すれ違う思い 重なる思い7




「兄ちゃん、ホント助かったよ。前の島でコックが一人殺されちまったからよぉ・・・。人手が足りなくなって困ってたんだ。」

ガハハと物騒なことを平気で言って大笑いする男は、声に似合う大きな体を揺すっていた。コック長のヤーヴェンだ。
サンジは苦笑すると、手にしているフライパンに集中しながらも、後ろにいたコックの指示に耳を傾ける。今炒めている料理ができたら次の料理の段取りの話だ。


サンジが乗った船。ニューウェイ号は、未知なる行き先と襲い来る海賊、海王類に立ち向かうべく冒険を求めた連中が乗った客船だ。
客船というだけあって、乗っているのは金持ち連中ばかりだ。が、ただの金持ち連中ではない。金に飽かして、暇つぶしと自分の腕試しをしたいという豪傑達ばかりだった。
暇に剣を習って、その腕を実践で使いたい。大物を狩って、国で自慢をしたい。そんな連中ばかりが乗った船だった。もちろん、自分自身は腕がないため、腕っ節の強い男を部下にし、自分は指示を出すだけで強くなった気でいる軟弱な貴族なんかも乗っていた。
どちらにしても、ただの怖がりや、普通の感覚を持った連中ではないことだけは確かだった。
行き先も、島の名前を消したエターナルポースを客がくじを引く形で決められる。まさに行き当たりばったりという感じだ。ログポースを使っているわけではないので、目の前の島を通り過ぎることも度々あった。もちろん、目の前の島に補給で寄ることはあるが、基本的に目指す島でない時は、客は島に降りることがない。ただただ単純にエターナルポースが示す名前もわからない島を楽しみにしている。
そんな連中の中にサンジはコックとして乗り込んだ。


この船にはサンジを含めて3人のコックしかいない。船に乗っている客は30人はいる。それ以外にも客が連れている護衛や、乗組員を含めると50人以上はいる。しかも、体の大きな豪傑達の食事量は半端ではないだろう。単純に考えれば3人で対応するのは正直キツイだろうが、普段、何十人分もの量を食べていた船長のおかげで大量に料理を作ることに慣れたサンジにはさほど苦にはならない量だった。
まぁ、腕前はともかく今は自分が一番したの新米コックだ。下拵えも皿洗いも全て言い渡されるが、それらを今まではずっと一人で賄ってきたのだからそれすらも気にならない。
何でもこなし、腕前も一流である新米コックはこの船にはありがたいばかりだろう。しかも、少人数なので、揉め事さえ起こす暇もないし、するつもりもない者同士だ。サンジの腕前も認めているからか、自然と仲良く付き合うことができた。

「で、次は何を作ればいいんだ?」
「あぁ、デザートの仕上げを頼めるか?」

背の高く若い男がサンジを振り返る。若いと言ってもサンジよりも10は上だろう。腕前もサンジに引けを取らない味を出している。いや、彼の方が年上なのだからサンジよりも腕前が上でも不思議ではないだろうが、経験年数はサンジの方がいくつも上だった。年齢と経験年数の違い。そして、少人数の環境。それが、お互い、いいライバル関係を作った。彼の名前はウォルと言った。
まだ新米にあたるサンジはウォルの指示に素直に首を縦に振った。いかに腕に自信があってもまだ自分はこの船ではペーペーに過ぎない。それに料理方法は別にしても、ウォルの方も先輩風をあまり吹かないから素直に言う事を聞けた。
また、料理長もウォルの方も、新しく入ったコックに手取り足取り教える必要がないことは、この少人数の状態ではありがたいことだった。
みなが、それぞれ良い形で動く事ができる。

あらかたの食事の支度が終わり。それらをレストランホールに運んだ。やはり、ウェイターとなる従業員も最小限の人数しかいないので、コック達も自然手伝う形になる。
客船といっても、客は食欲旺盛な連中ばかりなので、てっとりばやく食べられるバイキング形式での食事がほとんどだった。マナーに煩い連中でもない。料理のほとんどを一纏めにテーブルに置いた。
レストラン中央に用意された大きなテーブルにデザートになるムースを最後に置いて、全ての準備が整った。

「じゃあ、お客様に食事の時間だとお伝えしていいぞ!」

コック長のヤーヴェンの声がホールに響き。ウェイターがレストラン脇で眠っている電々虫に手を掛けた。それがそのまま館内放送として船内に流れる。

「お待たせしました。お食事の用意ができました。皆様、レストランルームの方までお越し下さい。」

放送と共に、待ってました!とばかりにドヤドヤと大男達がレストランに入ってきた。どれもこれもみな、客という言葉が不似合いなほどの風体だ。だが、その誰もが金に飽かせて好き勝手に狩りなどを楽しんでいるのだろう。もちろん、中にはどう見ても貧弱な貴族風の男達もいるが、それらを囲んでいるのは、やはり見た目からまるで海賊か海軍かという強面達だった。
ガツガツと掻き込む勢いで食事を取る男達に、脇で様子を見ていたサンジは苦笑した。ルフィ達ほどではないが、やはりおいしそうに食事をとる様は見ていて気持ちが言い。そして、コックとしてなによりも嬉しい。
ふと、新たな料理を求めて、席を立った男が腕を組んで背を壁に凭せているサンジに目をやって大きな口を開けてニカリと笑った。その体の大きさに似合わない爽やかな笑いを向ける男にサンジも釣られて笑う。

「アンタか?新しいコックってのは。」
「あぁ・・・・。どうした、何か不味かったか?」

男が皿を手にしているところを見れば、次の料理を食べようというように見える。ただ、まだこの船の乗客の好みはしっかりと把握しきれていない。料理の味に何か問題でもあるのかと気になって、つい聞いてしまった。
そんなサンジの内心を払拭するように、男は首を横に振った。

「いやいや。その逆だ!ここ最近、アンタがこの船に乗ってから格段に料理が美味くなった。食事の時間が楽しくなった。いや、それだけじゃない。なんだか体の様子が違うんだ。力が漲るっていうか・・・・栄養をしっかり体が取っているっていうか・・・・なんだか調子がいい!アンタ、よっぽど腕のいいコックなんだな?」

あぁ、そういうことか、とサンジはほっとした。いや、それどころか、目の前の男の賞賛がコックとしてなにより嬉しい。
今の船は、船の規模が大きいお陰か、食料庫が充実している。しかも、夜中にコソコソ盗み食いするような輩もいない。もちろん、腹を空かしたと、食べ物を求めてやってくる連中もいないことはないが、コックの管理の下、酒を飲みすぎることはあっても無駄に食べ過ぎることはない。誰もが海の怖さを知っている連中ばかりだった。もっとも、コック長のヤーヴェンの話によれば、航海の最初の頃、何度か危なかった時期があったらしい。客とはいえ、ずっと寝食と共にする仲間に近い。ヤーヴェンの指導の効果もあり、誰もが食べ物を大事にするようになっていた。

バンバンとサンジの肩を叩く男の後ろから、何やら不穏な空気が流れた。

「いや〜〜〜、マルクくん。今の言葉は、コックとしては嬉しいが・・・・・・。じゃあ、今までは不味かったのかね?」

ど太い声が名前を呼ばれた男の後ろから届いた。
誰が発した声かは顔を見ずともすぐにわかり、サンジはクックッと笑いを噛み殺す。同時にやはり、声の主がわかったマルクは冷や汗を流した。

「あ・・・・・あぁ。ヤーヴェン・・・・・いや、コック長・・・・。俺はそんな・・・・・・・いやいや、前からここの料理が美味いのはいうまでもないじゃないか・・・・。」

恐る恐る振り返るマルクは、口元は笑い、目は怒りを表している男にヘコヘコを頭を下げた。
対して、普段はきちんと礼儀正しく言葉使いもきちんとした男が、今は立場が逆とばかりに、怒鳴りつけていた。
腕力だけでいうならば、このコック長のヤーヴェンも並み居る兵と違わないだろう。それを証拠に、ヤーヴェンに追いかけられているマルクを誰も助けようとはしなかった。もちろん、冗談半分なのもわかっているのだろうが。誰もが笑って部屋を走り回っている二人を見ている。
サンジはとうに離れた魚の形をしたレストランを思い出した。あれからどれくらい月日が流れているのだろう。あそこも、コック達は、どんな海賊が襲ってきても立ち向かう強者ばかりだった。
冒険を売り物にしている船に乗るだけあって、ここのコックもきっと強いのだろう。まだその実力はしっかりと見たことはないが、普段は大人しいウォルもきっと見た目とは違って強いのだろう。

いい船に巡り会えたな。

やはり、自分がサニー号を降りるのは、決まっていたことなのだろう。
サンジも今だに走り回っている二人を見て、今度は声を出して笑った。






誰もが腹を満たして満足げな顔を見せている。
ある者は、部屋へ戻り、ある者は甲板に出ているのだろう、遠くから話し声がちらほらと聞こえてきた。
だが、やはり船乗り同様の連中は、酒を浴びるほど飲むのが当たり前なのだろう。ほとんどの連中が食事を終えても、今度は飲む形に移行して席を離れなかった。
それを承知しているのだろう。コック長を始め、ウォルもつまみになるものを作っている。サンジは形だけとはいえ新米になるので、今は皿洗いに専念していた。もちろん、サニー号にいた頃は食事全般に関してサンジがこなしていたから、皿洗いも苦にはならない。
折角だから、と皿についた泡を落としながら、横目で何かしら参考になるだろうレシピを横目で見た。
やはり食べるメンバーが体力を必要とする連中だからか、栄養の行き届いた、そして腹に溜まるものが多かった。

どこもかしこも船の中は同じなんだな、とサンジは動かす手を止めず、目を細めて隣で行われている作業を見つめた。



あぁ、あれは俺もよく作る料理だ。
お、俺の知らないレシピだ。そうか、あの魚は生の時は、ちょっと甘めに味付ける方法もあるのか、なるほど・・・。

知っているレシピも、知らないレシピもたくさんある。
サンジはコックとしての喜びが胸の内から湧き上がってきた。一人で、船の料理全般をこなす時と違って、何人かで料理に携わるのは、やはり新鮮だ。ワクワク感が止まらない。

ここの連中とも気があう。
麗しいレディはいないが、楽しくて仕方がなかった。


09.05.28




              




しばらくゾロは出てこないかも・・・。ごめんなさい。