すれ違う思い 重なる思い15




「ルフィ・・・どうしてサンジくんを捜すって言わずにゾロの意見を通したの?あんただったら絶対サンジくんを捜すって言うかと思った・・・・。」

サニーの横で、ナミは沈む夕日を見つめながら視線を変えずにルフィに問うた。ルフィはルフィで、サニーに乗って前を見据えたままだ。

「それが今のゾロにはいいかと思ってよ。」
「ゾロのため?」

サニー号は夕日を右手にまっすぐ進んでいる。海が沈む太陽に赤く染められているのに対象に空の上方は暗い闇が落ちつつあった。
日は綺麗な赤を海に広げている。空の暗い青と海の明るい赤。こんな美しい景色が見られるのは、天候から見てもそうそうはないだろう。
ぼんやりと海の景色を堪能しながら、ナミはほんの僅かに揺らす風に髪を押さえた。

「今のゾロじゃあ、もし、今、サンジを捜して見つけたとしても、結局、元となんら変わらないかと思ってよ。」
「どういうこと?」
「さぁ?」

ナミが不思議そうにルフィを見上げる。が、ルフィの答えにならない答えにナミは顔を顰める。だが、ルフィの言葉は続いた。

「ゾロもサンジもお互いにもっと相手を信じる力が必要なんだ。だから、今は遇わない方がいい。」
「ゾロも・・・サンジくんも?」
「ゾロもサンジもだ。」
「意味がわからないわ・・・。」
「わかんなくてもいいよ。」
「そんなぁ・・・。」

ナミの視線はすっかりルフィに釘付けだ。
普段なら頭の回るナミも、こと人の心の機微には今一聡いとは言えないかもしれない。いや、そういうことではないのか。
ルフィは兎も角、ゾロやサンジは、体力や戦闘能力は怪物並でも心の機微は人並みと思っていた。だがやはり、心の在り方すら怪物と一緒なのだろうか。
なんせ、ルフィがわかったような口を利く。
なんとなく納得できないが、怪物同士は怪物同士の心がわかるんだ。人間には到底わからないものがあるのだろう。ナミは、そう自身を何とか納得させる。

「ルフィが言いたいのは、きっとまだまだお互いのことを信用しきれていないってことかしら・・・。」

突然横から流れた綺麗なアルトにナミは目を丸くした。

「ロビン!!」

いつの間にそこにいたのか、手すりに肘を掛けて頬杖をつきながら、ロビンもナミの隣で美しい赤と青のコントラストを眺めていた。

「ロビンならわかるの?」

ナミが自分だけわからないのが悔しくて口を尖らす。

「私も本気で人を好きになった経験がないから、よくはわからないけど・・・・。」

ロビンは軽く微笑んだ。とても魅力的な女性だとナミ自身も思う。自分だってそれなりに容姿には自信はあるが、自分とは違う色香というものをロビンは持っている。大人の魅力というものだろうか。それを身につけるにはいろいろ経験が必要なのかもしれない。

「ゾロもサンジくんもまだまだ若いから真っ直ぐにお互いを求めて突き進むだけでしょう?それはそれで・・・若いうちにしかできないことだし、悪いことだとは思わないけど・・・、二人が求める夢を思えば、それだけじゃいけないってことじゃないかしら?」
「う〜〜ん。相手を好きってだけじゃいけないの?」
「ごく平凡な生活をして、ごく平凡な人生を送るのならそれでもいいでしょうけど、二人の行く道の先は平凡とは到底言えない。もっとも、この船に乗った段階で平穏な人生が送れるとは思えないけど・・・・。」
「うん・・・・。」

ナミは少し俯いた。それを言うならば、自分もきっとそうなのだ。思わずチラリと横目で船首で前を見つめる男を見る。
それを察して、ロビンは補足とばかりに言葉を続けた。

「あなた達の場合は、・・・そうね。彼、あんなんだから、また別の問題があるでしょうけど・・・。」

クスリと浮かべる笑みは、決して嫌味なものではなかった。

「でも、きっと彼も人を好きになるってことを、愛することはきっとわかってるわね、さっきの口ぶりからは。」

ロビンは、目線で主語の変わりを示す。
先ほどルフィが発した言葉を思い浮かべる。彼はなんと言ったか?
そうだ。『相手を信じる力が必要だ』って言ったのだ。ルフィは恋愛に聡いとは到底思えない。それでも、彼の口から発せられたそれは、きっとどんな形の愛情でも、根底は同じということなのだろう。

「そうね・・・・。」

ナミは、今度は空を見上げた。いつの間にか太陽は海に隠れ、空は暗い闇を広げていた。だが、真っ暗にはならずその中に、光量の強い星が、あちこちに輝きだした。
ふといなくなった彼を、消息のわからない男の顔を思い浮かべる。

「サンジくんのことだから、きっといろいろ考えすぎちゃったのかなぁ。」
「だからこそ、離れて正解なのかも・・・。ルフィの言う通り、本当にお互いを信じることができるようになれば、きっとまた会えるわよ。」
「ロビンもやっぱり、サンジくん、生きているって思うの?」

ほんの少しだが、不安に思っていることを尋ねる。

「あら?この船にいた人間がそう簡単に死んじゃうと思うの?」

ロビンが風に靡く髪を押さえる。つられてナミも両手で自分の髪を押さえた。先ほどよりも風が強くなってきた。

「あの航海日誌を見た時は、サンジくんが死んじゃったって、ショックだったけど・・・・。でも、信じられるわ。サンジくん、きっとどこかで生きているって・・・・・。」
「ゾロもきっとそう思ったのよ。だからこそ、サンジくんを『捜さない』って言ったんじゃないかしら・・。」
「サンジくんが死んだと判断したのに?」
「彼、サンジくんが死んだと思ってないわよ、きっと・・・。」

もはや、美しい赤は消え、濃い色を見せだした海を見つめるロビンに釣られて、彼女に視線を合わせていたナミも海を見つめる。
彼が愛してやまない海。出てきた風の所為か、少し波が荒くなった気がする。ザザと飛沫の音も耳触りになりつつあった。気づけば、瞬き出したはずの星は、見えなくなっている。

「風が出てきたわね。もしかして、天気が崩れるかも・・・。ちょっと、展望室へ上がるわ。」
「ナミ!」

夜が訪れ、暗くなった海に天気が崩れるとなると、やっかいだ。
足早にそこを離れようとするナミをロビンが今一度、引き止めた。
「何?」と振り向くナミは、すでに航海士の顔になっている。

「あなたもきっと大丈夫よ。ゾロとサンジくんもだけど、あなたの恋もきっと素敵なものになると思うわ。」

ロビンの言葉に一瞬、暈けた顔を晒したが、すぐに恋する女の顔を覗かせた。

「ありがと、ロビン!!」

サンジが見たら、きっと女神だ!と騒ぎ立てる笑顔を見せて、ナミは展望室へと足を急がせた。
ロビンは、風が強くなってもサニーにそのまま座っている船長を見る。その後、後ろの芝生で大口を開けて寝ている剣士に眼を移した。
どちらも、恋という文字には到底縁がなさそうだが、それでも表に出さなくとも感情豊かな連中ばかりだ。
どちらも幸せになってもらいたいと思う。



その前に・・・。

「ルフィ、ゾロ。天気が荒れるらしいわ。ナミちゃんの指示が出たらすぐに動けるように準備しないと!」

それぞれの肩に手を咲かして、声をかけた。
ルフィは、「わかった。」とニカリと笑い。
ゾロは、欠伸を噛み殺しながら、それでもすんなりと起きた。きっと眠りは浅かったのだろう。
と、拡声器からナミの、やはり天気が荒れることが告げられる。
人数の少ないこの海賊船は、誰もが働かないと嵐を抜けることができない。ましてや、今は、ナミまでではないが、海のことをよく知っている人間が一人少ないのだ。
それぞれ、迫りくる嵐に対応すべく機敏に動きだした。
















夜ということもあって、多少、対応が鈍ったが、それでもなんとか嵐を越えた。
今は先ほどまでの嵐がうそのように晴れ渡り、ぽっかりと丸い月がサニー号を照らしている。いや、月だけでなく、無数の星が空一面に輝いて、目を見張るような美しい夜空を演出していた。
しかし、誰もが疲れ切っていたので、早々に疲れを取るべく、風呂も食事も簡単に済ませ、ベッドへと向かう。

「じゃ、悪いけど見張りよろしくね!」

ナミが、もう大丈夫と双眼鏡を外して振り返ると、ベンチで酒を喰らっていたゾロが「あぁ。」と相槌を打った。

「もうっ!飲んで寝ないでよ!!ま、もう天気も安定したし、今日は月明かりもいいから、襲撃とかはないでしょうけど・・・。」
「寝ねぇよ。」
「ホントかしら・・・。」

キツク睨みつけるが、「あ、そうだ。」と手をパンと叩いた。
懐から、シャラと音が伝わる。

「これ・・・・。」
「・・・・・。」

ナミが手にしているのは、サンジの形見ともいえるネックレス。

「何で俺にくれるんだ?」
「だって、あんたが持っているのが一番いいかと思って。」
「クソコックにやったのは、お前だろうが。俺は関係ねぇ。」
「そうだけど・・・・。でも、あんたが持っているのがいいと思うの。」

本当はさっき渡したかったけど、渡しそびれていたから。とナミは暖かく微笑む。いつものゾロに向ける顔ではない。
そんなナミにゾロは、瞬きをした。

「今度会ったら、あんたの手からサンジくんに渡して欲しいの。」
「俺が?・・・・って、あいつが生きているって思ってんのか?」

ソファに座ってギロリと見上げる。ナミはゾロの前で大事そうにネックレスを手にして立っていた。

「これを見つけた時・・・・・・、航海日誌を見つけた時は、絶対生きているって思えなかったけど、でも、今は思えるの・・・。サンジくん、どこかで生きているって・・・・。ゾロもそう思うでしょう?」
「さぁな。」

ぶっきらぼうに外を眺めながら答えた。

「ウソ!サンジくんが生きているって信じてるくせに・・・。」

ふん、と鼻息荒く、ナミはゾロの膝の上にサンジのネックレスを落とした。

「てめっ!」
「じゃ、見張り、頼んだわよ。」

軽く手を振ってナミが梯子を降りると、ゾロは酒瓶を片手に窓枠に頬杖をつく。膝の上のネックレスはそのままだ。
本当に、先ほどまでの嵐は何だったのだろうというくらい綺麗な夜空だった。

「生きている・・・・のか?」

ポツリと自分で溢した言葉に、思わず眉間に皺を寄せてしまう。
確かに、みんなの前では、サンジは死んだものと宣言した。それでいいと言った。このまま先を行こうと提案した。
誰もがサンジを捜しに行こうと言ったものの、船長のルフィはゾロの意見を尊重してくれた。
どのみち、捜すとしてもどこを捜していいのかわからないのだ。

ゾロの意見が通り、このまま航海を続けることになったのだが、誰もが心の中にサンジのことが引っかかっているのは、明らかだ。
かく言う自分も表には出さないが、サンジのことが気になってぐるぐると頭が回っていて眠ることもできなった。
今日の今日だ。早々に納得できるものではない。
いや、今日のことじゃなくても、きっといつまで経っても彼の死は納得できないだろう。

そういえば、夕方、嵐が来る前にナミとルフィの会話、ナミとロビンの会話が風に乗って耳に届いてきたのを思い出す。
彼らの会話すべてが聞こえたわけではないが、どうやらサンジに関係する話だったのはわかった。
サンジが生きている前提で話をしていた。それどころか、自分とサンジの関係についても考察している。

「ちっ・・・。」



自分の気持ちを伝えたくて、でも、サンジにはそれが伝わらない。それどころか、逃げるようにして船を降りてしまった。
サンジが船を降りた直後は、それを認めたルフィともギクシャクして居心地が悪かった。
一時は、自分が気持ちを伝えなけらば、サンジは船を降りなかったのだろうか、と悩んだりもした。自分の話をきちんと聞かずに船を降りたサンジを恨みもした。
今だに怒りが収まらなくて、半ば八つ当たりのように仲間と一線を置いて接している。それではいけないと頭では、わかっているのに。

でも、今日の出来事を振り返るとなんだか、ルフィの言いたいことが、ぼんやりとだがわかるような気がしてきたのだ。
そのきっかけは、今この手にあるネックレスだろう。

ナミがお宝からサンジのネックレスを見つけた時は、頭が沸騰するかと思った。
それがあった海賊船には、気が狂うような思いでサンジを捜した。
この船に戻ってナミの言葉からサンジの死が伝えられても、ピンとは来なかったが、それでも認めざるを得ないと思った。だからこそ、「捜すのは止めよう。」と言ったのだ。
膝の上に視線を落とす。まだチェーンは切れたままのそれは、当時に何があったのかわかるほどに汚れていた。血もついている。
これだけ見れば、やはりサンジが生きているとは到底思えなかった。
それなのに。

ゾロは切れたままのチェーンを持ち上げた。
クルクルと回るトップにある宝石は、薄暗い展望室の中においても、綺麗な青色を弾く。



『ゾロ』




『ゾロ・・・』






目を瞑ると、声が聞こえた。
ここずっと聞くことのできなかった声がゾロの名前を呼んだ。




目を開くと現実に戻されそうで目を開けることができない。そのまま、耳に心地よい声に浸っていたい。


これはナミがコックに買ったやつなのに。自分が買ってやることなど到底できないシロモノなのに。
それでも、ゾロは、サンジが気にっていつも肌身離さない彼を気にいっていた。純粋に似合うと思った。サンジが寝ているゾロを起こす時に、サンジの首筋からシャラと聞こえる音は、ゾロを覚醒せていた。
サンジの付けている今のネックレスはゾロも気に入ってはいるが、自分の感情に気付いた時、いつか自分からもっといいものを、似合うものを買ってやりたいと秘かに思った。
その前に眼の前からいなくなってしまったが。


いや。




目をゆっくりと開いて、目の前でクルクルと回っている青い石を見つめた。




コックは・・・・。



サンジは生きている。




何故だが、そう思った。

口では彼の死を認めたものの、心の中では彼の死を認めきれない自分がいたが、そういうことじゃなくて。
何の疑いもなく、サンジは生きていると思えた。

夕方のルフィやナミ、ロビンの会話も今頃になって、ストンと自分の中に落ちてきた。



「どうしちまったんだ、俺・・・?」






『ゾロもサンジもお互いにもっと相手を信じる力が必要なんだ。だから、今は遇わない方がいい。』



ルフィの言葉を鮮明に思い出す。
そして、なんだか、今度は頭ではわからなかったが心で理解してしまった。



今までだって、彼を信じていないわけではなかった。
コックだけど一緒に戦える頼もしい仲間だ。戦いに身を置く自分にとって、食という命を預けると言っても過言ではない領域をまかせられる人間だった。
おせっかいの部分もあって、人の為ばかり尽くして、自分をいつも犠牲にして。
そんな自分とは対極の男なのに、気に入らないはずなのに、気に入ってしまった。惹かれてしまった。どうしようもなく、欲しくなってしまった。
それは今も変わらない。

でも。

でも、ルフィの言葉を噛みしめると、彼の言いたいことが言いたかったことがわかったような気がした。



口では、いろいろ言っていたが、本当の意味でコックのことを信じていなかったんだろうな。
だからこそ、焦って自分の言葉を伝えようとした。
そしてまた、サンジもゾロのことを本当には信じていなかったのだろう。
だからこそ、船を降りてしまった。
お互いさまだが、それを今、彼に伝えることはできない。
だったら、今度会った時、それを伝えるまでだ。
サンジを思っても、どんな感情が湧きあがろうと、揺ぎ無く最強を目指す強い心を手に入れることはできる。俺を信じろと。そう伝えたい。

ルフィの言葉を理解すれば、サンジがどこかで生きているがの心の中で信じられることができた。


「あぁ・・・・。これで俺はまた一つ成長できるんだな・・・。」


理解してしまえば、腕力ではなく、心が強くなったのが自分でもわかった。
今なら、サンジのことを聞いても動揺しないで対処できるような気がした。それは、彼を心配しないこととは別だ。
心配はしている。だけど、信じている。


ゾロは、持っているネックレスをギュッと握りしめる。


サンジとは、永遠に会えないとは到底思えなった。

必ず会える。




それまでに、剣の実力も存分に上げておいてやる。もう逃げ道はねぇと思え。


心の中のサンジに伝えた。







「恋や愛とか、絶対わかってねぇ男になんだか教えられちまったな・・・。」



ゾロは苦笑して、握っていたネックレスを大事に懐にしまった。


09.12.03




           




ゾロ編(?)終わり?