すれ違う思い 重なる思い19
サンジが船の連中に犯されてから2週間が経った。 その日は思うように体が動かなかったため、コックとしての仕事も放棄して寝ていたが、二日もしたらすっかりと体調も戻り、数日後にはサンジを好きなように甚振ってくれた連中にはこっそりとお返しをしてやった。結局それは噂になり、こっそりというわけにはならなかったが。 もちろん、それは船長のゴクの耳にも届いたようだった。 本当なら殺してやりたかったが、『殺して問題になったら後が面倒だ。』とデュナミスの言葉に従ったサンジは、彼なりに手加減したから死者は出なかったし、自分で落とし前をつけただけのこと。連中はみんな病室送りになったが、ゴクは何も口を挟まなかった。どころか笑って傍観していた風である。 元々、サンジの実力をそれなりに認めていたのもあるのだろう。元々船内の行動にさほど規制はなかったが、事件以降、デュナミス同様、サンジも好きなように船内を過ごすことができた。もちろん厨房にも引き続き入った。毒が盛られるかもしれないのに。いや、もちろんサンジは、コックとして食事に毒を盛るなんてことは絶対しないのだが。 ゴクはやはり食えない男だと、サンジは内心唇を噛んだ。 ただその後、困ったというか、どう対処してよいかわからなかったのは、サンジを襲った連中が病室送りになったことは船内では有名になり、それ以降、船長以外にもサンジに一目置く連中が増えたことだった。 病室送りになった連中の仇とばかりに襲って来る連中はまだいい。そのまま蹴り飛ばすだけだ。 逆に、サンジの実力を認めて仲間として接する連中も出てきた。最初は半信半疑だった連中も漸くサンジの腕を理解したようだ。それも、適当に対応しておけばいい。本当の仲間になるつもりはサンジにはない。 しかし、それらとは別にサンジのことを男娼紛いの目で見る連中が出てきた。もちろん最初からそういう眼で見ていた連中がいないわけではなかったが、邪な視線が一層と増えた。 ヤりたい盛りばかりが乗っている船だ。だが、肝心の女がこの船にはいない。男娼という名のついた輩も船長専属以外にはいない。 それ以外は、それらしい見目の良い者が男娼紛いのことを強要されているのを船に乗って暫くしてからサンジは知った。男同士で恋人然としている連中がいるのも目にした。海賊船とはそういうものだと知識として持っていたから、最初、驚きはしたものの、特に人ごととして気にしていなかった。 だが、今回はサンジも人ごとと言ってられなくなってきた。元々、サンジの容姿に女代わりとして見ていた連中も、最終的にはのされたとはいえ一度は美味しい思いをしている輩がいるのは噂でわかっている。ただ、正面から攻めたところで蹴られるのは目にみえているので、どう襲おうか四苦八苦している。そういう連中の視線がいつもサンジに突き刺さる。 もちろん、他と同様に適当に流しておけばいいだけのはずだが、疲れる。舐めるような視線に、いつか襲ってやろうという思惑のある視線に、兎に角疲れる。 「はぁ〜〜〜〜〜〜。」 後甲板でサンジは飛沫を上げて流れを作っている海流に視線をやって、溜息を吐いていた。船はどこへ向かっているのか、潮の流れに逆らって進んでいる。 「どうした?サンジ・・・・。」 「あぁ?ディナミスか・・・・。」 コツコツとブーツの音を響かせて、デュナミスがサンジの隣に来た。それを笑顔で迎える。 「まぁ、ちょっと疲れてよ・・・・。」 デュナミスの後から付いてくる視線を目を細めて睨みつける。遠くから窺っているのが2〜3人、影から見えた。 デュナミスもサンジの言わんとしていることがわかったのか、気配を窺って苦笑した。 「モテモテだな・・・。」 「野郎にモテたって嬉しくもなんともねぇよ!」 肩を竦めて、サンジは口に咥えていた煙草をポイと跳ね飛ばした。あっという間に煙草は飛沫の中に飲み込まれる。 改めて懐から煙草を取り出した。 「サンジはさ、どうも男心をそそる何かがあるらしい・・・。」 「はぁ?」 デュナミスから指摘された点について、サンジは手摺に凭れながら「どこが?」と目を丸くした。 「どこがだよ?少ねぇけど髭だってあるし、育ちが育ちなもんでガラも悪いし・・・。どう見てもゴクの相手している、何だったっけ?名前忘れちまったけど、あんなのみたいに可愛くも愛想もねぇぜ?」 「でも、心に思う人だって男だろう?それに女性の恋人がいた俺だってサンジに惹かれている。元々の嗜好とは関係なしに男に好かれる要素があるんだよ、サンジには。」 「要素ねぇ・・・・。」 不思議だなぁ?と首を捻るサンジの、その首筋にデュナミスは手を伸ばした。 途端、サンジは首を竦める。 「見た目だって悪くない。海の男にしては肌が白くて綺麗だし、髪も潮風でまったく傷んでいないといえば嘘だけどキラキラと光っているし、瞳だって海の色を反射したような綺麗なブルーだ。」 「そりゃあ、人種の違いってヤツだろう?」 「それはそうかもしれないけど、ただそんな単純なことじゃないよ。純粋に惹かれるんだ。客船が襲撃された時、咄嗟に女性を救おうとしたことが表しているように、サンジの心根とか信条とかがサンジを綺麗に見せているんだと思うよ。」 デュナミスは本当にそう思っているのだろう。何の躊躇いもなく吐く言葉にサンジの方が恥ずかしくなってきた。 顔が思わず赤くなる。それにデュナミスが軽く笑う。 伸ばされた手はそのままサンジの髪を梳いて、その手触りを楽しんでいる。 と、デュナミスの瞳が真剣なものになった。 「デュナミス・・・?」 サンジは不思議に思い、名を呼ぶが、目の前の男は答えず、そのまままっすぐサンジを見つめる。 急な空気の変化にサンジは、一瞬体を固くした。 途端、今までサンジの髪を弄んでいた手がサンジの腕を掴んだ。突然あまりの強さで大事な腕を掴まれ、サンジは苦情を訴える。 「おいっ、どうしたんだ!?デュナミス!!」 しかし、デュナミスはそのまま返事をせず、強い力でサンジの腕を引き、歩き出す。サンジは腕を傷めないように、引きずられながらついて歩いた。 と、いつくかの階段を降り、通路を歩いて、デュナミスが寝室として使っている小部屋へと連れ込まれた。簡素なベッドが一つポツンと置かれた狭い部屋。元々は、やはり捕虜となったものが押し込められていた部屋だったのだろう。ところどころ壁に血の痕がついている。 部屋に入るとバンと大きな音を立てて、デュナミスは扉を閉めた。 「どうしたんだよ?一体・・・・。」 サンジは眉を顰めた。 「気付いただろう?俺の後ろからの視線・・・・。」 「あぁ・・・・デュナミスが甲板に現れた時から一緒に付いてきて、影に潜んでいた連中だろう?今更じゃねぇか・・・。」 最初から纏わりつくような視線があるのはお互いわかっていたことだ。それがどうしたのだというのだろう。 「あいつらのサンジを見る目が・・・・俺が手を差し伸ばした途端、更に厭らしいものに変わった・・・・。」 「わかってる。それもいつものことだ。」 嫌悪感は拭えないが、それも今更だ。デュナミスだって知っていることでもある。 それがどうしたというのだろうか。 「サンジの方が嫌だろうに・・・・俺も最初は我慢していたが・・・・でも、我慢できなくなった。」 「デュナミス・・・・。」 デュナミスはギュッとサンジを抱きしめた。 「やつら、きっと後でサンジのことを想像の中で犯して・・・そして、やっぱり、いつかサンジを襲おうとするんだ・・・。」 「そんな奴一蹴りだ。わかってるだろう?俺がそうそう簡単にやられたりしないってこと。」 サンジの肩に顔を埋めるデュナミスにサンジは、何を今更と、口端を上げて笑いかける。だが、それでは彼は納得できないようだ。 「いつかまた何かサンジの弱みを握って、無理矢理サンジを犯そうとするかもしれない。」 「ねぇよ、そんなの。もう二度とねぇ・・・。」 「わからないよ、サンジは優しいから・・・。また、この間みたいに女性が襲われて助けを求めたら、サンジは簡単に身代りになってしまうんだ。そんなのは、もう耐えられない・・・・。」 サンジの肩から強く主張する言葉は、強ち嘘とは言えないだろう。きっとまた、前と同じような状況になったら同じようにサンジは己の体を差し出すことを否定することはできなかった。 それはデュナミスもわかったのだろう。言葉が続く。 「サンジはあの時、『もう二度とこんなことをしないでくれ。』って俺が言ったのに返事をしなかった。それが、答えだ。きっとまたサンジは同じことをする。」 「・・・・・デュナミス・・・。」 肩の埋めていた顔を上げ、デュナミスはサンジの瞳を見つめて苦笑する。 「だろ?」 「・・・・・。」 サンジには返す言葉が浮かばなかった。わかっている、とデュナミスは表情で頷いた。 温かいデュナミスの笑顔。 しかし、それは次の言葉と共に一転した。 「だから・・・・・また前みたいな事になる前に・・・・・きちんとサンジを俺のものにしたんだ!」 「・・・え!?」 優しさに溢れていた表情が男の顔に変わる。 サンジを強く抱きしめ、そのままベッドへと倒れ込んだ。狭い部屋は、他に行き場がないからだろう。綺麗にベッドの上へと着地する。簡素なベッドが突如掛かる二人分の重みにギシリと悲鳴を上げた。 「な!?どうしたんだ、デュナミス!!」 突然豹変した男にサンジは驚きと焦りを隠せない。なんとかして、圧し掛かってくる重みから逃れようと体を捻る。 が、背も体重も一回りもサンジより大きい男から容易に逃れることはできなかった。況してや、デュナミスは本気だ。本気で、サンジの体をも手に入れようとしている。 「やめろって!!おいっ、デュナミスッ!」 優しく包み込むような抱擁とは明らかに違う圧迫にサンジは眉を顰めた。 「何でだ?サンジは、俺の気持ちを受け取ってくれたんだろう?」 不満顔でデュナミスは、サンジを見つめる。 「それとこれとは、別だ!」 怒鳴るサンジに、それでもデュナミスは怯まない。さらに抱きしめる腕の力を強めた。 なんとかして蹴り飛ばそうと、サンジは足を動かした。 しかしその時、目に入ったデュナミスの表情に、思わず足が止まる。 先ほどは笑みさえ浮かべていたはずの目の前の男は、今にも泣きそうな表情だ。 「もう、二度と、大切な人を目の前で傷つけられたくない。」 「デュナミス・・・。」 「もう二度とこの間と同じような思いをしたくない。本気でサンジに惚れたんだ。」 一旦顔を伏せて、息を吐く。深呼吸して自分を落ち着かせようとしているのか。 が、顔を上げるとサンジの瞳を見つめて言葉を続けた。 「でも、サンジはまたこの間と同じことをきっとしてしまう・・・・。だったら、その前に無理矢理にでも、サンジを俺のモノにしたい!」 「・・・・・。」 「サンジ・・・。サンジと今、結ばれたい。」 悲痛な思いにサンジの心も揺れる。 一旦はデュナミスの思いを受け入れ、口づけを交わした。 ただ、その場の空気に流されたとはいえ、彼に好意を持ち始めたのは嘘ではない。でも、また同時にもう一人の男の影が脳裏に浮かぶ。彼への思いが消え去ったわけでもない。 ゾロ・・・・。 お互いの思いを交わすことも、サンジの気持ちを伝えることもできずに別れたとしても、サンジの中には確かにゾロへの思いはあるのだ。 だったらこれは、裏切りではないか? 「俺はデュナミスが好きだ。でも、ゾロのことも好きだ。ゾロに俺の気持ちは伝わっていなくとも・・・まだゾロへの気持ちは確かになるんだ。どちらとは言えない。そんな俺は卑怯か?」 「サンジ・・・・。どちらもサンジの本心だろう?だったら、自分の気持ちに素直になっていい。俺のこと、好きになってくれたんだろう?」 デュナミスの言葉に、サンジは正直に頷いた。 「でも、ゾロもことも好きなんだろ・・・。」 またサンジは頷く。 「だったら、これは卑怯でもなんでもない。サンジの心の中の真実だ。」 「俺の心の中の・・・。」 デュナミスは、そっとサンジの頬に手を添えた。優しく温かい手だ。 「サンジ。今、目の前にいるのは俺だ。デュナミスだ。ロロノア・ゾロじゃない。」 「デュナミス・・・・。」 「俺のことが嫌いなら、俺に抱かれるのが本当に嫌なら蹴ってくれていい。」 鼻と鼻がつくぐらいの近さでデュナミスが伝える。 「デュナミスの方が卑怯だ・・・・。」 サンジの顔がくしゃりと歪んだ。 「嫌いなわけないだろうが・・・・。」 サンジの言葉にデュナミスも顔を崩した。しかし見せた表情は笑顔だった。 デュナミスはそのまま顔をさらに近付け、唇を合わせた。 二人の間の穏やかで温かい空気が熱いものに変わるのに、そう時間は掛からなかった。 |
10.02.17
あくまでゾロサンです。ゾロサンです。ゾロサンです。ゾロサンです。ゾロサンです。←呪文?