起こっても不思議でないほどに、辺り一帯は闇だけでなく怪しい気配で包まれていた。 が、ドゥータスは左側面へと歩いて行くと、突然海を覗きこんだ。 「どうしたんだ?」とウソップの声にも返事をせずに、いきなり。 ドボン 「え?」 「ええっ!!」 誰もが驚きで声を上げる。または、声を失った。 ドゥータスは海へ飛び込んでしまった。 慌ててみんなして駆け寄り、手摺から覗きこむようにして彼が飛び込んだ海を見つめた。ブクブクと気泡が上がってくるのはわかったので、潜っているのには間違いないだろうが。 「どうして・・・。」 「もしかして・・・。」 ナミが疑問を口にするのに答えるように、ウソップは己の推測をみなに告げる。 「もしかしてあいつ・・・自分だけセレンのとこ、行っちまったんじゃねぇのか?」 そして、自分たちは置いてきぼり。 最後まで言い切る前にナミの拳骨がパコンとウソップにヒットした。 「いってぇぇ!!」 涙目でナミを非難するウソップに、チョッパーが真っ先に否定した。 「あいつはそんなヤツじゃねぇぞ。」 めずらしくいつもは外部の人間に否定的なゾロもチョッパーに同意する。 「何か考えがあるんじゃねぇか?」 「めずらしいわね。ゾロがそんな事言うなんて・・。」 「勘だがな・・。」 それはルフィも同様のようで、驚きはしたらしいが、不信感は見せていなかった。 「ちょっとあいつが上がってくるまで待ってようぜ。」 先ほどまで戦闘態勢に入った二人はドゥータスが海に飛び込んだ途端、呑気に構え出した。 一体・・・と不思議そうに見つめる仲間達に二人はよいしょと、芝生の上に座りだした。 前にも後ろにも進めなくなってしまったこの状況に誰もが途方に暮れる。やはり、ここはルフィとゾロが言う通り、待つしかないのだろうか。 はぁ、と女性陣も座りこんでしまった。 どれくらいそうしていただろう。 ザバァと音がしてみんな慌てて立ち上がり、先ほどドゥータスが飛び込んだ場所を覗きこんだ。 そこには、果たして先ほど海に飛び込んだドゥータスが海上から顔を上げていた。ハァハァ息が荒いのは、今彼は姿があるがそれが実体化しているからだろうか。 急いで縄梯子を下ろし、ドゥータスを甲板に引き上げる。 と、「これ・・・。」と何か美しい丸い玉を懐から差し出した。思わず真正面にいたナミが手を伸ばす。 「これ・・・?何?」 ちょうど掌の上に乗るぐらいの七色に光った玉。石でできているのか、はたまた宝石の類か、それはわからない。とにかく美しく輝いている。 「彼女の宝物の一つ。これを持ってくれば、彼女はきっと現れる。」 「え?」 そんなものが海にあるなんて、誰もが思わないだろう。当然か。 「こんなのどこに・・・。」 「この海の下にね・・・。」 この海は、最初サンジが潜ったセレンが現れる切欠になった海とは違う。だが、同じものがあったのだろうか。 「セレンに捕まったのは、もしかして最初、サンジくんもそれと同じのをあの海で潜った時に見つけたとか・・・。」 「いや、あいつはそんなの持ってなかったぞ。」 「そうだ。それにそんな綺麗な宝石みたいなの、見つけたら絶対ナミに見せるはずだよ。」 確かにそうだ。サンジは潜っった後、何も手にしていなかった。 「この石を見つけてセレンに見つかる場合もあるけど、彼の場合は、本当に単純に・・・セレンに気に入られたからだよ。彼、泳ぎ達者だったろ?それに目指している夢もね・・・。セレンを魅了するには十分だ。」 それは少し妬けるんじゃないか?そう思うが口にはできなかった。 「ただ、こっちから彼女に接触するには、海の底にある彼女の持ち物を手にして彼女の気を引くことしか方法がないんだ。」 ドゥータスの話によれば、そういった品物が同じ石とは限らないが、いくつか存在しているらしい。だが、それは誰にもわからない。セレンと接触した者にしか分からない。どういった理由からわらないが、セレンと接触した者だけが彼女の持ち物がわかるらしい。 その証拠にナミがドゥータスから受け取ったら、美しく輝きを放っていた石は途端、ただの石ころに変わってしまった。海の底に転がっていれば、見落としてしまうようなただの石だ。 「でも、セレンには自分の持ち物を持ち出された事がわかるんだよ。ただし、人間には彼女の持ち物がわからないからよほどの偶然じゃなければ見つけられない。だから、こちらから彼女に接触を計るのはまず不可能に近いんだ。」 やはりドゥータスがいないとセレンの元へ辿りつくことはできなかっただろう。 せっかくというわけではないが、ここに辿りつくことが出来たのだ。ドゥータスの想いもどうにか叶えられないだろうか。そう思ったのはナミだけではないはずだ。 ウソップは、ほんの少しでもドゥータスを疑ったことを悪いと思っているのか、少しバツの悪い顔をしている。が、ドゥータスは気づいていない形を装った。今は人間として姿を見せているが、この不思議な空間でのことは何もかもお見通しなのだろうに。 ともかく。 後は、セレンが現れるのを待つのみだ。 と、暗く覆われれていた空間が少しずつ明るくなってきた。先ほどの昼間の明るさは戻らないが、淀んだ曇り空のようにくすんでいる。それでも夜のような闇に覆われた時よりも、いくらかマシだった。 途端、不快な気配が船を覆う。思わずルフィもゾロも戦闘態勢を取った。 「貴方ね。私の大切な宝物を持ち出したのは・・・。」 一斉に声のした方を振り返れば、そこには以前見た、美しい女性が立っていた。 「サンジッ!!」 隣に立つ男もまた見覚えがあった。 サンジはセレンを守るようにしてみんなの前に立ちはだかった。 カッとなってゾロは刀を鞘から引き抜いてセレンに向かって走り出した。 |
14.05.28