すれ違う思い 重なる思い14




「サンジくんは亡くなったわ・・・。」

ナミは持ち帰った海賊の航海日誌を膝に乗せて、ポツリと呟いた。




結局、予想通りというべきか、サンジは海賊船では見つからなかった。
あれから半ば混乱したナミを抱えながらブルックが仲間を呼び、捜索していた面々が揃った所でサニー号に戻った。
ナミの様子から想像ついたサンジの行方に、誰もが口を噤む。
それから黙ったままラウンジに集まり、みんなしてナミが落ち着くのを待った。ナミは椅子に座ったものの、泣くばかりだった。それぞれが席につき、静かに時を待つ。
海賊船とは、まだ離れていない。

どれくらい時間が経ってからだろうか。ナミは、まだしゃくり上げるものの、冷静さを取り戻したようだ。
彼女の中で、整理がついたのだろか。
ナミの口から洩れた最初の言葉が、皆にサンジの死を伝えた。



「どういうことか、説明してくれないか・・・。」

いつもは陽気なルフィでさえ、真剣な眼差しでナミを見つめる。普段、人の話など聞かない男が納得がいかない、と説明を求めた。

「これ・・・・。」

コトンと膝の上に抱えていた航海日誌を机の上に置いた。

「あの海賊船の航海日誌ね・・・・。何が書いてあったの、ナミ?」

いつも冷静なロビンでさえ、声が僅かに震えている。
ロビンの言葉に促されて、ナミは軽く頷くと、海賊船で開いたページを再度捲る。ブルックは一度聞いたので静かに座っているだけだが、他の面々は、誰もが日誌を覗き込むように乗り出した。
ただ一人、ゾロは、後ろのカウンターに腰かけたまま、腕組みをして動かない。

「○月×日、客船ニューウェイ号に遭遇。冒険家でもある格闘家達が乗っていると噂の船だ。だが、襲撃された後のようで、乗組員全員死亡の模様・・・。船には多数の死体が転がっていた。船に残されたマークから、ゴク海賊団に襲撃されたと思われる。僅かに残っているお宝を運ぶが、大したものは残っておらず。」

ナミは、今度は冷静に読むことができた。
予想の範疇内であったのか、それとも想定外のことで、言葉も出ないのか。誰も何も言えないため、室内は静かだ。
いや。
ガタリと音が響いた。誰かが動揺のあまり、椅子に躓いたようだ。
その音が切欠となったのか、ウソップが静まり返ってしまった空間に最初に声を発した。

「いや、いや、ちょっと待てよ。ナミ・・・。だからって、それがすぐサンジが死んだって結論になるわけないだろうが!!」
「そ・・・・・そうだよ!サンジが死んだって書いてあるわけじゃないし!」

ウソップの言葉にチョッパーも付け足すように口を挟んだ。

「航海日誌には、書いてあるわ・・・・・。ニューウェイ号の乗組員、全員死亡って・・・。それがどういう意味か・・・・・、わかるでしょ?」
「でも、・・・・もしかして、船が違うかもしれねぇじゃねぇか!サンジが乗ってた船じゃねぇかもしれねぇ!!」
「じゃあ、これはどこからきたの?」

ナミがシャラと音を立てて、サンジが付けていたであろうネックレスを持ち出した。

「サンジのじゃねぇかもしれねぇ!!」

ウソップがなんとか事実を変えようと、泣きながら言葉を続ける。

「私だって信じたくないわよ!!でも、これでも違うって言えるの?!」

ダン!!とナミが机を叩いた。音に驚き黙るウソップにペンダントトップの裏面を見せた。
そこには、明らかにサンジの名前が刻まれている。もはや、否定のしようもない物的証拠だ。

「言ったでしょ?私がサンジくんにプレゼントしたものだって・・・。買ったところで名前も掘ってもらってるの。サンジくんの誕生日と名前・・・。サンジくん、とても喜んでくれて・・・・「ありがとう、ナミさん。」ってすごく素敵な笑顔を見せてくれて・・・・・「大事にするよ。」って言ってくれて・・・・それからお礼にって、美味しいオレンジのケーキを焼いてくれて・・・・それから・・・・。」
「もう、いいよ。ナミ・・・。」
「ルフィ・・・。」

止まらなくなったナミの言葉を止めたのは、ルフィだった。
ナミはルフィを振り返る。

「それでも、サンジが死んだって、おれは信じちゃいねぇ。」
「ルフィ・・・・・だって・・・。」

ナミはまた、涙が溢れ出してきた。後から後から止まらなく流れてくる。

「ナミは、サンジがそんなに簡単にやられるヤツだと思うか?」

ニカリと笑った笑顔はそれでもいつもほどの明るくさはなく、ぎこちなさが見え隠れしている。
でも、ルフィがそう言うなら、彼の言葉は信じられた。
ナミは首を横に振る。

「だろ?ウソップやチョッパーが言ったようにサンジが死んだってそこに書いてあるわけじゃねぇし!」
「ルフィ・・・・・。」
「サンジが死んだって確認できたわけじゃねぇ!!だから、大丈夫だ!!」
「・・・うん。」

今度のルフィの笑顔はぎこちなさが消えた。逆に首を振るナミに励まされたように。

「な?ゾロ!」

すぐ後ろに位置するゾロをルフィは振り返り、同意を求めた。

「あぁ・・・・・船長・・・・。」

だがしかし、ゾロの言葉と裏腹にその口調は暗いもので。ルフィほど、真にサンジの生を信じた風には見えなかった。
それは、他の誰もが同じで。
しかし、それを口にしてはいけないとその場の空気が伝えた。
ルフィの言う通り、サンジが死んだと確認できたわけではない。

「そうだな・・・・あんな強いコック、そうそういねぇ。」

フランキーが呟くように言った。

「だろ?サンジが簡単にくたばっちまうもんか!!」

ハハハハハ、とウソップの乾いた笑いが響く。無理をしているのは明らかだが、誰もそれを否定しなかった。
ウソップの言葉にチョッパーも「そうだ、そうだ!」と頷く。
ブルックも同意見のようで、ヨホホホと笑った。
ナミも漸く涙を拭う。

「そうね・・・・・。きっと、サンジくんのことだからどこかにいるはずよ。もしかしたら、その襲撃した海賊船に乗ってみんなやっつけちゃってるかもしれない・・・。」

ナミの言葉にロビンは笑みを浮かべながらも、眉を寄せる。

「だといいけど・・・・・相手は相当な海賊よ。」
「ロビン!」

キッとナミがロビンを睨みつける。ロビンは「ごめんなさい。」と謝ると「ただ・・・。」と言葉を濁した。

「何かあるのか?」

フランキーが眉を上げた。

「そのニューウェイ号を襲った海賊・・・、昔の、他の海賊船に乗っていた頃の古い情報だけど・・・ゴク海賊団のゴク船長はかなり卑怯で容赦のない男で有名だったから・・・・。」

ロビンの言葉に誰もがまた暗く黙りこくる。

「でも・・・・そういえば・・・・。」

ロビンが顎に手を掛けて、何かを思い出したように顔を上げた。

「そう・・・・・思い出したわ。そのゴク海賊団の船長のゴクは、襲った連中を船に乗せてなぶり殺しにしたり、おもちゃにしたりと気まぐれなところもあるみたいだから・・・・・安心はできないけど・・・・サンジくんが生きている希望がないわけじゃないわ・・・。」
「ロビン!それ、本当!!」

ナミの顔がぱあっと晴れる。
ほんの僅かだが、希望が持てた。

「ただし・・・そのゴク海賊団の消息がわからなければ、話にならないわ・・・。」
「っっ!!」

肝心の相手の居場所が見つからなければ、どうしようもない。
ナミは唇を噛みしめ、ウソップは拳を握りしめた。フランキーもブルックも項垂れる。

「別にいいじゃねぇか、探さなくても。」

後ろから、まるで皆のこれからの行動を先に制止するかのような言葉に誰もが振り返った。

「ゾロ・・・・。」

「そもそも、この船を出て行ったのはあいつの意思だ。その結果がこれだ。だったら、俺達が探す義理はねぇ。このまま航海を続けるだけだ。」
「そんな・・・・。」

あまりの言葉に誰もが表情を険しくする。

「ゾロはいいのか?このままで・・・・。もしかして、そのゴクって奴に酷い目にあってるかもしれないんだぞ!」

チョッパーがトテトテと歩み寄り、震える声でゾロを見上げる。

「・・・・っっ。」

ゾロとてサンジのことを考えれば冷静でいられるわけがないのは、先ほど海賊船を捜索した時の様子からわかるだろうに、無理をしているのだろうか。
誰もがゾロとサンジのことを知っている。認めている。だが、当人達ばかりが、それを認めない。いや、当初はゾロはサンジへの思いを自ら認めていた。なのに、今ではそのために船を降りたサンジのようにゾロもまたサンジへの気持ちを失くしたと言うのだろうか。
チョッパーの言葉により、さらに皆の注目を浴びたゾロは居心地悪さを感じた。チョッパーは単純にサンジのことを心配しての言葉だろうが・・・。
それでも、ゾロの中には一つの結論が出たのだろう。
はっきりとした口調で再度、皆に意見を述べる。

「それがあいつの選んだ道だ。俺達がどうこうするもんじゃねぇ・・・・。コックは死んだんだ。俺はそれでいい。」

まるで先ほどまで狂ったようにサンジを探しまわっていた男の言葉とは思えない冷淡な結論を、ゾロは出した。

「ゾロっっ!!」

ゾロの足元でチョッパーが悲鳴を上げる。ナミも椅子から立ち上がりゾロを睨む。ウソップも誰もが悲壮な表情を晒した。

「あいつがいた船が海賊船に襲撃されて、全滅だってわかったんだ。そこに証拠のペンダントもある。襲撃した海賊の行方もわからねぇ。だったらあいつは死んだと判断するのが妥当じゃねぇのか?本当に生きているかどうかわからない、その海賊の行方もわからない。それに、あいつは自分でこの船を降りたんだ。だったら、捜す必要はねぇはずだ!」

ゾロの言うことも確かに正論である。

「でもっ!!さっき、あんただって必死に捜したじゃない!?それなのに、サンジくんを諦めるの!?」

ツカツカと、今度はナミがゾロの目の前にやって来る。

「あぁ、あいつは死んだ。俺はそれでいい。」
「ゾロッ・・・。」

ナミは、一旦は掴んだゾロの襟元からゆっくりと手を離す。

「いいのか、ゾロ?」
「ルフィ。」

離れた位置からルフィがゾロを真正面から見つめる。

「本当にいいのか、ゾロ。サンジを捜さなくて・・・。お前はサンジが死んだと納得することができるのか?」
「あぁ。どのみち今は、あいつを捜して航海していたわけじゃないだろうが。別に航路を変える理由がねぇ。このまま先に進むだけだ。」
「そうか。」



ルフィはしっかりと頷くとナミに視線を動かした。

「ナミ、このまままっすぐ次の島を目指す。航路は変えねぇ。」

ルフィの決断はもはや変えることはできないだろう。

「ルフィ・・・・・・わかったわ・・・。」






サニー号は何事もなかったかのように、再びグランドラインを進んだ。


09.11.28




          




ゾロが酷い奴ですみません