すれ違う思い 重なる思い10




お宝をとサンジを自船に乗せると、海賊船は早々にその場を離れた。

「おいっ、さっさと歩け!」

言われるがまま海賊船に乗り込み、だがしかし、ついさっきまで仲間だった連中を思ってそっと振り返る。海賊船は、上手い具合に潮流に乗り、スピードを上げる。
甲板に佇み、グングン遠ざかる船をサンジはただ見つめるしかなかった。
ほんの僅かな間だったが、いい船、いい仲間だった。闘うコックを自負するヤーヴェン、ウォル、彼らの料理は美味く、腕を競い合うにはとてもいい料理人だった。
マルク、ベンジャミンをはじめとする客の格闘家達。彼らはとても強く、陽気で愉しい連中ばかりだった。乗組員である船長や、ちょっとサンジにはキツく当たった副船長も。それでも、自分達の仕事、船に誇りを持っていて、いい連中だった。

手摺りを掴む手に力が入る。

「船長、あの船。沈めますか?」

後ろから聞こえた言葉に思わず振り返った。
砲撃手らしい男が船長に火種を持ったまま伺っている。

「そんな必要はねぇ!あの船は力自慢の連中が乗っていることで有名な客船だ。実際大したことぁなかったが、あの船を落としたのが、俺達だと知らしめる必要がある!そのまんまにしておけ。そのうち誰かが見つけて俺様の名がまた世に広がるってもんだ!!」

ゴク船長が腕組みをしたままガハハハと大笑いした。

そう言えば、ニューウェイ号から引き上げる際、自分らの海賊マークを甲板に大きく書いていたのを思い出した。
そういうことか、とサンジはぼんやりした頭で思う。





今ここで・・・・・。



今ここで暴れたら、船長を倒すことはできなくとも、一矢報いることが出来るのではないか。
たった一人でここにいる全員を倒すことはできなくとも、何かしら相手にダメージを与えることは出来るのではないか。



ふと過ぎった考えに脳が支配されていく。


どうせ、みんな死んじまったんだ。
せめて・・・・。





ぼんやりとしていた頭が急にクリアになってきた。

辺りをきょろきょろと見回す。

全て自船に引き返した海賊連中は、大量の戦利品に誰もがサンジの存在など忘れたように浮かれていた。




行動を起こすなら今だ。




グッと足に力を入れた。



が、その瞬間、ポンと肩を叩かれた。


緊張のあまり、気配に気づかなかった。
自分の失態に思わずサンジは舌打する。
肩を叩かれて気配を悟った瞬間、振り返らずにもその者が誰だかすぐにわかった。サンジはゆっくりと振り返る。





肩を叩いた者は、穏やかな声音で言葉を発した。まるで、先ほどの死闘が嘘のように。

「焦るな。お前一人で何ができる・・・。」

「ただ犬死するだけだ」と言う言葉に、サンジは男をギロリと睨みつける。

「ゴク船長は、それなりに腕が立つ。しかも卑怯な手口を好んで使う。お前がいくら強くても、奴を倒すことは簡単にはできない。今はただ耐えるしかない。機会を待つんだ。」

遠く離れて行く船を見ながら静かに話す男の、まるで自分もまたゴク船長を倒すのだといわんばかりの言葉に、サンジの眉が訝しげに寄る。

「あんたは・・・・・あんたも、あの海賊を倒す為にここにいるのか?」

サンジの言葉に隣に並んで海を見ながら話をした男は、ゆっくりとサンジに振り返った。
その瞳は、悪党とは無縁のような、澄んだ綺麗な茶色の瞳をしていた。何故かサンジは、その瞳に吸い込まれたように固まってしまった。
逆に男の方もサンジの見上げる瞳に引き寄せられたのか、動きを止めた。
お互いにどれくらい見詰め合っていたのか。
後ろから聞こえる喧騒から、男の名を呼ぶ声が聞こえた。

「デュナミス!!どうした!!その金髪別嬪さんにやられちまったか!?てめぇ、持ち帰るっていったもんなぁ〜〜〜!」
「おいおい、どうせなら後で俺達にも回せよ!ここんとこ女日照りだ、そいつなら充分変わりが勤まるだろうよぉぉ!」

大声でからかい、笑う連中は、すでにニューウェイ号から強奪した酒で盛り上がっている。


あれは、とても高価なものなのに、あんなガブガブ飲みやがって!!


サンジは腹立たしいのをなんとか抑える。
もはや、二人の間の空気は通常に戻っていた。

「サンジ・・・・。」

が、名前を呼ばれて、サンジはドキリとした。
またあの瞳がサンジを見つめる。

いつの間に名前を・・・。

そう口にしようとしたが、言葉にならなかった。
が、それは表情に表れていたようで。

「あぁ、名前か?あの船の連中がお前をそう呼んでいたから・・・。違うのか?」

自然と頬に手を添えられ、思わず顔を赤く染める。

「あっ・・・・・いや、それでいい。それが俺の名だ・・・・。」

なんだか恥かしくなり、サンジは思わず俯くしかなかった。
サンジの反応に思わず男は小さく笑い、手を引っ込めた。

「俺の名はデュナミス。闘ってわかってると思うが、この船の剣士だ。」
「デュナミス・・・・。」

サンジはその名を呟くと、男はサンジに向けた笑みのまま、改めて海を見つめて話を始めた。

「さっきの話の続きだが・・・・俺もまたこの海賊船の船長、ゴクを倒す為にここにいる。」

予想外というか、予想通りというか。なんとなく納得してサンジは黙って頷いたが、それでも納得できないことがあった。

「だったらなぜ、あの船長を倒さない。あんたの腕なら倒せるんじゃないのか?」

サンジの質問に男は軽く首を振ってから、今度は、海から空へと視線を上げた。

「さっきも言ったろう?ゴク船長よりも強い奴は確かにこの世界にはいっぱいいるだろうが、それでもゴクもまた強いのも事実。それに卑怯な手を使う。咄嗟の時には、平気で仲間を身代わりにする。思ったほどそう簡単には倒れてくれない。」
「失敗したのか?」

単刀直入に聞いた。
デュナミスは、素直に頷いた。

「あぁ、いろいろと試した。己の心情には反するが、相手が相手だ。不意打ちを狙ったこともある。だが、どれも失敗した。大抵は、部下を何人か死なせて終わりだ・・・。」

吐いたため息は、どんな意味合いを持つのだろう。
ついでに、とサンジはもはや遠慮なく、聞きたいことをズバズバと聞いた。

「それでよくこの船に乗せてもらってるな?逆に殺されるのが普通じゃないのか?さっきの様子だと、情けのなの字もない男に見えたが・・・。」
「あぁ、それか・・・。奴は面白がってるのさ、このゲームを?」
「ゲーム?」
「不意打ちもあり、毒を盛るのもあり。どんな手を使っても構わない。いつでもいいから俺を襲って倒してみな、っていう奴の勝手なゲームさ。俺がどんな手を使うのか想像して楽しんでいるってところだ・・・。今のところゲームは続行中だが、向こうが飽きてゲーム終了を告げたら、俺もあっけなく殺されるかもしれない。」
「しかし、だからって他の連中同様に、襲撃に加わるのは、どういうことだ・・・?元々お前も海賊なのか?」
「多分今この船には、ゴク船長を除いて実力で俺より強い男はいないだろう。他の連中は烏合の衆だ。俺が襲撃に加わるのは、腕に覚えのある男と戦う時だけだ。さっきのお前みたいにな・・・。この船では、そうするしか俺が強くなる方法はない。そして強くなっていつかはゴクを倒すつもりだ。」
「襲撃そのものには加わっていなかったと・・・。」
「あぁ、そうだ。さっきも、お前との勝負だけに集中していたんだが・・・・。サンジは強いな。足が得物というのにも驚いたが・・・。ゴクが余計な手出しをしなければどうなっていたか、わからない。」



さっきの勝負、「純粋に愉しかった。」と、デュナミスは、戦いに酔う男の顔を見せた。
サンジもそれには同感だ。
強くなるために相手を選んで闘うと言った男の目は見たことがあるような気がした。襲撃でさえなければ、回りのことがなければ、ただ単純に勝負を楽しめた。そんな気がする。
まるで。

まるでゾロと真剣勝負のケンカをしていた時のように。

思わず浮かんだ名前に、サンジはハッとした。
頭を振って、思い浮かんでしまった姿を脳裏から消し、話を続ける。


「他の連中が烏合の衆なら・・・・。俺とあんた、二人なら、倒せるんじゃねぇのか?あのゴクって奴を・・・。」
「この船では難しい。隙を狙っても、咄嗟に船に仕掛けてある罠で防御されてしまう。」
「罠?」
「あぁ、この船には罠がたくさん張り巡らされている。だから、実力だけじゃあ奴を倒すことはできない。罠を全て熟知するか、それとも罠すら使う余裕がないほどの戦闘になるか・・・・兎も角、この船の中じゃあ、一人二人じゃ太刀打ちするのは難しい。」
「戦闘の混乱に乗じてゴクを倒すのか・・・・。」
「あぁ、だが、さっきのような連中のレベルじゃダメだ。もっともっと強くて、相手がゴクに引けを取らないぐらい強い連中でないと・・・・。」


ニューウェイ号の面々を思い出す。ほんの僅かの間だったが一緒にいた彼らは強かった。そこいらの海賊などものともしなかったのに。
しかし、その彼らを簡単に叩き伏せてしまったこの海賊は、それでもデュナミスに言わせれば烏合の衆という。確かにサンジはデュナミスと一対一で戦い、その強さを体感した。
たぶんゾロに匹敵する強さだ。
そして、デュナミスでも倒せないゴク船長。

サンジは、このデュナミス同様に、憎き仲間の仇とも言える卑怯極まりない海賊団に身を置く覚悟を強いられなければいけなかった。
それをデュナミスこそわかっているからか、ポンと肩を叩かれる。

「サンジ・・・。」
「・・・・。」
「この船で過ごすか、あるいは死か・・・・。覚悟を決めろ。」
「・・・・・この船の・・・・卑怯な海賊の仲間になれっていうのか・・・・あんたと同様に?」

嫌味をたっぷり含ませる。
それをデュナミスはすでに慣れたのか、それとも覚悟を決めているからか、軽く流した。

「そうだ。俺は俺の目的の為に、どんな汚名でも被る覚悟がある。だから、ここに身を置く事も厭わない。お前はどうする?俺は、お前が気に入ったから連れてきたが、死にたければ手を貸す。」

言葉と同時に腰の掲げている剣に手を置いた。

「そうだな・・・・。」

目を瞑る。
夢の為に恩人の元を離れてグランドラインへ来た。大切な人とその夢を守る為に、一緒に旅をしてきた大事な仲間と別れた。新たないい仲間になるだろうと思っていた連中はあっけなく海の藻屑となった。
年月としてはさほど経ってはいないだろうが、いろいろなことがサンジの身に起きた。
今は、海賊でも最低ランクに位置するだろう連中の船に乗っている。
しかし、ここで己の命を簡単に捨てるわけにはいかない。この命は、大事な人の夢をも抱えているのだ。自分の夢だけではない。
この剣士同様、汚くとも生き抜かないといけない。夢のために。
と、ふとサンジは気になった。
この剣士はなぜそうまでして、ここにいるのか。

「聞いていいか?」

純粋に疑問に思ったことを口にする。

「何だ?」
「あんたがこの船に留まる目的は何だ?聞いちゃまずいか?」

一瞬、目を見開くが静かに笑った。

「気になるか?」
「まぁな・・・・。多少な。」
「さっきも言った通り、ゴクを倒す為にここにいる。あの男を倒す為なら何だって耐えられるし、どんなことでもする。」
「何故、倒したい。誰かの仇か?」

倒す為にその男の傍にいる。理由は容易に想像がついたが、相当な思いがないと出来ないことだろう。

「あぁ・・・・・。俺は、以前は、サンジがいた船みたいに冒険を好む連中と一緒にグランドラインを旅していた。と言ってもさっきのような連中ばかりじゃなくて、学者連中が多い船だったがな。俺も世界最強を目指していたから、その船に用心棒変わりに乗って、いろんな島を回った。いろんな剣士とも戦ったよ。」

剣士というのは、誰も一緒なのかとサンジは内心笑った。

「でも、その船にはたった一人、女性が乗っていたんだ。今だ明るみにされていない島の歴史や風土を調べるという、戦いとは無縁の冒険家の娘でな・・・・。彼女も父親の仕事を手伝って一緒に旅をしていた。その船のアイドル的存在だったよ。美しく、それでいて素朴で素直な娘だった。それに、こんな海を父と一緒に渡り歩いている所為か、強い女性でもあったよ。自然と俺も彼女に心を奪われた。」
「あぁ、海に出ている女性はみんな美しくて強いだろうな・・・。」

サンジはつい口について出た。思わずナミやロビンを思わず思い浮かべてしまう。

「彼女も戦闘にあけくれる俺を嫌いもせず・・・・受け入れてくれた。お互いに心を通わせるのに然程、時間はかからなかったよ。」
「・・・・・。」
「そんな時だ。この海賊団の襲撃にあったのは・・・。」
「・・・・・・!」
「あっけなかった。冒険家が乗っているとはいえ、戦闘とは無縁の連中が多すぎた。それに、ゴクの卑怯なやり口にあっけなく船を乗っ取られたんだ。俺以外の連中はみんな死んだよ。俺はその腕を買われて殺されずにすんだんだ。」
「じゃあ、彼女も・・・・。」
「あぁ・・・・。しかも、ただ殺されただけじゃない。彼女も一時はこの船に連れてこられて・・・・・。海賊という粗暴な男どもの群れの中に女が一人・・・後はわかるだろう?その時、俺は何もできなかった・・・・。情けなかったよ・・・。俺は、彼女のあとを追おうとも考えたが、それでもゴクを倒さなければ気がすまない。あいつは、彼女が俺の恋人だということを解ってて俺も彼女も船に連れてきたんだ。」
「なんて奴だ!!」

自分のことではなくとも、思わず歯切りする。
が、当人を前に自分が我を忘れてはならない。なんとか怒りを抑えて続きを聞いた。

「・・・・ゲームって奴か?」
「あぁ、あいつにとってはどんなこともゲームになってしまう。あいつは俺が彼女を助けられなかったのを・・・・・俺の目の前で死んでいく彼女を見て、笑ってたよ。そいういう奴なんだ。」

辛い出来事を思い出したのか、デュナミスは大きく深呼吸した。きっと自分を落ち着かせているのだろう。涙はなかった。きっと枯れ果てたのかもしれない。

「サンジ・・・。君を巻き込んで悪いと思うが、あの船に残った所で待っていたのは死だ。俺に協力してくれないか?君の戦闘能力なら、いつかゴクを倒すチャンスが訪れた時、戦力になると思う。」
「・・・・。」
「ゴクも君を船に連れて行くというのを許したのは・・・。そういう俺の思惑もお見通しなんだろうがな・・・・。」
「これもゲームの一環ってか?あんたと俺がつるむのを見越して・・・・倒してみろっていう・・・。いけ好かない奴だ・・・。」

サンジは舌打ちした。
煙草を噛み締めようとして、口に咥えていないことを今更のように気づいた。
徐に懐を探れば、皺くちゃになった紙箱を見つける。なんとか一本残っていたようだ。それを吸い易いように均して口に咥えた。
デュナミスはそんなサンジの仕草を見て、ほぅと呟いた。

「煙草を吸うのか?確か、コックって言ってたと思うが・・・。」
「あぁ、俺は海のコックだ・・・。でも、ちょっとな・・・背伸びをする為に始めた煙草だったが止められなくなっちまった。ま、料理する時は吸わないから問題はねぇよ。」

軽く笑いながら煙草同様に出したマッチを擦り、火を点ける。ふかり、と心地良く空気を吐き出すサンジにデュナミスは穏やかに笑った。そんな男にサンジはふむ、と咥える煙草を上向ける。

「剣士なら、こんな船にはいたくねぇだろうに・・・・・。凄いよ、あんた。」
「デュナミスだ。サンジ・・・・。」

並んで立っている男から改めて真正面に名前を呼ばれて、サンジはなんだかドキリとした。真摯な男だと思えた。

「俺に協力してくれないだろうか?」
「・・・・・・。」
「いつそのチャンスが訪れるかわからない。たぶん、この船で二人でいるだけじゃあ無理かもしれない。それこそ・・・・・、さっき以上の混乱した戦闘でも起きない限り、そのチャンスは訪れないかもしれない。でも、いざという時、俺に協力して欲しい。」
「デュナミス・・・・。」

土下座をしそうな勢いの男に、サンジは首を横に振ることはできなかった。

「俺には俺の夢の為にこの海に来た。その夢は、今この船に乗っても諦めてはいない。だが、あんたほどじゃないが、できればあいつらの無念を晴らしたいとも思う。この船の連中はあんたを除いてクソばかりだ。俺も叩きのめしてぇ。」
「サンジ。」
「それに・・・。」

サンジは微かに俯く。

「確かに、さっき襲撃を受けた時、あんたの一言がなかったら、俺も命はなかっただろう。いわば、あんたは俺の命の恩人ってとこだ。」
「・・・・。」
「あんたに協力してもいいと思う。」
「・・・・・・ありがとう、サンジ。」

溢れんばかりの感情をそれでも抑えているのだろう。静かに微笑むと、デュナミスはサンジの両手を握って感謝を表した。




「おやおや、二人で何を話しこんでいるんだ?俺様を殺す計画でもしているのか?」

二人して振り返ると、そこにはゴクが酒を片手に赤い顔をして笑っていた。



09.09.04




              




ゾロが全然出てこないので・・・・ごめんなさい。(でもゾロサン!←必死っっ)