すれ違う思い 重なる思い12




「俺のものになってくれないか。」
「・・・・・・・な!?」





先ほどまでは、一緒にゴクを倒す仲間として、サンジを求めたのに・・・・。
ほんの僅かの間に、どうしてこんな話になってしまうのか。サンジにはわからない。



「突然・・・何言ってんだ!!」

あわあわと右手を引っ込めた。強く握っていたわけではないので、すんなりとその手はサンジの元へと帰ってくる。

「サンジに惚れたようだ。」
「な・・・・・何い・・・っ、言ってんだ!お・・おれ・・・俺達は、さっきまで敵同士で戦って・・・・。あんら・・・・じゃねぇ、あんたの過去の話を聞いたとはいえ、会ってまだ半日も経ってねぇじゃないか!?」
「一目惚れってあるだろう?」

デュナミスがニヤリと笑う。どこかで見たような笑みだ。

「いや、そ、それ違うだろ!!さっ・・・さっきまでそんなこと言ってねぇし!!それにゴクに言った言葉はただ単にその場のごまかしだろうが!な、そうだろう!?」

言葉を噛むのは致し方ないのか。かなりうろたえているのが目に見えてわかる。突然の展開にサンジはおどおどしだした。そのサンジのあまりのうろたえ方にデュナミスはつい笑みを溢す。

「この船に乗って始めてなんだ。俺を肯定してくれる奴は・・・。」
「いやいやいや、それがどうして『惚れた』になるんだぁ!!」
「別にいいじゃないか。サンジを気に入ったのは確かだし!」
「だから、それ違うって!!」

避けるように手を振りながら、サンジは後ずさった。
今までのしんみりとした空気は何だったのかと言うほど雰囲気が変わった。

「サンジ。」
「っ・・・!」

真っ直ぐ見つめられて、名前を呼ばれて、サンジは動きを止められてしまった。
デュナミスの瞳は、決して揄ったものではなくて、真剣そのもので。



この瞳。どこかで・・・・。





まだ、そう遠くない昔。
そう、サニー号だ。
同じような瞳で、同じようなことを言われた。

同じ短髪とはいえ、髪の色も瞳の色も違う。背だってゾロはサンジと大して変わらないのに、デュナミスはサンジよりも頭一つ高い。
剣だってゾロは3本もあるのに、デュナミスの腰には1本しか下げられていない。
全然違う人間だ。

それでも。
デュナミスがサンジのことを昔の恋人と雰囲気が似ている、と言ったように。
デュナミスもゾロとどこか似ているようにサンジには感じられた。



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「・・・・・・。」




大きく深呼吸しながら、サンジはゆっくりと瞼を下ろした。



ゾロ・・・・・・。




今はどこにいるのかわからない、大切な人の名前が浮かぶ。



やっぱ、ゾロのことが好きだ。



本人がいないからなのか、それともデュナミスの言葉に触発されたのか。
サンジはそっと目を開ける。

「・・・・・俺には好きなヤツがいる。好意を持ってくれるのは嬉しいが、あんたの気持ちには応えられない。」

自分の気持ちを素直に言葉にすることができた。『好きなヤツがいる』と、本人には伝えられない言葉を口にした。

「それはさっきの船に乗っていた奴か?だったら、俺もソフィアが忘れられないが新しい感情を受け入れるように、サンジも徐々でいい。」
「そうじゃねぇ。」
「さっきの船の奴じゃないのか?故郷に恋人でも置いてきているのか?」

サンジは首を横に振った。

「だったら・・・・。」
「このグランドラインのどこかにいる。」
「このグランドラインの・・・?」
「・・・俺は逃げたんだ。あいつから・・・。」
「逃げた?」

サンジは俯いたまま、呟くように告白した。

「俺は、さっきの船に乗る前に別の船に乗っていた。そこで、仲間に告白されたんだ。だが、そいつの夢は世界一の大剣豪だ。あいつは、夢の為に・・・・只管闘っている。ミホークを倒すことだけを考えて・・・・前だけを向いて、進んでいる。だから、俺はあいつの妨げになっちゃいけねぇって・・・船を降りたんだ。」
「ミホークを倒すって・・・・剣士なのか?そいつ・・・。」

今度は首を縦に振った。

「そうか・・・。」

話の流れで相手が誰だか思い当たったのか、デュナミスの眉が思いついたように跳ねた。

「もしかして・・・・その剣士ってのは、ロロノア・ゾロじゃないのか?」

とたん、サンジの顔が上がる。簡単に言い当ててしまうことにサンジは驚きと同時に、何故だか腹立たしかった。それだけゾロは有名なのだろう。
その表情にデュナミスは自分の出した名前が当たりだと理解した。

「どうして・・・わかった?」
「『ミホークを倒す』という段階で相当の剣士でなければ出てこない言葉だ。イーストブルーでの勝負の話も世間ではあまり知られていないが、剣士仲間じゃ有名だ。そうか・・・・。じゃあ、サンジは、麦わらの一味にいたのか・・・・。どうりで強いはずだ。しかし、相手があの海賊狩りじゃあ・・・・。」

腕組みをしてデュナミスはふむ、と考える仕草をする。がそれもつかの間。

「剣士ってのは、相手が強ければ強いほど、勝負を挑みたくなるもんだ。そうか・・・・ロロノア・ゾロか・・。」

戦いを前にしたような笑いを浮かべる。その表情は、やはりゾロそっくりだ。

「ゴクを倒すことだけが、俺の願いだったが・・・・新たな目標ができたな。ロロノア・ゾロを倒すのもまた俺の目標になりそうだ。」

デュナミスの言葉にサンジは驚きを隠せない。

「な、何言ってんだ!あいつの強さは!!」

叫ぶサンジをデュナミスは笑顔を見せて、抑えた。

「もし、麦わら海賊団と出会えれば、ゴクも倒せるだろうし・・・・それでロロノア・ゾロも倒せれば一石二鳥だ。ま、その前にサンジには、俺のものになってもらう予定だけどね・・・。」

腕を組み、あっけらかんと言う。デュナミスの予想外の言葉にサンジは開いた口が塞がらなかった。














結局、意外にもサンジは捕虜としての扱いは受けず、割と自由に船内を動くことができた。
また、コックということで船の厨房に入れてもらってコックとしての仕事もこなすことになった。

「まるで仲間と変わらない扱いだな・・・・。」

ポツリと呟きながら、サンジは手にした包丁で目の前の魚の頭をダンと落とす。まな板からはみ出るほどの大きさの魚をいとも簡単にさばくその腕前に、元々いた船のコックはほぅと感嘆の息を漏らした。
この船のコックは一人しかいない。コックの名は、フロッグと言った。名は体を表すというべきか、見た目もかえるそっくりな小柄な男だ。笑い声さえも、ゲロゲロとかえるの鳴く声に似ている。

「それだゃけ、船長はあんたを迎え入れようってごとなんだゃろうな?」

しゃべりが多少濁って聞き取りにくいが、すぐに慣れた。

「まさか?俺はあいつの首をいつ狙うかわかんねぇような男だぜ?」
「あぁ、ぞう言って結局、船長を倒すごとができなぐて、すっかり仲間になっち"まった連中はいくらでもいる。それに、他所を知らんからわがらねぇが・・・海賊船のコックと云っち"ゃあ戦闘には使えねぇ俺んような下働きの人間がやってるもんだゃと思ってぇいたが、でめぇは本当のコックなんだゃなぁ・・・。」

目の前で見事な包丁捌きにフロッグは感嘆のため息を吐いた。

「まぁな。料理を教えてくれた人は荒くれ者の海賊には変わりなかったが、一流のコックでもあったぜ?」

包丁をくるくると回しながら、サンジは苦笑する。確かにこの船に乗っているコックはたった1人でコックとは言えない状況だ。料理も、大雑把な味付けや盛り付けばかりだ。お世辞にも美味いとは言い難い。それでも、食べる方もそれで済んでいるのだから問題はないのだろうが・・・。

「ぞれで毒でも盛らなぎゃ、ごの船にゃあ本当にいい逸材だゃよ。」

途端、かえる男は目の前にビシッと包丁を突き付けられた。喉元に包丁を翳された男は思わずヒッと声を詰まらせる。名の通り、喉がかえるのように上下する。

「悪ぃが、俺は海の一流コックだ!!例え、不本意でこの船に乗ったとしても、決して毒は盛らねぇ。コックとしての誇りをそんなことで汚すつもりはねぇ。どんな奴でも腹を空かしてりゃあ食わせるのが俺の仕事だ!」

据わった目にドスの聞いた声で凄まれて、男は動かせない首の変わりに目で返事をした。ビクビクしながらも素直に目で答える男に、サンジは今度は口端を上げながら包丁を下げる。

「わかりゃあいい。ところであんた。」
「フロッグだゃ。」
「あぁ、そうだったな・・・。悪ぃ。」

サンジは包丁を再度魚に振り下ろして、調理を再開した。

「本当に今まで料理を適当にやってきたのか?」

動かす手を止めないで、肩で溜息を吐く。この船に乗って最初に食べた食事を思い出す。どうみてもあれは料理というよりエサと言う表現が似合うようなシロモノだった。もちろん、味の方も、お世辞にも美味いとはいえない。

「悪がっだゃな!ぞれでも、ぞれなりに作れるようになったんだゃ。しょうがゃねぇだゃろうが・・・。昔の戦闘で負傷じてから、足が動がなぐなっち"まったんだゃから・・・。」

彼が言うとおり、フロッグの右足は動きが悪い。ずず、ずずと引きずるようにして歩く。走るなんてことはまったくできない。だからだろう。戦闘には一度も顔を出さずにずっと厨房に籠って料理をしていると言っていた。

サンジは故郷にいる男を思い出す。どんな理由であれ、足を失うということは、海賊をやっていくことができないことには変わりはないのだろう。が、フロッグに同情するつもりはサンジにはなかった。フロッグは、故郷にいる男とは違って料理に対する意欲がまったくない。ただただ毎日、坦々と料理しているだけだ。足が悪かろうが両手はあるのだ。両手がしっかりとあるのにそれを上手く活用していない。それに、足を武器とする自分も、一歩間違えば、そうならないとは限らないのだ。

「ま、俺がここに来たからには、あんたはのんびりとすればいいさ。」
「確かに、ごごの連中は大飯食らいばかりだゃ。ぞれでも見でいると、すんなりと連中が食べるだゃけの量を作るんだゃから大したもんだゃ!」

フロッグは改めて感心したようにサンジを見つめた。

そうこうしている内に、若い連中が何人かドヤドヤと食堂にやって来る。

「おい、フロッグ!こいつ、きちんとやってんだろうなぁ?」

下っ端の連中の一人が厨房を覗き込みながら、フロッグに声を掛けた。サンジはチラリと顔を上げる。

「船長が飯を所望だ!できてっか?」
「あぁ・・・。」

そう言って、いくつかの皿が乗ったトレーをカウンターに置いた。どれもこれも出来上がったばかりで温かな湯気を出している。大きな肉の乗った皿も大ぶりなだけでなく、誰にもわからないだろうが何かしら美味しそうなソースまで掛っている。添えてある野菜も彩りよく、きちんと見た目も楽しめるような出来栄えだ。
目の前に出された料理の匂いに、若い下っ端の男はゴクリと唾を飲み込むが、慌てて「いやいや」と首を振った。
回りの連中も見たことのないような料理に思わず目を丸くしてサンジを見上げた。
声を掛けた男は、何かを我慢するような表情でサンジを睨みつける。

「まさか毒なんて盛っちゃいねぇだろうなぁ?おい、フロッグ、きちんと見張ってろよ!」

フロッグに話を向けた途端、やはり、この男も包丁を首に突き付けられてしまった。回りにいた他の連中もあわてて懐から銃やら剣を取り出す。

「悪いが、コックの誇りにかけて毒なんて盛らねぇ。信じられねぇなら、いい。俺がこれを食べる。料理が勿体ねぇ。」

目の前の美味しそうな料理を下げようとして、男は慌てた。

「いやいや!悪かった!!美味そうな料理だ!!これを船長に持ってったら俺達にも作っちゃくれねぇか?」

サンジが下げようとした皿を咄嗟に奪いとる勢いで手にする。そのまま急いで食堂を出ていく。もちろん、「絶対、美味い料理を食わせろ!」と捨て台詞とは思えない言葉を残して。
他の連中も釣られるようにして、皿を持った男に付いて慌てて出て行った。最後に出て行った男は厨房から漂う匂いに後ろ髪を引かれるのか、名残惜しそうにしていた。

それから10分もしない内に先ほどの連中が駆け込むようにしてやってきた。
慌てた様子で、カウンターからサンジを呼びつける。

「さっきと同じやつ、俺にも食わせてくれ!!」
「俺にもだ!」
「待て待て、俺が先だ!!」

我先にと食事を強請る連中にサンジはよほど今までの食糧事情が良くなかったな、とチラリとフロッグを盗み見た。
彼は、もう自分には手の届かない領域とでもいいたげに片付けに専念していた。それでもやはりそれまでのコックとしての立場とプライドがあるのだろう、チラチラとサンジに視線をやる。
サンジは内心、もしフロッグに意志があれば料理を教えてもいいと思う。

それよりもまず・・・・。

目の前に連中に大皿を出した。
それは船長用とは多少違ったが、それでも美味そうなことには変わりなく。
一斉に伸びる手にストップを掛けた。

「そっちのテーブルに置いてくれ。まだまだこれから作るから心配せずに食べていいぜ?食事は順番制なのか?」

この船の食事のルールがわからないサンジは、目の前の男に聞いた。

「あぁ、いつもは俺達下っ端は食事は最後だが、今日は幹部連中は戦利品の仕分けで忙しいから先に食っていいってお達しがあった。俺達が一番最初だが、これからドンドン他の連中も来る。テーブルによって分けられているが、船長以外は全員ここで食事だ。今日は幹部連中は遅いかもしれんが、残り物は出せねぇから、きちんと最後まで料理を作らねぇといけねぇ。できるか?できなかったら、この料理、俺達が食うわけにはいかねぇ・・・・。」

話していくうちに、もしかして目の前の高級レストランのような食事にありつけないのではないかと思ったのか、男の声が小さくなっていく。
サンジは、コック魂が燻られて思わず苦笑する。

「心配いらねぇ。きちんと全員分作ってやる。存分に食え。」
「本当か?」
「あぁ、まだ勝手がわからねぇが、そのうちリクエストも聞いてやる。」

途端、男の顔に笑みが浮かぶ。

「わかった!考えとくから絶対食わせろよ!」
「あぁあぁ、とりあえず今は目の前のもの、食え!!」
「あぁ!」

喜び勇んで男は目の前の皿を手に取り、テーブルについた。
戦闘になれば、鬼のような形相で暴れまわっている連中も、いざ美味そうな料理を目の前にすると、途端子どもにでも戻ったかのような様子にサンジは苦笑した。

さぁ、これから暫く俺の戦場だな。


「よし!」と呟くとサンジは次の料理を手掛けた。
例え仲間を殺した相手でも、腹を空かした奴には食べさせる。そんな己のコック魂にサンジは内心苦笑してしまったが、それでも目の前の料理を喜んで食べてくれる様を見ると悪い気はしなかった。


09.10.17




           




今度こそゾロを!!