すれ違う思い 重なる思い16
「10時の方向に船を発見!!」 見張り台に立つ男が大声で叫んだ。 その言葉に甲板にいた人間は一斉に指差された方角を見る。船が傾くような勢いだ。 「うおおおおっっっ!!」 「ありゃあ、豪華な客船じゃねぇか!!」 獲物を見つけて雄たけびを上げる面々に紛れて、それでも少し離れた位置で、サンジは煙草を吸いながら皆が見つめる海に同じように目を向けた。 「客船・・・。襲うのか?」 「当然だろうな。」 「デュナミス!」 いつの間に来たのだろか。サンジの隣にはデュナミスが当然のように陣取っていた。 「いつもの通りだ。獲物をこの船が逃がすわけはない。」 「獲物か・・・・。」 サンジとしては、ここは見逃してもらいたいところだと思う。過去、自分がいた海賊船だったのなら、通りすがりの船が何だろうとこちらから仕掛けていったことはない。 しかし、この海賊船ではそれは無理な話だろう。なんせ略奪しか頭にないような野郎どもだ。 サンジは舌打ちした。その様を見て、デュナミスが苦笑する。 「まぁ、この船にいる限り、見たくないものを見なきゃいけないだろうな。無理に参加する必要はないが、そうすると何も手にできないぞ。」 「いらねぇよ、ンなんも・・・・。」 そっぽを向いて、プカプカと煙を吐き出すサンジにデュナミスは慰めがわりにポンポンと肩を叩いた。 と、ふと思いたってサンジはデュナミスに顔を向ける。「ん?」とデュナミスは目を合わせた。 「あんたも参加すんのか?襲撃に・・・・。」 客船のことが心配なのか、顔が曇っている。 「いや、俺は参加はしないつもりだが・・・・場合によっては、ゴクを倒すチャンスが来るかもしれないから、後ろで様子を見てる。それが大抵、今までの俺の行動だ。ま、今回は客船だからそんなチャンスはないと思うが・・・。前回のサンジのいた船の時がチャンスだったかもな・・・。」 まだあれから数日ではあったが、時間が流れたのは確かだ。 「いや、あの場合、あのクソ船長を倒すチャンスには結びつかなかったよな。格闘家の乗った船とはいえ、混戦にはいたらなかったし・・・。」 「確かに強いと言えば、サンジだけだったな。」 そう言った途端、何かを感じたのか、デュナミスがじっとサンジを見つめた。 何事か、とサンジも見つめ返す。 「いいか?絶対、来るなよ。まだこの船に乗って日の浅いサンジはきっとこの状況に、逆に客船を守ろうと思うかもしれない。だが、たった一人では無理だ。自分が倒されるだけだ。ここは、辛いだろうが目を瞑るんだ。わかったな。」 「・・・・・あんたもそうだったのか?」 これから行われる襲撃を、惨状を見たらきっと自分は飛び出してしまうかもしれない。デュナミスの指摘は当たることになるだろう。 だが、そうしてはいけないのだ。 真剣な瞳で頷くデュナミスにサンジは、唇を引き結んでコクリと頷いた。 頷くサンジを認めると、軽く抱擁をして素早く離れたデュナミスは、今か今かと客船に乗り移ろうとしている下卑た連中の後ろに待機した。 サンジはそれを見つめるばかりだ。 「サンジ!待っててくれ。もしお前に似合いのものを見つけたらプレゼントしてやる!」 その言葉にサンジはどう表現していいのかわからない顔をした。 ナミにもらったネックレスは、この海賊船に襲撃された時に失くしたようで、気がつけば首になかったのだ。取りに戻るわけにもいかないし、諦めるしかなかった。しかも、気づいたのは、この船に乗ってから数日経ってからのことだ。それすらも落ち込みの要素になった。 かなりの凹みようを知っているデュナミスは、変わりのものをいつかプレゼントしようと約束してくれたのだ。彼が一人で決めた約束だが。 それに、彼のことだがら必要以上に残忍な殺しはしないだろうとサンジは思う。強い相手を見つけた時だけ、その実力を発揮するのだ。 わぁぁぁぁ!!! ハッとすればいつの間にか襲撃は始まっていた。 耳に届く悲鳴。剣のぶつかる音。人が斬られ、倒れる音。聞いていていいものではない。 フロッグじゃないが、厨房に戻り、食事の準備をしよう。きっとデュナミス達が腹を空かして帰ってくるだろう。 目を瞑り、踵を返そうとしたその時。 きゃああああああっっ 女性の悲鳴がサンジの耳に届いた。 「ッ・・ちくしょう!!」 女性を襲っている輩に対してなのか、それとも、それを見過ごせない自分に対してなのか。 悪態をつくと、自然と体が動きだしてしまった。 もうそれは、サンジの無意識での行動なのだろう。 ハッとすると怯える女性達を後ろに、サンジは今は仲間とは言い難い海賊船の連中に対峙していた。相手は5〜6人いるだろか。 「邪魔すんのか?新入りが!!」 一人が手にしている斧から滴り落ちる血をなめながら、怒鳴った。 「レディを襲うとは、男として最低の連中だな・・・。」 目を細めて、一度捨てて空になった口に新たな煙草を咥える。ジュッと音を立てて火を点けて煙を吸う。ゆっくりとそれを吐き出すと目の前の男に蹴りを放った。 ドオオオッッと音を立てて数人が吹っ飛ぶ。 後ろで怯えている女性が「きゃぁっ!」と叫んだ。 複数の女性が甲板の隅に座り込んで、恐ろしさに身動きできないらしい。何人かがお互いに身を抱きしめる。若く美しい女性ばかりだ。放っておけば、彼女らは獣という名の連中に好きなように弄ばれてそのまま海に捨てられるだろう。 震える彼女らを後ろに庇い、サンジは靴でトントンと床を鳴らすと、臨戦体制に入った。 が。 「何してやがんだぁ!!」 ビリビリと空気が振動した。 誰もが振動の震源元を見やる。 そこには、船長のゴクが数人の幹部を従えて立っていた。 「サンジ・・・・だったよな?お前、仲間に何してやがんだ!」 ずいっと一歩前に歩み寄るゴクに、サンジは、ズリと一歩下がった。 船長のゴクと3人の幹部連中。これだけの相手を後ろの女性を守りながら戦えるのか。かと言って、素直に「ハイ、どうぞ!」と女性達を連中の前に捧げるわけにはいかない。 サンジはゴクリと唾を飲み込んだ。 やるっきゃねぇか? ジリと足場を作るべく、つま先に力を入れる。 が、ゴクの言葉に容易く力が抜ける。 「いいだろう。てめぇに免じてこの女どもは見逃してやろう。」 「え!?」 誰もが驚きを隠せない。サンジに吹き飛ばされた連中は頭を振りながら「納得いかねぇ!」「お頭!!」と大声で叫んだ。 「だが条件がある。」 「条件?」 サンジの眉が顰められる。 「ロア」 ゴクが目を細めて、幹部一人の名前を呼んだ。 途端、「きゃあっっ!」と後ろから叫び声が響く。 「しまった!!」 名前を呼ばれた幹部ロアは、隙をついて素早い動きでもって女性の一人を腕に抱えた。 「そいつは人質だ。」 「人質?」 意味がわからない。とサンジは不振な目を向ける。と、そこに何かを感じたのか、デュナミスがやってきた。 「サンジっ!」 「デュナミス・・・。」 せっかく釘を刺したのに。とデュナミスは肩を竦めた。 「悪ぃ・・・。」 言葉にはしなかったがデュナミスの表情で彼の心情を読み取り、サンジは申し訳なくて眉を下げた。しかし、それどころではない。二人して目の前のゴクを見つめた。 「サンジよぉ。てめぇがこの女の代わりになれ!」 「な!?」 予想していなかったゴクの言葉に、二人とも目が見開かれた。 「なぁ、てめぇらよぉ。この金髪の別嬪さんでもいいよなぁ〜?」 後ろを振り返り、先ほどサンジに吹き飛ばされた面々に声を掛ける。 最初、驚いた連中も、蹴飛ばされた恨みが晴らされることができることにすぐに気付いた。不満の顔が一変して嬉しそうな獣の顔になる。 「あぁ、ありがてぇ船長。俺達は全然構わないっすよ。こんな金髪の綺麗なねぇちゃんもめったにお目にかかれないんすからねぇ〜。」 一人が発した言葉に、数人がヒヒヒと笑った。 そういうことか、とサンジは舌打ちした。 ぐ、と唇を噛みしめて黙ってしまうと後ろからまた「きゃあ」と悲鳴が起きる。慌てて振り返れば、捕まった女性の首筋に刀が突き付けられていた。その足元では、数人の女性が泣き崩れている。 「サンジ・・・・。」 デュナミスが心配そうな顔を向ける。せっかく前回守ってもらったのに、とサンジは彼に申し訳なく思った。 「・・・・・わかった。ただし、彼女は離せ・・・。」 「サンジ!!」 自分が身代りになることによって、今危険にさらされている女性が助かるならそれでいい、とサンジはすぐに思った。 「いいだろう。ただし、事が済んでからだ!」 「絶対に彼女には手を出すなよ!」 「お前がきちんと約束を果たすなら、誰にも手を出させねぇよ。」 ゴクが口端を上げて厭らしい笑みを見せた。 ゴクの笑い顔に、歯がところどころ抜け落ちているし、歯並びも悪いな、とぼんやりとサンジは思った。 「こっちへ来い。」 ゴクに顎で示されて船に戻るように言われた。サンジはそのまま従うしかない。女性はロアに捕まったままなのだ。 「サンジ・・・・。」 「デュナミス。悪ぃな・・・。俺はか弱い女性が襲われるのを見過ごせなかったんだ。」 佇むデュナミスに軽く笑うとゴクと幹部連中に連れられて、サンジは今は自分の乗る船となった海賊船に戻った。 |
09.12.15
サンジ受難始まり・・・・。うぅ・・・・。