すれ違う思い 重なる思い8




「まだまだ次の島まで日数が掛かるのかぁ?」
「わかんねぇから楽しみなんだろうが・・・。でも、そうだなぁ、大きな獲物があるといいなぁ。」

わいわいと騒ぎながら暇を連呼している男の横につまみを置いたサンジは、男達の会話に苦笑する。昼間から酒を飲むのも致し方ないのか。暇に託けて酒を飲み、お互いに次の島のことを「どうだろうな。」と話し合っていた。
そのすぐまた横で、すっかりとサンジの料理の虜になった男、マルクがやはり手にしていた酒をぐびりと仰ぎながら、あぐらをかいて海を見渡した。
同様に、マルクとは対称で小柄な男、ベンジャミンが手摺りに凭れていた。小柄と言ってもやはり戦闘能力はかなり高いのだろう。腰に2本の刀を下げている。
最初、彼の姿を見た時、サンジは一瞬三刀流の男を思い出したが、見た目はまったく正反対。脇に差している剣もまったく種類の違うものだった。ゾロと違って、ベンジャミンは両刃の剣を愛用していた。
顔を上げると前甲板では、宴会と思しき騒ぎで盛り上がっている。男とは本当に宴が好きな生き物だなぁ、とサンジはしみじみ思った。





アザレア島を出てから、すでに2週間が経っていた。

その間に海賊の襲撃が3回ほどあったが、腕自慢の男達はそれを喜々として迎え撃った。
やはりというか、当たり前というか、自他共に戦闘力の高さを誇るニューウェイ号の客達に、海賊たちはその3回ともあっけなく海の藻屑となった。
襲撃してきたのは、名もない海賊だった。賞金首ではあるだろうが、その額は世間では知名度と共に大したことのない扱い程度の連中だった。
元々が金に飽かせての道楽旅を過している連中だ。だからなのか、懸賞金には目もくれなかったのに、サンジは驚きを隠せなかった。サニー号にいた頃ならば、わずかの賞金も見逃すことはない。もっとも、自分達も海賊なので、それは実現できないことなのだが。
サンジは最初の襲撃のことを思い出していた。
その時サンジは、まだ船に乗って日が浅いせいか、それともただの優男と思われているせいか、誰もが彼を守ろうとしてくれた。

「おいっ、サンジッッ!!お前は厨房に隠れてろ!こいつらは俺達が片付けてやる。外が静かになってから出て来い!」

真っ先に彼を庇って、戦闘の真っ只中に飛び込んでいったのは、やはりマルクだった。それに次々と他の連中が続く。
サンジもその輪に加わろうかとも思ったのだが、相手を見れば、確かに戦闘力は大して感じられない。ならば、気の良い連中に任せて自分は料理に没頭しようと踵を返した。
戦闘が終われば、きっと誰もが腹を空かして食堂に来る事だろう。
それが、わかっているのか、コック長もヤーヴェンも厨房から出なかった。どころか、サンジにさっさと手伝えと怒鳴っている。

「いつもなのか?」
「何が?」

じゃが芋の皮を剥きながら、サンジは隣りで魚を卸しているウォルに聞いた。コック長はスープに集中しているのか、鍋の中を見ている。

「いや、海賊の襲撃とか、わかるっちゃあわかるが、いつもこんななのか?」
「あ〜、まぁ、こんなもんだ。今まででこの船が危険な目に会ったことはほとんどない。あまりにも強い相手だったら俺達も加わるが、実力揃いの客達だからな。そんなことはめったにない。俺達はただ戦闘後に腹を空かした連中の腹を満たしてやるだけだ。」

動かす手を止めずにウォルは答えた。スープが完成したのか、疲れた肩を解しながら横からヤーヴェンが会話に加わった。

「前回、コックが一人亡くなったのは、たいして戦闘力もないくせに、手出しをしたからだ。俺もウォルももちろん闘えるが、あくまで俺達ぁはコックだ。人手が足りなければ戦力として加わるが、そうじゃなけりゃあ出て行くこともねぇ。下手に出て行きゃあ客に怒られちまう。獲物を横取りするなってよ!」
「ふ〜〜ん。」

サンジは、そっけなく返事をした。
見た目は似てても、やはりバラティエのコック達とは違う。彼らは率先して戦っていた。もちろん、戦闘専門の連中がいなかったという事実があるからだろうが。

「そういやぁ、お前はどうなんだ?闘えるのか?」

ウォルが思い出したようにサンジに聞いてきた。「あぁ。」と答えるつもりが、横からコック長が変わりに返事をしてくれた。

「こいつは、島で見つけた流れのコックだ。本来なら、闘えるコックというのはそうそういない。いるとしたら、東の海のバラティエだけだ。あそこの連中にゃあ、俺も敵わねぇが、ここはグランドラインだ。そこのコックに会うこともねぇ。サンジに同じことを求めるな。俺は料理の腕を見込んで船に乗せた。いざとなりゃあ、俺が助けてやる。心配するな!」

最後はサンジに向かって吐いた言葉だ。ヤーヴェンにとって闘うコックとは、まず会うこともない連中なのだろう。
この船に乗るきっかけになった時も、島のレストランでは海賊船に乗っていたことは言っていない。下手に言えば雇ってもらえないだろう、ととある商船でコックをしていたことになっている。
もちろん、ヤーヴェンもその言葉を信じているのだろう。
『バラティエ』の名が出てきて、サンジはちょっと懐かしく、そして嬉しくもあったが、せっかくのコック長の気持ちを無駄にすることはないだろう。しかも、過去の職歴を偽ったのは自分だ。いざという時は自分が率先して戦えばいいだけの話だ。確かに、この船には、料理をする為に乗ったのだ。
サンジはありがたくヤーヴェンの言葉に頷いた。


のんびりと下拵えをしていたら、歓声が小さく厨房にも届いた。
やはり誰もが言っていた通り、今回の戦闘もものの1時間もかからずに終わった。
コック達は慌てて食事の用意を急いだ。







その後、5日前の戦闘を最後に、船は優雅に海を渡っている。まだあれから日数はさほど経っていないのだろうに、もう平穏な日常に飽きたのだろう。
しかし、酒宴もそろそろお開きにしないと、夕食に差し障るだろう。
サンジは、マルク達に軽く声を掛けてから、酒宴の片付けに入ろうと足を前甲板に向けた時、妙な気配を感じた。

「!?」

目を凝らして海原を見つめるが何も見えない。
酒宴をしている輩を振り返っても、誰も何も気づいた様子もない。


でも。


もう一度、目を細めて水平線を見つめた。


来る。
何かが来る。危険な気配を辺りに撒き散らしてこちらに向かっている。




突然様子の変わったサンジに「おい?」と誰かが声を掛けるのも無視して、サンジは走った。
通り過ぎる誰もが驚いた顔でサンジを見送る。何人かが不審に思い声を掛けるがそれも無視した。

急いで操舵室に飛び込むと、サンジは船長に叫んだ。

「何かが近づいてる!!確認してんのか!?」

突然の乱入者に、一瞬誰もが緊張した面持ちを見せるが、それが最近入ったコックだとわかると軽く笑って肩を竦めた。

「どうした?確か、こないだ乗船したコックの・・・・・サンジだったか?」

副船長が笑いながらサンジの肩をポンと叩いた。まだ誰もこの緊急事態に気づいていなかった。

「誰も気づいていないのか?見張りは何やってんだ!!」

いきなり怒鳴られて、船員の一人の表情が変わった。

「お前!ただの新入りコックが何言ってんだ!!」

そうサンジの胸倉を掴んだ瞬間、操舵室に叫び声が響いた。

「海賊船だぁぁぁぁ!!」

それは上部見張から拡声器を通しての声だった。

「もうすぐそこにやってくる!!急いで戦闘配備を!!」
「な!!」

拡声器から届いてくる危険な知らせに船長達は顔を見合わせた。

「よくわかったな・・・。お前、ただのコックじゃないのか?」
「そんな話はどうでもいい!兎も角、闘える奴らは全員準備をしろ!!この気配は今まで戦ってきた連中と格が違う!ヤバイぞ!!」

今までも何度となく海賊とやりあってきた。海王類も倒してきた。戦闘では負けたことがない。
だから、誰にも負けない自信がこの船の連中にはある。勝てない相手がいるとしたら、しいていえば世に名高い七武海や四皇ぐらいか。
それだけの自負があった。
だからだろう。船長も慌てる様子もなく、サンジの言葉に穏やかに笑った。

「お前さんはこの船に乗ってまだ日が浅いだろう?知らないからそう言うんだろうが、慌てなくていい。ここの連中は半端なく強い。お前さんは厨房で隠れてな!」

半ばバカにしたような声で副船長が笑った。




だが。


サンジにはわかった。
ここの連中の戦闘能力もすでにわかった。コックの二人はヤーヴェンが言うようにバラティエの連中よりも弱いかもしれない。が、客として乗っている格闘家達は、確かにそこいらの海賊よりはよほど強いだろう。それは認める。
しかし、この近づいて来る気配は只者ではないことを告げている。
ルフィやゾロとまでは言わないが・・・・いや、彼らと張るほどの強さを持っていることが空気を通して伝わってきた。

サンジは唇を噛み締めた。

「舐めてると痛い目を見るぞ。下手をすりゃあ全滅だ!!」

そう告げても船長も副船長も、その周りの全ての乗組員は一瞬は緊張を強いられたが、やはりどこか甘さを含んだ穏やかさでサンジの言葉を聞き流した。

「チッ!」

口で言ってもわからないのか・・・。


「おいっ!お前は危険だ!」

サンジは踵を返すと、船長が止めるのも聞かずに甲板に向かって走り出した。



甲板に出ると、誰もが武器を抱えてウズウズした表情を見せていた。舌なめずりをしている者もいる。
皆、敵を迎えようと活気づいていた。
自他共に認める最強の格闘家達だ。それなりに相手の力量も測れるだろうはずなのに、しかし、誰一人として、相手の力量に気づいてないようだ。


誰もわからないのか?相手のこの気配が・・・・。


「サンジィィ!!危険だ!厨房に入っとれ!!」

誰が叫んだのかわからないが、首を縦に振ることはできなった。


来る!!!



前を見上げれば、大きな帆船が目の前に現れていた。



09.06.19




              




サンジはコックさんvv