すれ違う思い 重なる思い13




バタリ


大きな音を伴って揺らいだ体が甲板に倒れ伏した。その体の下からゆっくりと血が甲板に広がっていく。
だが、そんなことはどうでもいい、と、目もくれず、剣士はふぅと軽く息を吐くと、刀についた血を薙ぎ払う。
今回は、三刀流となるまでの必要はなかった。手にした刀は一振りだけ。


ここ最近、また強くなったわね。


近くでお宝を自船に運び出そうとウソップ達に指示を出していた女性は、横目で剣士を見つめた。


偶々出くわした海賊から襲撃を受けた。相手は、麦わら海賊団の顔ぶれを見た途端の襲撃。
単純に懸賞金の額を見ただけならば、おいそれとは襲って来なかったかもしれない。が、出会ってすれ違いざまに船長ののほほんとした陽気さと意外にも少ない一味の人数に、『勝てるのでは?』と錯覚を起こしたのだろう。
しかし、それがその海賊の間違いだった。
100人以上いた海賊は、烏合の衆と呼ばれても仕方がないほど、あっけなく倒されてしまった。しかも、ルフィではなく、ゾロ1人に。
最初は、ルフィも戦闘に加わるつもりで敵船に乗り込んだのだが、ゾロの闘気に手を出すのを止めてしまった。

「まぁ、ゾロ。頑張れや!」と一言口にして、後は、まるで観客にでもなったかのように、マストのてっぺんで横になって見物を始めてしまった。鼻をほじりながらのんびりと観客然としている様子に、敵船の船長も怒り露にルフィに向かっていったが、ルフィの一撃で倒された。
船長が倒れれば、あとはあっけなかった。元より、大して実力のない海賊。言葉通り、ゾロの独壇場になった。
闇雲に襲いかかってくる敵は、あっけなく全て甲板に沈んでいった。

誰一人立った者がいなくなった甲板を確認すると、ゾロは早々に自船に引き返す。お宝の持ち運びはウソップ担当というところだろう。
そして、血濡れのまま、マストのベンチに座り、腕を組んでゴロリと寝る体制に入った。
なんだか今まで戦闘をしていたとは思えないほど、坦々とした様子だった。

ナミもお宝を手にしてサニー号に戻って、通り様にもう一度、ゾロをチラリと見る。
彼が纏う空気は変わった。
きっかけは、やはりサンジが船を降りたことだろう。

ナミは、はぁ〜、と大きく息を吐いた。



サンジを失ってからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

サンジのことを諦めたのか、ゾロはサンジが船を降りてから一度もサンジの名前(元々名前は呼ばないのだが)を口にすることはなかった。
まるで今までも彼がいなかったかのようにチラリとも触れない。
誰かが食事時に、「サンジの飯が食いてぇ〜!」と叫んでも、知らん顔だ。話を振っても無視をする。食事もまだ新しいコックがいないせいもあって、質素なものだが、それも気にせず、さっさと飯を食らい、さっさとラウンジから出ていく。
しかもそれだけではなく、他の仲間達にも一線置くようになった。
もちろん普通に会話はする。与えられた仕事はこなす。鍛練は怠らない。面白ければ笑う。ルフィの「宴会だ!」では、酒は止めなく飲む。そんなところは変わらない。
変わらないのだが・・・・何かが変わった。
誰もがそう気づくほどに、やはり一歩下がった位置で仲間を見ている。




サンジくんのバカ!!




ナミは、心の中で罵倒する。


と、目の前にいる男にもついでに罵倒したくなって、あからさまにゾロの傍でお宝の試算を始めた。それがわかったのだろう、ゾロは片目を細く開けて舌打ちする。が、移動する気はないようだ。ナミはそのまま芝生の上に座り込んで、ウソップ達が運んだお宝に手を掛けた。

「あら?」

何かしら見つけたのだろう、不思議な顔をして貴金属に埋もれている中の一つのネックレスを見つけた。
何故、それに目がいったのかわからない、という風にナミはそれを手に取る。高価なものではない。しかし、気になったのだ。

「これ・・・・・・って・・・・・あ!!?」

突然、大声を出したナミに誰もが、驚き、注目する。

「これ・・・・・これって、・・・・そうよ!間違いない!!」

ナミはネックレスを持つ手をわなわなと震わせながら、立ち上がる。しかし、上手く立ち上がれないのか、ガクリと膝が崩れた。咄嗟に手を差し伸べたのは、一番近くにいた剣士だ。

「どうした?ナミ。」

突然、様子のおかしくなったナミに、顔に皺を寄せてナミの持つ物に目をやる。とたん、ゾロの目が驚きに見開いた。
それが合図になったように、ナミは舵を握るフランキーに振り返り、声を荒げた。

「戻って、フランキー!!すぐに!さっきの海賊船のところに戻って!!急いで!」

半ば悲鳴に近い叫びに誰もが驚きを隠せない。が、ナミを支えるゾロもまた慌てた様子を隠せないようにナミ同様にフランキーに目を投げる。

「なんだってぇ?まぁ、まだすぐそこだから戻れなくはねぇが・・・・なんか忘れ物か?」

意味がわからないが、とりあえず舵を大きく回す。180度に旋回するサニー号の先端にナミは隠さずに急いだ。ゾロもそれに続く。
誰もが釣られて、甲板の先端に集まる。
幸い、先ほどの倒した海賊船はまだ視界の端に確認することができた。

「どうしたんだよ?ナミ・・・。何かあったのか?」

ルフィは船首のサニーの頭の上で帽子を押さえながら、ナミを振りかえる。

「これ・・・・。このネックレス、見覚えがあるの・・・。そしてその裏面にも・・・・。」

チャラとナミの手から垂れ下がるネックレスに誰もが注目する。

「そのネックレスがどうかしたのか?どこにでもあるような、そう大して高価なものには見えないが・・・。」

ウソップが不思議そうにナミを見つめる。と、その隣にいるチョッパーが「あ!」と声を上げた。

「どうしたんですか?」

ブルックが不思議そうに尋ねるのをチョッパーが答えた。

「俺、そのネックレス見たことあるぞ!確か、サンジがつけていたやつだ。ナミから貰ったってすごく喜んで見せてくれたから覚えてるぞ!」

チョッパーの言葉にナミが続けた。

「そう・・・・私が誕生日プレゼントとしてあげたものよ。1000ベリーだったし、デザインが良かったからきっとサンジくんに似合うと思って・・・。」
「って、値段の話はいいよ!!」

ビシッとウソップが突っ込むが誰もがスルーだ。

「青の小さな宝石がサンジくんの瞳の色と同じだから気にって買ったの。だから覚えているわ。」

四角がいくつも重ねられたようなデザインの中にちりばめられている青い宝石。もっともイミテーションだろうが、それでもその青はサンジの瞳にラップするような綺麗な青を輝かせていた。ぐっと握るチェーン部分は途中で千切れていて何かの拍子に首から外れたのだろう。先ほどの海賊がそれを持っているということはサンジのいた船と遭遇し、戦闘にでもなって千切れたのか、それとも。
もちろんゾロもサンジがつけていたネックレスのことは覚えていたのだろ。眉間の皺が深くなった。
誰もがサンジの行方を想像して、無言になる。

そうこうしている内にすぐに先ほどの海賊船に戻りついた。

「行こう。」

ルフィの言葉に留守番のフランキーだけを残し、あとの全員は先ほどの海賊船に再び乗り込む。
まだ、屍があちこちに転がって、自分たちの行動に思わず目を瞑りたくなるが、お互い海賊だ。言い訳も言い逃れもするつもりはない。もちろん亡くなった人間の冥福を祈るのは人として行う。
軽く目を瞑ってから、それぞれに散ってサンジの形跡を探す。

「サンジィィ〜〜〜〜〜!!」

ルフィが叫ぶと、それに続いてあちこちでサンジを呼ぶ声が木霊した。
だが、サンジ自身がいなかったのは、さきほどの戦闘でもわかっている。
もしや、知らなかっただけで船底にでも監禁でもされているのか。いや、あの男に限ってそれはないだろうと思う。が、基本、他人に優しい面がある。万が一、ということもないわけではない。
逸る気持ちを押さえながらゾロは階段を駆け降りた。牢になっているらしき部屋の扉を順に足で蹴破る。
が、どこもかしこも誰もいなかった。誰かが監禁されていた形跡が残るのみ。または、すでに亡くなった白骨死体があるのみ。残る布切れから女性とわかるが、それだけだ。

「ちっ」

舌打ちを隠せない。流れる汗が止められない。
それでもゾロは順番に部屋を捜し歩いた。

ウソップとチョッパーは一緒になって格納庫あたりを探す。
ナミとブルックは幹部達が使用していただろう部屋を順に回った。ルフィは甲板をもう一度歩きまわる。ロビンはその横で目をあちこちに咲かして探す。
誰もが船を虱潰しに回った。

船長室らしきものをナミが見つける。

船長はルフィが一撃で倒した。甲板でその姿を先ほど見た。

ギィと音を軋ませて、ナミが船長室に入った。ブルックはその後を追う。

「なんだか、さっきまで人がいたのに・・・・不気味ですねぇ・・・。」

自分の方がよほど怖い様相をしているのに、怖がりにブルックは、ナミにしがみ付く。

「ちょっとぉ、ブルック!邪魔!!」

軽くブルックを払うとナミは、船長専用のテーブルに近づく。お宝を持ち出した時には、引き出しは見たものの、テーブルの上は触らなかったのだろう、綺麗に整理されたまま残っている。
隅に航海日誌が置かれたままになっていた。


何か、サンジに繋がるヒントとなるものがあるかもしれない。


ナミはその海賊の航海日誌を見つけた。
パラパラとめくると数日前の記述に目を留める。

「○月×日・・・・・・客船ニューウェイ号に遭遇。冒険家で格闘家が乗っていると噂の船だ。だが、襲撃された後のようで、乗組員全員死亡の模様・・・・・。船に残されたマークから・・・、ゴク海賊団に・・・・・・襲撃されたと・・思われる・・・・・・。僅かに・・残っている・・・・お宝を運ぶが・・・大したものは・・残っておら・・・・・・ず・・・・。」

声を出して読み上げるうちにナミの声がわなわなと震えだした。

「客船・・・・ニューウェイ号って・・・・・。ニューウェイ・・・・・この船って・・・・まさか・・・・・。」
「ナミさん・・・。」

パタンと航海日誌を閉じると、それを持って、ナミは顔を上げた。

「戻りましょう、ブルック・・・・。ここにサンジくんはいないわ・・・。」
「ナミさん、大丈夫ですか?顔が真っ青ですよ。
「・・・・・・大丈夫よ・・・。私は大丈夫・・・・。」

そう答えたのにも関わらず、ナミはガクリと膝を落とした。

「ナミさんっっ!!」

ブルックが差し出す手をナミは拒まなかった。その細い体に縋りつく。

「うっ・・・・・・・・うぅ・・・・・・っっ・・・・。」
「ナミさん・・・・・・。」

体の震えを抑えることができない。ナミは縋りつく手を込めた。
ブルックは、どうすることも出来ない。

「うわわわわわぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ナミは大声を上げて泣くことしかできなかった。



09.10.30




         




漸くゾロ出てきたけど・・・ちょっと・・・。