すれ違う思い 重なる思い9
「こんなことが・・・・・・最強を誇る連中が、こうもあっさりと・・・。」 ポツリと呟いたのは、サンジに『厨房で隠れていな』と笑っていた副船長だったか。 しかし、その厨房からも、コック長のヤーヴェンと先輩コックのウォルが甲板の以上な雰囲気を感じたのだろう、表に出てきている。 全ての乗組員が甲板に出揃って、固唾を飲み込んで呆然とするしかなかった。 いや、全ての乗組員と言っても、もはや立っている者は10人もいないだろう。あとは甲板に倒れ伏している。倒れている者も、息のある者はきっとわずかだ。 すぐにでも治療せねばならないのに、その倒れ伏した者を介抱する余裕もなく、ニューウェイ号の面々は、お互いに対峙するように襲撃してきた海賊と向かい合っていた。すでに船医はいないのだから治療もできないのが現状だが。 その両者の間に位置するのは、サンジと敵の幹部と思われる剣士だけだった。お互いハァハァ息を整えながら、相手の出方を伺っている。 敵船長は、もはや自分達の勝利は紛れもないと確信しているのか、剣士の後ろで腕を組んで厭らしい笑みを見せて立っている。船長も確かに体が大きく強い。武器は大斧を使うようで、その斧は今、船長の脇で床に突き刺さり、鈍い光を放っている。船長を、真ん中に両脇に海賊達が思い思いに笑いを堪えながら二人の戦いを見入っていた。 「くっ!!」 サンジが手をつき、右足を振り上げた。素早い動きで、誰もがその動きを目で追うことすらできない。回りの人間は、何が起こったのかわからずに、ただ固唾を飲み込む。 唯一サンジの動きに反応できたのは、やはり対峙する剣士のみ。彼は、サンジの足を横からなぎ払おうと長い剣を下から振り上げた。それを咄嗟に足の裏で止める。 ガキィン 辺りに鉄のぶつかる音が響いた。 サンジの靴は戦闘に耐えうるように底に鉄板が入っている。その鉄板と剣がぶつかった音が皆の驚きを呼んだ。 「あの新入りコックがこんなにやるヤツだったなんて・・・・。」 「しかも、こっちはもう闘えるのはサンジしかいねぇ・・・・。誰も、あの剣士には叶わねぇ・・・・・。」 改めて呟いた副船長の言葉に、コック長のヤーヴェンが応えた。 ヤーヴェンが言ったように、ニューウェイ号には、もはや闘える者が他にいなくなってしまったのだ。客として乗っていた格闘家は全て床に倒れている。 立って二人の戦闘の成り行きを見つめるのは、戦闘ができるとはいえ、航海が専門で戦闘能力はさほどない乗組員ばかり。または、自分は闘わず指示を出すだけのぼっちゃん貴族のみ。闘うコックを謳っているヤーヴェンも腕に大きな傷を負っている。ダラダラと腕を伝って床に流れる血を見ると、今後、包丁を握れるのか心配になるほどの大きな傷だ。 「サンジ・・・・・頼む。もう・・・・・お前だけが頼りなんだ・・・・。」 もしかしてサンジは、あのバラティエ出身なのかと思うほどに強い。いや、コックということではなく、戦闘が専門の乗組員ではないかと思うほどに強い。 もちろん、コックの腕前が一流なのはわかっている。 だが、今は彼がコックであろうと戦闘員であろうとどちらでも構わない。彼が負ければ、自分達に待ち受けているのは死だ。 「サンジ・・・・・。」 ウォルも彼の名を呼び、ただただ彼の勝利を祈るばかりだった。 ヒュッと剣士の刀がサンジの上を掠める。パラリと髪が数本、宙に舞った。 「ちっ」 舌打ちしながら、屈んだ状態から足を振り上げる。 それを剣士は上体を仰け反らせて避け、そのまま体を捻った。今度は、サンジの真横から刀が彼を攻めてくる。 サンジもまた体をバック転の要領で、剣を避ける。そして、今度はサンジの方がそのまま足を回転させた。 剣士は、咄嗟に後ろに跳び下がり、なんとかそれを避ける。 「すげぇ・・・・。」 二人の攻防に誰もが息を飲む。 と、そこへ、剣士の後ろで何かが光った。 咄嗟のことで、誰もが視界を奪われる。 それは、サンジも同様で・・・・・。 「・・・・・っっ!!」 何が光ったのかわからないが、ヤーヴェン達の瞳が再び開いた時、真っ先に目に入ったのは、サンジの咽に剣士の剣が当てられた光景だった。 辺りを静寂が包む。 勝利をしたのは剣士だ。 だが、その当の剣士は、苦虫を噛み潰したようにして呻いた。 「ゴク船長・・・・・。俺は、別にアンタの助けなどいらないといつもいってるはずだ・・・・。それなのに・・・!」 「何言ってやがる、デュナミス!てめぇがもたもたしてやがるから、俺が手助けしただけじゃねぇか・・・。武器も持たねぇ相手にいつまで掛かってんだ!!」 海賊船の船長、ゴクは、ニヤニヤ顔を隠さずに大声で怒鳴った。 どうやら発光弾か何かを放ったと思われるが、一対一の戦闘をしている二人に水を差したのだ。 「それでも助けは必要なかった!!」 剣士は、吼える勢いで船長に苦情を言うが、その間も隙はできない。サンジはただ今だに緊張を強いられたまま会話をする二人を見つめた。 誰かが、「卑怯だぞ!」と声を荒げたが、それも海賊の一睨みですぐに掻き消えた。 「海賊なんだ。卑怯なのは、当たり前だろう?」 ゴク船長は、大斧を床から引き抜きながら、前に足を進めた。 ドシンドシンと響く足音は、死への秒読みか。 「もはや、これまでか・・・・。」 力なく呟いたのは、ニューウェイ号の副船長だった。 それを証拠に、体の大きな海賊は、今まで二人の戦いを見守っていたニューウェイ号の連中の真正面に立った。 ぶぅん!! 大きな斧を振り上げたと思ったら、あっという間にその場にいた全員が順にバタバタと倒れていった。 「な!!!」 サンジの目の前で、次々と倒れて行くニューウェイ号の仲間達。 「ヤーベェンッ!!ウォルッッ!!」 誰も何も言う間もなく、倒れていった。 サンジは思わず駆け寄ろうとしたが、それを目の前の剣が阻んだ。 キッと顔を上げて剣士を睨みつけるが、二人の戦いを邪魔された時に動揺した表情も今は冷静さを取り戻したように冷たく、目を細めてサンジを見つめ返した。 「これが、この船長のやり方だ。俺も気に食わないが、今は耐えるしかない・・・・。」 「ちくしょう!!」 サンジは、ぐっと奥歯を噛み締めた。 咽に当てられた剣を思わず握り締める。そのまま、剣を退かして立ち上がろうとしたが、やはり、剣士の言葉にサンジは動きを止めてしまった。 「死にたくなければ・・・・・・いや、奴を倒したければ、今は我慢しろ。」 「!?」 仲間の死を目の前にして、今この瞬間を耐えれば、この卑怯な海賊を倒すことができるというのか。 「俺はいつか奴を倒す。お前もついて来い。」 「・・・・え?」 「俺は海賊の一味になったが、俺の目的はあいつらを倒すことだ。お前も俺と同じようにゴク船長を倒したければ、この海賊の仲間になれ。でなければ、今すぐに殺されるだけだ。」 予想外の言葉に、目を見開くサンジを見下ろし、剣士は、剣を握ったままのサンジの手を上からそっと外してやった。 「血が出ている。コックなんだろう、お前は?コックは手を大事にしないといけない。」 咽元に突きつけていた剣を外し、鞘に収めると、剣士は屈んで懐から出した布切れをサンジの手に優しく巻いた。 「よし!」と包帯変わりに巻いた布に満足するとスッと立ち上がり、すでに船内から宝を運び出すよう指示を出している男に声を掛けた。 「ゴク船長。」 「あぁ?」 すでに頭の中はお宝のことしか入っていない船長は、思い出したように後ろを振り返り、生き残っているサンジに視線を移した。 「こいつは強い。使えると思う。連れて行く。」 剣士の言葉に船長は、ジロジロとサンジを値踏みするように見、顎を撫でながらニヤリと厭らしい笑いを浮かべた。 「あぁ、そうだな・・・・。いろいろと使えそうだ。連れていけ。」 一言告げると、興味はまたすぐに宝に移ったのか、大声で部下達に指示を出し始めた。 「行くぞ、立て。・・・・仲間のことは残念だが、仕方が無い。強い者のみが生き残る世界だ。」 剣士は、サンジの腕を掴んで立たせた。 サンジはただただされるがまま、目の前の男の行動を見つめるしかなかった。 |
09.07.14
あっけなく次の海賊船へ・・・。